トレンチコートとモッズコート Act1.岩窟族の隠れ里(4/完)
承前
(これまでのあらすじ)
シトリとトゥは荒事専門のよろず屋だ。トレンチコートの侍と、モッズコートの格闘家のコンビで、侍のほうがシトリ、格闘家のほうがトゥ。
ある雪の日、タンクトップの筋肉男・クアドの依頼で岩窟村に向かう二人。そこに因縁の相手(?)アンが現れ、クアドの様子が急変。なんと彼は悪魔の様な姿に変貌してしまった!
Part4
「うわ、マジで悪魔じゃん」
屋根の上から様子を伺っていたトゥは、変異したクアドをみて顔をしかめた。
「でしょ? 前も、いきなりあんな感じで……」
アンは悲しげな目で広場を見つめる。彼女の父親は、クアドを止めようとして"引き千切られた"らしい。トゥはそちらを一瞥して、口を開いた。
「さっきの様子見てっと、やっぱりあそこの金髪がなんかやったみてーだな」
「うん。あいつをなんとかしないと──あ」
その時、アンが耳につけた通信機が震えた。
「トゥ、準備できたって」
「オッケー。じゃあ、作戦開始だ」
***
「ARRRRRRRRGGGHHHHHHHH!!!!」
「──ッ!」
クアド──否、"カルテ"と呼ばれた鉛色の悪魔の攻撃を、シトリは屈んで回避した。その一撃は、家一軒を易々と吹き飛ばす。
その様を見て、アンが狂った様に嗤う。
「キャッハハハ! 苦戦してるね! してるね!」
嬉しそうに笑いながら、その少女は言葉を続ける。
「岩窟族! 硬い石しか食えない弱小生物! そいつはその生き残り!」
BLAM! SMASH! SMASH! BLAM!
"悪魔"カルテの攻撃の間を縫うように、アンの銃撃がシトリを襲う。シトリはコートを翻しながら舞い、攻撃を避ける。
「双子で生き残ったクセに、今はひとりっきり! どうして? どうして? キャハハハハ!」
「ARRRGHHHHH!」
狂ったように嗤うアンの声を聞いて、悪魔"カルテ"の暴走が激しさを増す。カルテは地面を幾度も叩く。幾度も幾度も。まるで神に祈るかの如く──否、懺悔するかの如く。
「なぜならそいつは"共喰らい"! 兄の身体を食べちゃった! 硬い石の身体を食べちゃった! キャッハハハハ!」
シトリは目を細め、大きく跳び退った。狂ったように嗤う少女と、狂ったように暴れる悪魔から距離を取り、ぽそりと呟く。
「…………遅いぞ」
その視線の先、100メートルほど離れた位置にトゥが現れた。彼は一瞬の間を挟み、スプリントを開始する。
同時に、夜色の裂け目から"ダブ"の声が響いた。
<アン! 伏せろ!>
「──ッ!?」
「どおおっりゃああああ!」
咄嗟に伏せたアンの頭上を、トゥの渾身の飛び蹴りが通過した。自動車の如き速度で砲弾と化したその蹴りは、悪魔"カルテ"の背中に直撃した。
CLAAAAAASH!
「ARRRRGH!」
不意を打たれ、唸りながら膝をつく悪魔を置き去りに、トゥは空中で身を捩る。モッズコートのフードがその頭を覆った。トゥはシトリの側に着地すると、ニッと笑って声をかける。
「シトリ、判決は?」
「クアドの方は有罪、だが情状酌量の余地あり。あっちの女は完全アウト。どうだ?」
「同感だ」
トゥはフードを取り、構えた。シトリも同様に、右手を刀に添えて腰を落とす。その視線の先では、悪魔が再び立ち上がり、敵意の篭った眼差しで両者を睨んでいる。
「とりあえず──あの悪魔を止めるぞ!」
言うが早いか、トゥは地を蹴り、悪魔の眼前へと間合いを詰めた。その様をアンが嘲笑う。
「え、なになに? 素手でやるの? やるの? そいつの体は岩より硬いのに? バカだー!」
「ARRRGHHHH!!!!!」
アンの嘲笑を、悪魔"カルテ"の咆哮が掻き消した。鉛色の筋肉が盛り上がり、凄まじい風切り音と共にトゥへと繰り出される。
「は? うるせーよ」
トゥは微塵も臆すことなく、自身もまた右の拳を突き出した。
両者の拳が激突する!
SMAAAAAAAAAAAASH!
両者を中心に衝撃波が迸り、地面に蜘蛛の巣状のひび割れが生じる。轟音が吹き荒れ、そして──
「岩くらい砕けるだろ、普通に」
「UNGH……!?」
ビキビキビキと鋭い音を立てて、悪魔"カルテ"の右腕に亀裂が入った。
「なっ──」
「然り」
アンが驚きの声をあげる。それを遮るように、シトリが呟いた。その姿が蜃気楼のようにブレる──
「この程度、造作もない」
刹那、その姿は悪魔の背後に出現した。右手は鯉口が切られた状態の刀に添えられており──今、その刀身が完全に鞘に収まった。
キンッ──
「…………GHH……!?」
悪魔は呻くのが精一杯だった。一瞬で上半身と下半身は分断され、その両腕は付け根から切断され──その岩の身体は、宙を舞った。
「ハ!? え!? なに今の!? なに今の!?」
「てめーも道連れだ!」
あまりの自体に対応できないアンめがけて、トゥは悪魔の上半身を蹴り飛ばした。鉛色の砲弾と化したそれは狙い違わず少女へと迫る。
<アン!>
響いたのは、"ダブ"の声だった。
両手で顔を庇って身を硬くするアンの眼前、砲弾との間に大きな夜色の裂け目が生じた。悪魔の身体はそれに頭から衝突し、細切れに分解されていく。
「このっ……!」
アンはなんとか目を開き、右手の銃をトゥへと──
「──今だ、サン!」
その直前、トゥが声を上げた。それを合図に、周囲の屋根の上に武装した人間たちが現れる。
サンは自らも銃を構え──叫んだ。
「全員──撃てェッ!」
「──ッ!?」
アンは驚きに目を見開いた。"ダブ"の防御は使用中。間に合わない──
「やだっ……やめ──」
BLATATATATATATATATA!!!!
──少女の身体が、銃弾に踊る。
岩窟村の悪魔事件は、斯くして幕を閉じたのだった。
***
シトリとトゥは荒事専門のよろず屋で、トレンチコートのサムライと、モッズコートの格闘家のコンビだ。サムライのほうがシトリ、武道家のほうがトゥ。彼らはいつも同じバーにいて、依頼がくるまで酒を飲んでいる。
その日は妙に寒い日だった。街には雪が降り積もり、空気は鋭く澄んでいて、北風が道行く者を容赦なく凍らせていた。
シトリはカウンターで眠りこけている。振り返りを終えたトゥはグラスを空けて、カウンターの向こうにいる男に声をかけた。
「クアド、キールをもう一杯」
「また濃いめか?」
「おう」
黒いタンクトップを身に纏う彼は、その大きな手で器用にカクテルを作り始めた。ちなみにマスターは奥で帳簿をつけている。曰く、「俺よりクアドの方が美味いもん作れる」だそうだ。
「それにしても──よく生きてたよね、クアド」
クアドを眺めるトゥに話しかけてきたのは、サンだ。ジーンズにTシャツ姿の彼女はモップを手に、店の床掃除をしている。そちらをちらりと一瞥し、トゥは肘をついたまま口を開いた。
「頭さえ無事なら岩食ったら再生できるってお前、めっちゃ便利な身体だよな」
出来上がったカクテルをトゥの前に差し出しながら、クアドは笑う。その笑顔は、ボディビルダーのようなそれではなく、より自然な笑顔だった。
「そうでもないぞ。条件を満たした岩はなかなかない。あの地──サンの故郷でなければ、俺はきっと死んでいた」
──あの日、あの戦いの後。
奇跡的な復活を遂げたクアドは、「村の人々へ顔向けできないし、今後いつまた悪魔になるかわからないから」と、村を出ることにした。
そしてシトリが「そういえばマスターが手伝いを探してた」などと言いだしたのをきっかけに、彼はこのバーで働くことになったのだった。勿論、次に悪魔になったらぶっ殺すという契約つきだ。
ちなみにサンは「私もついてく! クアドとシトリのせいで私んちぶっ壊れたし!」とか言ってついてきた。どうやら広場での戦いで崩落した家屋がサンの家だったらしい。
マスターは「いやぁ、手伝いはひとりでいいんだけどな……」とぼやいていたが、なんだかんだで両方の面倒を見ることにしたようだった。ちなみに2人とも、時折シトリとトゥの依頼を手伝ったりもしている。
「それはそうと」
眠っていたシトリが不意に目覚め、呟いた。
「あの時の女──アンといったか。奴は本当に死んだんだろうか」
その言葉に一同は顔を見合わせる。
蜂の巣にされたアンの身体は、"ダブ"の生み出した裂け目に呑まれて消えてしまった。生死は不明だが、あれ以来姿を見たことはない。
「いやぁ、流石に蜂の巣になってたし……」と言うアンに頷きつつ、トゥはため息をついた。
「けど……なんか、また出てきたりしてな」
***
BLAM! BLAM! BLAM!
夜色の部屋に、銃声が響く。一発ごとに、的がわりに並べられた空き缶が消滅していく。全ての缶を消滅させた後、少女は──アンは銃を収めた。
その背後に佇む、紺色のタキシードを着た男が口を開く。
「仕上がりは上々のようだな、アン」
「ええ。最初から自分の身体だったみたい……」
アンの左腕と右足は、人工物へと置き換えられていた。服に隠れて見えないが、彼女の全身はどこも似たようなものだ。
「感謝してるわ──ダブ」
「なんてことないさ。"あの人"のおかげだよ」
薄く笑い、"ダブ"と呼ばれた男はアンの側に歩み寄り、その顔を覗き込んだ。そしてアンの瞳に揺れる憎悪の炎を見て取って、顔を綻ばせる。
「良い子だ。さぁ、"準備"を始めよう。復讐の準備を──"あの人"も、それを望んでいるよ」
「次に会ったら、指先から順に消滅させてやる……!」
大いなる陰謀が渦を巻いていることを、シトリとトゥはまだ知る由もなかった──
【モッズコートとトレンチコート】
第1話 「岩窟族の隠れ里」
完
あとがき