迷子の迷子の子犬さん #黄昏二の三
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ウェルカム・トゥ・ワンダラーランド
とある町の裏通りを抜けると、そこには大正浪漫建築群が広がっている。
人呼んで、黄昏町二丁目三番地。もしもそこに行き当たったなら、振り返らず、立ち止まらず、真っ直ぐに通り抜けなさい。
さもなくば──
「……そうなります」
「言うのが遅い!」
私の説明に、目の前の犬耳少女が叫んだ。
年の頃は15歳くらいだろうか。犬耳以外は普通の少女だ。私は着物の袖口から飴を取り出し、彼女に差し出した。
「まぁ落ち着いて」
「てかアンタ何? 透けてない!?」
「まぁその、いわゆる幽霊です」
「は!?」
目を剥いた少女に微笑んで、私は言葉を続ける。
「私はラスヤ。あなたのように"迷い込んだ"人を守るのが仕事です」
私の言葉に、その犬耳が不安げに後ろに倒れた。
「"守る"?」
「そう、守る。特に"なりたて"は狙われやすいので」
私は言いながら彼女の傍に立ち、懐から短刀を取り出した。
「さて。出てきなさい」
私が短刀を抜き放ち、路地の暗がりに声を投げた──その時!
「Grrr!」
葡萄色の羽根つきドーベルマンが、咆哮と共に飛び出してきた!
「ヒッ──」
葡萄色の獣は、悲鳴を上げた彼女に襲い掛かる。私は短刀を逆手に構えると、獣のアギトに捻じ込んだ!
「Grrr!?」
「お眠りなさい──安らかに」
私の言葉に応えるように、短刀が強い光を放つ。身を捩る間も無く、葡萄色の獣は横一線に断ち切られ──消滅!
「なに、こいつ…?」
「まだです、きます!」
「「「Grrr!」」」
直後、葡萄色の獣たちがそこら中の物陰から飛び出してきた!
「うひぁ!?」
「っ!?」
彼女が悲鳴を上げる中、私も思わず息を飲んだ。
──獣の数がいつもより多い!
葡萄色の獣たちは、普段の五倍はいるだろうか。私ひとりでは分が悪い!
「もうやだなんなのこれ!?」
「っ……仕方ない、逃げましょう!」
私は咄嗟に彼女の手を取った。が──
「ひぁっ冷たっ!?」
「あっ……!?」
──忘れていた。私の身体は人より冷たいのだ。
彼女は驚きのあまり、私の手を振り払ってしまった。彼女との距離が離れ、3匹の獣が彼女へと──
BLAMN! BLAMN! BLAMN!
「Grrrr!?」
そのとき、銃声と共に、葡萄色の獣の腹に穴が開いた!
「ヒッ!? 今度はなに!」
彼女は頭上の耳を抑えて蹲る。私はそこに駆け寄り──上空から、声。
「大丈夫かァ! ラスヤ殿ォッ!」
声の主は、屋根上のひとつの影。土に汚れた雪男のような男が、猟銃を担いで親指を立てている。
「ワーフ、助かった!」
ワーフに返事をして、私は彼女に視線を移した。彼女は震えながら私を見ている。その犬耳がぺたんと後ろに倒れていた。
私は再び短刀を抜き放ち、ギラリと光る刃で葡萄色の獣たちを威嚇する。そうしてできた僅かな暇に、私は振り返って彼女に微笑んだ。
「驚かせてごめんなさい。とにかく事情はあとで話しますので……今は逃げよう」
そして私は懐から短刀の鞘を取り出し、反対の端を彼女に向けて差し出す。それはさながら、溺れる人に差し出された櫂のようだ。
涙を浮かべてその先端を見つめる彼女に、私は駄目押しとばかりに声をかけた。
「これなら、冷たくないと思うので」
「……!」
当の溺れ人たる彼女は──意を決した様子で、その端を掴んだ。
「Grrrr!」
「頑張って! こちらです!」
同時に飛びかかってきた葡萄色の獣を蹴り飛ばし、私は彼女と共に駆け出した。葡萄色の獣たちは依然として物陰から出現してくる。本当に今回は数が多い!
私の短刀が強い光を発し、獣たちを斬りとばす。ワーフによる屋根上からの援護も受けつつ、私たちは黄昏町を駆け抜ける!
「ねぇ、どこに向かってるの!?」
そんな折、彼女が声をあげた。獣たちの数は徐々にその数を減らしている。私は少し走る速度を落としつつ、振り返った。
「私たちの、お店です」
「お店?」
「ええ。もうすぐそこです」
大通りを突っ切って、3つ目の角を右折。私たちはジョギングくらいまで速度を落とし、明るい陽のさす小路を往く。
そうこうするうちに周囲から獣の気配はなくなって、私たちは立ち止まった。目の前には古びた洋館の扉。"Closed"の文字が掛かった扉を押し開けて、私はその中へと踏み込んだ。
古びた木の匂いとコーヒーの匂いが私達を包み込む。そして私は振り返り、彼女に微笑んだ。
「どうぞ、お入りください──ようこそ、茶房・真宵家(マヨイガ)へ」
(つづく)
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(作者註)本作はTwitterにて、「質問箱公式からの質問がくるたびに80文字進む」というコンセプトで連載したものを取りまとめ、加筆・修正したものです。今後も虚無からの質問がくるたびにお話が進みます。