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「アイスバーン」「新しい契約」

詩:久納美輝、音楽:タタク―ク、朗読:久納美輝
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久納美輝 詩集『アイスバーン』より
http://www.shichigatsudo.co.jp/info.php?category=publication&id=eisbahn

アイスバーン

湖の氷の上で
馬がすべらないように
蹄鉄をつめたい氷にひっかけて立っている
馬は競走馬であることをやめて
二本足であるくことに決めたお方だ
偉そうに腕組みをして人間のふりをしている
「走らないのか!」
他の馬たちの罵声にも聞こえないふりをして
ゆっくりと話す
「おまえたちと同じコースを走らないだけさ」
そして組んでいた前足をほどくと
前面の氷にたたきつけた
氷が割れて湧き立ってみえる
馬はつめたいみずのなかにからだを
沈めてこごえているが
まわりには馬の白い息が
湯気となってたちこめているようにみえた
馬は背中で氷をかきわけながら
氷を砕いて泳いでいく
「踏み固めるのではなく、噛み砕くのだよ」
湖を一直線に氷を食みながら
馬は叫んだ


新しい契約

石をぶつけるときには
かならず息の根を
止めるつもりでぶつけなさい

熱気を帯びた顔が
青白く変色するまでを耐え
固く結ばれた紫色の唇が
自然と弛緩し「さようなら」
と吐くまでのあいだ
石は両肺のあいだに取っておくこと

長い詩は疲れる
口を閉じれば深雪
深雪、深雪、深雪

窓を眺めていると
吹雪のなかを
犬を引き連れて
男がやってきた

「この前はすまなかった」と
いちど消してしまった火種をつける難しさを
知ってか知らでか、男はせわしなく手を揉みながら言う
火をくれい 火をくれい と、まわりのものが囃し立てる
「ところであなたは村に火をもたらした犬の話を知っていますか」
「知らない」
「犬は死んだのです。火のために死んだのです」
女には確かに紫のあざがあったのだ
男の両手には今はこぶしがないが
放たれたものは二度とかえってこないのである
男は眉間に皺をよせながら言った
「わたしはあなたの鏡ですから、とおくににげてください」
「そのかわりに新しい契約を結び直しましょう」
男は声を失うことになった

男は物を言えない自分を恥じながら
静かにその街を去るのだ
もし、母音のひとつでも零そうなら
見えない場所からたくさん
石が飛んでくるそうだ

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