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コワーキングスペースの歴史:日本と世界の比較


1. コワーキングスペースの起源と初期事例

コワーキングスペースの概念は21世紀初頭に確立しましたが、その萌芽は20世紀末から見られます。1990年代のヨーロッパではプログラマーたちが集うハッカースペースが登場し、知識や技術を共有する場が生まれていました。1999年にはゲームデザイナーのバーナード・デコーヴェンが「コワーキング」という言葉を提唱しましたが、彼の意図は今日のような場所のことではなく、「対等な立場で協働する働き方」を指すものでした。同じ年、ニューヨークで短期貸しオフィス「42 West 24」がオープンし、美しいワークスペースをソフトウェア企業が提供しました。これは現代のフレキシブルオフィスの先駆けですが、当時は交流イベントはなく、ただ作業場所を提供するもので、コミュニティ要素は薄いものでした。

2000年代に入り、インターネットやノートPC、Wi-Fiの普及により「どこでも働ける」環境が整い始めます。2002年、オーストリア・ウィーンで起業家たちが自宅以外で働き協働できる場として「シュラウベンファブリック(Schraubenfabrik)」が開設されました。これは公式に「コワーキングスペース」と呼ばれてはいなかったものの、フリーランスやスタートアップが集まる現代コワーキングの原型と言えます。続いて2005年8月、アメリカ・サンフランシスコでブラン・ニューバーグ(Brad Neuberg)が世界初の本格的なコワーキングスペースを立ち上げました。ニューバーグは自立した働き方の自由と、オフィスで働くことの構造やコミュニティの両立を目指し、フェミニスト団体の一角(スパイラル・ミューズ)を借りて週2日開放しました。最初の1ヶ月は利用者が現れず持ち出しとなりましたが、粘り強い呼びかけの末、スタートアップ開発者のレイ・バクスターが初の常連メンバーとなり、世界で最初の「コワーカー」となりました。

このような草創期には他にも様々な実験が行われました。例えば2005年にはベルリンのカフェ「St. Oberholz」が無料Wi-Fiを提供し、単なる喫茶店以上の「コワーキング的」空間として注目されました。同年ロンドンでは社会起業家向けの「ザ・ハブ(Hub)」が学生たちによって創設され、地域コミュニティや社会イノベーションの拠点となりました。2006年にはサンフランシスコでニューバーグが「ハットファクトリー(Hat Factory)」というフルタイムのコワーキングスペースを開設し、さらに同年後半にはタラ・ハントやクリス・メッシーナらが参加して「シチズンスペース(Citizen Space)」が誕生します。こうした流れの中で、2006年末には世界に約30箇所のコワーキングスペースが存在するまでになり、コワーキングのムーブメントが本格的に始動しました。

2. 世界各地での発展と主な転機

その後、コワーキングスペースは北米や欧州を中心に爆発的な広がりを見せました。米国ではシリコンバレーやニューヨークをはじめ、起業家やフリーランサーが多い大都市で次々とスペースが開設されます。一方、欧州でもアメリカに数年遅れて普及が進み、2010年前後から各地で増加しました。2010年11月にはベルギー・ブリュッセルで欧州初の大規模なコワーキングカンファレンスが開催され、150人以上の運営者や活動家が集いました。この頃までに世界のコワーキングスペース数は約500箇所に達し、以後ほぼ毎年倍増ペースで成長を遂げていきます。実際、2008年には世界で約160箇所だったスペースが、2012年には2,000箇所以上に増加しています。

世界的な景気や技術トレンドもこの拡大に影響しました。2008年のリーマンショック(世界金融危機)後、失業や副業化によりフリーランスや個人事業主が増加し、その働く場として小規模コワーキングオフィスが各地に出現しました。従来の高額なオフィスを借りられない起業家たちにとって、安価で柔軟なコワーキングスペースは魅力的な選択肢となったのです。また2010年代前半からのスタートアップブームやテクノロジー業界の成長も後押ししました。ベンチャー投資の拡大に伴い新興企業が増える中、コワーキングスペースは初期オフィスとして理想的な環境を提供し、イノベーションの温床となりました。

地域別に見ると、北米発のコワーキング文化は欧州・アジアにも波及しました。欧州ではベルリンの「ベータハウス(Betahaus)」(2009年開設)などがメディアに取り上げられ、ロンドンやパリでも広がりました。アジア太平洋地域でも2010年代半ばから著しい成長を示し、2014~2017年の間に柔軟なワークスペース市場が150%拡大したとの分析もあります。香港やシンガポール、インドなど人口密集地では、限られた空間を有効活用する手段としてコワーキングが普及し、多数のスタートアップが利用するようになりました。

コワーキング業界のもう一つの転機は、大手企業や資本の参入です。2010年に米国で創業した「WeWork(ウィーワーク)」は、ニューヨークでドアを開けて以来急速に拡大し、2010年代後半には世界各地で拠点を展開する象徴的存在となりました。WeWorkに代表されるように、コワーキングビジネスはスタートアップから一転、大規模資本が動かす不動産テック産業へと変貌しました。これにより、都市部では高級志向の大型コワーキングチェーンと、草の根の小規模スペースが併存する時代に入ります。

しかし、2020年に訪れた新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックは、この業界にも大きな試練をもたらしました。各国でロックダウンや在宅勤務が広がり、一時は多くのコワーキング施設が休業・利用減少に追い込まれ、2020年には世界のコワーキング市場規模が前年比で減少(2019年の92.7億ドルから2020年には82.4億ドルに縮小)したとの推計もあります。実際、2020年中に既存スペースの8割が収入減を経験したという調査結果も報告されています。もっとも、パンデミックを通じてリモートワークが社会に浸透したことは長期的に見ると追い風ともなり得ます。2021年以降、都市部ではオフィス分散の動きが進み、人々は「職住近接」の快適さに気づき始めました。感染拡大が落ち着いた後は、在宅とオフィスの中間にあたるコワーキングスペースが新しい働き方のインフラとして再評価されています。実際、世界全体のコワーキング拠点数は2021年に約20,000箇所に達し、2024年までに41,000箇所以上・利用者500万人規模に倍増すると予測されています。このように、ポストコロナ時代においてもコワーキングは柔軟な働き方を支える重要な役割を担い、引き続き成長が見込まれます。

3. 日本におけるコワーキングスペースの歴史

日本でコワーキングスペースが誕生したのは、世界的潮流にやや遅れて2010年のことです。先立つ背景として、日本では1990年代のバブル崩壊後に「第3次ベンチャーブーム」が到来し、SOHO(Small Office/Home Office)や起業家、フリーランスといった新しい働き方が注目され始めていました。また政府や自治体は2000年代にインキュベーションオフィスやテレワークセンターを整備し、在宅勤務推進の取り組みも見られました。しかし当時、民間主導で誰もが利用できる常設の協働空間は存在せず、そうしたものが2000年代後半から2010年代初頭にかけてようやく出現することになります。

日本初のコワーキングスペースとされるのは、**2010年5月に兵庫県神戸市でオープンした「カフーツ(Cahoots)」です。カフーツはJR神戸駅近くの立地に開設され、代表の伊藤富雄氏が「コワーキングを社会に定着させる」ことを使命に掲げました。続いて2010年8月には東京都世田谷区経堂で東京初のコワーキングスペース「PAX Coworking(パックス・コワーキング)」**が誕生しています。パックス・コワーキングは「パーティーをするように仕事をしよう!」というユニークなコンセプトを掲げ、フリーランスやクリエイターが交流する場となりました。なお、これ以前の日本における類似施設としては、2003年に六本木ヒルズ内に開設された会員制ライブラリー「アカデミーヒルズ」(森ビル運営)が挙げられます。これはコワーキングという名称こそ冠していないものの、個人事業者やビジネスパーソンが集い仕事ができる場であり、当時としては先進的な試みでした。


2010年の草創以来、日本のコワーキングスペースは急速に数を増やしました。2012年6月には「Coworking Conference Tokyo 2012」と題した国内初の大規模カンファレンスが開催され、約500名もの参加者が集まりました。伊藤氏によれば、開業当初の2010年頃、日本全国で5箇所未満だったコワーキングスペースは、わずか2年で70箇所以上に増えたといいます。この背景には、日本でもノマドワークやフリーランスという働き方が注目を集め始めたことがあります。実際、「ノマドワーカー」が流行語となり、カフェやコワーキングでノートPCを広げて仕事をするスタイルが盛り上がったのは2010年代前半のことでした。当初は「キラキラしたIT起業家が集うおしゃれな場所」というイメージも先行しましたが、次第に利用者の職種は多様化し、地味な事務作業をする会社員や士業、学生なども受け入れられるオープンな場へと変化していきました。

日本におけるコワーキングスペースの特徴の一つは、その多くが民間有志の手で立ち上げられたコミュニティ主導型であることです。行政主導のインキュベーション施設等が公的支援で運営されるのに対し、コワーキングは営利・非営利様々な形態で民間事業者や個人によって運営されてきました。このため各スペースごとに独自の文化や目的があり、利用者コミュニティの色合いも異なります。たとえば、東京・渋谷の「co-lab(コーラボ)」はクリエイター向けのアート寄りコミュニティ、東京・渋谷の「FabCafe」はデジタル工作機器を備えたメーカー向けスペース、秋葉原の「MONO」はハードウェア系スタートアップ支援といった具合に、テーマ性を持った施設も登場しました。一方で、特に都市部ではそうした特色を打ち出さない汎用型のコワーキングも増え、単に「安価な共有オフィス」として機能する場所もあります。

地理的な広がりに目を向けると、当初は東京・大阪など大都市圏が中心でしたが、次第に地方都市や地域にも波及しました。地方での展開には、その土地ならではの目的があります。過疎化やシャッター街対策として空き店舗を改装したコワーキングスペースが誕生したり、Uターン・Iターンで地元に戻った若者が起業拠点として開設したケースも多く見られます。例えば、人口100万人の埼玉県さいたま市大宮では2012年に開業した「コワーキングスペース7F」が地域の創業支援拠点として成功を収めています。また、滋賀県湖南市(人口5万人)の「今プラス」のように、小規模自治体でも地元の人材や企業をつなぐ場が生まれています。こうした地方のコワーキングでは、都市部と異なり利用者が地域コミュニティそのものと言える密接な関係を築いているのが特徴です。自治体や地元企業と連携し、勉強会やイベントを開催して町の交流拠点となっている例もあります。

国も地方創生の文脈でコワーキングスペースに注目し始めました。長野県富士見町の「森のオフィス」など、自治体が主体となって古い建物を改修しコワーキングを設置する取り組みも増えています。都市部では2010年代から各地のコワーキングが地域コミュニティ拠点やIT系スタートアップの拠点として定着してきましたが、この傾向が地方に広がることで若者の流出防止や移住希望者の受け皿づくりといった地域活性化効果が期待されています。2020年代に入り、テレワークの普及で「働く場所を選ばない」人々が増える中、地方のコワーキングスペースは移住促進や関係人口の創出にも一役買っています。

現在、日本国内のコワーキングスペース数は正確な統計把握が難しいものの数百箇所規模に達すると言われます。首都圏では都心のオフィスビルから郊外の駅ナカまで様々な場所に存在し、地方でも県庁所在地はもちろん中小都市や農村部に至るまで点在しています。日本の労働文化特有の「長時間の出社勤務」が見直される流れも相まって、コワーキングは大企業のサテライトオフィスや副業ワーカーの拠点としても定着しつつあります。2020年のコロナ禍以降、特に東京圏では大企業が郊外や地方に社員向けコワーキング拠点を契約する動きが活発化し、結果として都市と地方双方でコワーキング需要が高まっています

4. 社会的意義・文化的背景・ビジネスモデルの変遷

コワーキングスペースがこれほど拡大した背景には、社会的・文化的な働き方の変化があります。まず、フリーランスやリモートワーカーの増加とコワーキングは表裏一体の関係です。従来、独立した個人事業者や在宅勤務者は**「孤立感」や自宅では集中できない「生産性の課題」に直面していました。コワーキングスペースはそうした人々に仕事仲間と交流できる居場所を提供し、孤独の解消と仕事環境の向上に寄与しました。実際、コワーキング利用者の多くはクリエイティブ産業やITなどのフリーランスであり、その過半数が自営業者**という国際調査結果があります。彼らにとってコワーキングは単なるオフィスではなく、コミュニティに属することで得られる相互刺激や情報交換の場として機能しています。日本でも「会社に属さない働き方」を選ぶ人々にとって、コワーキングは安心して集えるコミュニティ空間となりました。2010年代前半のノマドブーム時には、カフェ難民と呼ばれる人々が電源とWi-Fiを求めて放浪する状況も話題になりましたが、コワーキングはそうしたニーズを受け止める受け皿ともなったのです。

文化的な側面では、コワーキングは従来の日本的な職場文化に一石を投じました。年功序列やオフィスでの常駐勤務が当たり前だった社会において、職場を社外に求め、異業種・異業界の人々と肩を並べて働くスタイルは新鮮でした。多様なバックグラウンドを持つ人々がフラットに交流する様子は、**「共創」や「オープンイノベーション」**といった現代的価値観とも合致し、クリエイティブな発想やコラボレーションを生む土壌となっています。実際、コワーキングスペースから生まれたスタートアップやプロジェクトも数多く報告されており、「偶然の出会い」から新規事業のアイデアが芽生えるケースも珍しくありません。このように、コワーキングは働く個人同士の水平なつながりを促進し、会社組織を越えたコミュニティを形成することで、社会的ネットワーク資本を増やす役割を果たしています。

ビジネスモデルの変遷にも触れると、コワーキングスペースは当初、小規模な月額会員制で机やWi-Fiを提供するシンプルなモデルが中心でした。それが市場拡大とともに多様化・高度化しています。一つは不動産寄りのモデルで、WeWorkに代表されるように大量のオフィス空間を一括借り上げして内装を洗練させ、個人だけでなく法人契約も取り込むスタイルです。彼らはグローバル展開や豪華な付加サービス(フリードリンク、受付サービス等)により高付加価値を売りにしました。その結果、利用者層も企業のチーム単位や支社代わりの利用など大口契約が増え、従来の「自営業者の共同オフィス」から「企業の柔軟なオフィス戦略の一部」へと位置付けが変わりつつあります。もう一つはコミュニティ寄りのモデルで、スペース自体の豪華さよりもイベント開催やコミュニティマネージャー配置による交流支援に重きを置くものです。こちらはメンバー間の信頼関係づくりやコラボ促進を特徴としており、小規模でも濃密なネットワークを武器にしています。

また、業種や目的に特化したニッチ型のコワーキングも増えてきました。前述のものづくり系スペースのほか、例えば女性起業家支援に特化したスペース、スタートアップ向けにメンタoringや投資家紹介サービスを備えたインキュベーション型、法律や会計など士業専門のシェアオフィス、地方移住者向けのコリビング(一緒に住む)機能を併設した施設など、多彩なバリエーションがあります。日本ではデザイン思考を取り入れたイノベーション創出型のスペースも登場し、付設のファブ施設でプロトタイピングができる「DMM.make AKIBA」のようなケースや、コンサルティング会社が運営する会員制ラボ型ワークスペースなども見られます。さらに、特定業界向けとしては、バイオテクノロジーの実験設備を共有するラボ型コワーキングや、映像クリエイター向けに防音設備やスタジオを完備した施設など、専門設備をウリにするところも現れました。対照的に、地方では地域コミュニティの寄合所のようなコミュニティ重視型も健在で、地元のNPOや商店街が主催して住民の交流スペースを兼ねる例もあります。このように利用者ニーズの多様化に応じて、コワーキングスペース自体も「進化する業態」となっています。

社会的意義という観点では、コワーキングスペースは働き方改革やワークライフバランス推進にも影響を及ぼしています。日本では2010年代後半から政府主導で「テレワーク・デイズ」や「働き方改革関連法」が施行され、大企業を中心に在宅勤務やフレックスタイム制の導入が進みました。その中で、自宅以外のサテライトオフィスとしてコワーキングを活用する企業も増えています。社員が自社オフィスに通わずとも近隣のコワーキングから業務参加できるよう、企業契約で全国のスペースを利用可能にするサービス(例:「いいオフィス」や鉄道会社の提携によるコワーキングネットワークなど)も登場しました。結果として、都市の通勤混雑緩和や地方勤務の推進といった社会課題の解決に、コワーキングが一翼を担いつつあります。

ビジネスモデル面で見逃せないのは、大企業や異業種からの参入です。2010年代後半、日本の不動産大手や鉄道会社、さらには通信企業までがコワーキング事業に乗り出しました。三菱地所や三井不動産は自社ビル内に共有オフィスフロアを開設し、東急やJR東日本は沿線駅や商業施設でドロップイン可能なワークブースを展開しています。またSoftBankはWeWorkへの大型出資を通じて国内主要都市に複数の拠点をオープンさせました。こうした大手の参入は、市場規模を拡大すると同時に競争を激化させました。加えて、レンタルオフィス業界からの横展開(例えば老舗のリージャス(Regus)が「SPACES」というコワーキングブランドを世界展開)もあり、従来からの独立系スペース運営者にとっては差別化と経営努力が求められる局面となっています。

総じて、コワーキングスペースは「働く場所」の選択肢を増やし、人々の意識を「会社に縛られない働き方」へシフトさせる社会的役割を果たしてきました。新しい事業やコミュニティが生まれる土壌として、また企業の働き方改革を支えるインフラとして、その意義は年々大きくなっています。

5. 主要な国内外の組織・アライアンス・主要プレイヤー

国際的な組織・コミュニティ: コワーキングの国際コミュニティは草創期から情報交換やネットワーキングを重視してきました。2007年前後からインターネット上で運営者同士が知見を共有するグループが活発化し、2008年には「コワーキングビザ(Coworking Visa)」制度が有志スペース間で導入されています。これは参加するコワーキングの会員であれば、出張や旅行時に他地域の提携スペースを無料で一定日数利用できる仕組みで、世界中を旅するデジタルノマドたちに歓迎されました。また、2010年には欧州で、2011年には北米でそれぞれ大規模カンファレンス(欧州のCoworking Europe、米国のGCUC=グローバル・コワーキング・アンコンファレンス・カンファレンス)が開始され、以降毎年開催されています。オンラインマガジンの**「Deskmag」**も2010年にベルリンで創刊され、世界的な実態調査「グローバル・コワーキング・サーベイ」を実施するなど業界の発展に寄与しました。

主要グローバルプレイヤー: コワーキングスペース業界には現在、世界規模で展開する大手ブランドと各国ローカルの有力スペースが混在しています。代表的な国際ブランドとしては、前述のWeWork(2023年時点で世界30か国以上に拠点)や、IWG(旧称リージャス)が挙げられます。IWGは従来型のレンタルオフィスから派生し、「Spaces」ブランドでコワーキング市場に参入しており、全世界で数千拠点を運営しています。またImpact Hubは2005年創業のロンドン発のネットワーク型スペースで、社会起業家支援を目的に世界100都市以上に展開しています。その他、米国のIndustrious(各地の高級オフィスを運営)や、イスラエル発のMindspace(デザイン性の高いブティック型)なども欧米を中心に複数国で拠点を持つ主要プレイヤーです。各社ともフリーランスのみならず一般企業のチーム利用を取り込み、独自のサービスやコミュニティづくりで差別化を図っています。

国内の組織・ネットワーク: 日本では、2010年代初頭から有志のネットワークが形成されてきました。2010年にカフーツを開設した伊藤富雄氏らは、全国の運営者をゆるやかに束ねる**「コワーキング協同組合」**を立ち上げました(経済産業省認可の事業協同組合)。この協同組合は情報交換や共同購買などを行い、草の根コミュニティの基盤となっています。また最近では、一般社団法人コワーキングスペース協会が設立され、業界全体の発展と標準化に取り組んでいます。同協会は認定制度の策定や全国スペースのデータベース整備などを進めており、2024年には東京都内で「コワーキングカンファレンスジャパン2024」を主催しました。このイベントには全国の老舗コワーキング運営者や有識者が集結し、日本各地の成功事例やノウハウを共有しています。テーマもノマド移住や地方創生まで多岐にわたり、国内外の最新動向が議論されました。

国内主要プレイヤー: 日本国内のコワーキングスペース運営者も多彩です。グローバル企業では、2018年以降WeWork Japan(ソフトバンクとの合弁)やリージャス日本法人が東京・大阪を中心に多数拠点を開設しました。国内発のチェーン型スペースも成長しており、例えばいいオフィス(株式会社いいオフィス)はフランチャイズ方式で全国展開を進めています。その他、東京のBasis PointFABBIT(ファビット)、関西のOsaka Innovation Hub、福岡のFukuoka Growth Nextなど、各地域で知名度の高いスペースが存在します。また独立系では先述の「7F」(埼玉)や「Shake Hands」(岐阜)、「Garden Lounge」(札幌)など、地元密着型で成功している事例も枚挙に暇がありません。全国規模の連携策として、大手企業の福利厚生サービスにコワーキング利用を組み込む動きもあります(例:リクルートの「働く広場」サービス経由で複数スペースを使えるプラン等)。さらに鉄道各社は**駅ナカシェアオフィス(JR東日本のSTATION WORKなど)**をネットワーク化し、出張時に全国の駅で仕事ができる環境を整備しています。これらは厳密には「コワーキングスペース」と言えないものもありますが、広義のフレキシブルオフィス市場の一翼として利用者の選択肢を増やしています。

アライアンス・コミュニティ活動: 国内の運営者同士のコミュニティも活発です。2011年には関西で「コワーキング・フォーラム関西」が開催され、東西で交流が図られました。また有志による**「コワーキングスペース運営者勉強会」は定期的に開催され、2020年までに100回以上を数えるなど情報交換の場として機能しています。こうした横のつながりにより、他地域の成功モデルを学んだり課題を共有することで業界全体の底上げが図られています。例えば、地方で集客に苦戦する施設が都市圏のベテラン運営者からアドバイスを得たり、共同イベントを実施して相互送客を行うなどの協力関係も生まれています。最近ではオンラインコミュニティ上で全国の運営者が意見交換する機会も増え、コロナ禍での衛生対策や補助金情報などリアルタイムで知見が共有されました。国際的にも、アジアのコワーキング運営者ネットワークや世界的なSlackコミュニティが存在し、日本から参加する事例もあります。総じて、コワーキングは単体のビジネスであると同時に「協働」そのものを体現するネットワーク産業**であり、この業界特有のオープンなコミュニティ文化が発展を支えています。

6. 今後の展望と課題

ポストコロナ時代において、コワーキングスペースはさらに重要度を増すと考えられます。多くの企業がリモートワークやハイブリッド勤務を恒常的な制度として取り入れ始め、従業員が自宅近くや出先で働ける環境づくりが求められています。専門家は、2030年までに米国の全オフィスの約30%がコワーキングスペースになると予測しており、従来型の固定オフィスと柔軟な共有オフィスが共存する新しいオフィス生態系が形成されるでしょう。日本でも、大企業が都心の本社オフィス面積を削減し、代わりに全国のコワーキング利用契約を結ぶ動きが進む可能性があります。その結果、働く人々は会社や自宅に縛られず、好きな場所・環境で業務にあたれるようになります。コワーキングスペース側も法人ニーズに応える形で、より高速なネット回線やセキュアな個室ブース、オンライン会議専用ルームなど設備の高度化が進むでしょう。これはビジネスチャンスである一方、従来のコミュニティ重視の良さをどう維持するかという課題も伴います。

スタートアップ支援の面でもコワーキングの役割は拡大しそうです。近年、政府や自治体は起業支援策の一環として、創業希望者に安価なコワーキング利用権を提供したり、地域の産業支援拠点にコワーキング機能を組み込んだりしています。今後は地方銀行や大学、民間企業のアクセラレータープログラムと連携したスペースが増えるかもしれません。例えば地方都市で銀行が主導する「スタートアップカフェ」にコワーキング機能を付加し、起業家が常駐メンターや投資家と日常的に交流できる場を提供する、といった取り組みです。またワーケーション(Work + Vacationの造語)という新潮流も無視できません。リゾート地や観光地にコワーキングスペースを併設し、都市のテレワーカーが一時的に長逗留して働きながら休暇を楽しむスタイルが注目されています。自治体や観光業界もこの動きを支援しており、長崎県や和歌山県など各地でワーケーション誘致の施策が打ち出されています。コワーキングスペースはこうした新たな働き方・暮らし方のインフラとして、観光や地方創生とも密接に関わっていくでしょう。

一方で、コワーキングスペース業界が持続的に発展するための課題もいくつか指摘されます。まず経営の持続可能性です。急成長期には次々と新規参入がありましたが、必ずしも全てが成功しているわけではありません。特に小規模独立系では会員数の伸び悩みや競合増による価格競争で閉鎖に追い込まれる例も散見されます。最大手WeWorkでさえ、2019年には経営上の問題が表面化しIPO撤回に至るなど、収益モデルの難しさが露呈しました。今後は、単なる席貸し収入だけでなく、多角的な収入源(イベント開催、バーチャルオフィスサービス、法人プラン、スポンサーシップなど)を確保し、収益基盤を安定させる工夫が求められます。また、人件費や不動産コストの高騰を背景に、運営効率化も重要です。先述の埼玉「7F」のようにスマートロック導入等で無人運営時間を設け、長時間営業とコスト削減を両立させている事例は一つのヒントでしょう。他方でスタッフ不在によるコミュニティ希薄化を防ぐため、オンラインツールで利用者同士やスタッフとのコミュニケーションを補完するなど、新しい運営手法の模索も進んでいます。

次に利用者ニーズの多様化への対応です。利用者層が拡がるにつれ、「静かに集中できる環境が欲しい」「子連れでも利用しやすい設備が必要」「夜間や早朝にも使いたい」といった様々な要望が出てきています。各スペースはレイアウト上の工夫(集中ブースと交流エリアの分離など)や設備投資(防音個室、託児所提携、24時間利用可能プラン等)によって応えようとしています。例えば都心のあるスペースでは、深夜帯は会員にスマートキーで開放しスタッフは配置しない代わりに、防犯カメラと遠隔サポートで安全性を確保しています。また一部では会員同士のマナー遵守を促すコミュニティルール作りも行われ、居心地の良い空間維持に努めています。

さらにコワーキングスペースの社会的役割の進化も問われています。伊藤富雄氏は「ノマドの時代、コロナの時代に続く新たな社会的役割がまだ見つかっていない」と指摘していますが、逆に言えば今後それを見出す余地があるとも言えます。彼はコワーキングスペースがこれから仕事に限らず様々な活動のハブ(拠点)やインフラ、コモンズ(共有資源)的な役割を担う未来を描いています。実際、既に学習塾やギャラリー、地域カフェなど他目的と融合した「複合型コワーキング」も現れ始めました。コミュニティキッチンを併設し地方の交流拠点となっている例や、行政サービスのサテライト窓口を置いて住民と役所をつなぐ場として機能しているケースもあります。こうした広がりはコワーキングの可能性を大きくする一方、本来のコワーキングたる「自発的な協働コミュニティ」としての色をどう維持するかというジレンマも内包します。

最後に、環境面・社会面でのサステナビリティも重要です。SDGsの観点からは、コワーキングはオフィス資源の共有化による省エネ・省スペース効果が期待できます。例えば10社が個別に小オフィスを構えるよりも、1つのコワーキングに集まれば会議室や受付を共有でき、効率的です。また自宅近くのコワーキング利用が増えれば長距離通勤が減り、交通渋滞やCO2排出削減にも寄与するでしょう。一方で、24時間空調や大量のIT機器稼働によるエネルギー消費増も懸念されるため、再生可能エネルギーの利用やグリーンビルディング化といった対策が期待されます。社会的包摂の面では、コワーキングが誰にでも開かれた場であり続けることが求められます。利用料の高さから一部の富裕層・大企業社員だけの空間になってしまっては本来の多様性が損なわれます。地域の学生や子育て世代、高齢の起業家なども気軽に利用できる価格帯や雰囲気を保つことが大切でしょう。

以上のように、コワーキングスペースは時代のニーズに応じて変化を続けています。その適応力こそがコワーキングの強みであり、「働く」「集う」ことの意味が変わりつつある社会において、今後も進化し新たな価値を生み出していくものと期待されます。コワーキングは単なる場所ではなく、人と人とをつなぎ、新しい価値創造を促す社会インフラへと成長していくでしょう

7. 参考文献・データ

  • サーブコープブログ『意外と知らない?コワーキングスペースの歴史をおさらいしてみた』(2016年) – 米国・欧州での展開、日本上陸(カフーツ、PAX)の記述

  • 松村茂・日本テレワーク協会『テレワーク白書2016』(抜粋) – 2000年代の日本におけるSOHOブーム、六本木ヒルズの事例、国内初のコワーキング誕生について

  • Wikipedia英語版「Coworking」History節 – コワーキング前史(ハッカースペース)、利用者属性に関する国際調査データ

  • FreeOfficeFinder『The History of Coworking』(記事) – 1999年の「coworking」語源とNYの42 West 24についての記述

  • FreeOfficeFinder『The History of Coworking』(記事) – 2005年サンフランシスコでのBrad Neubergによる初のコワーキング開設、2006年の動向(Hat Factory, Citizen Space, 世界30拠点)の記述

  • FreeOfficeFinder『The History of Coworking』(記事) – 2008年時点の世界のコワーキングスペース数(160以上)とロンドンのHub拡大に関する記述

  • Mindspace『A Brief History of Coworking: Timeline』(2019年) – 2005年サンフランシスコでのBrad Neubergによる「世界初の公式なコワーキングスペース」立ち上げエピソード

  • Mindspace『A Brief History of Coworking: Timeline』(2019年) – 2012年日本初のコワーキングカンファレンス開催と国内拠点数(5箇所以下→70箇所超への増加)の記述

  • 一般社団法人コワーキングスペース協会『コワーキングカンファレンスジャパン2024開催のお知らせ』(2024年) – 国内カンファレンスの概要(参加者、テーマ)と協会の活動に関する記述

  • コクヨ「在宅百貨」インタビュー『日本初のコワーキング「カフーツ」主宰に聞く…』(2024年) – カフーツ伊藤氏の紹介(2010年開業、日本コワーキング協同組合)とノマド時代・コロナ時代の言及

  • ザイマックス不動産総合研究所『フレキシブルオフィスのタイプ分類』(2023年) – 2008年リーマンショックを機にフリーランスが増え小規模コワーキングが出現、日本でも供給拡大した旨の記述

  • WORK MILL(オカムラ)『社会背景と歴史から紐解くコワーキングスペースの変遷』(2016年) – 世界のコワーキング数は数千、日本でも数百にのぼるとの記述

  • 大和ハウス工業『戦略的な地域活性化…地方による「New Normal」時代の働き方提案(3)』(2020年) – 地方におけるコワーキング設置の取組増加(森のオフィス事例)と都市部での定着、地方創生効果に関する記述

  • note (山本清人)『CCJ2024イベントレポートvol.2 ローカルコワーキングの成功事例』(2024年) – 埼玉7Fの事例紹介部分(2012年開業、「若い業界」「コロナで需要急増・大手参入・競争激化」)の記述

  • FreeOfficeFinder『The History of Coworking』(記事) – 2008年の「coworking visa」導入に関する記述

  • BusinessWire『Impact of COVID-19 on the Global Coworking Spaces Market, 2020…』(2020年) – コロナ禍による2020年の市場規模縮小(92.7億ドル→82.4億ドル)のデータ

  • Deskmag『How the Pandemic Is Affecting Coworking Spaces』(2020年) – パンデミック進行下で既存スペースの約80%が収入減となった調査結果の記述

  • Coworking Insights『Number of Coworking Spaces Worldwide… by 2024』(2020年) – 世界のコワーキング拠点数・利用者数の将来予測(2021年2万拠点→2024年4.1975万拠点、利用者500万人)のデータ

  • Data-Max『激変!米国コワーキングスペース ニーズが急増し…』(2021年) – 2030年までに米国オフィスの約3割がコワーキングになるとの予想に関する記述

  • コクヨ「在宅百貨」インタビュー『日本初のコワーキング「カフーツ」主宰に聞く…』(2024年) – 伊藤氏の発言「2010年頃と2020年頃では社会的な位置づけが変わり、コワーキングが活動のハブ・インフラ・コモンズとしての役割を担う未来が見えてきている」の記述


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とかみ@コワーキングスペース運営
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