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刀を亡くした侍に、鉛弾の祝福を。 (トレモズAct.2)おまとめ版 #AKBDC

[←目次]

 シトリとトゥは荒事専門のよろず屋で、トレンチコートのサムライと、モッズコートの格闘家のコンビだ。サムライのほうがシトリ、武道家のほうがトゥ。彼らはいつも同じバーにいて、依頼がくるまで酒を飲んでいる──

プロローグ

 入り口のベルが鳴ったとき、店にはシトリしかいなかった。

 シトリはいつものように、カリラを飲みながらうつらうつらとしていた。ベルの音に目を開け、ツカツカと近づいてきたヒールの音に顔をあげる。

 その側頭部に、強烈な蹴りが炸裂した。

 首が変な方向に曲がったまま、シトリはテーブルや椅子を薙ぎ倒しながら吹っ飛んだ。蹴りを放った女はゆっくりと足を降ろす。金髪碧眼、鼻筋のよく通った顔立ちをした、しなやかな体つきの女だ。とても男性を数メートル蹴り飛ばすようには見えない。身に纏うラバースーツはスパンコール素材らしく、ギラギラと輝いている。

「んん? 二人組と聞いていたのだけど」

 シトリの死体が床に転がるのを横目に、女はバーの中を見回して呟く。二人組の片割れどころか、そもそも人の気配がない。居眠り男ひとり置いて、買い出しにでも行っているのだろうか。

「あらまぁ。不用心ねぇ」

 女が呟いた、その時だった。

「人手不足でな」

 答えたのは、うつ伏せに横たわるシトリの死体──否、まだ生きている!

「ッ──!?」

 居合、一閃。

 這うような姿勢から跳ね上げられた刀が、女の腕を肩口から切断した。女の姿勢が崩れる。その瞳は驚愕に見開かれている──刹那、シトリは返す刀で女の首を撥ね飛ばした。

「誰何はしない。死ね」

 血振りをして、シトリが言葉を投げる。その背後で女の生首が宙を舞う。そして。

「なるほど、噂通りの凄腕ね」

 生首が、喋った。

 今度はシトリが瞠目する番だった。女の首は超常的な力で引き寄せられ、元の場所へと収まったのだ。

「んー、おかしいなあ。確かに首を折ったと思ったんだけど」

 彼女はニヤニヤしながら、シトリに言い放つ。首だけではなく、切り落としたはずの右肩もいつの間にか、元の位置に戻っていた。

「……確かに首を刎ねたと思ったのだが」

 余裕の浮かぶ女の言葉に、シトリは言い返す。テーブルの残骸の向こう側、女は据え付けたばかりの首や肩の具合を見るように動かしながら、言葉を続ける。

「私の名前はツイン。君はシトリ? トゥ?」

「シトリだ」

「オーケー、シトリ。会えて嬉しいわ」

 言葉と共に、女──ツインは右手のひらをシトリに向ける。そして、小首を傾げながら言葉を続けた。

「まぁ、もうサヨナラだけど」

 直後、ィンッと奇妙な音。ツインの手のひらに穴が空く。その奥に青白い輝きが生じるのを、シトリは見た。

「──!」

 シトリの直感が警鐘を鳴らす。咄嗟に横に跳んだ彼の頬を、放たれた青白い光線が切り裂く。焼けるような痛み。否、実際に焼けているのか。肉が焦げた匂いが鼻をつき──

 直後、バーの壁が爆発した。

「熱線……!?」

「すごい、よく避けたわね」

  想定外の攻撃に気を取られたスキをつき、右の死角からツインの声。辛うじて愛刀を掲げて受け止めたのは、初撃と同じ強烈なサイドキック!

「ぬぐっ……!」

 鞘が軋み、シトリの身体が再び吹き飛ぶ。彼は壁に激突する寸前で身を捻り、壁に”着地”し敵を睨んだ。ツインは悠然と脚を降ろし、不敵に笑っている。

 視線の交錯は一瞬。

 次に動いたのはシトリだ。壁を蹴り、即座に最大速力まで加速。床を壁を天井を渡り、変則的な軌道で敵との間合いを詰める。

 刹那、敵の死角で急停止ししたシトリは、すべての速力を体幹に蓄え、全エネルギーを居合に載せて横一閃に薙ぎ払う!

「あらま」

 気の抜けた声と共に、ツインの上半身と下半身が分断される。シトリは回転の勢いそのままに、さらに上下に一閃。ツインの身体が真っ二つに──ならなかった。

 金属音がバーを揺らす。

「ざんねーん」 

 シトリの渾身のひと太刀は、ツインの掲げた左腕に受け止められていた。どう見ても生身の腕に、だ。

「!?」

 瞠目したシトリの身体が、揺れる。

「──ぬ……う……?」

 身体の力が一気に抜け、彼は膝をつく。その愛刀がゴトリと地に転がる。その身がさらに傾ぐ。ツインの右手のひらから、薄く煙が上がっている。

 そこへきてようやく、シトリは己の身体を熱線が貫いたのだと気付いた。押し寄せる激痛。血が溢れる。床に倒れ伏す。その視線の先に、愛刀が転がっている──刀身にぽっかりと穴が空き、溶け折れた愛刀が。

「噂に違わぬ強さねぇ、あなた」

 余裕の表情でシトリを見下ろすツイン。確かに腰で分断したはずのその身体は、またもやいつの間にか元に戻っていた。

「お前……何者だ……」

「あらあら、”誰何はしない。死ね”とか言ってたくせに」

 床に伏して呻くシトリをツインが嘲笑う。彼女はヒールを鳴らしてシトリに歩み寄ると、その傍に転がる折れた刀を拾い上げた。

「トレンチコートのサムライ・シトリ。噂に名高いよろず屋さんも、刀がこれじゃもうダメね」

 呟くようにそう言って、ツインは刀を無造作に放り投げた。その手のひらに再び穴があき、銃口のようなそれがシトリを狙う。

「ごめんなさいね。あなたに恨みはないのだけど、これもお仕事だから」

 穴の中に、青白い光が集まる。今にも熱線が熱線が放たれようとしている。

 ──その時、バンッと激しい音と共にバーの扉が荒々しく開いた。

「ォォオオッ!」

 雄叫びと共に飛び込んできたのは、ボディビルダーめいた体格のバーテンだった。そいつはツインに向かって一直線にタックルをかける。

 人間離れした速力で突っ込んでくる、体重200kg超の巨漢。その圧倒的な圧力を目にしてもなお、ツインはしかし、冷静であった。

「不意打ちのつもりかしら?」

 ツインは、シトリに放とうとした熱線を迷うことなくバーテンへと射出した。衣服が燃え上がり、遅れて爆発音と共にバーテンの姿が炎に包まれる。

「甘いわねぇ。そこでおねんねしてなさい?」

「お前が寝てろ、キンパツ」

 勝ち誇ったように言うツインの足元から、声がした。ツインが反射的に視線を落とした先には、モッズコートの男が拳を構えていた。

 シトリとトゥは荒事専門のよろず屋で、トレンチコートのサムライと、モッズコートの格闘家のコンビだ。サムライのほうがシトリ、武道家のほうが──

「っ──!?」

「死ねオラァッ!」

 怒声と共に放たれたアッパーカットを、ツインは辛うじて仰け反り回避した。しかしモッズコート男──トゥの追撃は止まらない。

 トゥの拳が、蹴りが、手刀が、頭突きが、目にも留まらぬ連撃が、ツインを襲う!

「ぐっ……この!」

 ツインはそれらを辛うじて捌ききった。そしてそのまま、反撃の蹴りをトゥに叩き込もうとした。しかし──その背後から、衝撃。同時に凄まじい熱が、ツインを襲う!

「ぐあっ……っ……なっ!?」

 呻きながらも背後に視線を投げ、ツインは驚愕の声をあげた。

 そこにいたのは、先ほど灼き尽くしたはずのバーテンである。上半身の服が燃え、岩のような──否、岩そのものである肉体が力強く赤熱している!

「ご、ゴーレム……!?」

「否。私は不死身の、<岩窟族>だ!」

 咆哮と共に、バーテンはツインの鼻っ柱に拳を叩き込んだ。

「ごぱっ!?」

 ツインは吹き飛び、バーの床でワンバウンドした。頭部へのダメージレベル、許容範囲外。馬鹿力め。身体に力が入らない。まずい──

 女が飛びゆく先には、獰猛な笑みを湛えたモッズコートの格闘家が構えていた。

「喧嘩を売る相手を間違えたなァ」

 彼はどっしりとした構えから、右脚で地面を踏みしめた。床板が悲鳴を上げるほどのパワーが右脚から腰、背中、肩、右肘を駆け抜ける。

 それは不可視のエネルギー。しかし、わかる。そのエネルギーがどこに叩き込まれるかも。その結果自分が、どうなるかも。

「ヒッ──」

 朧な意識の中で、ツインは半ば無意識に悲鳴をあげた。

 一瞬後、トゥの放った正拳突きが、その頭を血煙に変えた。

「っ……トゥ……」

 シトリが、残心する相棒の名を呼ぶ。

 ──彼の意識は、そこで途絶えた。


トレンチコートとモッズコート


Act.2
刀を亡くした侍に、鉛玉の祝福を。


-1-

 腹が減った。

 真っ先に浮かんだのはそんな言葉。次いで浮かんだのは──「腹が痛い」だ。

「ぐっ……」

 痛みに呻きつつ、シトリは目を開く。見慣れたバーの天井、喧騒。脇腹が焼けるように痛い。

「あ、起きた」

 顔をしかめながら起き上がるシトリに、オレンジ色の髪をした若い女が言葉を投げた。シトリはそちらに視線を遣り、相手の名を呼ぶ。

「……サン」

「調子はどう?」

「腹が減った」

「元気そうでなにより。食べもの取ってくるわ。あんまし激しく動かないようにね」

 そんな言葉と共に、サンは厨房への扉をくぐった。その向こうからドタバタと音がして、今度はトゥが飛び出してくる。

「シトリ! 起きたか!」

 彼は珍しく焦ったような声色だった。流石に大怪我で心配させてしまったか。シトリはそんな彼に口を開く。

「すまない、心配を──」

「お前も見ろよこれ! すげーぞ!」

 トゥはしかし、シトリの謝罪を遮って手に持ったそれを見せつけてきた。

「あの女の右手! カッコよくね!?」

「…………そうだな」

 殊勝に謝った自分が阿呆だった。

 シトリは嘆息しつつ、トゥが差し出した"女の腕"を受け取った。それは、常人のそれとは比べ物にならないほど重い。手のひらには銃口のような穴。

 ツインと名乗る女との戦闘を思い返す。穴から放たれたのは熱線。それも、バーの壁を爆発させるほどの威力を持つ。そういえば撃たれたんだった。腹が痛いのはそのせいか──などと考えつつ、シトリは呟いた。

「仕込み義手の類か」

「いーや。義手なんてもんじゃねーよ。こっち来てみ」

「……?」

 トゥに促されたシトリは痛む腹を押さえて立ち上がり、隣の部屋へと踏み入った。そこにあったのは、バーテーブルを並べて作った簡易的な手術台と、そこに横たわるツインの身体。シトリはそれを見て眉をひそめた。

「こいつ……機械?」

「そのようだ。おそらく、全身がな」

 シトリの呟きに答えたのはバーテン服を着た大男だ。先程の戦いの中で、ツインの熱線に灼かれてなお平然としていた不死身の男である。名を、クアドという。

 彼が見下ろすその女は、腹が自動車のボンネットのように開いていた。腹の中は歯車やらよくわからない部品やらが収まっており、生物的な要素はひとつもない。

「あ、そーだ。シトリ、これ」

「ん」

 機械の身体を眺めるシトリの背後から、トゥが声をかけてきた。振り返ると、トゥは鞘に入った刀を掲げている。

「……そういえば、そうか」

 シトリはそれを受け取り、無造作に引き抜く。頭身の真ん中が熱線で溶け折れてしまった愛刀。

「あとで直しにいかねーとな。鍛冶屋の爺さん元気だと良いけど」

 トゥが言葉を投げる。シトリは小さく首を横に振り、折れた刀を再び鞘に納めた。

「いや……この街の鍛冶屋では、これは直せない」

「あん? マジ?」

「ああ。刀というのは少々特殊な武器で──」

「あったわよー手配書ー」

 シトリの説明の途中で部屋に入ってきたのは、サンだった。ウェイトレス姿の少女は右手に持った紙を投げて寄越す。

「“熱線のツイン”。お尋ね者リストの中にいたわ。シトリ、顔はあってる?」

「ああ。こいつだな」

「よかった。こんなギラッギラのラバースーツ着てる女が二人も三人もいたらどうしようかと思ったわ」

 サンは呆れたように息をつき、言葉を続ける。

「“熱線のツイン”。異常に身体能力が高い上、手から熱線を出してあらゆる物を焼き尽くす。雇われの殺し屋みたいね。……で、このお尋ね者がなんでこの店で暴れてんの?」

「……わからんが、この女は“仕事”と言っていた。俺と、トゥを狙っていたようだが」

「マジかよ。俺ら狙われてんの?」

「なんで楽しそうなのよアンタは!?」

「まぁまぁサン、落ち着いて」

 危機感のない野郎どもに噛みつくサン。それを宥めたのは、クアドだった。

「このツインって子の目的がなんであろうと、考えてもわからないからしょうがない。それよりも問題は……」

 クアドはそこで言葉を切り、真摯な瞳でシトリを見据えた。

「殺し屋に狙われている当人であるシトリが、丸腰だってことだよ」


- 2 -

 翌朝。シトリとトゥの二人は、日が昇ると同時に車に乗り込んだ。ちなみにクアドは壁の大穴の修理と店の護衛、サンは大穴に怒り狂うマスターを宥める役として、店で留守番だ。

 向かうは西の果て。赤茶けたロールストン山脈の麓、鍛冶の町<アマタイト>。いつものようにハンドルを握るのはトゥ。そしていつものように、シトリは出発と同時に夢の世界に旅立った。

「……ん」

 そんなシトリが目覚めたのは、無人の荒野を2時間ほど走ったころだった。ぱちりと目を開けて天井を見つめること数秒。口を開いたのは、運転席のトゥ。

「なぁシトリ。ここまで来といてなんだけどよ」

「ん」

「バーの近くに武器屋あんじゃん?」

「ああ」

 相槌を打ちながら、シトリはダッシュボードに載せていた足を降ろした。トゥはそんなシトリの様子を横目に、言葉を続ける。

「あそこで買うんじゃダメなのか?」

「あの店は刀を置いてない」

 シトリは首を左右に倒す。ゴキゴキと景気の良い音が車内に鳴り響いた。トゥはさらに問いを続ける。

「剣でいいじゃん」

「剣と刀は違うんだ」

「ほーん……」

 興味のなさそうな相槌を聞き流し、シトリは背もたれから身を起こす。そして鞘に入れたままの折れたる愛刀を手に、トゥに問いかけた。

「ちなみにその質問、この状況となにか関係あるか?」

「そりゃお前、近所で買えてたらよぉ」

 トゥの答えを聞きながら、シトリは助手席の扉を開く。強風がシトリの長い髪をはためかせる。そんなシトリの背に、トゥは言葉を投げかけた。

「こんな荒野のド真ん中で襲撃なんてされなかったろ?」

「どうかな。俺が襲われたのはいつものバーだったぞ」

 シトリはその答えを残し、走行中の車の屋根にひらりと飛び乗った。そして車の後方に顔を向ける。

 そこには、武装ジープが猛スピードで迫っていた。

「……この辺の野盗という風情ではないな」

 シトリは目を細める。トレンチコートと長い髪がバサバサと揺れる。その間にも、武装ジープはぐんぐん距離を詰めてくる。

 シトリとトゥの乗る車よりも二回りほど大きな、戦場仕様のジープだった。乗員は4名。迷彩服を纏うそいつらは手に手に銃を持ち、こちらを睨んでいる。

「さて……ひと仕事か」

 呟くと、シトリは姿勢を下げて居合を構えた。鞘の中身は折れたる愛刀。ちと難儀だが、やってみよう。

 武装ジープの助手席から迷彩服が身を乗り出した。動かぬシトリに銃口を向け、迷彩服が引き金を弾く。

 銃声が荒野に響く。

「──…………」

 シトリは、動かなかった。……否、助手席迷彩服にはそうとしか見えなかった。

 神速の居合で銃弾を叩き切ったシトリは、再び構えたまま期を待つ。武装ジープが近づいてくる。助手席迷彩服が立て続けに銃弾を放ち、その全てが叩き切られ、そして。

 6発目の銃声が響いたとき、車上からシトリの姿が掻き消えた。

「「!?」」

 車内の迷彩服たちが瞠目する。そして次の瞬間、武装ジープの上に飛び移ったシトリは、助手席迷彩服の顔面に鞘を叩き込んだ!

「ぐあっ!?」

 窓から身を乗り出していた助手席迷彩服は、そのまま車外に放り出されて後方へと消えていく。シトリはそれを一瞥すらせず、折れたる愛刀を引き抜き、振り上げた。狙うはジープ本体。金属音が響き、ジープの天井が縦に裂ける!

「「なっ……!?」」

「む……両断したつもりだったんだが」

 驚愕の声をあげる迷彩服たち。一方で、シトリはなにやら不満顔だ。

「こっ……この野郎!」

 右側後部座席の迷彩服が叫びながら、シトリにサブマシンガンを向けた。シトリは冷静に左手に持った鞘を打ち振るい、迷彩服の腕に叩きつけた。

「痛だぁっ!?」

 悲鳴と共に、あらぬ方向へ火線が逸れる。その一瞬で、シトリは鞘を逆手に持ち替えた。そしてそれを、右側後部座席迷彩服に向かって突き降ろす。

「ほガッ……!?」

 鞘で眉間を打ち抜かれ、右側後部座席迷彩服は昏倒。ブリッジするような姿勢で動かなくなった敵を横目に、シトリは反対側にいる迷彩服へと折れた刀を向け──その直後、武装ジープが急ハンドルを切った。

「む」

 シトリはかろうじて床を蹴る。そのままひらりと宙を舞い、トゥの運転する車に三点着地した。蛇行の反動で、ブリッジ姿勢で気絶していた迷彩服が車から投げ出され、遥か後方へと姿を消した。

 武装ジープは蛇行をやめ、シトリの乗る車へと距離を詰めてくる。ジープの天井、先ほどシトリが切り裂いた割れ目から迷彩服が身を乗り出し、サブマシンガンを構える。

「死ね、サムライ野郎!!!」

 しかしその時、シトリは既に姿勢を整えていた。鋭く息を吐き──刮目!

「シッ────────!!」

 ギギギギギと耳障りな音と共に、シトリの眼前に火花が散る。それはすべて、弾丸を斬り払った痕跡である!

「なァッ!?」

 残像すら生じるほどの超スピードで、シトリの刀が翻る。その鋭い視線は、瞠目するサブマシンガン迷彩服を射止め、虎視眈々と銃撃の終わりを狙っている!

「ば、化け物じゃねぇか……!」

 刀が煌き、金属音が鳴り響く。バラバラと銃弾の残骸が散る──その時、シトリの乗る車が岩に乗り上げ、大きく姿勢を崩した!

「ぬぅッ……!?」

 それは完全に偶然であった。故に、シトリの反応は遅れてしまった。その姿勢が崩れ──数発の弾丸が、その脇腹を掠める!

「やべぇ!」

 叫んだのは運転席のトゥ。急ハンドル、急ブレーキ。シトリとトゥを載せた車は横転こそ免れたものの盛大にスピンし、砂埃をあげて迷彩服たちの視界を妨害する。

「痛……」

 再び車が走り出したとき、シトリの脇腹から血が滲んだ。と、その足元が、ゴンゴンと叩かれる。

「? どうした?」

 砂埃の中、シトリは車上に這いつくばると、運転席の窓から顔を出した。トゥは運転しながらも後部座席に手をまわしており──なにやら長物を取り出し、シトリに差し出す。

「これ、使えねーか?」

 それは鞘に収まった三日月形の剣。ファルシオンと呼ばれる長剣である。シトリは目を細め、問いかけた。

「……こんなもの、どこで?」

「町を出る前に武器屋で買ったんだよ。折れた刀じゃ戦いづらいかなと思って」

 車が砂煙を破り、武装ジープに向かって速度を上げる中、シトリは思わずため息をついた。

「トゥ、ありがたいが、今度からそういうことはもっと早く言ってくれ」

 シトリはファルシオンを抜き放つ。そして、いつもと違う重心の掛かり方に少しだけ違和感を覚えつつ、車上でそれを構えた。

 武装ジープとの距離は猛烈に近付いていく。敵の車上では、天井の裂け目から身を乗り出したサブマシンガン迷彩服が再び銃口をこちらに向けている。

 ファルシオンの重量と構造を思えば、刀のように銃弾を弾くことは不可能だ。車ごと叩き割るのも無理だろう──ならば、やることはひとつ。

「……参る」

 シトリは跳び上がる。刀の時のような直線最短距離ではなく、放物線を描くような軌跡。少し遅れて敵の銃口が追ってくる。火線も。空中で身を捩る。弾は当たらない。身体が錐揉み回転する。全ての力を、剣に込める。剣先が天を向く──

「ひっ」

 迷彩服が悲鳴をあげた直後、落下と回転の勢いを乗せたファルシオンがその頭にめり込んだ。重い刃はメリメリメリと音を立てながら迷彩服の身体に食い込んで、問答無用で絶命せしめた。

 シトリは迷彩服の死体を蹴り飛ばしてファルシオンを引っこ抜いた。流れ出る夥しい量の血液が、運転席のほうまで跳ねた。

 装甲ジープの速度が落ちていく。裂けた天井から運転手を見ると、怯えきった目でシトリの方をチラチラと見ていた。

「終いか」

 装甲ジープが停止し、トゥの車が近づいてくる。シトリはジープから跳び降りると、ファルシオンを構えたまま運転席に歩み寄った。

「出てこい。今なら軽傷で済ましてやる」

「ひぃぃ……」

 脂汗まみれの運転手迷彩服が、ハンズアップしながら出てくる。トゥの車がシトリの後ろに停車した。シトリは迷彩服にファルシオンを突きつけ、問いかける。

「誰の差し金だ」

「だ、誰のって……別に誰のでも……」

「とぼけるなら腕がなくなるだけだが」

「まま待ってくれ本当なんだ! 俺たちはただ賞金がほしくて」

「……賞金?」

 シトリが眉を顰めたその時、トゥが車から声をあげた。

「お、おいシトリ。なんかやばそうなんだが」

「ん?」

 シトリは顔をあげる。背後で喚くトゥの視線を追って、彼は地平線に視線を移し──眉をひそめた。

 赤茶けた荒野の果て、大量の土煙があがっている。それらはシトリとトゥを囲むように、津波のごとく押し寄せてくる。

「ヒ、ヒヒ、お前らがここを通るって情報は知れ渡ってんだ」

 迷彩服が諦めたように笑った。地鳴りがする。土煙の根元、その根元が明らかになる。無数の車、車、車。荒くれ者たちを乗せ、シトリとトゥに向かってそれらが押し寄せてくる!

「おいおいおいおい、なんじゃこりゃ!?」

「賞金に釣られたハイエナどもさ! お前らの首にかかった金! 1000万ゴール──ボバッ」

 迷彩服の胸元が爆ぜた。銃弾。かなり距離があるはずだが、いくつか飛んでくる。

「トゥ! 車を出せ!」

 銃弾が車を掠める。エンジンが唸りを上げる。シトリは、急発進する車の窓へと飛び込んだ。

 ……

 …………

 ………………

 数時間後。

 倒した賞金稼ぎの数は、50から先は数えていない。

 車がお釈迦になって奪い取って乗り換えて、逃げ続けること数時間。夕焼け空の下、トゥはようやく車を停めた。

「ああ畜生……疲れた……」

 ハンドルに突っ伏して、トゥが絞り出すように呟く。

「腕が……捥げそうだ……」

 シトリは助手席にもたれかかり、右手に持った片手斧を後部座席に放り投げた。そこにはさまざまな武器・鈍器の残骸が山と積まれている。ちなみにトゥが買ってきたファルシオンは3戦目で折れた。

「それにしてもここ、どこだ?」

「トゥがわからないのに俺がわかるわけないだろう」

「だよなァ」

 顔を上げたトゥがこぼす。あたりに広がるは赤茶けた荒野。道路を外れて久しく、遠くには見覚えのない山々。少なくとも、アマタイトに近づいてはいないだろう、とトゥは思った。

「つーかどうすんだよ、刀直すどころじゃねぇぞこれ」

「……そうだな」

 そもそも、たとえアマタイトについたとしても、賞金稼ぎたちが待ち構えているのは想像に難くない。

 大乱戦の中でわかった情報は3つ。

 ひとつ。シトリとトゥにはそれぞれ1000万ゴールドの賞金がかかっている。もちろん生死問わずだ。

 ふたつ。何者かが、シトリとトゥがアマタイトに向かっているという情報をばらまいた。

 みっつ。追ってきている連中の半数がツインのファンであり、ツインを殺したシトリに並々ならぬ殺意を抱いている。実際、賞金稼ぎたちの攻撃の8割以上がシトリに向いていた。

「そういや、シトリが刀を持ってねぇって情報も知れ渡ってたな」

「ああ。賞金稼ぎたちの誰も刀を持ってなかったしな」

 答えながら、シトリは座席に身体を沈める。乱戦による怪我はもちろん、慣れない武器を立て続けに使ったせいで、右腕がボロボロだ。

 寝に入ったシトリを一瞥し、トゥも大きく伸びをした。

「俺も少し、寝──」

 その時。

「あの、すみません。少々よろしいでしょうか」

 その女の声は、後部座席から聞こえた。

「「!?」」

 シトリとトゥは瞠目する。今の今まで後部座席には武器の山しかなかったはずだ。では誰が? いつの間に?

 考える間に、シトリは折れた愛刀を、トゥはナイフを抜き放ち、相手の喉元に当てていた。

「誰だ」「なんだお前」

「お待ちください。敵意はありません。私は丸腰です」

 その女はハンズアップしつつも、淡々と言葉を続ける。

「シトリさん、トゥさん、お二人に依頼がありまして、お邪魔させてもらいました」

「……依頼?」

「おい、シトリ。こいつの顔」

 先にそれに気づいたのは、トゥだった。

 金髪碧眼、鼻筋のよく通った顔立ちをした、しなやかな体つきの女。

「……ツイン?」

「はい。私はツインです。いえ、私も、ツインです」

 そいつはシトリの呟きに頷いた。

「あなたがたにかけられた賞金、たぶん私ならどうにかできますよ」


- 4 -

 翌朝、シトリとトゥ、そしてツイン(二体目)は、鍛冶の町アマタイトの外れにいた。

「……ついたな」

「ああ。ついた」

「現在地および目的地の座標から最短経路を割り出しました。なにか問題が?」

 信じられない様子のシトリとトゥに、ツインはこともなげに言ってのける。

「それも、その……機人族の力なのか?」

「はい。同族同士であればお互いの居場所もわかります」

 機人族。ツインは自らをそう呼称した。

 この世には、人間のようで人間でない部族がいる。大抵の場合は人間よりも優れた能力を持つが、如何せんその数があまりに少なく“少数民族”などと総称されている。シトリとトゥが溜まり場にしているバーのバーテン、岩窟族のクアドなどがその例だ。

 機人族もそんな少数民族のひとつなのだと、ツインは言う。

「私たちの残り個体数は27体です。私たちは人間のように生殖を行うわけではなく、古より継がれてきたステーションで生産されることによって個体数を増やします」

 車を乗り捨てた三人は、会話をしながら街へと歩く。

「そのステーション、もう何百年も前から稼働しているものなんですが、ここ数年また不調でして。修理の資材と費用を集めるために、私たちツインは様々な裏の仕事をしていました」

「なるほど。それで、1000万ゴールドの賞金首を狙いにきたと」

「いえ。それは違います」

 シトリの相槌にツインが首を横に振る。

「あちらのツインがあなた方を殺害した場合の報酬は、ケタが二つほど上でした」

「「は?」」

 シトリとトゥの声がハモる。ツインは淡々と言葉を続けた。

「しかも、“思った場所に一瞬で移動できる装置”も合わせて、です。先日はそれを使ってあなた方の車に乗り込みました。……明らかに怪しいですよね。でも、あちらのツインはちょっと頭が悪かったようで」

「見事突っ込んで、返り討ちにあったと」

「はい。とはいえ、それだけならよくあることなんです。稼業が稼業ですので。それに、あちらのツインのメインデータはステーションが保持しているので、身体をまた作れば良いだけのことなんです。お金はかかりますけど」

 トゥが握った右拳を一瞥し、ツインが淡々と答えた。シトリは彼女の言っていることがあまり理解できなかったが、どうやら人間の倫理観とはだいぶ異なるようだ、ということはわかった。

「ただ、あなた方が彼女の身体を検めていたとき、一瞬だけその身体が再起動したんです。セルフコンディションチェックの結果が送信される程度の、ほんの数秒だけ。でもそこで、あちらのツインがハッキングされていたことがわかったんです」

「せるふこんでぃしょん……はっきんぐ?」

「ああ……現代の文明レベルに合わせて言うなら、そうですね……。死ぬ直前に送られた通信で、彼女が操られていたのが発覚した、ということです。それも、ステーション、つまり“産みの親”ですら検知できないよう巧妙に。つまり」

 そこでツインは言葉を切って、シトリに向かって振り返るとその目を見据えた。

「シトリさん、あなたに襲い掛かったあの行動は、ツインの望むものではなかったということです。ステーションはこれを問題だと判断しました。私も同感です」

「……なるほど。それで、その“はっきんぐ”の犯人をどうにかしてほしいと」

「はい。というか、犯人の目星はついています。これからあなた方をそこに連れて行きます」

「は? 連れてくってどうやって……」

 トゥがそう言いかけたとき、一同はアマタイトの入り口に到着した。大きな岩に木を渡しただけの簡素なゲート。その周囲には、数多くのならず者がたむろしていた。

 トゥは半目でそれを睨み、ツインに向かって言葉を投げる。

「……おい、こいつらって」

「はい。賞金稼ぎの待ち伏せですね。あなた方がアマタイトを目指しているという情報は、その“犯人”がばら撒いていましたので」

 ツインは答えながら、シトリとトゥの背後に回って腕を掴んだ。

 そして、凄まじい力でねじり上げる。

「痛っ!?」

「ぬァッ!? てめなにしやがんだ!?」

「口裏を合わせてください」

 文句を言う二人に小声でそう指示して、ツインは集まってきたならず者の一団に向かって声を投げた。

「聞きなァあんたたち! こいつらはこの“熱線のツイン”が確保した! 横取りする気なら焼かれる覚悟でかかってきな!」

「うお……豹変した」

「ただの人格模倣です。静かにしててください」

 小声でこぼすシトリにツッコみながら、ツインは雄々しく吠え哮りながらアマタイトの町に乗り込む。どうやらツインはその道ではそこそこ名が売れているらしく、賞金稼ぎたちが面白いように道を開けていく。とはいえ──

「へいへいへいへい嬢ちゃん、ちょーっと待ちなァ」

 こういう輩もいる。

 先頭に立つは、頭にバンダナを巻き、ナイフを携えたならず者。その背後には五人の男達。下品な笑みを浮かべ、そいつらは一同の行手を遮る。

「俺たちァ、ツインは死んだってなァ噂を聞いたんだが。お嬢ちゃんほんとに本物の──」

「そこに立つってことは」

 ツインは、先ほどまでの敬語キャラを欠片も感じさせない断固たる口調で、男の言葉を遮って。

「焼かれる覚悟ができているってことよね?」

 刹那、その目から熱線を放って男を焼いた。

「──ぶあぇう!?」

 一瞬で炎に巻かれるバンダナ男を蹴り飛ばし、ツインは残りの連中を睨み据える。男どもは気圧され、おずおずと道を開ける。

「よろしい。あ。ついでに道案内頼めるかしら? エスメラル・ファミリーにこいつらを連れていきたいんだけど」

「「はっ、はい、よろこんで!」」

 にっこりと笑ったツインのご機嫌を伺うように、男達が我先にと通りを歩きだす。1000万の賞金首二人はそんな様子を眺めて、小声でツインに話しかけた。

「おい、お前、戦闘型じゃねーとか言ってなかったか?」

「支援型とはいえ熱線くらい出せます」

「……基準がわからん」

 そんなやりとりと共に、二人はアマタイトの中心部へと連れ行かれるのだった。


- 5 -

「で、だ」

 呟いたのはトゥ。ちょうど今、エスメラル・ファミリーの交渉人として出てきたチンピラの片方を殴り倒したところだ。

「こいつらが俺らに賞金をかけたのか?」

「一応表向きはそういうことになっていますが、実際は違います」

「あがががだだだだあがががが!?!?!?」

 答えたのはツイン。続くのは、頭を鷲掴みにされて締め上げられているもう片方のチンピラの悲鳴だ。

「下っ端の方では話になりません。幹部のゴーンさんはどこにいますか?」

「あだだ痛痛痛だだ潰れる潰れます助けてください」

「幹部のゴーンは、どこに、いますか?」

「話します話しますから離して緩めてあががだばばばがががだだだだ」

「ツイン、本気で目玉が飛び出しそうになっているから緩めてやれ」

「おっと。これは失礼」

 シトリの忠告に、ツインが手を離す。チンピラは床に崩れ落ち、「あが……あああ……」と力なく呻いている。ツインが首根を掴んで立ち上がらせると、彼は恐怖に引きつった表情で幹部の居場所を喋り始めた。

 ツインが聞き取りを行うのを横目に、シトリは手近な椅子を掴むと、部屋の入り口に向かって放り投げた。

 ほぼ同時に、部屋の前で見張っていたチンピラが駆け込んでくる。

「お、おいなんだ今の音ぶごあっ!?」

 顔面に椅子が直撃し、男が昏倒する。シトリとトゥはその隙に、滑るように入り口に移動。追加で駆け込んできたチンピラたちを瞬く間に叩き伏せた。

「ナイフ、銃、フィスト……刀はないか」

「シトリ、ちょい長めのナイフならあったぜ。とりあえずこれでどうだ?」

「そうだな。ないよりはマシか」

 トゥが投げて寄越したナイフをキャッチして、シトリは逆手に握って使い心地を確かめる。さすがは鍛冶の町のマフィア。なかなかの業物だ。

「場所、わかりましたよ。行きましょう」

「ああ」

 個々の戦闘力は上回っているが、数の利はあちらにある。騒ぎが大きくなる前に大元に殴り込むに限る。

 階段を三段飛ばしで駆け上がるツイン(自称・支援型機人)を追いかけ、シトリとトゥも館を駆ける。慌てた様子で武器を抜くチンピラたちを、彼らは瞬く間に無効化していく。

「先ほども言いましたが、この会の幹部のひとり、ゴーンという男があなた方に賞金をかけたことになっています。表向きは」

 拾ったモーニングスターでマフィアのひとりを殴りつけながら、ツインが言葉を続ける。

「ですがここのマフィア、最近かなり金欠でして。ゴーンが2000万ゴールドも金を出せるわけないんです」

「なるほど。それで、後ろ盾がいると」

 シトリは相槌を打ちながら、物陰から飛び出してきたマフィアの一撃を逆手に持ったナイフでがっちりと受け止めた。さらに、敵の攻撃を流すように姿勢を入れ替え、彼は速力を乗せた肘鉄で敵の胸板を陥没させた。

「はい。その後ろ盾が、あちらのツインに依頼を持ち込み、ハッキングをした犯人。そんな技術力を持つ一団は、私たちはひとつしか知りません」

 さっと伏せたツインの頭上を銃弾が過ぎる。すかさずトゥが手近な壺(高そう)を手に取り、銃持ちチンピラに投げつける。連携が崩れたところでツインが目から熱線を放ち、数名を丸焼きにした。

「秘密結社ニューメリック。彼らは自らをそう呼称します……着きました。この部屋です」

「いくぜィッ!」

 ツインが指さすのとほぼ同時に、トゥは扉を殴りつけた。簡素な木の扉はあっさりと破れ、内側にいた人物を巻き込んで吹き飛ぶ。

「ごぶあっ!?」

 一同が踏み込んだその部屋は、はじめに通された部屋の3倍ほどの広さを持っていた。中央の執務机には小太りの男。こいつが幹部とやらだろう。その周囲に部下と思しきチンピラが数名。うち2名は扉に巻き込まれて気絶している。そして──

「あら、お早いお着きね」

 部屋の中央、執務机に腰掛けて、その女はクツクツと笑った。

「久しぶりねぇ、シトリちゃん?」

 年の頃は15歳ほどだろうか。金髪で、目の隈が濃い、黒づくめの女だ。彼女はニヤニヤと笑いながら、シトリを挑発的に見つめていたが──

「………………………………?」

 沈黙し、首を傾げたシトリを見て、その動きが止まった。

「……え、覚えてない?」

「まったく記憶にない。誰だ貴様は」

「待てシトリ、俺このやりとり見たことある」

「そ、そうよ! 何度目だと思ってんのよ!?」

 ため息混じりのトゥの言葉に、少女は悲鳴のような声で同意する。シトリはその様子を見て「あ」と声をあげた。

「名前は忘れたが、クアドとサンの時の奴だ」

「アンよ! 私の名前はアン!! ほんっとにいけすかない奴ね!」

 アンはキーキーと喚きながら、机上に置いてあった銃を手に取る。チンピラ達も得物を構え、シトリを、トゥを、そしてツインを睨み据える。

 殺気立つ室内で、次に口を開いたのはツインだった。

「……やっぱり、あなたが黒幕だったんですね」

「あらあらツインちゃん、あんた裏切ったの?」

「それはこちらのセリフです。あちらのツインを弄ったのはあなたの仕業ですか?」

「あら、バレちゃったの? でも結局そいつらにかかっていったのは本人の判断だからね。私たちはちょーっと背中を押しただけ。機械ってちょろいわよねぇ」

 愉快そうに笑うアン。ツインは無表情のまま、淡々と、言い返した。

「あなた方は、我々の矜恃を汚しました。ステーションの判断としても、私個人としても、それは看過できません」

「あーらら、たかだか機械が矜恃ですって。最近の機械はジョークを言う機能もあるのね? ……まぁいいわ。お話はおしまい」

 クツクツと笑い、アンは周囲のチンピラを見回して声をあげた。

「さてあんた達。さっき話した通りよ。こいつらを殺しなさい」

 室内の殺気が膨れ上がる。シトリが、トゥが、ツインが身構える。

「ひとりあたり5億! 三人殺せば15億! そういうわけで──」

 アンは笑いながら、手にした銃を天井に向け、引き金をひいた。

「よーい、どん!」

 B L A M N !!


- 6 -

 数分後。

「ま、無理よねぇ」

 アンは制圧された室内を見回して、クツクツと笑っていた。

 最初から部屋にいたチンピラはもとより、あとから駆けつけた他の構成員も同様に、三人に制圧されている。アンは執務机からひらりと降りると、その陰に隠れて震える幹部・ゴーンを一瞥する。

「これでこの組は壊滅、っと。あの人の言うこと聞かないからこうなるのよ──おっと」

 ぼやくアンはふいと身を逸らした。そこをツインの熱線が通過し、背後の壁に大穴を穿つ。

 続いてそこに駆け寄るはトゥ。素早い踏み込みからのフックがアンを襲う。

「おわわ。危ないわねもう」

 しかしアンはその一撃を、そして続く連続攻撃を、あっさりと避けてみせる。人体の可動域を超えた動き。拳を当てた手応えは、鋼の如し。これは──機械?

 トゥが目を見開いたとき、既に銃口が彼を捉えていた。

「まずはトゥちゃんからね。サヨナラ」

「ッ──!?」

「トゥさん!」

 銃声が響く。

 避けきれぬタイミングで放たれた弾丸はしかし、トゥの身体を穿つことはなかった。代わりに──

「ぐぁうっ!?」

「ツイン!?」

 ツインの腹部が、消失した。

 上半身はトゥを突き飛ばした体制のまま、下半身は駆け込んできた姿勢のまま、ツインの身体はネジや歯車をばら撒きながら床に転がった。

 転倒したトゥは追撃の銃弾を避け、物陰に退避する。アンは深追いせず、眼前に転がるツインを見てクツクツと笑ってみせた。

「あらあら。機械のくせに非合理的ね」

「機械のくせに、とあなたは笑いますが──」

 ノイズまじりの、それでも力強い声音で、ツインはアンに言い返す。

「あなたの半分も機械じゃないですか。同族ですよ」

「ッ……うるさい! 死ね!」

 激昂したアンが再度引き金をひく。ツインの右腕が、床板ごと消失した。

「がっ……!」

「私だって好きでこの身体になったわけじゃないわよ! それこそこいつらのせいで──っとぉ!」

 言い返そうとしたところで、アンは地に伏せた。その頭上をシトリのナイフが掠める。

「チッ……!」

「あらあら、ナイフがお似合いねシトリちゃん。サムライからニンジャに転職したのかしら?」

 ィンッと機械音。アンの上半身が、腰から180度回転した。

 その銃口がシトリを捉える。引き金がひかれる直前、シトリは左手の手刀で火線を避けた。背後の壁に大穴があく。右手に持ったナイフがアンを狙う。

「甘い甘ぁい」

 笑うアンの姿が消えた──否、膝についたローラーで滑るように移動したのだ。シトリのナイフが床に突き立った。

「ぬぅっ!?」

 瞠目するシトリに、アンが銃口を向ける。シトリはナイフを手放し床を転がる。銃が火を吹き、部屋の壁に大穴が開いた。

 シトリが駆け、アンに追い縋る。そばに落ちていた十手を拾い上げ、アンに叩きつける。金属音。機械の左腕が十手を受け止めた音だ。

 そして、左手のひらがくるりと回って、シトリを向いた。そこにはぽっかりと穴が空いている──刹那。

「──ッ!」

 シトリが爆発した。

 少なくともトゥには、そう見えた。

「シトリ!」「シトリさん!」

 爆音がトゥとツインの声を飲み込み、室内が煙に包まれる。

「あっははは! 直撃! あはははは!」

 アンが哄笑する。左手に仕込んだのは右手の銃と同口径の炸裂弾だ。直撃すれば跡形もない。タイミングも角度も完璧だった。今のは確実に顔面にヒットした──

「はははこれは死んグッ!?」

 その時、アンの腹に蹴りがめり込んだ。

 爆煙をぶち抜き、その身体が吹き飛ぶ。アンはそのまま、自らの銃弾が開けた壁の穴から投げ出された。

「……誰が死んだって?」

 爆煙が晴れた部屋の中心に立っていたのはシトリだった。

「うお、無事だったか」

「ああ。……刀は、完全に死んだがな」

 トゥの言葉に応え、シトリは左手を掲げる。そこには、無残に砕かれ持ち手だけとなった愛刀が握られていた。

「ツインに食らったのと同じ流れだったから、対応できた。まぁ、肝は冷えたが……ん? そのツインはどこ行った?」

「へ? さっきあの女に撃たれてそこに……あれ、居ねぇ」

 シトリの言葉に、トゥが指さした先には、ツインの下半身だけが転がっていた。と──

「動くな!!!」

 アンの声がして、シトリとトゥは同時に窓の外を見る。

 そこには、放り出されたはずのアンがいた。超常の力で浮遊した彼女は、ツインの上半身を抱えている。

 ツインの頭部に銃を突きつけて、アンは室内にいる二人に叫んだ。

「動いたら、こいつの頭を吹っ飛ばすわよ!」

「ツイン!?」

「こいつとは仲良しなんでしょ? ほらほら、仲間を殺されたくなかったら武器を捨てなさい。んで両手をあげる。ほら、早く」

 グリグリと銃口をツインの頭に押し付けるアン。シトリとトゥは言われた通り、武器を捨ててハンズアップする。

「ッ……シトリさん、トゥさん、私のことは良いから──」

「うるっさいのよ! あなたは黙ってなさい!」

「っアッ!?」

 アンがヒステリックに叫び、その銃口が火を吹いた。ツインの耳が弾け飛ぶ。シトリの足元に弾痕が穿たれる。トゥが慌てて声をあげた。

「おいおい! 言うこと聞いてんだろ!」

「あーそうね! 畜生コケにしやがって! アンタらやっぱ大嫌いよ!」

 ギャンギャンと喚きつつ、アンはシトリに銃口を向ける。

「指先から順に削り取って、苦しめて苦しめて殺してやるわ」

「う、うう……!」

 低い声で唸るアンの横で、ツインがもがく。

「ッ……動くんじゃないわよ! もう片耳もぶち抜かれたいの!?」

 アンは煩しそうに声をあげる。しかしツインは意に介さず、上半身だけでもがき続ける。

「ああもう! わかったわよ上等よその頭ぶち抜いてやるわ!」

 痺れを切らしたアンが、引き金に指をかけた──その時だった。

「シトリさん!!!」

 ツインの目から、熱線が迸る。

「うわっ!?」

 ビッッと鋭い音と共に吐き出された熱線はしかし、シトリでもトゥでもましてやアンでもなく、屋敷の適当な部屋を穿つにとどまった。

「ッ……馬鹿ね、どこ撃ってんのよ。余計なことして寿命が縮んだわね!」

 アンがヒステリックに叫びながら、ツインの頭に銃口を押し付ける。

 その向こう、熱線が穿った穴を中心に、その部屋が爆発した。ガラスや瓦礫が宙を舞うのを横目に、アンは引き金を──

「余計? いいえ、これでいいんです

 そう言ったツインの声は、どこまでも落ち着いていた。

「は?」

 アンが眉を顰める。その視界の片隅で、“なにか”が宙を舞う。

 半ば無意識に、アンの視線はそちらに吸い寄せられた。時をほぼ同じくして、室内に居たシトリの姿が掻き消えた。

「は?」

 宙を舞っていた“なにか”にピントが合った。真紅の、棒状の、もの。否──あれは。

 刀。

 そして刀に伸びる、シトリの左手。

「は……!?」

 アンは慌てて銃をシトリに向けた。

 刹那、銃が右手首ごと落ちた。

「はァッ!?」

「よくやった、ツイン」「私ごと、どうぞ!」

 シトリとツインの視線がぶつかった。両者とも、笑っていた。

 ──白刃が、煌く。

 次の瞬間、シトリは屋敷の庭に着地していた。

「ち、ち、ちく、しょ……」

 アンが呻いた。

「良いお手前です。シトリさん」

 ツインが笑った。

 直後、アンの、そしてツインの身体に、縦横の斬れ込みが走る。

 キン、と澄んだ音と共に、刀が鞘に収まった。

「ちくしょォォッ!!」

 アンの断末魔と共に、二人は空中分解した。

 肉と機械の破片が降り注ぐ中、シトリはゆっくりと立ち上がる。

 ふぅ、と大きく息をつくと、彼は感慨深げに呟いた。

「……やはり、刀は落ち着くな」


エピローグ

 入り口のベルが鳴ったとき、店にはシトリしかいなかった。

 彼はその時、刃が砕け、柄だけになってしまった愛刀を桐箱に収めていた。箱の中には、最初にバーで折られた切っ先やエスメラル・ファミリーの館で拾い集めた破片も同様に収められている。

 シトリはそっと蓋を閉めると、ツカツカと近づいてきたヒールの音に顔をあげる。そんなシトリに、足音の主が声をかけた。

「こんにちわ、シトリさん」

 金髪碧眼、しなやかな体つきの美女だ。白いワンピースを身に纏い、同じ色の鍔広の帽子を被っている。その手にはスイカでも入ってそうな大きな布袋。

「ツイン。きたか」

「はい。ようやく万全に回復しました」

 あの時、ツインはアンと共にバラバラにされた。しかしそこは機人族。頭部が無事であれば再生が可能とのことで、しばし機人族の里──“ステーション”で休息していたのだ。

「おひとりですか?」

「いや。トゥが近くに──」

「シトリー、穴堀り終わったぞ……って、お? ツインじゃねぇか。きてたのか」

「はい。姉の身体を引き取りに」

「そういやそうだったな。……ってことは、その袋が?」

「ええ。姉の首です」

 ツインは買ってきた果物を自慢するかのごとく、手にした布袋を掲げてみせた。やはり倫理観が根本から異なるな、とシトリは思った。

「それはそうと、トゥさんはどうして穴を?」

 土まみれのトゥを見て、ツインが首を傾げる。その問いに応えたのは、桐箱を手にしたシトリだった。

「愛刀の供養だ。本当は正式な作法があるらしいんだが、まぁ埋めるだけで良いだろう。……お前もくるか?」

「なるほど。ご一緒します」

「んじゃ、1号の修理はそのあとだな」

 頷いたツインに、今度はトゥが声を投げた。

「1号?」

「そ。二人とも同じ顔で、しかも同じ名前だからな。あっちが1号で、お前が2号だ」

「なるほど。それは確かに、呼びわけが必要ですね」

 得心したように頷いて、ツイン(2号)は言葉を続けた。

「とすると……28号までいることになりますか」

「え、おいちょっと待て、もしかして機人族って全員同じ顔なのか!?」

「はい」

「おいマジかよ、ただでさえ区別つかねーのに!」

「とりあえず、行くぞ。ツイン、そこの塩と酒を持ってもらえるか」

「了解しました」

 会話をしながら、彼らはバーを後にする。

 カウンターではシトリの新たなる愛刀が、その真紅の鞘を輝かせていた。


トレンチコートとモッズコート

Act.2
刀を亡くした侍に、鉛玉の祝福を。

- 完 -


あとがき

 本作は、エタっていた同名の作品を根性で完結まで書き上げた作品であり、同時にAkuzume氏主催の私設コンテスト #AKBDC 応募作です。

 他の #AKBDC 応募作品がAkuzumeさんを主人公にしたりコラボしたりいじったりしている一方、本作は彼は影も形もないじゃないか! なんでこんなもん応募したんだ! とお思いの方もいるかもしれませんが、一応正当な理由もありまして、本作は以前Akuzumeさんから「続きをくれ!!! エタったら死ぬ!!!」と言われていた作品なのです。100日くらい経っちゃったかもしれないけどまぁ、誤差ということでひとつ。

 そういうわけで、それまでに連載していた各パートを集めて加筆修正し、さらにそこから続きを加筆し、 #AKBDC 締め切り10分前のこのタイミングでこうして投稿するに至りました。

 実際、こうして求められないとあのままシトリがファルシオン装備したあたりでエタっていたと思いますし、Akuzumeさんの声、そしてこのイベントで「Akuzumeさんのためだし、書くかー」と思ったからこそ決着まで至った作品と言っても過言ではありません。誇張抜きで。

 それにしても、1.8万文字ですって。あとがきいれると2万文字。超短スクロールバーになってしまった。すまないな。でも頑張ったから褒めてくれ。

 さて、ちょっと作品の話もさせてください。

 今回はシトリがメインで、トゥはだいぶ影が薄い回でしたね。

 タイトルである「刀を亡くした侍に」というフレーズが先に出てきて、最初は「折れた刀を直しに行く話にしよう」「ついでに洞窟とかで宝刀探させてみるか」くらいで考えていたんですが、シトリくんにいろんな武器を使って苦しんで欲しかったので賞金稼ぎに襲われまくるという話にシフトしました。結果として新しい刀はもうポッと出の奴になっちゃいましたけど、まぁなんか強そうな感じだし良いでしょう。シトリもそこまでこだわりはない子だし。

 割と最初から「シトリが大変な目に遭う話」として書いていたところもあり、マジでトゥの影が薄いというかほとんどただの運転手モブみたいになっちゃいました。ごめんよトゥ。Act3があればトゥの話にしようと思います。

 次に、冒頭大暴れからの終盤で同じ女優さんで登場してくれたツイン。彼女は最初、秘密結社ニューメリック(アンたちがいる組織)のメンバーとしようとしていたんですが、上述の賞金稼ぎのアレコレの兼ね合いでただの雇われとして活動してもらうことにしました。1号も2号もキャラクター性としては好きなので、なんかの折にまた活躍させたいところですね。

 そうそう、忘れちゃいけないのがその秘密結社ニューメリック。今回はアンちゃんが出てきてバラバラになっちゃいましたね。Act1では蜂の巣にされるしで本当に可哀想な子……。彼女の生死については考え中ですが、ここで死ぬようなタマじゃないと思うのでまた出てくると思います。割と気に入ってるしね。ニューメリックの連中の倫理観は機人族よりもトんでるので、きっとダブさんとか親分とかがなんとかすることでしょう。

 ……と、いうわけで、現在時刻9/6 23:55。AKBDC応募期間は59分までなので、ここらで筆をおこうと思います。

 最後になりますが、Akuzumeさんお誕生日おめでとうございます! 今年も辛い麺とかで面白おかしく絡んでいけたらなーと思ってます。ハピバ!

 そして読んでくれたみなさまありがとうございました! 次回のトレモズはいつになるかわかりませんが、そのうちポップすると思いますので、適度にお楽しみになさってください。

 ではでは、2万文字を超えたのでこの辺で。ちゃお!

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桃之字/犬飼タ伊
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