連続140字『長崎すひあすくわっど』プロローグ
4月初旬、某日朝。長崎は今日も晴れだった。
しかし、瓊之浦ハリと瓊之浦ルリの雲行きは、怪しいという他なかった。
「早くどこかに行ってください!」
ハリは眼前の男達──大学生くらいの、赤ら顔の酔っ払い達に叫んだ。
その隣で、ハリの双子の妹ルリが腕を広げている。背後には、小学生達が縮こまっていた。
「やぜか、悪かとは小学生やろが」
「そーそー、こいつらぶつかって来やがってからに」
酒臭い息でわめく朝帰りの男達に、ルリが震えながらもはっきり声を上げる。
「ぶ、ぶつかったのはそっちでしょう? 私も兄さんも、み、見てたんですから!」
しかし、男達はねめつけながら、ハリとルリに一歩踏み出す。
ルリが体を強張らせ、ハリが覚悟を決めて身構えたその時。
「はーい、ちょっと失礼ー」
愛嬌のある顔立ちに琥珀色の目、ポニーテールにまとめたセミロングの髪の少女がやって来た。
少女も、ハリとルリと同じ中学校の制服を着ていた。前をきっちりと留めたセーラーブレザーにプリーツスカートを合わせ、胸元には紺のリボンタイが揺れている。
「あんだあ?」
振り向く男達に、少女はスマートフォン──鮮やかなオレンジ色をしている──を制服のポケットから取り出した。
「動画撮っとったとよ。朝帰りで酔っ払った大学生が、いたいけな中学生に絡んどるシーンば拡散されたら、どうなっかねえ?」
少女はニヤリと笑いながら画面に触れ、動画を再生する。男達がハリとルリに絡んでいる様子がしっかり撮影されている。
男達は一気に酔いが覚めたらしい。口々に「すみませんでした!」と言いながら走って逃げて行った。
「──にゃー……」
ハリは小さく息をつき、少女に勢いよく頭を下げた。
「ありがとうございます! 助かりました」
「ごめんね、早う助けられたら良かったとけど、証拠ば取らんとって思うて」
少女はスマホをしまいながら、申し訳なさげに眉を下げた。
「いいえ……、あれがなければ、どうなっていたか……」
ルリは首を横に振った。 軽く涙目になっていた。
「ま、とにかく解決したし」
そう言って少女は、小学生達に声をかけた。
「そこのみんなも、早よ行かんと遅れるばい!」
小学生達はうなずき合い、
「ありがとうございます!」
と礼を言って駆け出していった。
「じゃ、うちはこれで」
少女はスタコラサッサと行ってしまった。
名前を聞く間もなく行ってしまった少女の後ろ姿をながめながら、ハリは小声でルリにささやいた。
「……誰だろ? みなと中のバッジとバッグだったから、同じ学校の人みたいだけど」
「うん。それに、年上って感じがする……」
ハリはほう、とため息をつき、
「僕らもあんな風に戦えたらいいね」
「うん。それで……」
ルリがうなずいた時、別の声がふたりの背後からした。
「『ヒーロー助けのヒーロー』。相変わらずいけすかないヤツだな」
ハリルリは体をびくりと震わせ振り向いた。
声の主は、さっきの人と同じ制服を着た少女だった。前を留めたセーラーブレザーに紺のリボンタイ。ただし、この人は膝丈のスラックスという着こなしをしていた。
彫刻のように整った顔立ちをしており、ミッドナイトブルーの目には眼鏡がかかっている。
目と同じ色の髪は少し癖っ毛のあるショートカットで、首元にはワイヤレスヘッドセットイヤホンをネックレスのように下げていた。
「えと、あなたは……」
ルリは恐る恐る聞いた。
「……『ヒーロー嫌い』、とだけ言っておく」
眼鏡の少女はそれだけ言い残し、ふたりの間をスタスタと歩いて行った。
ハリとルリは、ただただ、顔を見合せるしかなかった。