⑤私がずっと喉から手が出るほど欲しかったもの。

自分が得たいもの、欲しいものを明確にすること。
これって仕事においても恋愛においても、とゆうより人生においてもきっと大事。

私は彼に出会ってから、ずっと欲しかったものを我慢してきた。
そのものとは、彼を独占できる権利だ。胸を張って、彼が自分と一緒に人生を歩んでいると実感できる事実だった。

自由で、結婚願望のない彼は、たくさんのものを私にくれたけど、肝心の、本当に私が欲しいものをくれることはなかった。
分かっていた。彼と出会って、割とすぐに。
分かっていた。彼は私と一緒に人生を歩むことを自ら選ばないと。
けれど、彼からの愛を感じた日、彼の優しさを感じた日、彼の新たな一面を見た日、そんな日常の些細なことが、私の、彼から離れるという選択を遠のかせた。そして、周りの前ではヘラヘラと笑っていた。
「腐れ縁かな〜」「彼と離れられる気がしない」
「恋愛がわからない」と友人にテキトーに話をした。友人は、「3年前くらいから、わからないって言ってるよねなんか」と言った。その長さは、彼と過ごした年月だった。私はそんなにも長く、分からないやら、腐れ縁かな〜、やら言って自分を誤魔化しているのか、と思った。
きっとそれは自己防衛の一つで、今をどうにか継続させることが、私にとっての一番だったのだ。彼が誰かと育むことのできる最大の関係性が、私たちだと思ったからこそ。

私は、ちゃんとわかっていたんだ。自分の欲しかったものを。彼と出会って一目惚れした日からずっと。彼のことが、喉から手が出るくらい欲しかったんだ。
でも、その気持ちにずっと蓋をしてきたのだ。きっと無理矢理閉めているその蓋が、勢い余って開いてしまったら、彼はびっくりして、私の前から逃げてしまうかもしれない。気付いたら彼は私のそばからいなくなっているかもしれない。


それが、私の好きのゆくえ、なのか。


周りが結婚していく中で、私はそんなことを何千回と考え、もちろん彼と離れる決断はできず、ぐるぐるぐると一人でずっと彷徨っていた。

それは、血を吐くような思いだった。

誰かを愛することは、血を吐くことなのか。みんなこんなことをひょうひょうとした顔でやっているのか。天才なのか、そう思った。


いや。違うよ。人を愛することは素晴らしいことで、綺麗な綺麗なことなんだよ。


どっかの誰がか言う。そうなのかもしれない。

でも、みんなも同じように血を吐いていればいいなと思った。キラキラと眩しいあの人達も、私が知らないどこかで本当は血を吐く思いをしていてほしかった。周りには悟られぬように血を吐いていてほしかった。

こんなこと、思わずにすむんだったら思いたくなかったのに。




そんな時に、こんなにおかしい私のことを好きになってくれた人がいた。
おかしな人がいるもんだ、と思った。
(あ、もしかして彼も私にそんな風に思ってる?そんな感じで世界って回ってたりする?)

その人は真摯に私と向き合おうとし、すかさず私は彼との今までを泣きながら話し、弱い部分をおっぴろげに晒した。私のことが本当に好きなら、受け止めろよという気持ちで。最低で、どうかしていた。

その人は、ある夜公園で向日葵の花束を持って私に言った。「彼と離れる踏み台でもいい。俺といることが彼と離れるきっかけになればいいと思ってる。違ったと思えばさよならでいいし、〇〇ちゃんの寂しさを埋められたらそれでいい。だから、お試しでもいいから、付き合ってほしい」と。
そして、「向日葵を見た時、〇〇ちゃんを思い出したんだ。〇〇ちゃんの笑顔って向日葵みたいだなって思って」と、笑った。


この人、綺麗事言ってやがる。と思った。
そんなことを好きな人に、思うはずがない。そんな神様みたいな人はいない。人をひたすらに欲しいと思うその感情は、黒くて汚いものなんだと。その部分を隠して、私を得ようとしてくるその人のことが、どうにも信用できなかった。本当に私のことが欲しいなら、ちゃんと、欲しくてたまらないと言って駄々を捏ねて欲しかった。
完全に私のダークな部分が露呈していた。しかし、人は裏表様々な感情がある。ダークな感情を抱く反面に、こんなことを私に言ってくれるその人のことを長い時間、傷付けたくなかった。私のような感情を抱く人は私だけで十分だとも思った。こんな私に向日葵をくれるその人の好きを、受け止められない自分が馬鹿で愚かで最低だとも思った。
なんだかすごく吐きそうだった。

なので、その人にはごめんなさいと告げた。早急に、白黒はっきりさせなきゃと思った。
私はまた元の血を吐く生活に戻ったのだ。ちゃんと。自分の意志で。

つづく。




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