碧空戦士アマガサ 第4話「英雄と復讐者」 Part6
前回のあらすじ
雨狐<雨垂>に敗北を喫した湊斗は、過去の夢を見ていた。崩落する家、哄笑するイナリ、そして身を挺して湊斗を庇い散った、姉の姿。
悪夢から跳び起きた湊斗は、<時雨>本部の救護室にいる自分を見出す。そして傍にいたトーマから事情を聞いていたが──?
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『うわああああん湊斗ォぉおお!』
カラカサの泣き声と共に、カラコロカラコロと下駄が鳴る。駆け寄ってくるのに合わせて"それ"に気付き、湊斗は声をあげた。
「ちょっ……え、なに!? なんかみたらし団子の臭いがするんだけど!?」
『姐さんが、姐さんがァッ! 言うこと聞かないと熱々のみたらしをかけるぞってェ! みたらし番傘にして食べちゃうってェ! ウワァァアアアーーン!』
泣き叫ぶカラカサの言葉に、湊斗はポカンとしたまま晴香のほうを見た。そんな彼女の手には、湯気のあがる小さな手鍋。晴香はその視線を涼しい顔で受け止めると、ツカツカとベッドサイドに歩み寄った。
「ちょっと"話を聞いてた"だけだ」
『ご、ゴーモンだよ! ゴーモン!』
「あん? みたらし団子のタレをかけるぞって脅しただけだろ?」
『脅しじゃなく! かかってるんだよ! 結構! べったり!』
「そりゃお前がはぐらかすからだ」
ギャンギャンと泣きわめくカラカサの相手はそこそこに、晴香が手鍋をサイドテーブルに置く。そんな様子を見ながら、湊斗は問いかけた。
「……晴香さん、どういうつもり?」
「お前らの"隠しごと"を知りたくてな」
「…………」
悪びれる様子のない晴香に、湊斗の視線が鋭くなる。晴香もまた鋭い眼光でそれを見つめ返し、口を開いた。
「湊斗。あの雨狐が言ってた拷問云々の件だが──」
「……情報を聞き出すために、あいつらを倒す前に痛めつけただけだよ」
「そうか。……で、その痛めつけの件、なぜ私たちに言わなかった?」
食い気味に言い返した湊斗に、晴香はため息と共に問いかける。湊斗は晴香から視線を外さぬままに言い返した。
「言う必要あった? 情報は渡してたでしょ」
「言わない理由があったのか?」
「別に」
湊斗がそっけなく答えると、晴香の瞳に苛立ちの色が浮かんだ。彼女はすぐに感情が表に出る。素直で、良い人だ。……まるで、湊斗の姉のように。
──あんたは、私が守るから。
先ほどの夢が脳裏をよぎる。今は亡き、姉の姿。事故で足を失っていたにも拘わらず、アクティブな人だった。感情豊かで、笑顔の絶えない人だった。湊斗が友達と喧嘩したとき、「それでも人を殴るのはよくない」とか言いながら殴り倒されたっけ。
そんな理不尽さも含め、晴香はどこか姉に似ている。素直で、感情豊かで、悪いことには悪いと言える──良い人だ。
そんな人に、「怪人を痛めつけて知りました」などと言えるわけがない。というか、どうして晴香はそれを言えると思っているのだろうか。
「……それにさ」
そこまで考えたとき、湊斗は無意識に言葉を零していた。
自覚はなかったが、どうやら湊斗自身も苛ついていたらしい。夢見の悪さのせいだろうか。先般の敗戦のせいだろうか。それとも、カラカサがひどい目に遭ったからだろうか。むしろ、その全てか。
気付いたときには、湊斗は敢えて攻撃的な言葉を選び、晴香にぶつけていた。
「言ったとしても、どうせ晴香さんじゃ無理だよ」
「……ンだと?」
晴香の眉根に皺が寄る。睨まれるが、湊斗はそれを真っ向から睨み返し、言葉を続ける。
「雨狐を人間扱いしてる晴香さんには、絶対に、無理」
湊斗の脳裏に浮かぶのは、マーベラス河本を巡る事件での晴香の言葉。
──なぁ湊斗。あの子狐のあの扱い、どう思う?
──無理矢理戦わされてるとか? だとするとなんか、そっちの意味でも厄介だよな。やりづらいというか……
「人間扱い……?」
晴香は「言われた意味がわからない」という顔をしている。そうだろう。彼女にとって雨狐は"犯人"だ。だが、湊斗にとっては違う。
「あいつらは人間じゃない。雨狐、人に害なす存在、危険なバケモノだ。だから倒さなきゃいけない。山に出た鬼と一緒だよ」
「あん? ンなこたわかって──」
「わかってないんだよ。だから拷問だのなんだのって話が気になるんだ。人と同じだと思ってるから」
晴香の言葉をぴしゃりと遮って、湊斗は言葉を続ける。
「あいつらの中には、無理矢理戦わされている奴なんていない。大人も子供もだ。俺はそいつらを倒すためにこの力を得た。カラカサの力を借りて、あのバケモノと戦えるように。そして原初の雨狐、イナリや羽音や紫陽花に辿り着き、倒すために」
言い聞かせる。晴香に、ソーマに、カラカサに、そして──湊斗自身に。
「でもまだ情報が足りない。だからあいつら自身から情報を吐かせる。そうして集めた情報で次の雨狐を探し、倒し、そうしてイナリを、原初の雨狐を倒す。俺はこれまでそうしてきたし、それを変えるつもりはない!」
ボルテージの上がっていく湊斗。対する晴香も少しだけ声を大きくし、言い返す。
「落ち着けよ湊斗。誰がそこ否定するって言った? こっちは別にお前のやり方にどうこう言うつもりは──」
「どうこう言ってるだろ!」
「言ってねぇ! 隠してたことについて聞いただけだ!」
「そこは別に理由なんてないって言ったでしょ!」
「理由がないなら話してくれてもよかったろうがよ! 私らは信用されてねーのか!?」
「はぁ!?」
湊斗に引き摺られるように、晴香のボルテージもまた上がっていく。始まった怒鳴り合いに、ソーマとカラカサが身を縮めたところで──湊斗が、その爆弾を落とした。
「ていうか、信用してないのはそっちだろ! 嘘ついて俺を引き込んだくせに!」
「なっ……!?」
それは、湊斗の疑念であり、カマかけでもあり──そしてまんまと、晴香はそれに引っかかった。
湊斗は拳を握りしめ、少しだけ声のトーンを落として、晴香に問いかける。
「中央公園の<水鏡>の特徴、なんか言ってみてよ。言えないでしょ」
「それは……」
「……ほらね」
言葉に詰まった晴香を見て、湊斗は全身の力を抜く。全身が熱いのは叫んだせいだろうか。傷口はまだ疼くが、立てないほどではない。
湊斗はベッドから這い出し、靴を履いた。そんな様子を見て、晴香はハッとして声を掛けた。
「おい、どこに──」
「どこでもいいでしょ。どうせ信用ないんだからさ」
湊斗はぶっきらぼうに言い放ち、傍に掛けてあったシャツと愛用のレインコートを手に立ち上がった。
「行こう、カラカサ。まずはそのタレ、落とさなきゃ」
『えっ……あ、うん』
カラカサが番傘に戻り、湊斗の手に収まった。そうして歩き出した湊斗は、部屋を出際に立ち止まり、一度だけ晴香たちを振り返った。
「そうだ。治療、ありがとうございました」
その言葉だけを置き去りに、湊斗は無造作に歩き出した。
(つづく)
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