【小説】砂漠の遺物と遺物の僕ら

 10年前まで、この世界には魔王がいた。
 人々は魔王に怯え、魔物と戦い、さまざまな種族が共に手を取り合って生活をしていた。
 国王は種族の垣根を超えて腕の立つ者たちを集めて、魔王討伐体を結成。幾度もの全滅を経て、10年前、とうとう魔王の討伐に成功した。
 世界には平和が戻り、人々は笑顔で暮らせる。
 ……皆そう思っていたのに、実際はそんな夢物語のようにはならなかった。
 勇者との戦いの最中、魔王が世界中の魔力の大半を吸い取った。そしてそれを解放させることなく、勇者は魔王を殺してしまった。
 魔力を糧に生きていた精霊たちは餓死してしまって、世界中の植物が枯れ果てた。
 世界の8割が砂漠になるのに、1年とかからなかった。

 肉の焼ける匂いがして、僕は目を覚ました。
 視界には大きな岩壁。一瞬、自分がいる場所がわからなかったが、そういえば昨日寝床を変えたんだったと思い至る。
 僕は起き上がって辺りを見回した。崖の前に大きな岩が二つ折り重なってできたこの空間は、人間が4,5人入れるくらいの広さだ。砂でできた地面には藁が敷かれていて、今はちょうど僕が寝ていた形に凹んでいる。部屋の隅には僕と妹の荷物が置かれていて、妹のほうは口が開いている。
「あ。お兄ちゃんおはよ」
 入り口から、妹のエリカが顔を出した。日焼けを知らない白い肌、海のような青い瞳、そしてピンと尖った耳。我が妹ながらエルフ族の中でも類を見ない美人だ。今日も可愛い。
「おはよ……もう起きてたのか」
「あは。なんか目が覚めちゃって」
 僕も外に出て、あたりを見回した。東の空が白み始めている。そろそろ日が昇るころだ。
「その肉は?」
「さっき"地雷"でリザードが吹っ飛んでてね。回収して、捌いてみたの」
 エリカが指さした先を見ると、人間くらいの大きさのトカゲが逆さづりにされ、血抜きされている。尻尾は切り取られているので、今鉄板で焼かれているのはその肉だろう。このサイズの人型トカゲを平然と捌く妹に、僕はなんとも言えない気持ちになる。
「すげーなお前……」
「いやいや、凄いのは"地雷"のほうだよ。こんな大きなリザード、なかなか捕れないし!」
 魔王は、人為的にモノに込められた魔力は吸い取れなかったらしい。魔法の剣とか杖とか、僕らはそういった"遺物"を探して旅をしているのだが、エリカが言った"地雷"もその遺物のひとつだ。元は魔王軍の兵器だったものらしい。埋もれている状態ではエルフ以外には視認できないため、人・魔物を問わず踏んでしまう危険物だ。こうして"事故死"したものが僕らの食料になることも珍しくない。
「ほい。そろそろいいんじゃないかな」
「ん。ありがと」
 差し出された肉にかじりつく。案外臭みもなく、悪くない味わいだ。
「こないだのゴブリンの肉の味を思えば、たいていのものは美味しく食べられるね」
「あー、あれはなぁ……」
 エリカの言葉に先日の食事を思い出し、僕は気分が悪くなる。ゴブリンは他の魔物よりも人型に近い。体型は人間のお爺さんのようなそれを、エリカが普通に"捌いて"食べたのだが……。
「……味もだけど、捌いてる絵面からしてキツかった」
「え? そう?」
 本当に理解ができないようで、エリカがきょとんとした目でこちらを見た。
 勇者と共に父は戦い、散った。母は心労が祟って死んでしまった。僕は幼かった妹を連れて旅に出て、砂まみれの世界で8年。運よくここまで生きている。
 エリカは人生のほとんどを旅の中で過ごしているせいで、僕以上に旅に適応して……多分、狂ってしまっている。前回の寝床はエリカが"食料"として人を攫ったせいで追い出されてしまったくらいだ。
「食べきれない分は干し肉にしちゃうね」
「うん、ありがと」 
 手際よく人身大のトカゲを解体していくエリカ。それをみながら、僕は肉を齧る。
 彼女は多分、もう旅の中でしか生きていけない。砂に埋まった地雷と同じで、人やエルフに埋もれていたら、不意に誰かを殺めてしまうかもしれない。
 この寝床もしばらくしたら引き払うつもりだ。そうしてできるだけたくさんの場所を旅して、ひっそりと死んでいく。
 エリカのために僕ができることはもう、それしかない。
 勇者も魔王もいない世界には、きっともう希望はない。
 僕たちは砂にまみれたまま、これからも旅を続けていく。

fin

あとがき
 最近、ゼルダBoWを全クリしました。今はマスターモードで世界を回ってます。あのゲーム、厄災ガノンを倒すとエンディングからのムービーからのタイトル画面って感じで、平和になったあとの世界って歩けないんですよね。ボコブリンに追い掛け回されない旅がしたい・・・
 久々の二刻小説でした。所要時間:72分
 お題は「三題噺のお題メーカー」からいただきました。
『制作本舗ていたらくは「砂」「地雷」「消えた魔法」を使って創作するんだ!ジャンルは「偏愛モノ」だよ!頑張ってね!』
 ショートショートで偏愛モノって難しいっすね。ちゃんと偏愛モノになったかは……わからん……。

----宣伝-----
 字下げを自動化するツール『字下げくん』を作りました。
 この小説もスマホで書いた後、このツールで段落つけてます。
 紹介記事はこちら


いいなと思ったら応援しよう!

桃之字/犬飼タ伊
🍑いただいたドネートはたぶん日本酒に化けます 🍑感想等はお気軽に質問箱にどうぞ!   https://peing.net/ja/tate_ala_arc 🍑なお現物支給も受け付けています。   http://amzn.asia/f1QZoXz