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「はこぶものたち」を今更読んで 〜対立と、そして、応援〜

最近リアルが忙しいのと、ちょっと別のソシャゲにハマってしまったのもあって、このコミュを読むのが1ヶ月以上遅れてしまった。
前評判など何も知らなかったし(今もまだ他の人のnoteとか読んでないので、世間でどういう評判なのかわからない)、イベコミュをリアルタイムに読むのは最近諦めていて、ただ、最近できたPデスク機能でイルミネのイベントコミュを頭から読むというのをやっていて(Pデスク、自分みたいな新参者には神機能だった。よく「コミュは順番に読め」論が取り沙汰されるけど、そもそも自分にはどれがどういう順番に並んでるのか、どれが未読でどれが既読か極めてわかりにくかったんで)たまたまこのコミュの順番が来ただけだった。

ということで読んでみたら……爆弾級の、とんでもないものだった。
到底アイドルゲームのイベントストーリーのクオリティじゃない。脚本・演出・構成があまりに良くて、1本の映画を観たかのような気分になった。

ということで、1ヶ月遅れで申し訳ないんだけど、noteを書きたくなったんで書こうと思う。
ただしこのコミュ、多視点を頻繁にザッピングしながら物語が進む構成のため、その進行のとおりに紹介すると文章としてまとめるのがとても難しい。よって、元のコミュは予め観てもらうことを前提に、あらすじを都合よくまとめ直しながら語ろうと思う。……ていうか、この物語は自分の筆力ではとても簡単にまとめることができないので、つらつらと散漫ながら思いを書き連ねることにする。そのへんご容赦願いたい。
以降、遠慮なくコミュのネタバレをしているので、注意。

序盤から漂う不穏

物語の序盤、イルミネの3人の現在の様子が描かれる。
真乃は、フードデリバリー大手のマスコットガールの仕事を引き受けることになった。成長真っ只中のフードデリバリー企業で、描写から察するにかなりの大型案件である。

めぐるはめぐるで、あるファッションブランドの夏物の宣伝を引き受けることになっていた。「エシカル」をモットーとし、環境や社会に配慮したブランドだそうだ。やはり大型の案件をゲットしたようだった。

一方灯織といえば、そういった仕事の描写はなく、日々の暮らしの中でSNSをずっと観察しているようだった。明らかに、フードデリバリーの配達員と思しきアカウントをずっと追っている。
そして時折、「がんばれ」と独り声をかけていた。

ここまでで既に、少し社会問題に関心のある人なら、心がざわつくのを感じたのではないだろうか。
なぜなら、3人が関わるそれぞれが、明らかに社会的には対立する立場を描いているからだ。

真乃がマスコットとなったフードデリバリー企業に代表される「プラットフォームエコノミー」は、ここ数年で世界的に急成長した。アプリを使って気軽に仕事にありつけ、簡単にお金稼ぎができる。そうした「沢山の人がちょっとずつ」行う労働によって成立している今のフードデリバリーは、それで宅配を頼むユーザーにとっても革命的に便利なサービスになった。

しかし一方、配達員は企業と雇用関係になく、それゆえに最低賃金の保証もなく、怪我したときの労災も社会保険もない。リスクの高い労働条件で配達員を常時働かせることは世界中で問題視されている。
灯織がずっと観察し応援していたのは、そんな渦中にいる人だった。

また、めぐるが関わることになった「エシカル」は本当に最近出てきたスローガンだが、ここ数年の間に登場した似たようなものに「ロハス」「スローライフ」「SDGs」などがあり、それぞれ少しずつ違う意味合いを持つが、結局のところ同じような人たちが支持していたり、同じような活動をただ言い換えているだけの企業も多い。
そしてその活動の中には、例えばめぐるが教えてもらったように、長く使ってもらえる商品を作って消費を抑え、環境負荷を下げる、という目的のものもある。

これが、モノの大量消費を促すフードデリバリーと、決して思想的に相性は良くない。

つまりイルミネの3人は、ともすると社会的に対立しかねない3つの立場をそれぞれに「応援」することになってしまった。
これが不穏でなく、なんなのだろうか。

その心をざわつかせる不安がまさに的中するかのごとく、彼女らの知らないところで事件は起きる。
街中に真乃が担当したフードデリバリーの街頭CMの声が響き渡る中、灯織が応援していたと思しき配達員が事故を起こす。
具体的な描写はない。ただ、真乃の声をバックに、自転車が急ブレーキをかけ、何かに衝突する音が響き渡っただけだった。
実際どうなったのか、観ている我々はわからない。そして作中の真乃も灯織も、そのことに気づくことはなかった。

懸命に職務を果たそうとする3人

そうした社会問題は、しかし、直接彼女たちを苦しめることはなかった。
そして、彼女たちがそういった対立に自覚的になってはいなかった。

彼女たちはただ、もらったお仕事をただ懸命にこなそうとするのみだった。
15, 6歳の、しかも人気アイドルで多忙な彼女らは、そうした社会問題を深く理解してはいなかった。しかし決して無知のまま漫然と仕事をしていたわけではなく、彼女らなりに理解しようと努めていた。
実は灯織が追っていた「兄やん」という配達員は、彼女ら3人がフードデリバリーをわからないなりに理解しようと色々調べて、その中で見つけた人物だった。彼が極めて安い賃金で働いていることも把握していた。
しかし、大人たちのようにそこに対立構造を見出すこともなく、フードデリバリー企業の仕事を引き受ける立場で「兄やん」のことも無垢なまま「応援」していたのである。

彼女たちは、ただ純粋に、自分達が関わる人達を純粋に「応援」していたし、自分達のアイドルとしての活動がただ皆を応援し、幸せにすると信じていた。そうした社会的不和など、彼女らが知覚することもないし、彼女たちには関係ないかのように思われた。

しかしこの後、まさに彼女たちがそうした社会的不和の渦中の人物となる。

応援する気持ちが呼び込む不和

イルミネの中で唯一あまり大きな仕事がなかった灯織は、志願してサッカー番組のナビゲーターを引き受けることになる。サッカーのルールもろくに知らないのに。
そして、時を同じくして、真乃が関わっていたフードデリバリー企業がサッカークラブを買収する。
こうした偶然が重なり、イルミネはそのクラブのホームゲームでハーフタイムショーをやることになった。灯織はサッカー番組を優先することになったが、真乃とめぐるはその重役を買って出るのだ。――大きな仕事がなく、頑張る灯織を応援するために。

ところが、ハーフタイムショーが始まり、彼女らがスタジアムに登場したことで、普段足を運ぶことのない彼女らのファンの一部が「マナー違反」を犯す。それによってサッカーファンの怒りを買い、炎上してしまう。

このあたり具体的な描写はないが、描写されているのは。

イルミネや彼女達のファンを叩く一部のサッカーファン。
そうしたサッカーファンを諌めるその他のサッカーファン。
騒動を起こした「一部のイルミネファン」を責める他のイルミネファン。
「全部はオーナー企業のせい」と、フードデリバリー企業を責めるサッカーファン。

ちょっとした地獄絵図だが、ネットでは極めてよく見かける光景であり、どんな状況かは想像に難くない。

いずれにせよ、こうした騒動を起こしたことで、彼女ら自身が落ち込み、自分を責める。
そして気づくのだ。「ただ誰かを応援するだけで人々は幸せにならない」ことを。

「スタジアムに立つまで、あそこが」
「いろんな人が、いろんな人を応援してる場所なんだって……ちゃんと、わかっていなくて」

僕は、めぐるが「ありのままでいたらいいと思っていたけど、そうじゃなかった」と言って表情を曇らせる姿に、酷くショックを受けた。

「ありのままじゃわからないことばっかりだね……!」

対立と、そして、応援

このストーリーが凄いのは、イルミネの3人も、3人が関わる企業も、配達員の「兄やん」も、登場人物に一人も悪い人がいないことだ。
途中、たまたま真乃とスタジアムで出くわしたフードデリバリー企業の社長が、そこで自分の思いを語る。

恐らく、そこに嘘はないのだろう。彼は純粋に、人々の幸せを願ってフードデリバリー企業を運営しているし、その思いのままにサッカークラブも運営することにしたのだ。
この物語で一番悪役になりそうな彼も、やはり誰かの幸せをピュアに願って行動しているのだ。

誰もが、誰かの幸せを願って懸命に生きている。
しかし、それが他の誰かにとっての不幸であり、対立を生んでしまう。
そこでは、フードデリバリーの社長も、イルミネの3人も、等価だった。

第6話の「きみの座らないたくさんの席」というサブタイトルがあまりにも秀逸だ。「きみ」は「きみ」が思う人のために良かれと思った何かをしても、「きみ」が座らない席に座る、「きみ」と立場の違うあまりに多くの人たちがいて、そのうち少なくない人たちは、「きみ」がやったことを快く思わない。
イルミネがサッカー場で遭遇したのは、そういう境遇だったのだ。
そしてこの世の中は、本来そういう場所なのだ。

ハッキリ言ってこんなこと、いい歳した大人たちだって気づいていない人は多いし、気づいていたって、それにうまく折り合いをつけられていない人はたくさんいる。
だから、現代社会ではそこいらじゅうで大人たちが対立し、自分達の思想を声高に主張し、わかり合えないままにそこいらじゅうに不和を撒き散らしている。

でも、仕方ないことだ。みんな、それが誰かの幸せをもたらすと信じているのだから。そうではない誰かの不幸にはなかなか気づけない。
この問題を真に解決しようと思ったら途方も無い思慮と配慮がありとあらゆる立場の人たちに必要で、それは恐らく人智を超えている。
きっと全知全能の神のみがなし得る御業だろう。

そんなどうしようもない社会矛盾に、まだ15,6歳の彼女らは直面することになってしまった。
なぜなら、アイドルだから。社会の色んな人を「応援」することを生業としているから。
これは、業だ。あまりにも、あまりにも重い業だ。

しかし、彼女らは、1つの真実に気づく。

「応援するのって、こうやって」
「誰かのことを知るってことなんだね……」

それは彼女らが、自らが背負った業に立ち向かうための、本当にささやかな、しかし唯一の、解なのではないか。

彼女達は、本当に強い。ただそう思った。

最後に

このコミュで驚くべきは、イルミネの3人がほとんど「活躍」していないことである。ただ、世間に飲み込まれ、翻弄される。そうやって社会に踊らされ、苦悩しながらも、彼女たちは彼女たちの真理に到達する。
確かに「アイマス」で描写されるようなアイドルの成長物語だが、こんな「アイマス」は、これまで見たことがなかった。

それ以外もとにかく、このコミュに関しては、賛辞の言葉しか出てこない。
まず、扱っているテーマが素晴らしい。あまりにも重厚で、簡単に正解が得られるはずのないもので、しかし、それでも彼女たちにささやかな希望を見いださせることに成功している。

そして、それを描き出す脚本も、演出も、構成も素晴らしかった。繰り返すが、単館映画でも観ているかのような気分になった。
多視点のザッピングが効果的に使われ、様々な人達の様々な思いがカットインで描写される。それが見事に奏功している。
そして何より、使い回しの立ち絵と背景とBGMだけ、という極めて制約の大きい媒体であるにも関わらず、あまりに表現が見事で、まったくその不自由さを感じさせなかった。

こんな凄いものを見せられてしまうと、やっぱりシャニマスは止められないな、と思ってしまう。

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