なんでもサイコロに委ねたい
予定を立てる、それを整理する、終わって達成感のもと満足する。
そして振出しに戻る。
実際にそれだけで満足できるくらい便利な世の中になってしまっているような気がしている。
これからもっともっとリアルに本物感を味わえるバーチャル体験を身近にできるようになって、映画レディプレイヤーのように仮想現実の世界と現実の世界を行き来するのが当たり前になるのはもうそんな遠い世界じゃないような気がする。
例えば旅行ってものを考えてみると、一番楽しいのって、やっぱり予定を立てて妄想にふけっている時なんかじゃないと思う。それは自分が作り出した理想のバーチャル空間と同じ意味って言っても過言じゃない気がする。
それが友人や恋人と一緒であればなおのことだろう。自分たちだけの理想の空間を共有できるなんてなんて幸せだろう。今書いてて自分も改めて思う。hahaha(乾いた笑い)
これはいろんな人が経験済みの周知の事実だと思う。
個人的に最高だと思うのは、お互い冗談だとわかった中であまりにもふざけた妄想を、酒を飲み、酒のせいにしながら言い合って、翌日には記憶をなくした体にしてきれいさっぱりなかったことにする、っていうワンセットをすること。
そんな中出来上がった、自分たちの一番の理想を詰め込んだ夢の工程表。
実際にその工程表通りに進むことは99%ないと断言できる。
実際にできたためしがない。(一人旅行でもしかり)
そりゃこの世界はいろんな人たちがいて、みんな理想の工程表を持ってて、それが入り組みながら動いているんだからそんな簡単に自分の工程表通りに物事が進むはずがないんだから。
もしできたとしたら自分の気持ちにごまかしやまやかしを入れ込んで自分を洗脳しているんじゃないかとさえ思う。
だから、整理して妄想に老け込んだ方が楽しいに決まってるとわかってしまってからは、実際に行動に移すことが少なくなってしまった。
初期衝動のまま突っ走っていけるものじゃないと行動できない体質になりつつある。
そう、妄想だけが特化して、リストや選択肢だけパンパンに膨れ上がって今にも爆発しそうな勢いになっている。
こういう時に役に立つのは
鉛筆コロコロ、サイコロ
みたいな勝手に物事を決めてくれる仕組みだ。
(あみだは考えればわかっちゃうから削除)
全て自分が選択肢は出すが、決めるのは人ではなくモノであって、実際に目の前で見ることができるという公平に満ち溢れた素晴らしい方法だと思う。
そして鉛筆コロコロにもサイコロにも共通しているのは
最大選択肢の数が6つと決まっていること。
この縛りは、自分のように優柔不断だったり、すぐに行動に移せない少し億劫な人間、にとってはありがたいことであった。
広がり続けて収拾のつかない選択肢に歯止めをかけてくれる。
そして一度でもそれを振れば、勝手に自分の行動を1つに絞ってくれる。
そして「やれ!」と背中を後押ししてくれる。
なんて頼もしいんだ!
今まではレールに乗って生きてきた自覚があるのと、自分が希望せずに、また選択を必要に迫られるような場面が増えてきたなと実感することが増えてきた。
自分で人生の道を切り開いていけという言葉や変にそれを強要するメッセージが増えてきていると思うが、正直そんなことをしていたらどこかでガス欠が起きて、自分という車を廃車しかねないと思う。
そんなことを考えていると、すべてをサイコロに任せてしまいたくなる。
それは、悪い意味で全部そのせいにすることができてしまって楽な選択肢だと思っている自分がいるのでほどほどに頼っていきたい。
自分は最近一人旅を決行しようとして、サイコロに頼り、6つに選択肢を絞って、1つの旅に出ることができた。
サイコロありがとうて感じのいい旅だった。
改めて、サイコロを発明した人は本当に天才だと思い、、、
そこで自分みたいな人が作ったのかなと考えてみると、と思いサイコロの起源に関して検索してみると、、、、
古代ギリシャで賭博(賭け事)が非常に盛んにおこなわれている際に発明されたという背景を持っているらしく、、、
モノの本来の使用用途と違う使い方、考え方を用いても何の問題もないし、歴史通りなんてものは100%は存在しないんだなとボヤきました。
ってな感じで、正直なところ、自分のような人には何事もサイコロで一方的に決めてもらったほうが嬉しいけど、
そんなこたぁ対ヒトに対しては無理なので、ほどほどに頼っていきたいと思ったっていう話でした。
ここまでこのくだらない文を読んでくださった方がいたら感謝感激です。
それでは、じゃんけんぽん。
じゃんけんは勝ち負けあるからあまり好みじゃないかもしれません。
ちなみにチョキです。