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連続140字『長崎すひあすくわっど』3.ヒーローば助ける人

 6時間目が終わり、さらにその後の掃除と帰りのホームルームが始まると、2年1組の教室は一気に緩やかな雰囲気になった。
 最後の挨拶が終わるなり、みんな帰り支度や部活に向かう準備に取りかかる。コハクもツバキとウミネに、

「ふたりとも、またねー」

 と言いながら、みなと中の通学用バッグ(帆布で作られたショルダーバッグだ)を下げて教室を出ようとした。
 すると、丁度教室のドアが開いて、

「コハクさんとアコヤさん、いらっしゃいますか?」

 通学バッグを下げたハリがやってきた。隣にはルリもいる。
 コハクはふたりに笑いかけながら、ドアのところへ来た(アコヤものっそり隣に来ていたが、それは無視した)。

「ハリ、ルリ、お迎えありがとうね」
「いえこちらこそ、お付き合いいただきありがとうございます」

 ハリがにこやかに言った。ルリもこくこくとうなずいている。
 と、ここで、

「あれ、ふたりともコハク達が案内した子やん。昨日も来たよね?」

 ツバキとウミネが興味津々な顔をしてやってきた。 顔を綻ばせながらも丁寧に名乗る。

「かわいか~。名前なんて言うと? あ、アタシは浜崎ウミネ。バトミントン部所属」
「ウチ、立花ツバキ。ウミネと同じバト部でダブルス組んどるとよ」

 ハリルリも頭を下げる。

「瓊之浦ハリです」
「瓊之浦ルリ、です。ハリ兄さんとは、双子です」

 そんなふたりにツバキとウミネはメロメロになったらしく、

「可愛いー! ね、バト部入らん?」
「初心者大歓迎よ! 混合ダブルスもあるし!」

 と調子に乗って勧誘を始めたので、コハクはすかさず止めに入った。

「はいはい、ふたりはうちと、一応久貝アコヤに用があるとやっけん、さっさと部活行った行った!」

 そしてアコヤに向かって、

「ほら、アンタもぼさっとせんと!」
「お前に指図される筋合いはないな」
「ふたりが勧誘されるよりマシやろ!」

 いつも通り口喧嘩しながら、ハリルリを促して教室を出ていった。

「コハクと久貝、バチバチに仲悪かったよね?」
「うん……。一緒におっても、名前呼ばんかったとに」

 去り際に聞いたツバキとウミネのつぶやきに、反論する余裕はなかった。



 コハクがアコヤの名前を出してでもツバキ達から引き離したのには理由がある。
 ハリルリを部活の勧誘から守るというのもあるが、昨日、瓊之浦家の本邸を出る時にハリからこう誘われたのだ。

「放課後に用事がなければ、みんなでメンドモと戦えるようにできるだけ一緒にいませんか?」

 ルリももじもじしながら、

「私も……、おふたりと買い食いしたり、町を歩いてみたい、です……」

 コハクはもちろん快諾した。
 アコヤと放課後を過ごすのは気が進まないが、ハリルリのため、何より『ヒーロー助けのヒーロー』と周囲から呼んでもらっている身である。コハクは我慢することにした。アコヤも黙ってうなずいていた。
 それから緊急連絡用のチャットグループを作り、それぞれ参加ボタンを押してから、屋敷を後にしたのだった。



 学校を出て、コハク達はとりあえず右に曲がり、そのまままっすぐ通りを歩いた。向こうには、水辺の森公園の緑とファミレスが見える。
 今日はこれといった目的地はなく、ひとまず町をぶらつく予定だった。
 歩行者信号が赤なので、待っている間にコハクはハリルリに声をかけた。

「1年生は今日から授業よね? どうやった?」
「えと、予習していたので、今のところ、ついていけてます」
「タブレットの使い方も、小学校の時とあまり変わらないですし……」
「うわ、偉かね。予習しとるとか」

 ルリとハリの返事にコハクが目を丸くしていると、アコヤが口真似をして嘲笑ってきた。

「お前、予習復習しとってもいつん間にか寝とるとよねー、とか言ってたよな」

 コハクは半ば自棄になり、

「似とらんわ! けどそん通りよ、悪かったね!」

 と言い返すのと同時に、信号が青に変わった。
 コハクはアコヤとごちゃごちゃ言い合いながら歩いた。通行人の視線など、この際気にならない。
 少しして大浦海岸通りに出た時、ハリが、

「あ、そうそう、あそこ!」

 と指差した。
 コハクは口喧嘩をピタリと止め、つられてその方向を見た。アコヤも同じ方向を見ている。

「あのあたりに、僕らの家はここなんです」
「です……」

 ルリもこくりとうなずく。コハクは思わずしみじみと、

「へえー、学校近くてよかねえ。うらやましかー」

 が、

「お前、たまに遅刻寸前で来るもんな」

 とアコヤが冷笑気味に言ってきたので、キッ! と振り向いた。

「さっきから人の黒歴史暴露すんなさ!」
「『ヒーロー助けのヒーロー』とか呼ばれてるくせに隙だらけのお前が悪い」

 アコヤの言葉には歯軋りしながらコハクは思った。音楽ばっかし聴いとるくせに、意外と色々見とっとね、ムカつく。やけんうちの人助けに気付いたとやろか。
 反論の言葉が浮かばなかったコハクは、別の方向に目を向けた。
 海岸通りの向こう、水辺の森公園内部にある立派な建物が目に留まった。

「あ」

 とコハクは声を漏らした。そのまま建物を指差して、ハリルリに話しかける。

「あそこ、うちのお母さんが働いとる会社」

 ハリとルリはそれぞれ手をぽん、と叩き、

「我が家がお世話になってる保険会社です!」
「まさかコハクさんのお母様が働いていたなんて……!」

 ハリルリの言葉にコハクも嬉しくなった。

「お母さん頭よかけんね。さすが大福柱ってやつ?」
「大黒柱な。そしてお前は脳筋、と」

 アコヤの冷ややかな指摘に、コハクはまたしても反論できない。ため息をつきながら、

「認めなくなかけど、図星……。お父さんに
もよう言われたわ」

 ハリとルリが揃って首をかしげる。

「過去形、ですね?」
「単身赴任……、されてる、とか?」
「あ、言うとらんかったね」

 コハクは目をしばたたかせた。

「お父さん、うちが小さい頃に亡くなったとよ。消防士ばしとったとけど、仕事中に、ね」

 一瞬、空気が静かになる。ハリルリが眉を曇らせた。

「そう、だったんですね……」

 ルリが小さな声で言うと、ハリも深くうなずきながら謝る。

「ごめんなさい……」

 コハクは慌てて手を振って笑った。

「いや、気にせんで。昔のことやけん、今は大丈夫!」

 アコヤが冷たい目で見ていることには、気が付かなかった。


 それからコハク達はまた歩き、裏通りに入った。
 丁度湊公園が見えたので、近くの自販機でジュースを買って休憩することにした。
 4人は中華風の石のテーブルと椅子に座り、缶のタブを開けて飲む。
 2ヶ月前のランタンフェスティバルの時はランタンや出店、特設ステージが造られて賑やかだったのに、今は中華の雰囲気を少し残しているだけの広場になっている。
 周りにはおじいちゃんやおばあちゃん、保育園帰りの子供達と保護者がちらほらいるだけだった。

「そういえば」

 一息ついて、コハクはハリルリに聞いた。

「タッタさんに賢者を探してもろうてたって言うとったけど、うちと久貝がなったけん、今はご当主さんのところにおらすと?」
「ああ、実は」

 と言ってハリが公園の向こう側、元々唐人屋敷の入り口だった福建通りの門をちらりと見た。
 コハクもそちらに視線を向けると、門の影に、見覚えのある紳士の姿が見えた。

「何してんだ?」

 思わずと言った感じでアコヤが首をかしげる。

「昨日に引き続きああしてこっそり付き従って、メンドモが出てきた時は周囲の人を避難させて、変身の隙を作ってくれることになりまして」
「あー、なるほど……。ボディーガードじゃなかけど、そんな感じね」

 ハリの答えにコハクはうなずいた。
 ジュースを飲んで続けて聞く。

「ご当主さんは? お仕事あるやろ?」
「午前中にふたりでまとめて片付けてるし、お客様やお届け物は自分で対応するって言ってました」
「そもそもおじい様、ノートパソコンでほとんどの仕事を済ませてますし……」

 ハリとルリは顔を見合せながら答えた。

「スマホも持っとらしたもんね」

 コハクが思い出しながら言うと、ハリが苦笑いしながら言った。

「『最新型買うたばい』って本人どや顔してましたね。こういうところ、本当ご先祖様譲りなんだから……」

 ルリもうなずいて、

「新しいものに目がないというか、ね……。そこが瓊之浦のいいとこなんだけど……」

 と、ここでハリが何か思い出したように、

「あ、だからすひあのデザインもああなっているのかな。パパも言ってたけど」
「お父さん何か言いよったと?」

 コハクは聞き返した。

「すひあの見た目は、当時最新の地球儀や天球儀を参考に作られているらしくて……。先代もそうだったから、これもそうなんだろうって、ながはくで玫瑰の研究をしている父が言っていたんです」
「確かに。そんなこと、言ってた」

 ハリの説明にルリもうなずく。
 それを横目に、コハクはポケットからすひあの片割れを取り出し、しげしげと眺めた。

「ホント、よう見たら数字とか書かれとる」

 改めて見ると、鼈甲色の中に黒く輝く部分がある。目を凝らすと、それは前に動画で見たカリグラフィーで書かれた小さな数字や目盛になっていた。
 アコヤも自分の持つ片割れをじっと見て静かにうなずく。

「あー、確かに地球だな、これ」

 コハクは思わずアコヤの持つ片割れに目をやった。
 螺鈿のような水色の虹の光の中に、さらに淡い光を放つ部分がある。それが大陸として描かれているのだ。
 その瞬間、アコヤもコハクの片割れを見ているのに気づいた。
 コハクは反射的にそれを隠した。アコヤも同じように自分の片割れを隠す。

「崎陽神社の本殿に納められていて、コハクさんのは『べっこうフレーム』、アコヤさんのは『らでんグローブ』という名前のついた紙が貼られてました」
「私のは『びいどろグローブ』、兄さんのは『ぎやまんフレーム』、でした」

 そう言って、ハリルリはそれぞれ星のすひあを見せてくれた。
 ハリが持つぎやまんフレームは、数字と目盛が小さく刻印された輪っかの形の石だった。午後の光に照らされて、ダイヤモンドの様に透明なきらめきを放っている。
 ルリのびいどろグローブは、紫がかった深い青の中に、さらに淡い光を放つ部分がある。
 それが星座を描いているのだ。

「わー、きれいかー」
「美術館とかにあってもおかしくない出来だな」

 コハクとアコヤがそれぞれ感想を述べた、まさにその瞬間。
 ぎやまんフレームとびいどろグローブの色がふっ、とくすんだ。
 そして代わりに禍々しい光を放ち始める。

「え、何(なん)これ」
「空気に当てられて酸化でもしたのか?」

 コハクとアコヤが単純に目を丸くするのと正反対に、ハリルリは厳しい顔付きになった。

「これは、メンドモが近くに現れた証拠です!」
「う、海のすひあも、見てください!」

 その言葉に動揺しながら、コハクもアコヤもそれぞれの片割れを見た。
 星のすひあと同様、禍々しい光を放っていた。

「昨日みたいに仮面を被ってるはずだけど」
「いったい、どこに……」

 ハリとルリがキョロキョロと首を動かす。コハクとアコヤもその姿を探すべく辺りを見回した。

「あ!」

 コハクは声を上げた。
 今いるテーブルから少し離れた場所、そこにある中華風のあずまやの中。
 長い髪にスカート姿の、女性らしきものがいた。
 だが、その顔は、例の不気味な仮面に覆われている。間違いなく、今回現れたメンドモだ。
 同時に、近くにいた子供達がメンドモに気付き、

「そのおめんなーにー?」

 とメンドモに走り寄る。

「しまっ……」

 コハクが駆け出そうとした瞬間、メンドモが子供達に向かって腕を振り上げた。
 その刹那、コハクの隣にいたアコヤが、すでに飲み干していた缶をメンドモ目掛けて投げつけた。
 缶は見事に命中し、メンドモは動きを止めて、じっ、とこちらを見た。
 チャンスとばかりに、コハクは陸上選手顔負けの速さで子供達に駆け寄り、メンドモからかばうように立ち塞がり叫んだ。

「悪かお化けばい! お母さん達と逃げて!」

 その言葉に、子供達は悲鳴を上げながら母親の元へ駆け戻って行った。
 タッタさんも母親達の側に来ており、その場にいる人々全員に避難の指示をしているようだった。
 子供達と入れ替わりに、アコヤとハリルリがやってくる。

「角度と力加減を計算して投げた。上手くいってよかった」
「す、すごいです、アコヤさん!」

 胸を撫で下ろしているアコヤに、ルリが目を輝かせる。
 しかしハリは生真面目に注意した。

「でも、缶はあとで拾って持ち帰るか、ちゃと捨てましょうね」
「へーい」

 アコヤは適当ながらも素直に返事する。
 コハクはこの機を逃さず、思い切りからかった。

「マナーは大事たいねー」

 アコヤに無言で睨まれたが気にしない。普段自分が言われる側なので、コハクは気分がよかった。

「さて、ラスボスに変えられたとはいえ、小さか子に手ば出そうとしたこと後悔させんと、久貝」

 爽快なあまり、コハクはついアコヤの苗字を呼んでしまった。
 しまった、と思ったが、アコヤは舌打ちしながらもしっかりとうなずいた。

「わかった、十亀」

 それから、流れるように互いのすひあの片割れを合わせ、地球儀の形にする。
 まばゆい光がふたりを包み、コハクとアコヤは海のすくわっどに変身した。

「我が名はらでん」
「我が名はべっこう」

 声を揃えて、メンドモに告げる。

「海のすひあすくわっど、参上」

 ハリとルリも同様に、互いのすひあの片割れを合わせ、天球儀の形にする。
 光に包まれ、ハリとルリは星のすくわっどに変身する。

「我が名はぎやまん」
「我が名はびいどろ」

 声を揃えて、

「星のすひあすくわっど、参上」

 4人のすひあすくわっどが揃ったところで、メンドモも姿が変わった。
 仮面はそのままに、体の大きな鬼のような姿になる。

「うわ、音楽の授業で見た般若やん、これ……」

 コハク──今はべっこうが思わず引くと、アコヤ──らでんが、

「脳筋のお前が覚えてるなんて珍しいな」
「怒った時のお母さんそっくりやったもん……、って何(なん)言わすっとね!」

 べっこうはノリツッコミをしてしまった。ぎやまんが叱るように叫ぶ。

「来ますよ!」

 メンドモは体をそらし、大きく息を吸うような仕草をした。
 そして──息の代わりに、巨大な水の刃を吐き出した。

「んにゃー! 火じゃなくて水吐くタイプの鬼!」

 ぎやまんが悲鳴を上げ、4人は一斉にそれをかわす。
 水の刃は中華風のテーブルや椅子を容赦なく切り裂き、公園の奥にあった石碑に深い傷を刻み、ようやく水しぶきになって消えた。

「しかも、圧力が半端じゃない……」

 びいどろが呆然とする。
 その間にも、メンドモは次の攻撃態勢に入っていた。
 踊るような動きをしたかと思うと、今度は腕の動きに合わせ、無数の水の玉を放つ。
 べっこう達はかわそうとしたが、直後、メンドモが指を動かす。それと同時に水の玉も指に合わせて動き、結果、4人は文字通り雨霰のような攻撃をまともにくらってしまった。拳で連打されたような痛みが全身に広がる。

「痛たた……! ──あれ?」

 攻撃が止み、べっこうは自分の体を見て瞬きした。痛みは確かにあったのに、どこにも怪我はなかった。しかも、もう痛くない。

「傷がない?」

 らでんが目を見開く。ぎやまんとびいどろが解説してくれた。

「変身中は、体も頑丈になるみたいで……」
「あの程度なら怪我しないし痛みもすぐひくんです──」

 その刹那、巨大な黒い影がべっこう達をかすめ、4人はギリギリでかわした。
 さっきの水の刃だった。刃は今度こそ石碑を真っ二つにし、その後ろにあった建物に深々と傷を残して消えた。
 一方のメンドモはというと、肩で息をし、動かなくなっていた。

「メンドモでもバテるのか」
「まあ、あれだけの攻撃をしていれば……」

 話し合うらでんとびいどろをよそに、べっこうは肩を怒らせ、

「ってか、火を消す水をこがん武器に使うとか腹かくー!」

 ぎやまんも冷静にうなずきながら、

「それにおそらく、水の玉で撹乱させ、水の刃でとどめを刺す、という狙いかと」
「引き付ける囮が必要だな」

 そう言うなり、らでんはべっこうをじいっ、と見た。戸惑っているぎやまんとびいどろはお構い無しだ。

「は? 何(なん)?」

 べっこうは思わずたじたじと後ろに下がった。

「お前確かスポーツテストの成績良かったよな? 去年もだったが、今日の体力テスト、浜崎と立花と3人で学年のトップスリー飾ってただろ」

 らでんがやたらと真剣な声色で言う。
 べっこうは薄気味悪く感じながらも、

「まあ、ツバキとウミネには負くばってん……」
「よし、囮決定」

 ひとりうなずくらでんに、べっこうは叫んだ。

「はああ!?」
「正真正銘脳筋のお前なら、あいつの攻撃を難なくかわせるだろ」
「いや、いくらなんでも当たったらひとたまりもなかろもん!」

 と、ぎやまんとびいどろがうなずき合い、進み出て、

「僕達が囮になります!」
「そ、その隙に、べっこうとらでんで……」
「いーや大丈夫! 囮はうちにまかして、ふたりは必殺技ば打ってくれんね」

 べっこうは一瞬にして覚悟を決め宣言した。

「チョロ……」

 言い出しっぺのらでんが舌打ち混じりに何か言っているが気にしない。

「ほら、らでんも手伝う!」

 とだけ言い残し、べっこうは一気に駆け出した。
 メンドモの目の前に躍り出て大声で挑発する。

「鬼さんこちら! 手のなる方へ!」

 メンドモが腕を動かす。再び水の玉が放たれる。
 べっこうはすかさず身を翻し回避した。同時に、不機嫌な顔のらでんがメンドモの背後に回り込み、強烈な蹴りを入れる。
 吹っ飛んだメンドモに向かって、手を繋いだぎやまんとびいどろが声を揃えて叫んだ。

「スタースフィア・ローズウィンドウ!」

 ふたりの頭上に、バラ窓の紋様が浮かぶ。そこから瑠璃色と銀色の星がいくつも放たれる。
 メンドモは美しい流星群に貫かれ、頭から黒い霧になって消えていった。黒い霧は淡い光になり、なよやかな雰囲気の女性の姿になった。
 女性は一礼すると、首を動かした。何かを探しているようだ。
 そしてさっきの子供達が中華街のところからわらわらとやってきたのを見つけると、ふわりと飛んでいき、子供達と保護者へ深々と頭を垂れた。メンドモの時の所業を詫びているらしい。
 子供達は口々に、

「いいよ!」

 と言ってくれていた。保護者もうなずいている。
 すると女性は、本当に安心したような表情になり、天へと昇っていった。

「ばいばーい!」

 子供達が手を振り見送る。
 それに応えるように、柔らかな光の粒が降り注ぎ、公園のテーブルと椅子、石碑、そして建物が、見る間に元通りになった。
 同時にコハク達の変身も解けた。子供達には気付かれていないようで、コハクは胸を撫で下ろした。

「ま、あん子らに免じてうちも許すわ」

 アコヤがルリに聞く。

「そういえば、メンドモって成仏する時にはああしていろいろ治してくれるよな。なんでだ?」
「お礼とお詫び、だと、思います」

 ルリがおずおず答えると、入れ替わりのように、

「あのう」

 とハリが小さく手を挙げた。

「話が変わりますが……、コハクさんがヒーロー助けのヒーローをしていたり、水を攻撃に使うなんてって怒ってたの、お父様の事があったからですか?」
「うん。そう」

 コハクは即答した。

「みんなば助けるヒーローやったお父さんが死んで……。ヒーローば助ける人がおったらよかったとにって、うちもそげん人になりたかって思うたとよ」
「すひあすくわっどとして戦うと決めたのも、それで……、ですか?」

 ルリに聞かれ、コハクは笑った。

「もちろん。アンタ達ふたりも、みんなに辛い思いさせんために戦うとるヒーローやけんね。何より昨日のあれ、カッコよかったし……」
「酔ってるだけじゃないのか?」

 突然、アコヤが口を挟んできた。少し大きい声だったので、コハクはびくりと肩を震わせてしまった。

「家族を亡くしその悲しみから立ち上がって人助けの側に回る、あるいは家族の危機に立ち向かう。お前達全員、そんな自分に酔ってるだけだろう」
「酔うだなんて、そんな」

 ハリが戸惑いながら言う。ルリは何も言えず縮こまっている。

「そうよ、何ば言いよっとね、いきなり」

 コハクが追及してもアコヤは口を固く結んでいたが、やがて大きくため息をつき、

「──先に帰る」

 通学バッグを肩にかけ、すたすたと去っていった──かと思いきや、キョロキョロ辺りを見回し空き缶を見つけると(アコヤがメンドモに投げたものだ、とコハクは気づいた)、拾ってゴミ箱に捨てた。
 そしてコハク達に振り向くと、

「安心しろ。お前達のメッキを剥がすまでは、すひあすくわっどとして戦う」

 強い決意を滲ませた瞳をして言い捨て、今度こそ去っていった。

「……アコヤさん、ヒーロー嫌い、って言ってたけど……、何があったんでしょうか……」

 つぶやくハリに、コハクはルリと共に黙ってアコヤの後ろ姿を見送るしかなかった。

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