ドレッド・レッド・バレット -聖夜の運び屋たち- #パルプアドベントカレンダー2023
日が沈む頃に降り始めた雪は、摩天楼の間を舞い続けている。
クリスマス・イヴの夜。華やかに賑わう大通りを歩く人々は暖かな服を身に纏い、手に手にプレゼントやご馳走を持って楽しげだ。
「っゼェ……はァ……」
そんな摩天楼を成すメガビルディングたちのひとつ、西三区ほほえみパレス80。廃ビルとなって久しいその八十階建てビルは、通りとは反対に暗闇に包まれており、人の気配もない。
「な、七十……八……!」
そんなビルで、ひとりの男が息を切らしながら屋上を目指していた。階段で、である。
革ジャンを着た、筋骨隆々な男だ。歩を進めるたびに、燃えるような赤いドレッドヘアーが揺れる。
「ゼェ……ふぅ……!」
彼の名はドレッド。この辺りでは少々名の通った傭兵として、日夜荒事に身を投じている。階段登り師ではない。
「っ……七十……九……!」
──護衛の仕事だ。指定の場所はほほえみパレスの屋上
──ワケありか?
──たぶんな。詳細は直接話したいらしい
──面倒ごとの気配がするな
──しかも、ギャラがすこぶる良いときた
──ぜってぇ厄介じゃねーか……
階段を登りながら、オヤジ(仲介人。ドレッドの居候先のヤクザのボス)との会話を思い出す。
面倒ごとなのはわかっていた。ただ、八十階建ての、それもエレベーターの動いていないビルの屋上を目指すタイプの面倒だとは正直思っていなかった。
「はァ……、っ、畜生……」
ドレッドの悪態は、白い息へと変わって消える。気を抜けば笑いはじめる両膝を叩いて黙らせつつ、一段、一段。そして彼は、ようやく屋上へと辿り着いた。
「つい、た……ぞ……クソダラァ!」
ドレッドは怒りを込めて、渾身の蹴りを扉に叩き込んだ。
轟音と共に、鉄製の扉がひしゃげて吹き飛ぶ。彼は魔人のごとく息を吐き出し、雪の降りしきる屋上へと足を踏み入れ……その時だった。
シャンシャンシャンシャンシャン。
「ホ、ホ、ホォ! 元気じゃのぉ」
空から鈴の音と、ジジイの声が降ってきた。
「は?」
腰に提げたマグナムに手を伸ばしながら、ドレッドは空を見る。視界に映るのは、濁った夜色の空、降り注ぐ雪、そして──空を飛ぶトナカイとソリ。
「……は?」
「ホ、ホ、ホォ!」
八頭のトナカイに引かれたソリ。その御者台で、赤服の太ったジジイが笑っている。
疲れでおかしくなったか? ドレッドは一度目を擦り、再び空を見上げる。濁った夜色の空、降り注ぐ雪、そして……居る。見間違いではない。赤いとんがり帽子を被った白髭のジジイが、トナカイの引くソリに乗って飛んでいる。
シャンシャンシャンシャン。
鈴の音が近づいてくる。トナカイたちはドレッドの真上を大きく旋回しながら高度を落とし、やがて屋上──ドレッドの前へと、滑らかに着陸した。
「ホ、ホ、ホォ。よう来たの、ドレッドや」
「……まさか、アンタが依頼人か?」
「いかにも」
ジジイは、その図体に見合わぬ軽やかな身のこなしで御者台を降りた。ドレッドは改めてその全身を観察する。
全身赤色の服装に身を包んだ、ふくよかな体つきのジジイである。襟元や袖は白いファーに守られ、グローブ、ベルト、ブーツは丈夫そうな黒革製。この季節、街のケーキ屋やらクラブやら、そこここで見かける服装。つまり──
「…………サンタクロース?」
「うむ」
「その……ホンモノの?」
「もちろんじゃ」
「………………」
ホンモノの、サンタ。そんなもの居るわけがあるか。でもさっき見事に飛んでいたし。いや、なんらかのトリックという可能性もある。いやいや、メガビルの屋上でわざわざやるか? つーか、罠なら既に攻撃してきてるはず──
「ホ、ホ、ホ。百面相じゃな」
ジジイ──サンタはドレッドを見て笑うと、「さて」と言葉を続けた。
「依頼の話に移ろう」
「あー……護衛の依頼と聞いてるが」
「うむ」
豊かな白髭を手で撫でながら、出来の良い子供を褒めるような笑顔で、サンタは深々と頷いてみせた。
「このワシ──サンタクロースの護衛じゃ」
「……やっぱり面倒ごとだった」
色々な意味で痛む頭を抱えつつ、ドレッドは話の続きを促すのだった。
***
サンタクロース。
クリスマスの夜、一年間良い子でいた子供の枕元にプレゼントを届けて回る、赤服白髭のジジイ。ドレッドがサンタについて把握しているのは、まぁ概ねそんなところだ。
「つまり、ワシの行く先には子供がおるわけじゃ」
「そりゃあ……そうだな?」
「うむ」
サンタは御者台で手綱を振るった。ちなみにドレッドの居場所はソリの荷台だ(なお、サンタが好意で置いてくれたクッションはすっかり雪まみれだった)。
トナカイたちが力強く鳴いて、屋上を滑走路のように走り始める。蹄の音がフロアを揺らし、心地良い加速度がかかり──やがてそれは、浮遊感へと姿を変える。
「うおっ……ま、マジで飛んでる……!」
「ホ、ホ、ホォ。サンタじゃからな」
シャンシャンシャン。雪の舞い散る夜の空を、二人を乗せたソリが行く。ドレッドは胸を高鳴らせた。本当に飛んでいる。80階建てのメガビルよりも高く高く。
「すげぇ……」
「ホ、ホ、ホォ!」
不思議な光景だった。雪は顔にかからず、まるでトンネルでもできているかのようだ。辺りには灯篭めいて幻想的に揺らめく青い火の玉と、両手が翼の女たちが飛んで──
「! いかん! 鬼火とハーピィじゃ!」
「へ?」
直後。
翼の女たちが、ソリへ向かって大量の羽根を射出した。さらにその羽根は鬼火を貫通して炎を纏い、二人の元へ雨のごとく降り注ぐ!
「うわうわうわうわ!?!? あれってそういう演出じゃなかったのか!?」
「そんなわけがあるか! 捕まれィッ!」
火の雨を避けるべく、ソリが急旋回する。翼の女と火の玉たちは後ろからピッタリとついてきて、火の羽根を打ち続ける。ドレッドは舌打ちひとつで頭を切り替えると、腰からマグナムを抜いた。
「こいつらは敵ってことでいいんだな!?」
「うむ!」
BLAMN!
「ギィっ!?」
45口径に貫かれたハーピィが墜ちていく。その近くにいた別のハーピィが怒りの声を上げて急加速。ソリを追い抜き、進路を塞ぐように大きく翼を広げる。
「撃ってくるぞ! ソリは防弾じゃ、上手く使え!」
「防弾だァ!?」
刹那、羽根ダーツが放たれる。サンタは荷台に転がり込んでそれを避け、ドレッドもまたソリをカバーにそれらを防ぐ。ちなみにトナカイはツノで全てを叩き落としていた。
「なんで本体は防弾なのに屋根なしなんだよ!?」
「ソリだからに決まっとろう!」
言い合う間に羽根ダーツの掃射が止む。猛スピードで駆けるソリの上、ドレッドは顔を出して目線を走らせた。ハーピィが残り4、火の玉は3。
「あの青い火の玉はなんなんだ」
「鬼火じゃな。水を掛けるか、吹き飛ばすのが有効じゃ」
「じゃ、吹っ飛ばすほうだな」
言いながらドレッドは、マグナムの弾を交換する。ハーピィが強く鳴いた。羽根ダーツの次弾がくると直感したドレッドは、視界の隅で鬼火が近付くのも捉えていた。炎の羽根が、来る。
「ピカピカ光ってりゃよォ」
ハーピィが羽根を放つ。鬼火へ向かって。
同時にドレッドもまた、鬼火へ引き金を弾いた。
「狙いやすいよなァ!」
BLAMN!
銃弾は、狙い違わず鬼火を──その内部、同じタイミングで突き刺さったハーピィの羽根を撃ち抜いた。そして。
「ドカン!」
炸裂した銃弾が、鬼火と羽根を消し飛ばす!
「うお眩しっ」
「ギォ、ギャアア!?」
鬼火の炸裂光に目を灼かれ、ハーピィが悲鳴をあげる。
「な、なんじゃあ!?」
「炸裂弾だ! へへ、思ったより派手な花火になったな!」
動けぬハーピィを銃弾が撃ち抜く。
一羽、二羽。統率の乱れたハーピィたちを壊滅させるまでには、そう大した時間は掛からなかった。
***
「……ふぅ。これで全部か」
「うむ。ひとまず休憩じゃ」
シャンシャンシャン。激闘の間も絶えず響いていた鈴の音が空に響く。荷台に身体を埋めながら、ドレッドはサンタに問いかけた。
「あいつら一体なんなんだ?」
「どこかの怪異に雇われた鉄砲玉じゃな」
「怪異の……鉄砲玉?」
「ウム」
手綱を操りながら、サンタは言葉を続ける。
「妖怪、怪物、妖精に悪魔、スペクター……国や場所によって呼び名は様々。共通するのは、人の悲しみや、人間そのものを糧にする者たち、ということじゃ」
人喰いの化け物。呪いや怨霊の類。そういった者たち。ドレッドも子供のころに聞いたことはある。
「さっきも言うたが、ワシの行く先には子供たちがおる。ワシが死ねば子供たちが悲しむし、ワシに化ければ子供たちを襲い、喰らうこともできる。どれも良質な食糧になる……というわけじゃな」
「なんだってそんな回りくどいことを」
「ホ、ホ、ホォ。ヤツらは普段から人間を狙っとるよ。ただな」
シャンシャンシャン。トナカイたちはストイックに前だけを見ている。サンタはそこから視線を外し、ドレッドへと目を遣った。
「毎年決まった時間に、ほぼ似たような経路で、ジジイがひとりで暗がりを進むことがわかっている。……お前さんならどう思う?」
「あー……カモだな」
「ホ、ホ、ホォ」
サンタは高らかに笑った。今この瞬間も、世界中から狙われているというのに。その胆力の太さに、ドレッドは思わず頬を緩めた。
そうして、二人を乗せたソリは世界中へと旅を始めて──
襲撃は。
「ああくっそヒラヒラしやがって! 弾が当たらねえ!」
「あれは一反木綿。布じゃから、銃弾程度では倒せんのぉ」
「あァ? じゃどうすんだよ?」
「安心せい。トナカイが火を吹ける。お前さんは周りの生首どもを頼む」
「そいつホントにトナカイか!?」
空でも。
「うっわデケェムカデ!? 飛んでる!?」
「なんじゃ、まだ虫は苦手なんか」
「なんで知ってんだよテメェ!?」
「ホッホッホ。サンタさんは物知りなんじゃ」
「うわうわうわ待て待て待て蜘蛛やらアリやらも居んじゃねぇかなんで飛んでんだよ常識ってもんはねーのか!?」
「まぁ、相手はモンスターじゃからのぉ」
陸でも。
「次の家はあの辺りのはず……おや?」
「誰か立ってんな、屋根の上」
「あれは……むっ! いかん! メデューサじゃ!」
「あン? 石にするヤツか?」
「そうじゃ! ヤツの目を見ずに戦え!」
「無茶言うんじゃねぇ!」
ソリの上でも。
「うわっ!? おいジジイ、ソリになんか憑いてんぞ!?」
「ム? おお、グレムリンじゃな。飛行機の機械を狂わせる怪異じゃ。このソリにとっては無害じゃな」
「こ、この小人みたいな奴が……?」
「機械音痴のお前さんより、グレムリンの子のほうが機械に強いじゃろうな」
「なんで知ってんだてめぇコラ」
彼らが行く先々で発生した。
「着陸早々大歓迎だなおい」
「首なし武者に、首なし騎士……囲まれたようじゃな」
「こいつらは任せろ。プレゼント置いてこい」
「ドレッド、マグナムは使うでないぞ」
「? なんでだよ」
「子供らが起きるじゃろ」
「アイツら相手にナイフで戦えってか」
「荷台に鉄パイプならあるぞい」
「ジジイ……」
…………………………
………………
……
シャンシャンシャン。鈴の音を聞きながら、ドレッドはフライドチキンを齧っていた。プレゼントを届けた先の家で、「サンタさんへ」というメモと共に置かれていたものだ。
「ふー……生き返るぜ……」
二時間やそこらの間に、一生分の怪異を見た気がする。ドレッドは思い返してため息をついた。
エンカウントのたびに騒ぎつつも、サンタのアドバイスは的確であった。おかげでドレッドは順調に怪異を倒し、そしてサンタは順調にプレゼント配りを続けている。怪異と戦うドレッドの視界の片隅で、大きな白い袋を担いだかと思えば、ふっと煙のように姿が消えるのだ。数秒後に空の袋を手に姿を現す様は、何度見ても目を疑う。
「……にしてもよォ」
「ム?」
ドレッドは御者台に座るサンタ──手綱を片手で握りつつ、ビスケットを食べている──に言葉を投げた。
「アンタ、やたら詳しいな? モンスターやら、ヨーカイやら」
「ホ、ホ、ホォ。伊達に長生きしとらんぞ。お前さんの十倍は生きとる」
「ハッ。そりゃ盛りすぎだろ」
一説には、サンタは悠久の時を生きるとされている。十倍云々はさておき、まぁ少なくとも自分よりも長く生きてはいるのだろう。そう考えるドレッドに、今度はサンタが声をかけた。
「とはいえ、知っとるだけじゃ対処できんのでな。お前さんはようやっとる。流石は名高い傭兵──ドレッド・レッド・バレット」
「………………」
ガリッ。ソリの荷台に、チキンの骨を噛み砕く音が響いた。ボリボリと音を立てながら、ドレッドは据わった瞳でサンタを睨む。
しかしサンタはそれをどこ吹く風と、手綱を繰りながら話を続けた。
「巨大なギャング同士の衝突。血で血を洗うその戦いは、両陣営共に生存者ゼロという凄惨な結果に終わった──そこに送り込まれたただの鉄砲玉が、数日後に血まみれで帰ってくるまでは」
「……おかしいな。俺ァ今威嚇したつもりだったんだが」
「ホ、ホ、ホォ。このくらい、慣れたもんじゃよ」
「チッ。そうかい」
赤い髪、赤い瞳、そして血まみれの赤い服。
戦場で唯一生き残った、真っ赤な鉄砲玉。
「……話題を変えようぜ。あんましいい思い出じゃねーんだ、あれは」
「ホ、ホ、ホォ。それは失礼」
シャンシャンシャン。気付けば雪は止んでいた。というより、雪の降らない地域へきたようだ。ひと晩で世界を周るサンタのソリの周囲は時の流れが異なっており、ドレッドは現在地も、今が何時なのかもよくわかっていない。……まぁ、当人はあまり気にしていないが。
「ん……あの光は次の街か?」
「うむ。もう着くぞい」
遠くに見えた光は、次の瞬間には間近まで来ていた。着陸に備え、ドレッドは辺りを警戒し──
「……いるな。なんか背の高い奴」
「あれは……スレンダーマンじゃな。あまり近づいてはならんぞ。スレンダー病になる」
「なんだそれ?」
「偏執な悪夢に駆られ、最後は脳が溶けるんじゃ」
「怖すぎだろなんだそれ」
シャンシャンシャン。街が近い。サプレッサー付きのピストルを手に、ドレッドはサンタへと声を投げた。
「アイツは任せろ。さっさとプレゼント配ってこい」
「ウム。任せた。停車先は座標を送る」
地面が近づく。スレンダーマンもソリに気付いたようで、のっぺりとした顔でソリの方を見ている。
「……しゃ、やるか」
ドレッドはソリから飛び降り、敵へと銃を乱射して──
数分後。
「ふぅ……待たせたな」
「おおドレッド。戻ったか」
町外れの、とある古い家の屋根。戦いを終えたドレッドを出迎えたのは、チョコレートを頬張るサンタクロースの姿だった。
「なかなか苦戦したようじゃの?」
「まぁな。手足がゴムみたいに伸びるわ、テレポートしまくるわ……」
ドレッドが愚痴を言いながら荷台に飛び乗ったのを確認し、サンタは手綱を振るった。滑らかに飛び始めたソリの荷台で、ドレッドはチキンを齧って言葉を投げた。
「さて、次はなにが出るやら」
「そうじゃなぁ。この地域の怪異といえば……」
シャンシャンシャン。ソリはあっという間に空高く駆け上がり、再び雪のトンネルを纏う。サンタは手綱を繰りながら言葉を続けた。
「マッハグランマ、ジャージーデビル、メロンヘッドに──」
「あとはえっとねー、チュパカブラ!」
「おおそうじゃな。忘れとっ……た?」
「最後のヤツしか知らね……は?」
「あっ」
サンタの言葉に割って入ったのは、少女の声だった。
「あ、やばっ……!」
ドレッドが咄嗟に銃を向けた先には、サンタがいつも担ぐ白い袋があるのみだった。
シャンシャンシャン。訪れた沈黙に、しばし鈴の音だけが響く。よく見れば、白い袋は呼吸をするように動いている。……袋の下に、なにかがいる。気付かずに飛び立ったのは迂闊だった。だが何故襲ってこない?
ドレッドは思案と共に引き金に指をかけ、口を開いた。
「…………誰だ。出てこい」
「だ、誰も居ないよー! アタシは、だ、ただの荷物だよー!」
「「……………………」」
男二人は顔を見合わせた。
殺気や敵意は感じられない。ドレッドは銃をしまうと、白い袋にドカドカと歩み寄って。
「おいこら」
そいつの襟首を掴んで、子猫のごとく持ち上げた。
「わぁっ!? ちょっとなにすんの!」
「痛っててて引っ掻くんじゃねぇ!」
それは、十歳くらいの女の子だった。栗色の髪はボサボサで、顔にはそばかすが目立つ。着ているのはヨレヨレの薄いワンピースのみで、おまけに裸足。「着の身着のまま」と辞書で引いたら出てきそうな装いだ。
「これこれドレッド、服が伸びてしまうぞい」
「言ってる場合か!?」
「はーなーせー!」
ドレッドが思わずツッコんだその隙に、少女は振り子めいて大きくスイングして。
「おりゃー!」
「あだっ!?」
ドレッドの脛にキックを叩き込んだ。思わぬ反撃に手が緩み、少女はソリ上にどさりと落下する。
「ってぇなこのクソガキ!」
「もっとテーネーに扱ってよ! サンタさんでしょ!」
「サンタさんはあっちだけだ!」
「んー……お前さんは」
ギャーギャーと言い争いをする二人を差し置いて、サンタは御者台から冷静に問いかけた。
「……ユナ、じゃったかの?」
「! そう! アタシのこと知ってるの!?」
「ホ、ホ、ホォ。子供たちのことはなんでも知っておる」
「なんでも!? すごーい!」
「言ってる場合か。どうすんだよコイツ」
「うっさい! アタシは今サンタさんに話しかけてんの! ってゆーかサンタさんじゃないならなんで乗ってんのよ!」
「このクソガキ……!」
額に青筋を立てるドレッドを見て、サンタが「大人げないのぉ」と呟いたのが聞こえて、ドレッドは「おいジジイ」と言葉を返す。
「さっさと引き返せ。こいつ帰すぞ」
「えーっ!? やだやだ! アタシも行く!」
「るせぇ。親が心配すんだろ」
「え? なんで?」
「なんでってお前……」
ユナはキョトンとしていた。その表情がこれまでの跳ねっ返りからではなく、心の底から「何故それを問われたのかがわからない」といった様子だったため、ドレッドは少々面食らってしまった。
「どうせ気付かないよ、ウチに居ないし。ママはここ二、三日。パパはずーっと前から」
「……そうかい」
「それにしても」
言葉に詰まったドレッドに変わり、口を開いたのはサンタのほうだった。
「ユナ、いつ、どうやってソリに乗ったんじゃ?」
「え? サンタさんがチョコ食べてる間にこう、すっと」
「……ジジイ……」
「ホ……ホ、ホォ。ま、まぁなんじゃ。一度ちゃんと話そうではないか」
シャンシャンシャン。ソリは順調に空を行く。しばらくは手綱を操る必要がないと判断したサンタは、荷台にひらりと飛び移った。
「ユナや、どうしてこの時間に起きとるんじゃ? 良い子にしとらんと、サンタが来んぞ?」
「ううん、寝てたよ! でも、知らない匂いがしたから目が覚めたの!」
「ホォ。匂いとな?」
「うん! あとは、遠くからなんか音もした。かしょん、がしょんって!」
「……もしかして、サプレッサーの音か?」
ドレッドは訝しむ。おそらく、先ほどソリが停まっていた場所がユナの家だったのだろう。ドレッドが戦っていた場所からはかなり離れており、普通なら聞こえるはずもない。
「フム……なるほどのぉ」
一方のサンタは、なにやら納得した様子だ。置いてけぼりのドレッドは「おいジジイ」と口を開いたが──
「……あれ?」
それを遮ったのは、他ならぬユナだった。
彼女はキョロキョロと辺りを見回し、鼻を鳴らして空気の匂いを嗅いでいる。
「ねぇ、このソリって他にも誰か居る?」
「は?」
「いや……ワシとドレッドと、あとはトナカイだけじゃの」
「え、ホント? うーん……気のせいかな……」
訝しむドレッドの隣で、ユナはなおも鼻を鳴らす。
「うーん……なんか嗅いだことが……あ!」
そして、得心したように声を上げた。
「わかった! ママの機嫌が悪い日の匂い!」
「「……!」」
その瞬間、ドレッドは銃を抜き、サンタはユナの手を取り引き寄せる。「わっ!?」と声を上げたユナに、ドレッドは言葉を投げた。
「おい、その匂いはどっからだ」
「えっ!? っと……」
キョトンとしたユナは更にすんすんと鼻を鳴らし、「んー」と呑気に答えてみせた。
「下、かな──」
BLAMN!
「わっ!?」
躊躇いなく響いた銃声に、ユナが驚きの声をあげ。
「ド、ドレッドーッ!?」
ソリに穴を開けられたサンタが悲鳴をあげ。
「ギャッ!?」
そして、ソリの裏に潜んでいた怪異──ジャージーデビルが、断末魔の声をあげて墜ちていった。
「び、びっくりしたじゃんか!」
「ドレッド! お、おおおお前さん! もうちょっとやりようがあったじゃろうが!」
「襲われてからじゃ遅せぇだろ?」
「そ、そうじゃが……!」
「ンなことより、だ。ジジイ」
ドレッドはそこで言葉を切ると、ユナの頭に手を乗せて不敵に笑った。
「前言撤回だ。連れてくぞ、こいつ」
「! いいの!?」
「おうよ。役に立つからな」
「ホ、ホ、ホォ」
そんなドレッドの姿に、サンタは愉快そうに言葉を続けた。
「素直じゃないのぉ」
「るせぇ」
「ホ、ホ。ちゃんと守ってやるんじゃぞ?」
「そうじゃぞー?」
「このクソガキ……」
シャンシャンシャン。そうして、三人を乗せたソリは空を行き──
そこからの旅路は順調だった。
ユナの索敵の凄まじさに舌を巻き。
「あっちから変な鳴き声!」
「あれは……チュパカブラじゃ!」
「わぁ! ホンモノは初めて見た!」
「喜んでる場合か! めっちゃこっち見てんぞ!?」
着の身着のままのユナに服を買ってやったり。
「てゆーかユナ、寒くねーのか」
「うん? 全然?」
「ホ、ホ、ホォ。もうちょっとマトモな服をやりたいのォ」
「ジジイ、次の家で盗ってこいよ」
「サンタさんになんてこと言うんじゃ」
サンタ用の食べ物を、三人で分けたり。
「これなぁに? パン?」
「マリトッツォじゃな」
「すごい! クリームと果物がたくさん! それに、普通のパンってこんなに柔らかいんだ!?」
「……ユナ、俺の分食っていいぞ」
……………………
…………
……
そうして、数時間──これはドレッドの体感時間であり、実時間とはおそらく異なっている──が経ったころ。
「さて、次の街が最後じゃな」
「やっとか。空も白んできやがったな」
「んぅ……」
ドレッドの横では、ユナが眠りについていた。
「ホ、ホ、ホォ。お疲れのようじゃの」
「ガキは気楽なもんだよな」
掛けてあった毛布がずれているのに気付いて、ドレッドはそれを直してやった。
シャンシャンシャン。鈴の音だけが二人の耳を揺らす。久々の静けさだった。
「……ここの配達が終わったら、解散か」
「そうじゃなぁ。お前さんたちを家に送って、ワシも帰って年越しの準備じゃ」
「やっぱグリーンランドなのか」
「ホ、ホ、ホォ。それは秘密じゃ」
「ハッ。だろうな」
二人がそうして静かに笑った──そんな時だった。
「……うわぁっ!?」
「「!?」」
ユナが突如、跳ね起きた。
彼女は怯えるように視線を彷徨わせ、ドレッドにしがみつく。只事ではない様子だ。
「ど、どうした!?」
「な、なんかヤバいヤツの匂いが──」
「ム。あれは……?」
その時。
サンタは視界の先、満月を背負う高い山の上に、人影を見た。それが、グッと力を込めるように屈み込むのもだ。
そして、次の瞬間。
「GRRRRR!!」
その影は、先頭のトナカイの喉笛に喰らい付いていた。
「なっ!?
「うおっ!?」
「うわぁっ!?」
ソリが大きく揺れ、三人が悲鳴を上げる。その間に、敵はトナカイの首を捻り切った。残りのトナカイが恐慌状態に陥り、更にソリが揺れる。
「こ、こやつは!」
サンタは咄嗟に、荷台へと転がり込む。刹那、敵の爪が座席に突き刺さった。
「か、間一髪……!」
「GRRRR……」
唸り声をあげながら、敵は御者台に足を掛ける。三人は改めて、月を背負うその姿を目撃した。
鋭い爪、鋭い牙。灰色の毛に覆われた、筋骨隆々の肉体。そしてなにより目を引くのは……狼のような、その相貌。
「こやつ……ワーウルフか……!」
「GRRR!」
敵──ワーウルフは一歩踏み出し、サンタを引き裂かんとする……が。
BLAMN! BLABLABLAMN!
「おいおい、発情期か?」
「GRRRR……」
響く銃声に敢えなく後退し、ワーウルフは威嚇するように唸った。その金色の瞳が、ドレッドの真紅の視線とぶつかり合う。
「こいよ。タマ遊びだ」
「GRRR!」
不敵に笑うドレッドに向かい、ワーウルフは迷わず飛び掛かった。袈裟懸けに襲いきた鋭い爪を、ドレッドはマグナムの銃身で受け止める。衝撃で再びソリが揺れ、トナカイたちが喚き出した。
「ジジイ! 今のうちにトナカイどうにかしろ!」
「ウ、ウム!」
「GRR!」
「テメーはこっちだ!」
BLAMN!
ドレッドのマグナムが火を吹き、ワーウルフは咄嗟に身体を反らせてそれを避ける。
BLAMBLAMBLAMN! さらに追い縋るマグナム掃射を、ワーウルフは身を翻して回避する。
「図体の割にちょこまかと……!」
「GRRRR!」
ドレッドの掃射が止む。リロードの隙に床を蹴り間合いを詰め、ワーウルフは速力を乗せた渾身の拳をドレッドに叩き込む。
「ちっ!」
ドレッドは咄嗟に、鉄パイプでそれを受けた。
轟音が鳴り、鉄パイプがひしゃげ、ドレッドの全身が軋み──
ぐらり、と。
ソリが大きく揺れて。
「え、ちょ──」
ユナの身体が、浮き上がる。
「あっ」
「なっ……!?」
シャンシャンシャンシャン。暴走トナカイが猛スピードで前進し、テーブルクロス引きのごとくユナだけが夜空に取り残されて。
「う、うわぁぁぁあ!?」
「っ……ユナ!」
自由落下をはじめたユナを追い、ドレッドはソリを蹴った。
「GRRRR……」
ワーウルフは追ってこず、金の瞳でドレッドを見ている。それがニヤリと笑っているように見えて、ドレッドの頭に血が上った。
「……ナメんじゃ──」
ドレッドは叫びながら、落ちゆくユナの手を取り引き寄せる。そして空中で身体を捻り、マグナムを構えて。
「──ねぇ!」
BLAMN!
「GRR!?」
不意打ちの炸裂弾を顔面に受け、ワーウルフの身体が仰け反った。同時にサンタが手綱を振るい、再びソリが大きく揺れる。
「GRRR……!?」
ワーウルフが、放り出される。
シャンシャンシャン──
鈴の音が遠ざかっていくのを聴きながら、ドレッドは浮遊感に身を任せ、ユナを抱き寄せ目を閉じて──
***
寒い。冷たい。瞼が重い。息をするだけで全身が痛い。
「……ド! ドレ……!」
この一晩ですっかり馴染んだ声が、意識に入り込んでくる。もう少し寝ていたいのだが──
「ドレッドってば!」
「…………!」
少女の悲痛な叫びに呼ばれ、ドレッドの意識は完全に引き戻された。目を開ければ目の前には、心配そうなユナの顔。そして一面の雪原。
「……俺はどのくらい寝てた?」
「えっ!? た、たぶん1分くらい……?」
「そうか」
言いながら己を強いて身を起こし、ドレッドは雪原に座り込む。あたりは浅めのクレーターのようになっており、どうやら雪がクッションになってくれたらしいとわかった。
「痛てて……ユナ。ケガは?」
「な、ない……ってアタシのことよりドレッドが血だらけだよ!」
「こんくらい……いつものことだ」
雪の白に血の赤色がよく映えている。我ながらだいぶ出たものだ、とドレッドが笑っていると、ユナは「なんで……」と声を震わせた。
「なんで、こんな無茶したの……!」
「そりゃ、テメーを助けるため──」
「なんで助けたのさって聞いてんの!」
ユナの大声に、ドレッドは目を見開いた。ユナは拳を握り締め、絞り出すように言葉を続ける。
「あ、アタシがドジっただけなのに、なんでドレッドが大怪我してるの!? アタシはそんなっ」
大粒の涙を浮かべながら。
「そんな価値、ないのに……っ」
──どうせ気付かないよ、ウチに居ないし。ママはここ二、三日。パパはずーっと前から
──普通のパンってこんなに柔らかいんだ!?
「……俺は、命を張る価値があると思ったもんにしか張らねーよ」
ユナの言葉を思い返しながら、ドレッドは言い返す。「でも」と口を開くユナを視線で制して、彼は言葉を続けた。
「俺の母親はよ。飯作ってる最中に消えたんだ」
「え?」
ドレッドはそこで言葉を切って、深呼吸。吸って、吐いて、咽せた。血が混じっている。仕方ないと割り切る。
「父親が死んで、三日後だった。火ぃつけたままだったからそのまま火事んなって、俺は危うく焼け死ぬとこだった。だから、なんつーか」
ドレッドは再度大きく息を吸い、不安そうなユナに微笑んだ。
「オメーが他人とは、思えなかったんだよな」
「ドレッド…………」
吸って、吐く。吸って……吐く。よし。いける。
「だからオメーの言いたいこたァわかる」
親にとって自分は不要だったんだと。
その程度の価値しかなかったんだと。
全てを呪い続けたあの頃。
「けど、オメーの自己評価なんて関係ねーんだ」
──お前がどう思っていようと、俺から見りゃお前にゃ価値がある。そんだけだ。
それはかつて、赤い銃弾が今のオヤジからもらった言葉。
「俺から見りゃ、オメーは無価値なんかじゃねェ。そんだけだ」
ドレッドは立ち上がる。全身が危険信号をあげているが全て無視。まだ、やらねばならないことがある。
「で、それを納得するためにも、だ。ユナ」
「?」
武器の確認をしながら、ドレッドはニカっと笑ってみせた。
「手伝え。倒すぜ、アイツを。俺たちで」
***
ワーウルフの最も厄介な点は、驚異的な再生能力だ。腹に穴が空こうと腕が捥げようと、数分で回復する。故に、頭や心臓を一撃で吹き飛ばせ──
ユナが伝えてきた伝言は、概ねそんなところだった。暴走トナカイに引きずられながらも、サンタが叫んでいたらしい。強かなジジイだ。
「にしてもよォ……」
ドレッドは血の混じった唾を吐く。その視線の先には、雪原を歩いてくるワーウルフの姿。もちろん無傷である。
「GRRRR……」
「同じ高さから落ちたっつーのに、ズルだろそれ」
言いながら、ドレッドは銃を構える。ワーウルフはそれに応えることなく、地を蹴った。
「GRRR──!」
その姿がブレて、消える。
山の上から上空のソリまで一瞬で移動してのけ、サンタのソリがひっくり返るほどの、脚力。
「ッ!」
ガインッ。ワーウルフの一撃・薙ぎ払いを、半ば反射的に鉄パイプで受ける。速力の乗った一撃に、ドレッドの身体が弾き飛ばされる。
「重っ……!」
「GRRRR!」
次の一撃が来る。爪。ドレッドは歪んだ鉄パイプでそれを受ける。ギンッと金属音が響く。
──打撲はいくらでも喰らってやる。ヤバいのは爪と牙だ。
「ドレッド……!」
岩陰から戦いを見守りながら、ユナはドレッドの言葉を反芻する。
──スピードもパワーもアイツが上。対してこっちは45口径があと三発。
──しかもそれで、頭か心臓を吹っ飛ばす必要がある。
「だからってこんな作戦……!」
「GRRRR!」
「うお危ねぇっ!」
爪による薙ぎ払いを間一髪で回避。咬みつきも、突きも、全てギリギリで回避。そして。
「おいおいどうしたどうした、当たんねーぞそんなんじゃ!」
「GRRRR!!!」
その度に全力で煽る。
──ユナ、てめーは黙って戦いを見てろ。そんで……
素人であるユナから見ても、ワーウルフの動きが段々と大振りになっていくのが見てとれる。
軋む身体に鞭打って、ドレッドはひたすら回避と防御に専念する。鉄パイプは最早原型を留めていない。それでもなお、防ぎ続ける。
「あれれれー? なんだか単調になってきまちゅたねー?」
「GRRRR……!」
埒が開かないと判断したのか、それとも苛立ちが頂点に達したのか。
ワーウルフは大きく飛び退り、ドレッドと距離を取り。
──アイツが消えたら、勝負だ。
「GRRRR!」
その姿が、ブレて消える。
ワーウルフの必殺の一撃。超脚力による速度を乗せた、必殺の突き。
「ユナァッ!」
「ドレッドから見て、右!」
ユナの声に反応し、ドレッドはくるりと右を向く。しかし。
「ぐっ、痛っ──」
「ドレッド!?」
ワーウルフはほくそ笑んだ。人間は弱い。大怪我の割には良く頑張ったが、最後の最後に身体に裏切られたらしい。
全速力を乗せ、ワーウルフは右の貫手を引き絞り──
「GRRRR!」
それは過たず、ドレッドの胸を貫いた。
「ごぶっ──」
ドレッドの口から吹き出した血が、ワーウルフの顔を濡らす。その手から力が抜け、鉄パイプとマグナムが地面に落ちた。
健康な肉体。前菜にはちょうど良い。まずはコイツを平らげ、あちらの子供をメインディッシュに──
「ぐ……は、っ……」
「…………GRR」
なんだまだ生きているのか。ワーウルフは驚く。しかし最早虫の息。ゴボゴボと血を吐きながら、ドレッドは言葉を漏らす。小さな囁きのようなものではあったが、ワーウルフの耳にははっきりと聞こえてきた。
「勝ちを……確信した、時がよォ」
「……!?」
ワーウルフは瞠目した。自分の胸を貫く腕を、ドレッドが抱え込んだのだ。
「一番……油断、すんだよなァ……!」
「GRRRR!?」
更にドレッドは、逆の手でワーウルフの肩を掴んだ。万力のような握力に、肩の骨が悲鳴をあげる。
そこへきてワーウルフは、ようやく事態の異常さに気付いた。胸を貫かれて何故生きている。何故こんな力が。腕が、身体が、動かない。前にも、後ろにも。
「ごふっ……へへ。不死身のバケモンとの戦いは初めてか、ワンコロ?」
タタタッ。
足音が聞こえた。人間の子供。ユナの。
──アイツが消えたら、勝負だ。
──俺が動きを止めるから、奴の頭にマグナムをぶっ放せ!
ユナはワーウルフの足元に駆け込み、落ちていたマグナムを拾い上げる。
「GR!?」
ドレッドの腕にさらに力が籠る。身を捩ることすらできず、ワーウルフが呻く。
「逃さねーよ。やれ、ユナ!」
「う……あああぁぁっ!」
BLAMN!
「GR──」
真下から放たれた45口径が、ワーウルフの喉から突き刺さり、頭を吹き飛ばす。
ワーウルフが最期に見たのは、赤髪赤目、真っ赤に染まったその男の、不敵な笑みだった。
***
シャンシャンシャン。七頭のトナカイの引くソリが、真昼の空を飛んでいく。
その荷台には今小さなテーブル置かれ、ドレッド、ユナ、そしてサンタの三人がそれを囲んでいる。テーブルに並ぶのは七面鳥やピザ、ビール、ケーキ、エトセトラ、エトセトラ。つまり──
「っておいユナ、お前なに飲んでんだそれ!?」
「ぶどうじゅーす!」
「ホォ!? そりゃワインじゃよ!?」
──パーティである。
サンタは無事に、最後の街の配達を終えた。ワーウルフを倒し護衛を完遂したドレッドたちへの労いも込めた食事会だ。
数時間前まで全身傷だらけで腹に穴が空いていたはずなのに、ドレッドは今やピンピンしている。その姿を改めて見て、ユナはドレッドに絡む。
「ってゆーかロレッロ、不死身ならもっと早く言っといてよ。怖かったんらからね」
「うおい水持ってこい、結構飲んでんぞこいつ」
ギャングの抗争から生還し、高所から落下しても死なず、胸を貫かれてなお戦える。
それらはひとえに、ドレッドが不死の存在であるが故である。
「聞いてんのーロレッロー?」
「はいはい聞いてる聞いてる。ほれ、水。飲め」
「むー……」
「……死なないっつっても、わざわざ言うことでもねーっつーか。怪我すりゃ普通に痛てーしよ」
「びっくりしたっつってんのー!」
「ホ、ホ、ホォ。怒り上戸じゃな」
サンタは楽しげに笑うと、「なあドレッド」と声をかけた。
「お前さんの母親──ユミルの娘についてじゃが」
「あん? 知ってんのか」
「そう睨むな。200年ほど前に見たっきりじゃ」
「失踪後じゃねーか。どこで見た」
前のめりなドレッドを、サンタは「知らんほうがええ。そんな場所じゃ」と押し返す。
「ひとつ言えるのは、お前さんを捨てたわけではない。連れ去られたんじゃよ、あれは」
「……そうかい」
シャンシャンシャン。ソリの上に沈黙が落ちる。いつの間にかユナが寝落ちしているのに気付いて、ドレッドは毛布を掛けてやった。
「こいつも、なんかそういう奴なのか?」
「恐らくは。ワーウルフの末裔じゃろう」
「……因果なもんだな」
シャンシャンシャン。ドレッドの街が見えてきた。雪はすっかり止んでいて、青空の下をソリがゆく。
「なぁドレッドや」
「ん」
荷造りをはじめたドレッドに、ワイン片手にサンタが声を掛ける。
「来年も手伝ってもらえんかの?」
「……ギャラ次第だな」
「ホ、ホ、ホォ。危険手当付きにしとくかの」
豊かな髭を撫でながらサンタが笑う。ドレッドは「頼むわ」と笑うと、荷物を担いだ。
「年イチでも楽しみがありゃ、生きる気にもなる」
「ホ、ホ、ホォ。そうじゃな。ワシもそうじゃ」
シャンシャンシャン。オヤジの屋敷が見えた。庭に佇むオヤジと目があって、ドレッドは軽く手を振ってみせる。
「ここでいい。跳ぶわ」
「ウム。……おお、そうじゃ」
ソリが空中で静止したところで、サンタは白い袋から小箱を取り出し、ドレッドに投げて寄越した。
「忘れるとこだったわい」
「……俺ァもう大人なんだが」
「ワシはお前さんの十倍は生きとる」
「だから流石に盛ってんだろそれは」
そうして二人は笑い、今度こそドレッドはソリに足を掛けて。
「じゃあな、ジジイ。ユナを頼む」
「ウム。……メリークリスマス!」
「おう、メリークリスマス」
ドレッドは足に力を込め、跳び降りる。
雲ひとつない晴れやかな青空へ、ソリは飛び去っていく。
それが見えなくなるまで、ドレッドはしばし空を見上げていた。
(完)
あとがき
お疲れ様です、桃之字/犬飼です。まだ犬は飼えていません。
本作は #パルプアドベントカレンダー2023 への参加作です。最近は美少女が仲良いだけのお話とかを書きまくってたので、血と硝煙の香り漂うお話はのは久々です。
アドカレももう終盤!
明日は高柳総一郎さんです!
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