有限会社うまのほね 第1話「学校の七不思議」 Part9
前回までのあらすじ
ドローンに負けて1時間ほど気を失っていたハルキは、カンタの母の協力を得て音楽室に隠れていたカンタとタロウを発見。しかし再会を喜んだのも束の間、不意にタロウが泣き出してしまった。
カンタの言う「ベートーヴェンの呪い」とは一体──?
──音楽室のベートーヴェンの目が動く。
俺がガキの頃、トイレの花子さんと同じくらいメジャーな怪談だった。
ベートーヴェンに見つめられると石になるとか、心臓発作を起こして死ぬとか、手が出てきて絵の中に吸い込まれるとか……オチは諸説あったものの、とにかくあの頃、音楽室の付近をひとりで歩くのは本当に怖くて、部屋の前を足早に通り抜けたものだ。
だからカンタから"ベートーヴェンの呪い"の概要を聞いたときは……正直、意味がわからなかった。
「あのベートーヴェンの絵に映った人は呪われるんだ!」
……………………?
「え? なんて?」
「この絵がね、鏡みたいになってね、映るの!」
…………映る? 絵が鏡になる?
「……ベートーヴェンが動くとかじゃなくて?」
「違う! 映るの!」
何故かキレられた。
俺は眉間にシワを寄せながらも件のベートーヴェンの肖像画を見上げる。
時間的に照明がつけられず(時間によって自動消点灯するのだ)、真っ暗なままの音楽室。壁に掛かったその額縁から、ベートーヴェンがあの不機嫌そうな顔で室内を睨んでいる。
それは俺が子供のころから変わらない……いや、あれ?
「……なんか、発光してないか、これ?」
呟き、俺は肖像画に歩み寄る。カンタが「おじさん危ないよ!」と叫ぶが俺はそれを手で制し、メガネのツルをいじってモードを"素材判別"に切り替えた。
しばし眼前に表示される「Analyzing...」という文字を見つめながら、俺はカンタに声をかける。
「なぁカンタ、もしかしてその七不思議ってさ、この肖像画が真っ暗になったりする?」
「え? おじさん知ってるの?」
「あー……なるほど。わかった」
解析完了。推定素材は"液晶"。つまり……
「これ、電子ペーパーだわ」
「電子ペーパー?」
カンタは首を傾げる。タロウも泣きじゃくるのをやめて、こちらを見つめていた。
「要するにディスプレイだこれ。授業中にここで映像流したりしてないか?」
「するよ! 先生のとこにパソコンがあって、オーケストラの動画とかが流れるの!」
ビンゴだ。
推測するに、老朽化したりイタズラで破れてしまったのを機に、電子化が進められたのだろう。
電源オフだかスクリーンセーバーだか、とにかく普段はベートーヴェンの肖像画が表示されていて……電源が入ると普通にディスプレイとして動作する、といったところか。
考えながら、俺は教卓の裏にあるパソコンを触った。直後、ベートーヴェンが暗転し、額縁が真っ暗になる。「うわぁっ!?」と子供たちの悲鳴。見ると、カンタとタロウは机のバリケードに隠れている。
「おじさん呪われちゃう! 隠れて!」
「あー、大丈夫、これは……」
言いかけて、俺ははたと言葉を止めた。
"血まみれのドローン"の時のように、こいつらの夢をぶっ壊していいものか。
怖い目に遭っているとはいえ、夢は夢だ。なんでもかんでも科学技術で片づけていいものではない……気がする。
俺がそう考える間に、額縁ディスプレイは真っ暗から真っ白へと様子を変えた。そして、教室の様子が映し出される。恐らく額縁の上部にカメラでもあるのだろう。起動時に一瞬表示されるのが仕様なのかバグなのかは不明だが、タロウはこれを目撃したと思われる。
俺は少し考えて、隠れたままのカンタたちに声をかけた。
「……大丈夫、これは大人には効かない呪いだ」
「ほ、ほんとに?」
「ほんとに。だからそこでじっとしてろ」
言いながら、俺はパソコンを弄って教室の映像を停止した。そしてふと思い立ってコンソールを立ち上げ……"あること"を確認する。
「……イケそうだな」
俺は呟き、カンタたちに声を投げた。
「それよりお前ら、赤いドローンの件、解明したくないか?」
(つづく)
[前] [目次] [次]
▼桃之字の他作品はこちら▼
次回からやっと「修理工」らしい話になります。オマタセ。