アンニュイ・サンニュイ #パルプアドベントカレンダー2021
──定番じゃん、海。こういう時はさ。
3日前、彼女にフられた。2日前のゼミではちょっとした誤字をきっかけにボッコボコにされたし、昨日はうんこ踏んだし財布を落としたしスマホが水没した。極めつけに今日、さっき、サンタの格好でケーキ売ってたら、元カノが違う男とケーキ買いにきた。
もうなにもかも嫌になった俺──阿佐谷ユータを見て、友達の上条アキラが微笑みと共に言ったのがさっきの言葉だった。
それから2時間。クリスマスイヴの夜に、俺たちは男二人で海へと向かっている。
「…………アキラ」
「んー?」
ハンドルを握りながら、俺は助手席に言葉を投げた。そこには細身のメガネ男が、スニーカーを脱いでだらーんと座っている。こいつがアキラだ。
もう一度言うが、俺たちは今、海に向かっている……はずだ。目の前の道は街灯もなく、車がギリギリすれ違えないくらいに細い。ハイビームを焚いて、グネグネと蛇行した上り坂を進む。ここは、木々の隙間からぎりぎり月の光が差し込んでくる山道。……そう、山道。
「……これ本当に海に向かってんだよな?」
「あー」
アキラは眺めていたスマホから目を離し、こちらを見て「ふっ」と薄く笑った。
「どうだろ」
「はァ!?」
これも不運のひとつなのか、カーナビの調子が妙に悪かった。仕方がなくアキラにナビを頼んだわけだが、どう考えてもこの道は海に続いていない。いや山越えして海につく可能性はあるけどってほら見ろ今なんちゃら林間キャンプ場って書いてたぞおい。
「いやお前が“道はわかるから任せろ”ってさっき──」
「あ、ユータ、次を右で」
「は!? 右に道なんて……あ、あの橋か!?」
「うん。たぶん」
「たぶん!?」
そうこうする間に、さらに30分。一本道をひたすら進む間に、シカが飛び出してきたり、デカい岩を踏んで舌を噛んだり、おまけに雨まで降りだして。
「あ、今んとこ左だったわ」
「お前」
「うわマジオコの声じゃん。ごめんて」
苛立ちのままに睨みつけると、アキラは降参とばかりに両手を挙げて、いつものように「ふっ」と笑って言葉を続けた。
「これで到着だからさ」
「いや海は!?」
***
車を降りた俺たちを出迎えたのは、文字通り一寸先に広がる闇と、サラサラという音。霧雨の音か、葉擦れの音か、川でもあるのか……そのあたりはわからないが、少なくとも海の音ではない。
『目黒山キャンプ場 駐車場』。先ほど見えた看板には、そんな文字が踊っていた。ちらっと「閉鎖中」って文字も見えた気がするけど、今となっては暗すぎて確認もできない。
「なあアキラ。ここどこだ? っつーか、なんだここ?」
「んー……この辺に道があったような……」
「おーい……」
スマホのライトで照らしながら、辺りを歩く。寒い。鼻で呼吸すると痛みを感じるほどで、マフラー越しに口呼吸を試みる。そんな状況でも強烈な緑の匂いがするのは、やはり雨のせいだろうか。
「ああ、あったあった」
やがてアキラが足を止めたのは、「キャンプサイト→」と書かれた立て札の前だった。矢印の先に視線を遣ると、チェーンの張られた林道が見える。
「こっち」
「え、ちょ、アキラ。海は?」
「あー。なんか予定が変わったみたい。……見たかった?」
「え?」
「海」
「や、そういうわけじゃねーけど……」
「そっか」
そしてアキラは「行こ」とだけ言って、迷わずそのチェーンを越えて歩き出した。あ、マジで? この暗い中マジでそこ行くの? 怖くね?
「置いてくよー」
「ま、待てって!」
俺もフードを被りつつ、スマホのライトを頼りに追いかける。
少しだけ目が慣れてきた気がするが、木と草以外なんにも見えない。辺りからは時折ガサガサとなにかが動く……というより逃げるような音がする。遠くからは鳥かなんかの鳴き声も──って痛ってなんか落ちてきた。うわ、え、いや、なん動いてる!?
「うわうわうわちょアキラなんかなにこれなに!?」
「わ。ユータ、ヘビ。首んとこ」
「ぃえええぁああ!?」
悲鳴を上げながらめちゃくちゃに暴れると、俺の首周りで動いていたそいつはするりとどこかへ飛んでいった。もうだめだ。心が折れそう。と──
「…………ん? なんか聴こえる」
「お。よかった、ついたついた」
それは音楽のようだった。クリスマスによく耳にする曲。カフェとかで流れてる、英語のやつ。導かれるように顔を上げると(そういや足元ばっか見てたな)、林道の向こうに灯りが見えた。アキラが再び「行こ」と言って、灯りの方へと歩きだす。どうやらあの灯りが目的地らしい。
……やっと、ひと息つけるのか。
安堵感と共に、俺はアキラに続いて一歩、足を踏み出して。
ずぶっ、と。
突然、足が地面に沈んだ。
「え──」
「! ユータ!」
足だけじゃない。底なし沼が急に現れたみたいに、俺の身体が地面に沈んだ。アキラの声が急激に遠ざかる。水の中にでも落ちたみたいに、ゴボガボと音がする。なんだ。なにが起きてる。目の前が真っ暗だ。溺れる。なんで? 腕と足が引っ張られている? なにに?
シャンシャンシャンシャン。鈴のような音が聴こえてきた。なんか聴いたことある音。神社でお祓いしてもらうとき? いや、似てるけど少し違う。遠くに赤い光が見える。シャンシャンシャン。鈴が近づいてくる。と──
「おい、生きてるかー?」
そんな声は、頭上から聞こえてきた。女の人の声。そして、それを追いかけるようにどぼんっと音がして、目の前に眩しい光が落ちてくる。
「ッ──、ごぼっ──!?」
「生きてたらとりあえずそれ掴めー」
光の正体は、スマホだった。何故か画面には、サンタコスの画像がたくさん並んでいる。充電ケーブルが水面へと伸びていて、地獄に垂らされた蜘蛛の糸の話を思い出させる。掴む。これを掴めばいいのか? 俺は無我夢中で、言われた通りに手を伸ばす。
いつしか鈴の音は、スマホから流れる音楽にかき消されていた。恋人はサンタクロース。背の高いサンタクロース──
「しっかり掴んでろよ! 引き揚げるぞ!」
「──〜〜〜ッッッ!?」
その瞬間、俺の身体が急浮上をはじめた。
釣り上げられた。その刹那、俺の視界に光が戻った。
「っ、げほっ、は、っ、げほ……」
地面に投げ出されて、転がった。よかった。ちゃんと地面だ。仰向けで荒い息をつく俺の顔を、霧雨が濡らす。ユーミンの歌声が聴こえてきた。件のスマホ。あの持ち主か──と、俺の視界に二つの影が落ちた。
「よー少年。正気かー?」
「ユータ! 大丈夫?」
「……あー。アキラ、と……?」
俺の顔を覗き込むのは、アキラと、金髪の知らないお姉さんだった。キャンプ中なのだろう。登山用のダウンを着込み、もこもこと着膨れしている。
彼女は咥えタバコでニカッと笑うと、俺に手を差し出した。
「ま、とりあえず起きな。寒いっしょ? 火の近く行こうや」
「あ、はい……」
***
師走サツキ。お姉さんはそう名乗った。アキラの親戚らしいが、あまり似てはいない。
サツキさんは、どうやらここでキャンプしていたらしい。テントとタープが張られていて、テントの傍にはクリスマスツリー。タープにもリースが掛けられている。クリスマスキャンプでもするつもりだったんだろうか。
「とりあえず、落ち着いたか?」
「あ、はい……えっと……ありがとう、ございました?」
「礼はまだ早いよ。あんま時間がない。さっきの穴と、君の不運の話をしよう」
防水スピーカーから流れるクリスマスソング特集を聞きながら、俺とアキラはベンチに座っている。サツキさんからもらったココアと、膝にかけたブランケットが暖かい。
「まず、事の原因がなにか、だけど──」
焚き火の側に置かれた鍋から肉じゃがをよそいながら、サツキさんは口を開いた。
「サンタクロースだよ」
「え?」
「だからサンタクロースだって」
……は?
思わずアキラのほうを見る。彼はいつものなにも考えてなさそうな態度で、薄く微笑むばかり。え、いや、違うな。もしかして普通に受け入れてないかこいつ?
「え? え? サンタ? 白い髭の、赤い服の爺さん?」
「そう、そのサンタクロース。それが今、お前さんに取り憑いてる」
「とりつい……え?」
サツキさんは至極真面目な顔で頷いた。
「さっきの"釣り“で一度は諦めたみたいだけど、まぁまた来るだろうね」
「え、ちょ、は……!?」
いやいや。
いやいやいや。
意味が分からない。クスリでもやってんのかこの人。なんかヘンテコな穴に落とされただけでもワケわかんないのに、それが? なに? サンタクロース?
「落とし穴はもうやらんだろうな。次はなに仕掛けて来るやら……」
戸惑う僕を一瞥し、サツキさんはタバコに火をつけて言葉を続ける。
「まぁあれだ。君がヘコんだり、気が抜けたりするのを狙ってる。あれはそういう性質のもんだ」
「いやいやいや、ワケわかんないっすよ。サンタさんなんて──」
「でも現に、さっき死にかけたろ?」
「そ、それは……」
耳に残る、シャンシャンという鈴の音。暗闇。苦しさ。近づいてくる赤い光。
「……そっすけど」
「悪霊みたいだね、なんか。サンタさん」
アキラが口を挟む。サツキさんは「どっちかっつーと、悪神のほうだな」と応えて。
「あれ? おいユータくん」
こちらを指さす。
「ブランケット、火ついてるぞ」
「えっ!? うわまじだ熱っっつ!?」
いやいやいや熱い! 火の粉が飛んで引火でもしたのか。俺は慌てて立ち上がった。炎はみるみる内に強くなり、いや熱、やめ、熱い!
「そうして不幸な目に遭わせまくって、心を折りにくる。な? 悪霊のイタズラっつーより、神様のタタリだろ?」
「そーゆーのいいから水! アキラ!」
「おっけー」
「あ、おい、アキラそれ」
アキラが手近なボトルを開けて、サツキさんが慌てて声を上げた。が、時すでに遅し。中の液体が溢れ、火に触れて。
……火が、一段と強くなった!
「えええええなになになに!?!?」
「うわ。めっちゃ燃えてる」
「アキラ、それテキーラだわ」
「なんでペットボトルに入れたのサツキさん!?」
俺は必死でブランケットを脱ぎ捨て、霧雨の中に投げ捨てる。燃え盛る炎は雨にも負けず、ブランケットを餌にごうごうと燃え上がる。と──
「……思ったより早かったな」
「えっ」
そう言ったサツキさんの声は、氷のように冷たかった。
「おいアキラ。ユータくん見張ってろ。なんかあれば大声」
「任せて」
「えっ、えっ!?」
俺が戸惑いの声をあげる間に、ブランケットの炎が強くなっていく。同時に。
シャンシャンシャンシャン──
「! この音……!」
「ああ。お出ましだ」
鈴の音と共に、炎が強くなっていく。可燃物は燃え尽き、雨を浴びて湿気ているにもかかわらず、炎はひたすらに強まり、膨らみ、拡がってゆく。やがてそれは火柱のように立ちのぼり、軽自動車サイズの巨大な塊へと姿を変えた。
《チトシリノマキチテイラニナカチテレリチノ》
その奇声は、炎の柱が放った"声"。俺は思わず後退り、言葉をこぼした。
「こ、これが……サンタクロース?」
「……正確には、その概念そのものさ」
「概念?」
それは、時折身体から手や足を複数生やしたり、人のような形となりながら、不定形のままうごめき続けている。どこが顔でどこが手かはわからない。けれど、こちらを“見ている”ことだけははっきりと感じられた。
「ああ。サンタクロース。幸福を祝福を祈りを、子供達に運ぶ者。赤い衣装と白髭に身を包み、トナカイのソリで空を駆け、煙突から家に入る、小太りの爺さん」
「え、そりゃ普通のサンタさんでは?」
「本来の、な。……そこから派生する、数多のサンタクロース概念もまた、サンタクロースだ。ミニスカサンタとかもな」
「えっ」
そんなやりとりの間にも、火柱はその姿を変容させていた。
橙色だった炎色は、今や鮮やかな赤色に。不完全燃焼の黒い煙は、輝かんばかりの純白となって炎の周りを循環している。赤と、白。“それ”の色は、まさしくサンタクロースだった──と、その時。
《テスイセラニト…………》
サンタが、力を込めるかのように、反り返る。
「……ッ!」
その様を見て、サツキさんが即座に声を上げた。
「伏せろ!」
《ヌチリノチトシ!!!》
直後、バネのような動きから、火柱サンタが火を噴いた!
「っぶね!」
「わっ!?」
「ぇぶえぁっ!?」
サツキさんが飛び退いて、アキラが俺の頭を押さえて伏せる。俺たちの真上を高熱が通り抜けた。いやいやいやこいつヤベーなマジかよ!?
「そのまま伏せてろ!」
「っはい!」
バチャッという音と共に、サツキさんが地を蹴った。顔をあげると、サツキさんはクリスマスツリーを振りかぶっている……もしかしてあれ、さっきテントの横にあったやつか?
「これでも、食らいやがれ!」
サツキさんは全身の勢いを乗せて、クリスマスツリーで火柱サンタを殴打した。
《チニテチカツトソヒモミチイヨヌァゥノ!?》
火柱サンタが悲鳴をあげる。火の粉が血のように吹き出して、雨のキャンプ場を照らす。吹っ飛んだ火柱サンタに、サツキさんはダメ押しとばかりに、クリスマスツリーを突き刺した。
《チニカヒモミチイ!?》
のたうち回る火柱サンタ。そこから視線を外し、サツキさんはテント脇へと移動する。そんな後ろ姿に、俺は思わず声を投げた。
「な、なんでクリスマスツリー……?」
「そりゃお前、相手がサンタだからだよ」
テント脇には袋が置いてあった。サツキさんが手を突っ込むと、ガシャァッと派手な音がする。
「本来のクリスマスを思い出させる。”サンタクロース"を、定義させる。今のこいつには、それが一番効くんだ」
「え、ええ……?」
なにを言ってるんだこの人は。その思いが顔に出てしまっていたらしく、サツキさんは袋の中を漁りながら「えーとな、わかりやすく説明すると、」と口を開く。
「去年のクリスマスってさ、例年と比べてサンタの格好した奴激減したろ?」
「え、あー……そうかもですね?」
「できなかったもんね。パーティとか」
「そう。全世界的にそうだった。割に、そこら中にパチモンのサンタの概念は溢れ続けている」
俺の脳裏を過ったのは、先ほどの穴の中で見た、サツキさんのスマホ画面。画像検索結果には、沢山のコスプレパチモンサンタが溢れていた。
「でだ。そのせいでさ、忘れちまったんだよ」
言いながらサツキさんが取り出したのは、大量のクリスマスオーナメントだった。赤とか青とかの丸い奴。あとは、トナカイとかハトのやつ。他にも色々、まとめて。それを。
「本来の姿ってやつを、な!」
全力で振りかぶり、投げつける!
《シリレノキツサモ!?!?》
でたらめな悲鳴をあげながら、火柱サンタがのたうち回る。うわぁ普通に痛そう。オーナメントは弾丸のように火柱サンタに突き刺さり、その全身から炎の血液が噴き出し、火柱サンタは苦しげに跳びはねる。
《ツミイ!?!? セラノ!?!? チリノ!?!?》
「え、いや、マジで意味わかんないんすけど」
「あん? なにがだ?」
「俺らがコスプレしなかったせいで、サンタがああなったってことっすよね?」
びったんびったん。サツキさんのオーナメント弾を食らうたびに、火柱サンタが悲鳴をあげる。その度に、鳴り響く鈴の音にノイズが混じり、歪んだ。
「そ。信仰されなくなった神様がタタリ神になるとか、よくあるだろ? あれだよ」
「1年で!?」
火柱サンタはその間に、その姿を大きく変容させていた。炎の勢いは増し、複数の腕や脚のようなものが本体から生え出ている。サツキさんのオーナメント・ミサイルは、攻撃と同時に燃料にもなってしまったらしい。
《ツミシテフヨユカトイト》
ずしん、と踏み出すサンタの化け物。赤い身体に白い煙を纏わせ、無数の脚で地に立つその姿は、あまりにも異様だった。
サツキさんが投げたオーナメントを、蠢く無数の腕が弾き飛ばす。同時に、その巨体がずしんずしんと移動をはじめた。
「ちっ……もう対応しやがった」
「うわ、あいつこっちにきますよ!?」
「避けろ!」
炎の軌跡を残しながら、多脚炎サンタが駆け抜ける。俺たちはトラックから逃げるみたいに、横に飛び退いて回避した。
テントとタープが吹き飛ぶ。多脚炎サンタはキャンプサイトの端でブレーキ……したところで、バランスを崩して膝をつく。方向転換はあまり上手くないらしい。
「うわぁ戻ってくる気だ……」
「そりゃ、あいつの狙いはユータくんだし」
「いや、それっすよ! 俺がなにしたってんですか!?」
マジで、神様に恨まれるようなことをした覚えはない。こう見えても信心深いんだ。こういう時に神様に目をつけられる奴って、大体祠を蹴ったとかそういうやつじゃ──
「君、こないだのハロウィンでサンタの格好したんだって?」
「えっ」
「しかも入念に試着もしたって聞いたけど」
そう言うサツキさんの横で、アキラが両手を合わせて微笑んだ。
「ごめん、話しちゃった」
「アキラ……」
「10月頭にサンタ服を、それも再現度の高いものを着た、と。たぶんそれだろうな」
多脚炎サンタがずるりと起き上がる。ああ、こっちを向いた。っつーかなんか頭みたいのができかけてる気がする。
立ち尽くす俺たちと違い、サツキさんは新たな武器を準備している。クリスマスリース、キャンドル、アドベントカレンダー──
「去年崩壊したサンタ自我は祟り神となり、1年間ただ浮遊していた。そこへきて君がサンタの格好をしたものだから、依代に選ばれたというわけだな」
多脚炎サンタはサツキさんを警戒しているのか、じっと様子を窺っている。
「まじ……? そんなことで……?」
「人にとっては"そんなこと"でも、神にとっては大事なのさ」
サツキさんがそこまで言ったとき、サンタが動いた。助走から跳躍し、俺たちを押し潰しにかかる!
《トイシチリノ!!!》
俺たちはそれを、なんとか転がって避けた。焚き火が押し潰されて、サンタの炎の勢いが強まる。
「あっぶねぇ……!」
「ユータくん、アキラ、こっちだ」
サツキさんにぐいと手を引かれ、俺たちはキャンプサイトを走る。多脚炎サンタは再び起き上がり、自分の下に死体がないことを確認して悔しそうにしている。
距離をとってそんな様を見ながら、サツキさんは口を開く。
「もはやあれに遠距離攻撃は通用しない。こうなればあとはもう、近接しかない。が……メイン武器のクリスマスツリーはもう焼かれてしまった」
サンタが起き上がる。いつの間にか、その身体には明確に頭が生えていた。ぐるりと首を巡らせて、俺たちの姿を視界に捉え、吼える。その様は、人というよりは獣で……っつーか、あれは。
「……トナカイ?」
「あっ、やべ!」
俺の呟きに、サツキさんが声を上げる。そちらを見れば、彼女は慌てた様子でスマホを操作していた。
「BGMが”赤鼻のトナカイ”になってた!」
BGMが止まり、鈴の音が強くなった。多脚トナカイ炎サンタが姿勢を低くした。来る。俺たちが身構えた──その時。
敵の姿が、地面に沈んだ。
「「!!?」」
俺もアキラも、サツキさんでさえも目を剥いた。とぷんと水に沈むかのごとく、その巨躯が消えて。
「っ……まずい、アキラ! ユータくんを──」
次の瞬間、俺の足元に穴が空いた。
「うおあああっ!?」
「ユータ!」
ボッシュートされる直前で、サツキさんとアキラが俺の手を掴む。両足が引っぱられる感覚。やばい、これはさっきの落とし穴のやつ!
シャンシャンシャンシャン。
ギリギリで落下を免れた俺の耳に、鈴の音が届く。近づいてくる。高速で!
《セラノマチイシチリノツト!!!!》
「うわっ──」
次の瞬間。
足元から飛び出した多脚トナカイサンタは、俺を、いや、俺とアキラを巻き込んで、上空高くに舞い上がった!
「「うわああああああ!?!?」」
《セラノマチイ!! シチリノツト!!》
普段は飄々としてるアキラも流石に悲鳴をあげる。トナカイサンタは俺を食おうと顎門を開く。いつしかその身体から炎は消えていて、代わりにと言うべきか、サンタ装束のような赤い布が、申し訳程度にまとわりついていた。
「いやいやいやいや高い高い高い!!!」
キャンプサイトがもはやジオラマみたいだ。高い。高すぎる。
《セラノマチイシチリノツト!!!》
俺たちを振り落とす……というより俺を食おうと、じたばたと暴れる多脚トナカイサンタ。振り落とされたら死ぬ! 俺とアキラは、落ちないように必死でなにかを掴む。
「あれ、これって」
「……クリスマスツリー?」
最初にサツキさんが突き刺したクリスマスツリー。他にも、弾丸にされたオーナメントだとか、テントと共に巻き添えにされたリースだとか、数々のクリスマスグッズが、その巨躯に張り付いていて、その様は不格好なクリスマスツリーのようだった。
──本来のクリスマスを思い出させる。
──“サンタクロース”を、定義させる。
脳裏をよぎるはサツキさんの言葉。
トナカイと、クリスマスツリー。あと足りないものは。こいつをなんとか、サンタクロースにするには……!
「…………! アキラ! 手ぇ出せ!」
「なに!?」
空高く舞いながら、俺とアキラは怒鳴り合う。俺はツリーの燃えかすに身体を捩じ込んで固定すると、靴を脱ぐ。慌てるな、慌てるな。靴が森の中に落ちた。人に当たりませんように
「いいから! 出せ!」
「待って! 今やる!」
アキラもまた、ツリーに無理矢理捕まりながら片手を離し、こちらに伸ばす。
俺はさらに、靴下も脱ぐ。そしてそばにあった適当なオーナメントを引っ掴むと、その靴下にねじ込んだ。
「これ! プレゼント!」
「やだ! 汚い!」
「るせぇ! サンタといえば靴下にプレゼントだろ!」
《セラノマ、チイ! シチリノツト!?》
自分の背中でプレゼント交換がはじまり、多脚トナカイサンタが戸惑ったような声をあげている。俺はそいつを一瞥して、アキラに靴下を押しつけて──
渾身の力で、叫んだ。
「アキラ! メリークリスマス!!!」
***
「寒い」
「わかる」
波の音を聴きながら呟いた俺の言葉に、アキラが笑う。
東の空がうっすら明るくなっている。12月25日。クリスマスの朝に、俺たちは男二人で海を見ている。
あの時。俺がプレゼントを渡し、アキラがそれを受け取った直後、多脚トナカイサンタが苦しみ始めた。アキラは受け取った靴下入りプレゼントをフレイルみたいに振り回し、トナカイ頭を叩き割った。
光の塵となって崩れながら、多脚トナカイサンタは俺たちを包み込み、地上へと高度を落とし……そしてそのまま真冬の海へと突っ込んで、消滅した。最後の最後まで殺す気かあのサンタ。ぶっ飛ばすぞマジで。
「はぁ。もう夜明けてんじゃん……」
「やば。眠くなってきた」
「おいやめろそれ洒落にならんやつ」
Ho-Ho-Ho-と声が聞こえた気がした。鈴の音色も。しばらく聴きたくないので聴かなかったことにしようと思う。
「にしても、大変な目に遭った……」
「でもさ、来れたじゃん」
「?」
首を傾げた俺に、アキラがふっと微笑んだ。
「海」
「ばかやろ」
靴がないとか、ぼろぼろのびっしょびしょだとか、車の回収だとか、なんか色々考えることはあるけれど。
「……牛丼食って帰るぞ」
「おっけー。奢るよ。Paypayで」
「スマホ水没してんだろ馬鹿」
言いあいながら、俺たちは夜明けの海を歩き始めた。
(完)
明日はDAY2、ニイノミ@attolyre氏が参戦です!
ぶちかませ!
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