悪魔ダンタリオンの打ち明け話 夜記(19)
今日は長い打ち明け話です。君、もし魔物のような人間に出会ったら、場合によって非常に役に立つから、上手く使ってください。
その代わり君の身を守るために
一に恐れないで
二に悪用しないで
三に情で利用だけしないこと
10月24日 日曜日 晴れ
魔物も天使も所謂「人でなし」というものです。
だから生活力も、伴侶を得る力も、人の世では人の方が数段上だと、わたしは一昨日確信することがありました。
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店屋の中は、はじめは静かでした。
わたしはSちゃんというお嬢さんと二人、支度しながら何気ない話をしていました。Sちゃんが言います。
「わたしってよく喋るじゃないですか。みんなに黙れって言われるくらい」
わたしは気を許してはいるものの、誉めることを言うつもりなので恥ずかしくて少し俯きました。
「Sちゃんはね、本当は、どっちでも大丈夫なんだと思うわ」
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わたしがそう言うと、Sちゃんはまず、元々大きな目を皿のようにでっかくしてわたしの顔をまじまじと見ていました。
わたしがその表情を見てぽかんとしていると「なんで?」と真剣に訊ねてきます。
「なんでわかったんですか?大体ほとんど誰も知りませんよ。わたしが喋りたくないときもあることなんて」
なんでわかるのか、考えてみてもわからない。わかっていることは自分でわかっています。でも理由はわからない。
「なんでだろう……。なんとなく。感じるの」
Sちゃんの表情はだんだん、喜びの様子から戸惑っているようになりました。
「気を遣って喋っているんでしょう?もちろん楽しくなっているときもあるだろうけど」わたしはその様子を見て言葉を足しました。
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「おしゃべりが好きだねってみんな言うのに」
彼女の顔は未知のものに遭遇した子どものようで、それは綺麗で純粋な驚き顔でした。でも、瞳の奥にほんの少し不安がありました。わかりやすいように大袈裟に言うと「お前は一体何者なんだ?」という光が目の中に浮かんでいます。
それで、わたしは思い出しました。
本当に切ない、永遠に続いている片想いのような気持ち。
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お母さんはいつもわたしに訊ねておりました。
「ねえ、あの人はどういう人なのかしら」
「あの人は何を考えているのかしら」
どうしてかわからなかったけれど、Sちゃんの顔を見たときの綺麗な驚き顔と、それを今日思い出してるうちに、気が付いたんですよ。
お母さんはわたしに訊けばわかるから訊いていたんだと。
でもそれは、ときには口に出すのも痛くて苦しくて、いつしかわたしは問いに答えれば答えるほど、テストのカンニングを手伝っているようで苦しくて、やめてしまいました。
自分のためにそれをすることは、ずるをしているようで嫌だから、そのずっと前から忌避していたのです。
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何でしょう。これは。わたしは大変気まずいのです。
Sちゃんに「わかってほしそうな気持ちだけ。それ以外は勝手にわかったように口に出すのは失礼でしょう?」というと、「確かに」と安心したように下を向きました。
これがわたしの生きてゆく力だとか、愛情の表れるところなのかもしれません。
遠慮なく使える方法がわかっていたならば、道も違っているけれど、これはわたしの忌避してきたものです。
何か役に立てられるだろうか……、怖がられても、なんとか出来そうな気もします。なにせわたしはこれといった人の役に立てるようなことが、自分で見つからないのだから、嬉しくもあります。
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このような人間はいるものだろうかと調べ物をすると、江戸時代に言い伝えられた妖怪の覚だとか、悪魔のダンタリオンだとかがこのようなことをするのだと書いてありました。
不吉な感じのものばかりだけれど、わたしは人里離れたところに暮らしたくはありませんから、今日は気持ちがうろうろしたし、誰かに使って欲しいともおもったのです。
わたしはどうしよう。どこへ行くんだろう。と、迷いながら歌をうたいました。
過剰に安全だと伝えなければなりません。君がわたしを忌み嫌っていれば、それはわたしには伝えずともわかります。だからといって君を取って食ってもわたしには何の得も無いのだから。ちゃんと生きる術が欲しいのです。
君にも同じかまた別の、人でないようなところがあるのでしょう。
それをどうして人の世で生きることに代えているのか、わたしに教えてはくれませんか。わたしはまだ、探さなければいけません。
一九日目。終わり。