碧空戦士アマガサ 第1話「天気雨を止める者」 Part1(Re)
- 第一章 邂逅編 -
【これまでのあらすじ】
河崎晴香は超常事件"底なしの水溜り"の調査中、怪人・雨狐と遭遇した。
致命傷を負い絶体絶命の晴香。それを救ったのは、彼女が探す重要参考人、通称<アマガサ>であった。
晴香が意識を失う寸前、<アマガサ>は「変身!」という声とともに、白い光に包まれ──?
第1話
『天気雨を止める者』
- 1 -
姐さんが大怪我した状態で発見された。あのひとをこんな目に遭わせるなんてゴジラでも無理だと思っていたけど(中略)。姐さんは常人なら全治1ヶ月の傷を1週間で治して帰ってきたけど、他の被害者同様、事件当時の記憶がないらしい。
────超常事件対策特殊機動部隊"時雨"活動日報より抜粋
晴香はトングで肉を1枚掴むと、網の上に広げた。ジュウと空腹に響く音。煙が立ち上り、彼女の鼻腔をくすぐる。10秒ほど焼いたところで裏返すと、美味しそうな音は更に大きくなり、彼女を至福へといざなう。
晴香はきっかり10秒間その音を楽しんだ後、自分の箸で肉を引き上げ、ライスの上に──
「いや姐さん、いつも言ってるけど早いですって」
晴香の最高に幸福な瞬間に水を差したのは、向かいに座るラグビー選手のような体格の男だった。名を滝本晃明(タキモト テルアキ)、愛称はタキ。晴香の後輩であり、退院した晴香を迎えにきた相棒である。
「それほぼ生じゃないっすか。腹壊しますよ」
「大丈夫、牛肉は完璧だ」
「ええ……」
ここは晴香の馴染みの焼肉屋だ。ランチタイムには少し遅い時間帯で、店には晴香たちを含め2組しかいない──仕事の話をするには好都合だ。
晴香が焼肉ライスを頬張る中、タキは入院中の出来事についての報告を始めた。
「えーと、まず、姐さんの入院中、新たな事件は発生していません」
「マジかよ。こないだまで立て続けだったのに?」
目を見開いて問い返した晴香に向かって頷き、タキは報告を続ける。
「はい。姐さんが大怪我した時の"超常事件"を最後に、ぱたりと」
「マジかよ。じゃあこれで解決──」
意気込んで言いかけた晴香は、不意に肺に残った空気をため息に変えた。
「……とは、いかねーよなぁ……」
"超常事件"。その名の通り超常的な力によって引き起こされたとしか思えない事件のことだ。半年ほど前から散発的に発生していて、ケース01"溶解するビル"、ケース02"殴り合う町"、ケース03"鬼火の行列"、ケース04"底なしの水溜り"──と、発生順にナンバリングされている。ちなみに晴香が大怪我をしたのは04だ。
いずれも相当な人的・物的被害が出ているが、解決どころか犯人の特定すらできていないのが現状だ。
一瞬でも期待を持ってしまった自分を恥じるように、晴香は再びため息をつく。
「原因も、犯人も、目的もわからん。結局なにがどうなったら解決なんだろうな、この事件」
「なんつーか、まるで災害っすよねぇ」
焼き過ぎた(晴香基準)肉を取りながら、タキがぼやいた。晴香は「そうだな」と同意したが──その目つきは厳しかった。網の上で焼ける肉を睨みながら、彼女は言葉を続ける。
「まぁただ……これを単なる災害で片付けたんじゃ、被害者も浮かばれねーよ」
晴香は自分の身体に刻まれた大きな傷に想いを馳せる。自分は生き残った。だが──
「……タキ、今回の被害者は?」
「あ、えーと……重体2名、重傷6名、軽傷5名……そして、死者4名。死者の中には子供も」
「……そうか」
晴香はそう答えると、網の上の肉をまとめてつまみ上げ──自虐するように、呟いた。
「現場に居合わせておきながら、この被害──いや、この失態、か」
そして椅子に背を預け、乾いた笑いを浮かべた。
「なにが<時雨>副隊長だか。役ただずもいいとこだ」
「姐さん……」
どう言葉を返すべきかわからず、タキもまた網の上の肉を取りあげた。
<時雨>──正式名称、警視庁直属超常事件対策特殊機動部隊は、超常事件の調査、解明、そして解決を目的とした特殊部隊である。
晴香は副隊長、タキはIT顧問の任につきながら、前衛部隊として現場の調査を行なっている。先日晴香が超常事件に出くわして大怪我を負ったのも、その調査の途中でのことであった。
しばしの沈黙の後、先に口を開いたのはタキだった。
「……あ、えーと……そういえばですね」
タキは生肉を網に並べつつ、晴香に視線を向ける。後悔と自虐の表情のままの晴香に、タキは強いて明るい声で問いかけた。
「隊長から、姐さんから事件当時のことを聞いてこいって言われまして──」
「残念ながらなーんも覚えてない」
食い気味に断言した晴香の言葉に、タキは大きくため息をついた。
「ですよね……」
早々に肉を裏返す晴香を見ながら、タキは再度の溜息と共に言葉を続けた。
「他の生存者も、事件当時の記憶なしだったんですよね……いつものように」
──超常事件の共通点は二つある。
ひとつは、事件時間帯の記憶と記録がぽっかりと欠落しているということ。生存者の記憶は勿論、現場の監視カメラ映像ですらその時間帯ブラックアウトするという徹底ぶりで、そのおかげで調査が遅々として進まないのだ。
タキの言葉に、晴香はしばし宙を見つめ……言葉を選びながら、口を開く。
「不思議な感覚だ。記憶にモヤが掛かってるとかじゃなく、そこだけ真っ暗な──そうと知らなければ、記憶がないことすら気付かないかもしれない、そんな欠落がある」
「欠落……」
「そう。そしてその欠落に集中したとき──ふと、思い出すんだ」
晴香はそこで言葉を切り、水を一口飲んで。
「……天気雨が、降っていた」
「天気雨……」
その言葉をタキは深刻な顔で反芻した。
被害者の証言に"天気雨"という言葉が現れる。それは超常事件の被害者の、ふたつめの共通点だった。
記憶の欠落と、逆に残された"天気雨"の記憶。それらが超常事件を迷宮入り事件にせしめ、<時雨>が手を焼く原因であった。
「ちなみに、記憶って実際どこまであるんです? 雨が降ってきたトコとか?」
タキの問いかけに、晴香は「んー」と少し考えて。
「<アマガサ>の尻尾を掴み、中央公園に踏み込んで……そして、天気雨が降ってきて……そこまでだな」
「<アマガサ>……"白い雨合羽の男"っすか」
「そう」
タキの確認するような言葉に、晴香は頷いた。
<アマガサ>とは、とある超常事件の現場映像で、晴香が偶然発見した男の呼称だ。
その日は晴天であり、天気予報も軒並み晴れだった。それにも関わらず、その男はまるで雨が降ることを知っていたかのように──白い雨合羽を羽織り、手に傘を持って現場付近を歩いていたのだった。
その後の調査で他の事件発生時にも現場付近にいたことが確認されており、一連の事件の重要参考人、もしくは犯人と考えられている。
晴香は焼きすぎた(晴香基準)肉を引き上げながら、タキに問いかける。
「<アマガサ>探しの状況は?」
「んーと。足で探すのにも限界があったんで、乾さんと協力してちょっとしたシステムを組み上げ──おっと」
説明を切ったタキは、ズボンのポケットからスマートフォンを取り出した。画面には『乾 慎之介』の文字。
「ちょうど、噂の人からです。もしもし」
『お疲れ様、乾です。ちょっといいかな?』
電話の向こうから聞こえてきたのは、明朗な男の声。<時雨>の諜報班長および後衛指揮を担当する男、乾慎之介だ。
タキは乾の問いかけに「大丈夫っす」と答えつつ、スピーカーモードにしたスマートフォンをテーブルの上に置いた。
「晴香さんも一緒です。スピーカーにしてます」
『あ、退院おめでとうございます晴香さん』
「おう。飯食いながらだけど、いいか?」
『問題ありません』
乾は生真面目な敬語で晴香に答えた。年齢的にも年次的にも乾のほうが上なのだが……曰く、「副隊長だから」だそうだ。
『では晴香さんへの報告も兼ねて……アマガサを追っていた晴香さんが大怪我をしたことから、彼の捜索は最優先だという結論に至りました』
電話越しに乾が説明をはじめた。
『それで──アマガサの見た目の情報を元に、街頭監視カメラ映像を使った捜査・追跡システムを構築しました。……で、タキくん、先ほど最終チェック終わり。オールクリアだ』
「マジっすか! 良かったぁ」
タキが安堵の声をあげる中、乾は『それでですね』と言葉を続けた。
『連絡したのは、テストも兼ねて、タキくんの姿を追跡してみようかなと思って』
「お、じゃあこれから戻るんで試して──」
タキが身を乗り出し、なにやら言おうとした──その時だった。
「ごちそうさんでしたー」
店内にいたもう1組が席を立つ。4人組のうち3名は先に外へ出て、ひとりがレジの前に。「あいよー」と店長の間の抜けた声が奥から聞こえてくる。
晴香は、なんの気なしにそちらに目を遣った。そして──
レジ前に残っていた男が、金を払わずに店から飛び出した。
「あーっ!?」
店長の悲鳴が店内に響く。
「おいおい集団食い逃げかよ!?」
「タキ、荷物頼む。乾、続きはインカムで」
狼狽えるタキに向かい、晴香は伝票を投げつけながら立ち上がる。
「ちょ、ちょっと姐さん!?」
「店長、あいつら捕まえたら特カルビ奢りな」
頭を抱える店長の肩を叩くと、晴香は店を飛び出した。
ヴィン! ヴィン! ィィィィィィィィィィィィン!!!
同時に届いた甲高いエンジン音に、晴香は視線を遣った。集団食い逃げ犯たちはスクーターで逃げ出したようだ。300メートルほど先に、信号無視して走り去る姿が見える。
「よし……行くか」
晴香はトン、トンとその場で跳躍すると、そちらへ向かってスプリントを開始した。
ゴウと響く風の音。周囲の景色が流れる。快調に動く足。通行人を追い抜いて、晴香は走る──と、イヤホンマイクから乾の冷静な声が聴こえてきた。
『事件ですか?』
「ああ、食い逃げだ。男4人組で──」
『姐さんちょっと! 病み上がりなんスから!』
乾と晴香の会話を遮って、タキの声が耳をつんざく。思わずバランスを崩した晴香は慌てて姿勢を整えつつ、マイクに怒鳴り返した。
「やかましい、リハビリだ!」
晴香は走る速度を上げる。ママチャリを追い抜き、蕎麦屋の配達を追い抜き、先ほどスクーターが走り去った交差点を越え──さらに速く、速く。
体調は良好。傷ももう痛くない。完璧だ。
「乾、例のシステムの試運転だ。対象は──」
指示を出しつつ、晴香は聴こえてくるエンジン音を頼りに最短ルートを推測。手近な路地裏へと飛び込むと、速度を落とすことなく駆け抜ける。ゴミの山を飛び越え、人ひとりぶんの細い道を抜け、そして数秒後、イヤホンマイクから乾の声が聞こえてきた。
『捕捉しました。対象は三丁目交差点付近まできています』
「オーケー、すぐそこだ」
晴香は不敵な笑みと共に答えた。
『もはやシステム関係ないじゃないッスか……』
タキの声は無視して、晴香は立ち止まると大きく息を吐く。即座に息を整えて、彼女は目の前の路地を睨みつけた。
それは、雑居ビルに挟まれた細い道だ。幅は両手を広げられるくらい、奥行きは5,6歩分ほど。そして突当りには高さ3mほどのフェンスがあり、その向こうには大通りが見える──目的の、"三丁目交差点"が。
晴香は耳を澄ます。エンジン音が近づいてくる。
「……よし、行くぜ」
叫び、晴香は加速した。全力の助走の後、力強く踏み込み──彼女は、壁を三角飛びで蹴り登った。そして猫の如く、フェンスの上に着地し、一瞬だけその動きを止めて。
『三丁目交差点に他に車両はいません。イケます!』
「ナイス」
完璧なタイミングで、イヤホンマイクから乾の声が聞こえた。
よくできた部下だ。晴香は笑い──足場を蹴って、大通りに向かって跳躍した。
鈍化する時間の中、晴香は空中で対象を捕捉した。二人乗りスクーターが二台。前のスクーターの運転手が、飛び出してきた晴香を見上げている。そして──
「どぉおおりゃああっ!」
晴香は気合と共に、その運転手の首を蹴り飛ばした!
「うおおおっ!?」
ガシャン!!
悲鳴をあげながら、食い逃げ犯の二人が車道に投げ出される。晴香は地面に転がって衝撃を殺し、即座に立ちあがった。部下からの連絡通り、周囲に車両はなかった。
「な、なんだテメェ!?」
後続のスクーターが急ブレーキをかけ、二人が降りてくる。
「なぁに、正義の焼肉好きだ」
「おまっ……あの店から追っかけてきたのか!?」
「当たり前だ。白昼堂々、食い逃げ、原付二人乗り、信号無視。後ろのやつはノーヘルか? いい度胸してるなおい」
「るッせぇ!」
男達は二人同時に晴香に殴り掛かった。しかし──遅い。
「ぉラァッっ!」
晴香の後ろ回し蹴りが、片方の腹部を捉え、突き刺さった。更に反動を利用して繰り出された掌底が、もう片方の胸部を強かに打ち付ける。二人の男は声すらあげられないまま、白昼の路上に倒れ伏した。
「よしよし、全然動ける。完治だな」
晴香は上着を正しながら呟いた。と──
「ば、化け物かよ!?」「おい逃げっぞ!」
「あ!?」
振り返った晴香の目に飛び込んできたのは、フラフラしながら逃げていく二人の男の姿だった。先刻スクーターごと吹っ飛ばした二人だ。対向車線まで吹っ飛んだ彼らはスクーターを放置したまま逃げていく。
「ちっ、死んでなかったのかあいつら!」
『姐さんそれ完全に悪役のセリフです』
タキの言葉は無視し、晴香は道を渡ろうとするが──折り悪く車が通りかかり、阻まれてしまった。舌打ちした晴香の視線の先、犯人たちはヨタヨタと通りを歩き──その進路上に、人影。
「邪魔だオラァッ!」「どけッ!」
その人影──道に迷ったようにキョロキョロしている男に向かい、二人の男は威圧的に怒鳴る。明らかに危険な状況だが──
「……ん?」
晴香の動きは、そこで止まった。
一瞬、それが見間違いかと思った。
その人影は──白い雨合羽を着て、左手に番傘を携えていたのだ。
「どけッつってんだろてめぇ!」
そうこうする内に、犯人のひとりがその男へと至り、怒鳴り声と共に突飛ばそうと手を伸ばす。
「あ、やべぇ」
気を取り直した晴香は呟き、駆け出しかけたが──それは杞憂であった。
「おっと」
「んナぁっ!?」
白い雨合羽の男は犯人の攻撃をひょいと避け、その足を的確に払ったのだ。驚きの声をあげながら、犯人が地に這いつくばる。
そして彼は右手に持った扇子でパタパタと顔を扇ぎながら、転倒した犯人の背中を思いっきり踏みつけた。
「ゲアッ……」
「なっ!? なにしやがンだてめぇ!」
カエルのような声と共に昏倒した相棒を見て、狼狽したもう片方が殴りかかる。
白い雨合羽の男は、その拳を手にした扇子でパシリと防いだ。
「んなっ!?」
「こら、危ないでしょ」
彼は扇子を素早く畳み、犯人の手首を打ち付けた。
「痛って──」
犯人は体制を崩し、悲鳴をあげ──直後。
「よっと」
白い雨合羽の男は、犯人の側頭部に見事なハイキックを叩き込み、昏倒させた。
晴香は立ち尽くしたまま、その一部始終を見届けて──イヤホンマイクに向かって、呟いた。
「お、おい……乾」
『はい、見えてます。あれは──』
唖然とした様子の晴香の言葉に、カメラ越しに状況を見ていた乾が同意した。
「<アマガサ>……だよな」
(つづく)
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(作者註)
本記事は、noteで連載中の小説「碧空戦士アマガサ」を加筆・修正し、再投稿したものです。初版と比べて言い回しが変わったり、2,3記事が1つに合体したりしています。再放送の詳細はこちらの記事をご覧ください。
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