お笑いを笑うって難しい
今年はキングオブコントを見ることができませんでした。
面白いって難しい。面白がるって疲れちゃう。笑える余力がないみたいです。
私はもともとお笑いが大好きで、劇場にも足繫く通っていましたし、賞レースは予選からお祭り騒ぎで、初夏になると「今年もキングオブコントの季節がやってきた!」「ABCお笑いグランプリも決まる!」「そうこうしてるうちにM-1も始まってるぞ!」と大忙しでワッショイワッショイするのでした。
それが出産を境に変わり始めました。
息子のたるすけが生まれた2021年(KOCは空気階段、M-1は錦鯉が優勝した年です)は、超絶怒涛の夜泣きと意味不明な昼泣き(つまり24時間泣き)で疲労困憊、ほとんど気絶状態で生ける屍と化していまして、賞レースだ予選だ何だと気にかけている余裕がありませんでした。
それでも習性として、KOCとM-1の決勝戦のときにはテレビの前にいました。たるすけの泣き声で漫才の声は何も聞こえないし、とにかく眠すぎて常に酩酊状態だったので、長谷川さんのこーんにーちはー!がずっと脳内にこだましていたことだけが記憶に残っています。テレビの前にはいるけれど、何も見えてはいないという状態。もういっそ寝てしまったほうがよさそうなものですが、それでも、好きだったものを諦めたくないという意地がありました。
たるすけが1歳を迎えた2022年は、大好きな芸人さんのなかでも特に大好きなビスケットブラザーズがKOCの王者に輝きました。
その瞬間、私はテレビの前にいました。セーラー服×ブリーフ姿の原田さんが涙ながらにトロフィーを掲げている様子を覚えています。
と思いきや、よくよく考えてみると、セーラーブリーフで野犬と戦うネタは、一本目に披露したものです。優勝を決めたときには二本目の衣装を着ていたはずなので、セーラーブリーフ×トロフィーの組み合わせはあり得ないのです。
もしかして二本ともセーラーブリーフやった?あのコント続編あったっけ?という最高の悪夢のような可能性も捨てきれないので調べてみましたが、やっぱり違いました。トロフィーを手にした原田さんが着用していたのは白シャツのようです。
記憶が改ざんされています。正直、この年のKOCの記憶といったらセーラーブリーフ以外ありません。その唯一の記憶が間違っているとは。おそらくこのときも、ほとんど気絶しながらテレビに向けて目を開いているだけだったのでしょう。
たるすけの夜泣きがまだ続いている頃です。心身ともに限界を超えていました。それでもやっぱり、好きなものを諦めたくない、好きなものを好きでいられる私でいたいという意地でもって、目を開けているのでした。
しかし去年、私はついに諦めてしまいました。賞レースもネタ番組も、いっさいのお笑いを見ることをやめました。
2歳になったたるすけは、少しずつ夜泣きが減り、いつの間にかねんねが上手になっていました。お昼ご飯の後にしっかり1時間半お昼寝し、夜は21時に就寝すると、だいたい朝まで眠れます。そのおかげで私の睡眠不足もスッキリ解消☆となるはずでしたが、いつの間にか、私は寝るのが下手になっていました。約2年にわたる夜泣き対応を完走した私を待っていたのは、ギンギラギンの不眠症でした。
そして夜泣きを卒業したたるすけですが、昼は相変わらず泣きやすい子でした。自我を持つようになり、イヤイヤ期に突入したのもあって、あれがイヤで絶叫これがイヤで絶叫。さらに、これは3歳の今でもそうなのですが、一人遊びができず、私が少しでも構うのをやめると絶叫。ちょっと眠くなっても絶叫。コソッとごっこ遊びの手を抜いても絶叫。たるすけが起きているあいだは、テレビを見るどころか必要最低限の家事さえままならない状況でした。
好きなものは好きでいたいけど、とりあえず今じゃない。寂しい気はしましたが、意地を張っていられる気力も体力も底を尽きつつありました。
そして今年、幼稚園生になったたるすけはお昼寝を卒業し、夜は19時に寝て朝は5時に起きるというスーパー早寝早起きボーイへと進化しました。
そういえば泣く回数もめっきり減った気がします。イヤイヤ言ってることはあるものの、絶叫するというよりゴネる感じになり、話し合いがもてるようになりました。ヤダもう大人やん!!と思ったら「たるちゃん、あかちゃんになってねんねしたい」=横抱っこで寝かしつけろと要求してくる赤ちゃんっぷりを発揮してもいます。
そんなこんなで正直なところ、子育てのハードルをようやっとひとつクリアできたかなと感じている今日このごろ。ついに、自分の「好き」を再び大切にできるときが来たのです。
19時にたるすけを寝かしつければ、あとは自由だ!さぁ宴だ!楽しめ!笑え!
しかし結局のところ、先日放送されたキングオブコントを見ることはありませんでした。
絶対に面白いと知っているのに。ずっと応援していた芸人さんもたくさん出ているのに。たぶん、今でも好きなのに。
テレビを見て笑う。それだけのことが、なんだかとてつもなく面倒に感じてしまいました。
だってコントを見るって案外忙しくて、登場人物のプロフィールや背景、関係性を理解し、情緒を察しながら、面白ポイントを見逃さないよう台詞に耳を傾ける一方、物語の妥当な展開をいくつか思い描きながら後に起こり得る予想外の裏切りという面白ポイントにも備えておかなくてはなりません。もう忙しくって、笑うどころじゃありません。
お笑いを笑うって、こんなに難しかった?
健康な脳みそと健全な精神があれば、そんなこと無意識のうちに出来るのでしょうか。お笑い大好き賞レースガチ勢だった頃は確かに出来ていたはずですし。出産と育児を経て、私はこんなにも鈍くさくなってしまったのかと悲しくてなりません。
私はずっと、コントや漫才を見ながら、「笑わされている」という意識でいました。しかし実際は、自発的に笑いにいっているというか、少なくともある程度は「笑うための態勢を整えている」のかもしれません。その些細な努力が、今の私には難しいのです。
笑いのなかから哀愁や虚しさ、感動、人間味といった機微を掬いとるのも、奇想天外などんでん返しに備えるのも、なんだかとっても難しいです。
とはいえ大会自体はちょっと気になるのでSNSの反応など調べてみたところ、「冨安四発太鼓」という、無思考無気力でもなんか面白いパワーの漲るワードを見つけたので、心身が健やかなときにダンビラムーチョのネタは見てみようと思っています。
あと、1ボケ突破型のニッポンの社長には全幅の信頼を置いているので、そちらも近々。
自ら笑いにいかずとも笑わせてほしい。えらいワガママなようですが、いっそ暴力的なくらいに、胸ぐら掴まれて笑わせられたい心地でいます。