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軒端の葵(前編)

はじめに
※ポケモンSV二次創作。オモ主。
※シリアスかつ嫌なモブ出ますがハッピーエンド。
※パルデア組成人済。ポピーちゃんアカデミーに通っています。他諸々の捏造設定があります。
※実在の人物の和歌を登場・アレンジさせています。ご注意下さい。

*****

 『辞世』という詩の一種がある。
 この世を去る時、あるいは死の予感が訪れた時に詠むものだという。
 では自分は?
 彼女にどんな詩を捧げるのだろう。

 🌺

「入籍発表会見?」
 初夏の昼過ぎ。パルデアリーグ本部、リーグ委員長オモダカの執務室。
 発言者たる彼女以外の全員が、口を揃えて聞き返した。
「ええ。3日後、アオイと私が入籍した事を、パルデアの皆さんに公表するのです」
 オモダカはにこやかに答えた。
「婚約は書類でしか通達していませんでしたし、先日のトップチャンピオン就任式において入籍に関する質問もありましたから。今回の事を皆さんにお伝えすれば、マスコミの方々の答えにもなり応援してくださる方も一層増えると思うのです」
「結婚式が近くなってからでもいい気がしますけど……。それに私、聞かれても全く気になりませんでしたし」
「おや、私の伴侶だと早々に言う方が気持ちいいでしょう。無論私もですが」
 と眩しい笑顔で返されたアオイは頬を赤らめた。彼女こそ、昨日オモダカの伴侶になった女性である。リーグにて委員長とトップチャンピオンの補佐役を務める傍ら、アカデミーでも非常勤講師として教壇に立っている。
 そんなふたりに、パルデア四天王最年少にして現アカデミー生徒会長のポピーが早速はしゃいだ。
「ステキです! アカデミーのみんなと堂々とお祝い出来ますの!!」
「うんうん! そしたら街でも気兼ねなくポケモン勝負出来るし!」
 何度もうなずく新トップチャンピオン・ネモに、
「それ何か違うし。というか微妙にネモるな」
 ボタンが冷静に突っ込む。リーグ所属のシステムエンジニアでありパルデア随一のホワイトハッカーだ。ネモと共にアオイの親友である。
「とはいえアオイさんと委員長の慶び事を二度も近くで知れるとは、小生、感動です……!」
 四天王兼アカデミー美術教師のハッサクが目頭を押さえた。同じく四天王たる男装の麗人、チリが苦笑い気味にツッコミを入れる。
「ハッサクさん。気持ち分かるけど、涙は結婚式までとっとき」
「非常に目出度い事です。しかし」
 僅かに口角を上げながらも、アオキが思わしげに口を挟んだ。
「同性同士で結婚される方が多くなってきたとは言え、それを受け入れられない人もいる。ましてやパルデアの頂点にいる人間とそれに近しい人間ならば、婚約発表の時よりも誹謗の声が強く上がる可能性もあるかと。祝福してくれる人も勿論多いでしょうが」
 四天王とジムリーダーを兼任している彼は、何だかんだで視野が広い。
「でも、だからこそ」
 アオイが言った。
「だからこそ、発表する。やましいことはなにもない。私達はお互いを伴侶に選んだんだって。幸せになるんだって。
そうですよね、委員長」
「ええ」
 見つめ合うふたり。見た者全てが、キャラメルをかけたモモンのみを口に突っ込まれた感覚に陥りそうな光景だ。
 しかし全員既に慣れているので、何も言わずに笑う。本来厳格な雰囲気を漂わせる部屋は、幸福な空気に包まれていた。

 🌺

 同日夕方。終業と共にオモダカはアオイの元に向かった。
 行き先はリーグのカフェテリア。交際を始めた時からの待ち合わせ場所だ。
 カフェテリアに着き入り口を覗くと、アオイはロトムスマホでテレビ通話中だった。両隣にはネモとボタンもいる。
『ついに会見か! おめでたいちゃんだな!』
 長髪の青年が笑っているのが遠く画面越しに見える。3人の共通の親友ペパーだ。彼のレストランには、オモダカも幾度となく足を運んでいる。
「うん。もう準備始めてるよ」
 アオイが声を弾ませる。
「今から楽しみだけど、うちとネモは直に見られないんよね。ふたりの護衛のためにチリさん達四天王と会場内回らなきゃだから。パパラッチ狙いの輩もしばく必要があるし」
 と語るボタンに、ネモが、
「そうだよ、こうしちゃいられない! 今すぐ誰かに勝負申し込んで鍛えなきゃ!」
『こっちは安定のネモりちゃんか』
 オモダカは苦笑いした。基本的にはリーグ関係者以外には秘匿すべき案件だ。アオイの親友である彼は他言しないだろうが、一応注意すべく近付こうとした時。
 殺気を感じ、オモダカは立ち止まった。
 同時に体が動かなくなった。ボールに手を伸ばせない。中にいる相棒達も自分から出られなくなっているようだ。苦し気な気配がする。
 直後、
「懸命な判断ですね」
 オモダカは目を動かし相手を探った。横合いに影のような男の姿が見える。見覚えのある姿だった。
 隣には、両の目を禍々しく光らせているゲンガー。通常目にするものは何処と無く愛嬌のある顔をしているが、この個体は如何にも悪霊といった体だった。
 オモダカは、このゲンガーの状態に見覚えがある。
「禁止薬を飲ませてますね」
「ご名答」
「私の動きを封じて、どうするつもりですか?」
 半ば囁き声で問いかけながらも、対処すべく頭を回転させる。
「死刑宣告を」
「罪状は?」
「私を転落させたこと」
 オモダカは男の正体をはっきりと悟った。
 ポケモンを極限まで強くする代わりに寿命を縮める禁止薬。それを開発し裏で流通させようとした会社があった。その中心にいたのが、この男だった。
 当時トップチャンピオン兼リーグ委員長に就任したばかりのオモダカはその対処にあたり、企みを暴かれた会社は倒産、男は逮捕された。
 以後は薬も会社の名も、男のことも耳にしていなかったのだが。
「出所されるのはまだ先だったはずですが」
「脱獄したのですよ。婚約のニュースを聞いてね」
「そうですか。それで執行方法は?」
「入籍会見、でしたっけ。そこで私とゲンガーがもたらす死を受け入れること」
「黙って頷くとでも?」
「抵抗してもらっても構いませんよ。ただし」
 慇懃な口調はそのまま、男の言葉が冷たく囁かれた。
「その時には、あなたの伴侶が命を落としますが。なお誰かに話しても同様です」
 ここで初めて、オモダカは血の気が引いた。

 🌺

「オモダカさん?」
 気付くと、アオイが顔を覗き込んでいた。
「あ……」
 オモダカは正気に戻り、軽く辺りを見回した。
 男の姿は既にない。リーグのセキュリティをすり抜けるとは。いや、出入りの業者の影にでも潜り込んだのか。それくらい朝飯前だろう。
 オモダカがそう思う程、男の手口は鮮やかだった。認めたくないが。
「トップ・ネモとボタンさんは? ペパーさんとのお話は……」
 ネモとボタンの姿もなかった。アオイは首をかしげ、
「もう話し終わって、ふたりとも退社しましたけど」
 それから、眉根を寄せて聞いてきた。
「それより大丈夫ですか? 顔色悪いし、キラフロル達すごく怒ってる気配がするし。何かあったんですか?」
 オモダカは──何とか顔に出さなかったものの、凍りついた。
 男の『宣告』を聞いたのは、自分だけではない。相棒達も同様だ。その上ボールから出られずまんまとオモダカの死を告げられたばかりか、伴侶たるアオイまで毒牙にかけられようとしている。怒らない訳がない。
 しかしポケモン達が動いても、あの男は容赦しないだろう。
 オモダカはこっそりボールに触れ、怒気を抑えるよう合図した。グローブ越しに伝わる灼熱が、少しだけ治まる。
「ああ、いえ、アオイが話している姿に思わず見とれていたものですから、気を抜くなと怒られていたのですよ」
「本当に?」
 曇りのない両目が、オモダカを気遣う。
 そうだ。ふたりきりでいる時、アオイはオモダカの負の感情を見抜く。
 普段であればハグしてもらって話を聞いてもらう所だ。だが、この感情と『宣告』を覆い隠さなければ、アオイは──
「本当です」
 目を閉じて笑う。
「なら、いいですけど」
 釈然としない様子ながら、アオイは頷いてくれた。
 それに安心する自分に嫌悪しながら、オモダカはアオイの手を取った。
「さぁ、明日から大忙しですよ。今日は休まなくては」
 明日なんて、来なくていいのに。
 こんな感情を抱いたのは初めてだった。
 しかし、パルデアの為、アオイの為にするべきことはしておかなくては。
 長年パルデアの頂点にいるが故に培われた感覚が、オモダカの理性を瀬戸際で繋ぎ止めていた。


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