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軒端の葵(後編)

はじめに
※ポケモンSV二次創作。オモ主。
※シリアスかつ嫌なモブ出ますがハッピーエンド。
※パルデア組成人済。ポピーちゃんアカデミーに通っています。他諸々の捏造設定があります。
※実在の人物の和歌を登場・アレンジさせています。ご注意下さい。

*****

「これより、パルデアリーグ委員長・アカデミー理事長オモダカと、委員長・トップチャンピオン補佐アオイの入籍発表会見を行います」
 司会を務めるリーグ広報担当スタッフの声が響く。
 オモダカは会場を見渡した。カメラやスマホロトムを構えた記者やテレビクルー等の報道陣以外には、怪しい姿形は見えない。
 襲うなら背後からだろう。自分でもそうする。
 すると予想通りだと言わんばかりに、あのどす黒い殺気がオモダカの背後に現れた。どうやらオモダカの影に潜んでいたらしい。
 いよいよか。オモダカは口を結んだ。
「では最初に、リーグにて委員長とトップの補佐役を務めるアオイからコメントをいただきましょう」
 偶然かそれとも前から考えてなのかはわからないが、最初に話を振られたのはアオイだった。
 なんと幸運なことだろう。オモダカは思ってしまった。
 愛しい人の声を聞きながら逝けるなんて。
「ご紹介に与りました、アオイです。本日はお忙しい中お集まり頂き誠にありがとうございます」
 殺気はいよいよ鋭くなっている。
 衝撃と痛みを覚悟しオモダカは目を閉じた。
 しかし、いつまでたってもそれらは来ない。
 殺気はそのままだというのに。こちらの様子を伺っているのか。
 その間にも、アオイが話を続ける。
「お話をする前にひとつ、皆様にお詫びしたいことがあります」
 思いがけない言葉に、会場がざわつく。オモダカも思わずアオイを見上げる。
「この場に相応しくないものをお目にかけてしまうことをお許しください」
 アオイが言い終わるや否や、アオイの一番の相棒マスカーニャがどこからともなく姿を現した。
 宝石の如く光り煌めく体、頭には華やかな草花の冠。強く輝かしい力を振るう事の出来る状態、テラスタルだ。
 マスカーニャはパチン、と指のような前足を鳴らした。
 すると。
 ずるり。何かが引きずり出される音がオモダカの背後でしたかと思うと、頭上を飛び越えあの男とゲンガーが落ちてきた。まとめて蔓に絡め取られ床に伏せている。
 報道陣が一気にどよめいた。アオイは冷たい目で男を一瞥し、会場に向き直る。
「私の伴侶オモダカを脅迫しこの場での暗殺を企んだ者です。相棒が見えない蔓で罠を張ってくれていたため捕まえることが出来ました」
「くそっ、ゲンガー! ほろびのう──」
 男は最後の足掻きとばかりにゲンガーに命じるが、すかさずアオイは、
「トリックフラワー!」
 即座に、マスカーニャが宙から出した花束を投げつける。葵と沢瀉の花束。しかしそれは、必中必殺の技だ。
 花束はゲンガーに触れた途端、派手に爆発した。ゲンガーは白目を向いて伸びてしまった。
「素早さはこっちが上」
 アオイはつかつかと男に近付く。オモダカは思わず席を立った。
「お前、なぜわかった、まさかオモダカから……」
「あなたが脅した時オモダカさんの相棒達も一緒にいたでしょ? 忘れてたの?」
 アオイが男を見下ろす。男は狼狽えた。
「まさか」
「そう、知らせてくれたんだよ。それでマスカーニャに手伝ってもらったってわけ」
 と言ってマスカーニャとふたりで笑った。ただしこわいかおで。
「というか、オモダカさんがあなたの言うこと聞いても、相棒達は聞かないってわからなかった?」
「黙れ卑怯も……」
 ガン!!
 アオイは男の顔の側の床にヒールの足を叩きつけた。ふみつけも真っ青の勢いだった。
 男は口をつぐみ、オモダカも息を呑んだ。取材陣に至ってはシャッターも切れず震え上がっている。
「自分の立場わかってる?」
 アオイは一言だけ告げた。オモダカとマスカーニャを除く全員を凍り付かせるには、充分すぎる程だった。
「アオイ! 委員長!」
 誰かが呼んでくれたのだろう、会場の見回りをしていたネモが警備員と共に駆け付けた。
 途端にアオイは何時ものにこやかな表情に戻った。
「ネモ、マスカーニャと連行お願い」
「わかった」
 アオイの親友にして好敵手たるネモは何も聞かず、男とゲンガーを一層締め上げ引きずるマスカーニャと警備員を引き連れ会場を出ていった。
 しかし会場は重苦しい空気に包まれていた。アオイもうつむいている。
「アオイ」
 居たたまれなくなり、オモダカはアオイに声をかけた。
 アオイが勢い良く振り向く。唇を噛みしめ、琥珀の両目には雫がたまっている。
「──良かった」
 アオイは声を振るわせながらも、真っ直ぐにオモダカを見てきた。雫が次から次へと溢れていく。
「良かった! オモダカさん助けられて! 本当に良かった! ごめんなさい助けるの遅くなって!」
 そんなアオイに、オモダカは込み上げてくるものを抑えられなかった。
 安堵と喜びの雫が目に溢れてくる。
「──その言葉だけで、充分です」
 涙でぼやけるが、すぐに指で拭ってアオイを見つめ返す。
「ありがとう、アオイ」
 ようやく、まともにアオイの姿を見れた気がした。彼女の言葉を聞けた気がした。
 どちらからともなく腕を伸ばして抱き締め合う。ぽかぽかした温もりが心と体に染み渡った。
「オモダカさん」
 腕の中で、アオイが呼んだ。
 オモダカはアオイに目を向けた。アオイもオモダカを見上げている。涙で濡れてはいるが、ちゃんと笑っている。
「あのね、その、沢瀉も葵も夏に咲く花なんですよ。だからね」
 照れ臭そうにうつむきながらも、アオイははっきりと、
「だから、一緒に咲いて、一緒に散ってくれますか?」
 オモダカは目を見開いた。アオイへの求婚の際に言った言葉だ。
「──その言葉」
 年甲斐もなく溢れてくる涙もそのままに、オモダカは微笑んだ。
「しかと、承りました」
 アオイがにっこりと笑った。文字通り、花の咲くような笑顔だった。
 同時に取材陣から割れんばかりの拍手が起こった。かすかに啜り泣きも聞こえる。見ると司会スタッフもハンカチを濡らしている。
 全員本来の業務そっちのけで喜びと涙に咽ぶ姿に、アオイとふたり、思わず笑い合った。

 🌺

 前代未聞の大捕物から一転、仲睦まじい新婚ふたりの入籍発表会見は、見るもの全員を幸せにし、またほんの一部の快く思わない連中を黙らせる結果となったらしい。
 その日の夜、オモダカが最速配信映像のコメント欄を覗いてみると、アオイの格好良さに痺れる様子の言葉、オモダカとアオイの幸せを願ってくれている声がほとんどを占めていた。そして、
『なんかなぁって思ってたけど今回の事件ですごくお似合いだって思った。アオイさんかっけぇ。委員長かわええ』
 といった様な、考えが変わったらしい声も幾つか上がっていた。
 当然です。だって私の伴侶ですもの。
 コメントに笑みを深め、ロトムスマホを置いたオモダカは、遺書代わりの書類データ入りメモリをこっそりと鍵付き引き出しにしまった。ついでに辞世の一筆箋も一緒に。
 これを伴侶に送るのは、寿命がつきる時でいい。それまで軒端の葵の隣で咲くのは、他でもない自分だ。
 椅子から立ち上がり隣の寝室に入ると、アオイが今回のMVPであるクエスパトラとマスカーニャをブラッシングし終えた所だった。よっぽど気持ち良かったようで、二匹とも既に夢の中だ。
「ふたりともありがとうね」
 アオイは二匹をボールに戻してやった。
「アオイ、ごめんなさい、本当に」
「私もクエスパトラが教えてくれなかったら助けられなかったし、謝ることないですよ。それに、ふたりが証言してくれなきゃ私達こうして帰れませんでしたから」
 和気藹々とした会見の後、暗殺未遂事件についてオモダカもアオイも取り調べを受けた。
 その際、記憶を見せる程のサイコパワーを持つクエスパトラと、ずっとアオイの側にいたマスカーニャが警察のポケモン達に証言してくれたため、ふたりとも早く解放されたのだ。
「それよりも、他のみんなが大変でしたね。ハッサク先生泣き通しだったし、ポピーちゃんアワアワしてたし、チリさんとアオキさんはお小言言ってたし。差し入れに来てくれたペパーはすっかり狼狽えちゃって」
「本当ですね。トップ・ネモとボタンさんが宥めてくれなければ、収拾がつきませんでした」
 でも、とオモダカは付け加えた。
「帰る頃には、皆祝福してくれた」
 皆の晴れやかな顔を思い浮かべると、急に眠気が襲ってきた。
 意図せずアオイの方に倒れ込む。アオイはそのまま抱き留めてくれた。
「お休みなさい、オモダカさん」
 柔らかい声が遠く聞こえた。

 🌺

 朝起きると、アオイの姿はなかった。
 代わりに、キッチンの方から料理をする音と、ポケモン達の声が聞こえる。
 そういえば、ふたりで休暇を貰っていた事を思い出し、オモダカもベッドから出ようとした。
 かさり、と何かが手に触れた。
 アオイが眠っていた所に、水色の一筆箋が置かれていた。
 手に取って読む。アオイの字だ。
『この寝ぬる朝けの風にかをるなり
 水辺の沢瀉夏の初花』
「──寝て起きた、この朝明けの風に薫っている。水辺の沢瀉の、この夏初めての花が」
 オモダカは、晴れやかな笑みを浮かべた。
 そっくりそのまま返そう。沢瀉を葵に変えて。
 結婚式の夏は、すぐそこだった。



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使わせて頂いた短歌

『出でて去なば主なき宿となりぬとも
 軒端の梅よ春を忘るな』
『この寝ぬる朝けの風にかをるなり
 軒端の梅の春の初花』
 源実朝(1192~1219)

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