VTuberコンテンツのIPってなんだよって話
といって別にVTuberに限った話ではないんだけど。
昨日だか、WFLE代表のDJ RIO氏がこんなツイートをしていた。
引用しているマシュマロの中身を要約すると、先日のヒメヒナライブに影ナレで登場した4人が「ゲーム部のIPを勝手に利用していた」ことに憤慨するものだった。
本文は長いので、リンクだけ貼っておく。時間がある人は読んでほしい。
ぶっちゃけ言わせてもらうと、このマシュマロは非常に危険な考えだと思う。
○○というアニメでメインキャラを演じた声優達が別の機会に同窓会のように集結して○○のファン大歓喜、なんて話、みんな一度は聴いたことあるんじゃないか。
とあるヒットゲームを開発したチームがごっそりゲーム会社を辞めて、後年一緒に別会社で別のゲームを開発して「あの△△を作ったチームが再集結!」なんて騒がれたりもするじゃないか。
このマシュマロの考え方が認められるなら、そういうのは全部NGになってしまうのだけど、本当にそれでいいんだろうか。
それとも、野沢雅子と堀川りょうは2度と他作品で共演できないとでも言うのだろうか。
単純な反論
そもそもIP(Intellectual Property、知的財産)って何だろうか。
今日本で認められている(認められつつある)IPは、僕の知っている限り、特許、著作、商標、パブリシティの4つだ。このうち特許は発明のことだから関係ないとして、残り3つがいわゆるVTuberコンテンツに関わるIPだろう。
んでこの件に関して言うと、あの4人はゲーム部が持つ3つのIPのどれも利用していない。以下、簡単に解説する。僕は一応仕事でIPを扱うことはあるが、弁護士でも弁理士でもないので、細かいところで間違っていたらご容赦を。
著作:いわゆる創作物、創作者(著作者)の財産のこと。著作権といわれる権利がこの財産を保護する権利としてあるんだけど、声は創作物ではない。著作権法でも声に著作物性は認められていないので、あの4人が一緒に声を出したところで著作権法には触れない。たとえ、4人がゲーム部のキャラの声色で喋っていたとしても。
商標:トレードマーク。ロゴだったりデザインだったり特定の固有名詞だったり。CMで使うサウンドロゴなんてのもある。
商標法という法律で保護されているものだけど、まず商標は特許庁に登録されないと基本的に認められないし、そもそも声色は商標にできない。野沢雅子がいくら悟空の声で喋ったからってドラゴンボールの商標侵害にはならない。
パブリシティ:日本ではあまり馴染みのない比較的新しい概念で、ひとくちにいえばタレントのメディア露出に関する権利のこと。たとえば、あるイベントで誰かタレントの名前が勝手に使われて宣伝された、なんてときに「勝手に名前を利用するな」とタレントや所属事務所が主張したいことはあるだろう。こういうケースで、パブリシティ権の侵害、なんて裁判が起こされることも最近はたまにある。現在この権利を明文化した法律はなく、肖像権の派生として扱われており、日本には今のところいくつか判例があるだけ。
で、今回の件がパブリシティ権の侵害にあたるかと言うと、ヒメヒナライブではゲーム部の名前もキャラの名前も使ってはいないので、侵害してない、としか言えない。
元のマシュマロは「他人が所有するコンテンツに乗っかるな」と言いたいがためにIPという言葉を持ち出したんだろうけど、実際のところ、4人がイベントに出演するというだけでUnlimitedが侵害される権利は何もない。侵害を主張する正当な権利も何もないけど、単に感情的にもやっとする、と言ってるだけだ。
つまり結局この話は
「行きつけの食堂にお気に入りの席があっていつもそこでご飯食べてるのに、今日行ったら見知らぬやつが我が物顔で座っててイラッとした」
とか言ってるレベル以上の主張はない。
気持ちはわからないでもないが、でもその「見知らぬやつ」は何も悪いことはしていない。店に入ってただ座る、という当たり前のことをしただけだ。ムカつく方がそもそも自分勝手な理屈でムカついてるだけだ。
もっと基本的な話
これが1人のマシュマロの話だけだったら別に取り立てて反論することはないんだけど、メジャーなVTuber運営幹部の1人が同調してツイートしたり、しかもこれに同意している人達を結構見かけたので、僕はこのnoteを書いている。
特にこういう人達は、あくまで僕の印象だけど、IPという言葉の定義を理解せず、もっと抽象的でぼんやりした概念として使っているように思われる。
すごくナイーブな感覚で知的財産というものを捉えているな、という印象があるので、もっと基本的な考え方を書いておこうと思う。
根本的な考え方として、世の中にはざっくり言うと「公共のもの」と「私有財産」の2つがある。
最近は何でもかんでも権利権利ってうるさいので、そういう中で育ってきた人は、なんでもかんでも全てが誰かの私有財産で、利用するにはその人の許可を取らなきゃいけない、と思っているかもしれないんだけど。
ベースラインとして、知識は本来公共のもので、フリーで、みんなでシェアされるべきものと考える必要がある。そうでないと社会全体の利益にならないからだ。人間は皆、互いにアイデアをシェアしながら生活してきた。
大昔は知的財産なんて概念はなく、創作物でも何でも好き放題タダ乗りでコピーしていた。中世で流行歌は口伝でみんな好き勝手に歌ったものが広まっていった。吟遊詩人は別にいつも自分で作った歌を歌ったわけでもなく、作った人に許可を取っていたわけでもなく、どこかで聴いて気に入った歌を勝手に歌っていただけだ。
人はこうやって文化を創り上げてきたのだ。
ところが、活版印刷が発明されて本が市場に出回るようになると、勝手にコピーされたら本の売上に支障が出るので、本が出版されてから数年は勝手なコピー禁止、という法律が作られるようになった。これが著作権の始まりで、知識が誰かの私有財産として認められるようになった最初だ。
ここで重要なのは「出版されてから数年は」という部分で、これは本来公共のものなんだけど、一時的に誰かの財産として扱いますよということだ。現在の著作権その他の知財権法も、恐ろしく期間は長くなっているけどこの考え方を踏襲していて、いつかは財産としての権利はなくなる。本来公共のものだから。
それが今や、コンテンツビジネスをする人達は大資本となり、知的財産としての権利対象はどんどん拡大していって、保護期間もどんどん伸びていっていて、知識は何でもかんでも誰かの財産だと思われかねない勢いだ。
でも、本来はそうではなく、知識は本来「公共のもの」だけど、一部が「私有財産」として間借りされることもある、というだけなのだ。
元のマシュマロの話に戻ると、株式会社Unlimitedが作成したゲーム部というコンテンツがあるけど、「ゲーム部」が指す無形の概念=コンテンツ=知識がすべてUnlimitedの私有財産=IPではない。繰り返すが、知識は基本的に公共のものだ。
しかし、何もかもがすべて公共のものだとUnlimitedという会社は商売ができないので、その知識のうち一部が、一時的にUnlimitedが独占して使える財産=IPとして法律で認められている。繰り返すが、ゲーム部のIPは、ゲーム部というコンテンツのうちほんの一部なのだ。ゲーム部というコンテンツすべてがUnlimitedの私有財産だと思うのは間違いだ。
ゲーム部元声優の声は、ゲーム部というコンテンツの一部かもしれないが、ゲーム部のIPではない。4人が集まることでゲーム部のことをみんな思い浮かべるかもしれないが、それでゲーム部のIPを、つまりUnlimitedの財産を利用したことにはならない。
元のマシュマロの主も含め、どんな知識やアイデアも誰かの所有物だと思いこんでる人が多いのだろう。誰かの所有物だと思うから、それを勝手に使うのは許さない、と憤るのだろう。
事実は逆で、知識やアイデアは本来社会全体でシェアされるべき「共有財産」だ。IPとは、経済を回すためにその恩恵の一部(あくまで一部)を作者に還元するという仕組みにすぎない。
IPとは、知的財産とはそういう位置づけのものだ。IPに言及するなら、どうかIPに関する正しい知識と感覚を身に着けてほしい。くれぐれも、IPでも何でもないものをIPだと思って勝手にキレないように。
最後に
ローレンス・レッシグという米国の著名な法学者が書いた以下の本、このnoteの後半で僕が書いたことをもっとちゃんと説明している。知的財産とは何か、きちんと理解したい人にはとても参考になると思う。
日本の同人文化にも触れていたりするので、オススメ。
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