自分の体の中にあるたくさんの感情たち
働くことに薄ぼんやりとした怖さがずっとあって、向き合うことも怖くて、無職期間をずるずると延長してきて、
だけどやっぱりお金は欲しい。
行きたい場所、やりたいことを経験するために。
そんな甘ちょろいこと言ってんなや!
生活のために必要なんじゃ…!!!
って私の中の厳しい声が言うけど、
本音は、これ。
そして、人のためでも動けない。
そんな自分に、言葉にならない、
「ごらぁ…!!なんなんだおめーの自己中感は…!!」
みたいな声も聞こえてくる。
(誰なのー?あなたは。)
ただただ、わたしが経験したいことをするのにお金が必要だから、そのためだったら頑張れそう…!って、今日思えて。
怖くてもいいって思えて、
怖くてもいいならできるかもしれない。
って思ってバイト申し込めた。
日雇いの。
ゆったりと、ゆったりと、丁寧に丁寧にを心掛けて生活してきて、
そんな自分がまたあのバイトの、社会のスピード感についていけるのだろうか…と、すごく怖くなっていた。
そして、ついていけなくて、人格を否定するような言葉を投げかけられるのでは…という妄想まで膨らんで、
それによってわたしは立ち直れないくらいに傷つくと、無意識に思っていた。
言葉にしてみると、そんなはずはない…笑
そんな変な人はなかなかいないし、
いたとしてもその変な人にわたしは傷つくだろうか…?
傷ついたとして、立ち直れなくなるのだろうか…?
確かに日雇いのバイトをしていたとき、
すごく言葉や態度がキツイ人、そういう職場も何個かはあった。
でもふつ〜〜〜に、すごく親切な人ばかりな職場もあったし、
ほどほどに働けてもいた。
なのに、今の自分はあの頃の自分とは違って、もうそんな頑張りスイッチが入れられないし入れたくもない、という気持ちがここのところずっとあった。
なにも考えずに気楽に生きたい。
だけど、わたしはそうじゃない。
深く考える。
まぁこれは友達に言われて。
考えるのがあなたの魂の望みだからそれでオッケー!それはコントロールできるものでもないよ。って。
たしかにそうかも知れないな。
生きてて、今楽しいことがいろいろある。
だから、頑張って苦しくなって鬱になって楽しかったことができなくなるのも怖かった。
とにかくいろんなことが怖かった。
その中でも一番怖いのは、人からの人格否定。批判。
そして、その評価によって自分を許せなくなること、消したくなることが怖い。
生きてちゃダメな存在だと、また思い込むようになるのが怖い。
ここまで書いてて、怖がり過ぎだしネガティブすぎだなと思った。笑
怖い怖いって、想像して実際にやってないときが一番怖い。多分。
お化け屋敷で、おばけがいつ出るかと怯えているのと同じ状態?
怖い怖いってずっと書いてたら結局なにが怖いの?ってなってきてる。
それくらい実態がはっきりしない怖さだった。
人から、お前は甘っちょろい!!
わたしなんてこんなに苦労したんだぞ!!
って言われたり思われるのが怖い。
なぜ??
なぜ、それがこわいの?
たくさん、自分を深く掘っていく必要がありそうだ。
今日はあえて、思ったままを書いてそのまま投稿してみる。
気持ちの整理をつけるために。
たくさんの、怖い、が体に眠っている。
楽しい、も、わくわく!も、幸せ!
も一緒に眠っているけど。
人の、悲しみ、恨み、つらさ、怒り、
が、私の中に入ってくるような感覚がする。
それはとても、胸が痛くなることだったはずなのに、こうして言葉にしている今は、なにも怖くなく感じる。
なんでだろう?ふしぎだ。
なぜか、わたしに今見えているわたしは、
人からどれだけ罵倒されようとも、澄んだ目をしてまっすぐにその人を見つめている。
その瞳の中には、その人への純粋な愛の気持ちや優しさのようなものしかなくて、
いくら傷つけられるような言葉を言われてもその言葉は私の胸を刺したりはできないみたいだ。
ふしぎだなぁ〜このイメージはなんなのだろう。
こう想像したらいいかも!とかいう打算は一切なく、ただ、浮かんだままを書いた。
さっきと全然違うじゃないか…
傷つきやすくて、人の言葉に怯ているわたしと、今浮かんだイメージのわたしは、全然違うのに、どちらも自分の中にあるものだから浮かんできたのだろうか…?
この続きは多分また明日
おやすみなさい