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#29 オタク、、、なのか?

12月10日。木曜は、寝て起きてバイトするだけ。水木はだらけがちだな。
まあ今日は【オタクについて】ということで。前々から思っていることなど。

今日の記録

11時半、起床。木曜の朝は異常に起きられない。朝食、フルグラ×アモミ。12時出発、バイトへ。

バイト、なんだかんだ続けそう。メンタル的にきついんだけどね。18時まで。夜は海鮮丼。もう「肉そのもの」を食べなければいいみたいになってきちゃった。

夜、研究室でまた訳の作成。ほんと、木曜は何もしなくなりがち。なんか気分沈むんだよな。

オタクについて

(2000字ぐらい)

人生で二度、「オタクじゃないなんて意外」と言われたことがある。

アニメを見ない、スマホゲームをしない、Vtuberを知らない、漫画もあんまり読まないみたいなことを言ったときに、これを言われたと思う。で、これが結構印象に残っている。今日はその話。

自分でも、二次絵が好きじゃない、「声優」を全然知らないなど、自分が「オタクじゃない」とは認めるところではある。
ただ、「オタクじゃないなんて意外」と言われるということは、なんかしら「オタク」っぽい特徴は持っているんだなとも思う。そして「オタクっぽい」と思われることに関しては、割と自覚がある。
果たして僕はオタクなのか、そうではないのか、、、今日はそういう話です(どうでもいいとか言わないでください)

* * *

僕は前々から、「オタク」とされる人々(=オタクとの自覚がある、それを自称している人々)に対して、疑問というかちょっと意外だなと思ってるところある。

それは、オタク趣味を持っている人に「コミュ障」を名乗る人が多いということである。あるいは逆に、コミュ障を自称する人ほどオタク趣味を持っていがち、とも言える(ここでのオタクは、おそ松さんが好きだとか。アイマス好きだとかドルオタ・アニオタ・Vtuberオタクなんかを想定)。

「オタク」の人からすれば、オタクとコミュ障の結びつきは当然とも言えるかもしれない。そもそもコミュ障じゃないなら(コミュ力があるなら)オタクになってないだとか、オタクやってたらコミュ力が失われて人と会話ができなくなったとか、そういうことはあるのかもしれない。

ただ僕は何というか、「オタク」というものを「内輪のみで共通する言語を持った人たち」と捉えている。外部の人には通じない言葉でしゃべっている人たちだ。「Cvなんちゃら」とか「○○P(プロデューサー)」とか、「推し」とか「○○しか勝たん」とか、そういう概念を理解するのに、僕は3年かかった。内部の言葉で会話する集団、というのが僕のオタクのイメージだ。

世間的にも「オタク=コミュ障(非リア)」というイメージはそれなりにあるみたいである。コミュ障とは、人とのコミュニケーションが上手でない・得意でない人のことを指すものだと思う。そうすると自然、「仲間や友達を作りにくい人たち」ということにもなると思う。

ただ、僕なんかは「オタク」を自覚・自称する人たちに対して、おまえら仲間内でコミュニケーション取れてるじゃん、と思ってしまう。共通の趣味を持つもの以外とは話せないという意味で、依然として「コミュ障」ではあるのかもしれないが、少なくとも「集団への適合能力」とかは高いんじゃないかというのが、正直な感想だ。

ちょっと話は変わって。僕にとって意外なのが、「社会からの疎外感」を感じるという人に、オタク趣味を持っている割合が高めということがある。

noteとかの投稿を見ていても、「人付き合いが苦手」「社会に馴染めない」とか書いている人は、オタクっぽい趣味を持っていることが多い(偏見全開ですみません)。アイドルだとか、声優だとかBLだとか(これは全く関係ないが、この層には藤原基央ファンが驚くほど多い)。
で、そういう人たちも結構、趣味について「オタク同士に通じる言葉」で「仲間」に向けた発信をしているので、完全に「人付き合いが苦手」というわけではないんだなと思ったりする。その辺では、ある意味「社会」とか「コミュニティ」への接点を持っているんだなと。

* * *

Jack and Eliza "Quarter Past The Hour"

「オタク」の対象をかなり狭めて書いてきたが、もっと広めに、「ニッチな趣味を持っている人」とか「特定の知識に詳しい人」とかにしたとすれば、僕もオタクの一人だと思う。
The・オタク(アニオタ・ドルオタ)ではないだけで、広い意味での「オタクっぽい」人に該当しそうだということ。

ただ「ニッチ派」の場合、「The」の人たちと比べて、共通言語をもって話せる相手が少ないという悩みがちょっとある。

例えば上の動画は、最近僕がいいと思った曲で(Spotifyのおすすめで出てきた)、Jack and Eliza の"Quarter Past The Hour"という曲近頃はSpotifyもニッチなところをおすすめしてくるようになった。

こんな感じで、洋楽のindie系をディグるのが趣味ではある。他にも黒い文房具を集めたり、あとは海外カートゥーン(リックアンドモーティとかサウスパークとか)を観るのも好きだ。これらは、いかにも「オタク」っぽい趣味かもしれない。

ただ、これを人と共有できたことがほとんどない。しようと思えばSNSとかでいくらでもできるかもしれないが、アイマスファンとかは現実でも「オタク仲間」を見つけているのに対して、こっちはちょっと厳しい。僕も「indieオタク」とか「文房具オタク」なのかもしれないが、これらの「オタク」であることを名乗っても何もなかったり、あるいはオタク仲間を見つけても路線が違ったりする(文房具オタクといってもかなり範囲が広く、やっていることがバラバラ)のが寂しいところだ。

* * *

アニメとかのオタクなら、「共通の言語で話せる」仲間を見つけやすいのに対して、「ニッチ派」は必ずしもそうとは限らない。

そしてそういう意味で、人との馴染めなさを感じることは結構多い、という話。オタクかもしれないが、オタク趣味を共有できる相手は少ない。趣味が共有できなかったり理解されなかったりすると、ああ、やっぱり自分って人と違うんだなと感じたりもする(それはみんな同じか)。

それが、「社会に馴染めない」と言いつつも、仲間を見つけやすいオタク趣味を持っている人たちへの違和感である。なんというか、もっと尖った趣味なのかと思ったら、そこは普通なのねと感じたりする(ケチ付けてすみません)。

あとは「俺たちはオタクで非リアでコミュ障だ」とか言いつつ、同士を見つけて内輪でわちゃわちゃやれている人が、結構羨ましかったり何なり。「コミュ障」とか言いつつ、人との接点が持てるのはいいねと。ただ、アニオタとかは世間から冷たい目を向けられがちだから、そういうこと言うのもフェアじゃない気がしてきた。

* * *

今日はそんな感じ。暗くなってしまったし、結局何の話がしたかったのかよくわからんな。あんまり筆の走りもよくなかった。ちょっと消化不良なところもあるけど、まあ仕方ない。

↑これとか「オタクになれない」というところでちょっと共感できた。

↑ちょっと参照した。

以上。ちなみに今日の記事は、戸田恵梨香って誰?というところから始まっている。

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四条。クリスマスが近いな。