(リクエスト)【ゴスレ二次創作】Ex-ghost and ex-boy
ロンドン。もうすぐ5月中旬に差し掛かるある日。
さっきまで降っていた小雨が止み、公園の木々の緑が鮮やかに映えている。
そんな中、ボブことロバート・ロビンソンは木に寄りかかっていた。待ち合わせ中なのだ。
「よう」
誰かが声をかけてきた。よく知っている──それこそ前世から馴染んだ低い朗々とした声だった。
「グレイ!」
ボブは声の主を見上げ、人懐っこい丸顔を破顔させた。
グレイことジャック。前世はドルーリー・レーン劇場に住み着き、ある事がきっかけでフロレンス・ナイチンゲール──「始まりの看護師」その人であり、ボブの命の恩人にして憧れの人──に取り憑いた幽霊、今世では名の知られた劇作家にしてフロレンス──フローの夫である。
前世では幽霊の見える体質であり、フローの護衛になると誓ったボブにとって、灰色のシアターゴーストは超絶いけすかないヤツであると同時に、悪友のような兄のような存在だった。
そしてそれは今世でも変わらない。人間に生まれ変わりフローと結婚していた彼と再会した時には、嬉しさのあまり見境なく大泣きしてしまったくらいだ。フローを悲しませた怒りは、多少はあったけれど。
「ごめんな、打ち合わせ終わったばっかしなんだろ?」
「すぐ終わったから、構わねぇよ」
詫びるボブに、グレイは片頬を上げた。
「ってか、オマエも相変わらずだな。わざわざ非番にフローの誕生日プレゼントをオレと一緒に買いに行くとか」
「べ、別にいいだろ! ナイチンゲール様のためなんだから!」
ボブは思わずむきになって言い返してしまった。
現在、ボブはスコットランドヤードの刑事として立派に職務を全うしている。その影響で、グレイが作品の取材に訪れたり、病院での取り調べ中にフローと顔を合わせたりする場面もあるのだ。
「ていうか、あの方に心底惚れてるオマエと選んだ方が、変なの買わずにすむし」
「まさか、ザ・ヤードの刑事殿に、そんな風にお褒めいただく時が来るとはな」
グレイが仰々しく手をひらひら動かす。それがやたらと様になっているものだから、ボブは急に恥ずかしくなって叫んだ。
「あーもう、行くぜ!」
*
約2時間後。ボブはグレイとよく行くパブで昼食を取っていた。
料理はふたり揃ってグレービーソースをかけたミートパイ。飲み物はというと、ボブはアップルサイダー、グレイはジントニックだ。
「あー、よかった! ぴったりのがあって!」
ボブは安堵のため息を漏らしながらミートパイの片割れを頬張った。
「オマエにしちゃイイの選んだじゃねえか」
グレイがニヤリとしてジントニックを煽る。
あの後、ふたりで街中を歩き回り、フローへのプレゼントを探した。ボブは可愛らしい缶に入ったスキンケアクリームを選び、グレイはステンレスのタンブラーを選んだのだった(グレイ曰く「オレが酒飲む時に使ってんのを羨ましそうに見てたからよ」)。
ラッピングされたそれらは、それぞれの隣にきちんと置かれている。フローの誕生日当日までは、各々の部屋で厳重に保管する予定だ。
「ま、アイツもオマエが選ぶもんなら、なんでも嬉しいだろうけどよ」
「それオメーが言うか?」
ツッコんで、ボブはサイダーのグラスを傾けた。そのままパイを咀嚼しているグレイをしげしげと眺める。
こうして共に同じものを食べ、酒を酌み交わしていることに不思議な感覚を覚える。とはいえ、何だかとても嬉しい。
するとふと、あの時の──初めてグレイの笑顔を見た時の事を思い出した。どんなにフローの近くにいても、フローと同じことが出来ないグレイが、急に可哀想になったことも。
本当によかった。と思うと同時に、そう言えば、とボブはグレイに問いかけた。
「──なあ、グレイ」
「ん?」
「オイラ、オメーの身の上話、聞いたことないんだけど……」
グレイは黙ってジントニックを飲んでいたが、ややあってグラスを置き、
「……酒と飯が不味くなるぞ」
「い、いーよ! ていうか、ほら、これでいいだろ!」
グレイなりの気遣いを感じつつも、ボブは言い返してパイを平らげ、サイダーを一気に飲み干した。
「だいたいズルいぞ! ナイチンゲール様とかには話したくせに!」
「あー、わかった、わかった……」
グレイも肩をすくめながらパイを食べ終わる。
そして中身の少なくなったグラスを再び手に取ると、ボブに語って聞かせてくれた。
グレイの話を聞き終えた頃には、すっかり昼下がりになっていた。
「──グレイ……、ジャック……!」
ボブは拳を握りしめ、肩を震わせていた。涙と鼻水が止まらなかった。
「ホントごめーん!!」
店内だというのに思わず叫んでしまう。他の客達の視線が一斉に集まったが、そんなものは気にならなかった。
「お、おい、ボブ……」
慌ててなだめようとするグレイの肩を、ボブはしっかりとつかむ。そして、
「オイラそんなこと知らずに色々と……! 母ちゃんにも仲良くしてたヤツにも好きだった人にも裏切られたズタボロすぎる人生送ってたオメーにどっか行けとか思っててごめーん!!」
「……いや、フローのこと心配だったんだろ? フツーはそう思うぜ?」
呆れたように言いながらも、グレイはどこか柔らかな笑みを浮かべた。それでもボブは必死に食い下がった。
「でも、でもぉ……!」
「それよか涙拭けよ。ここは悲劇の舞台の客席じゃねえんだ」
ため息混じりに、グレイがナプキンを差し出す。ボブはそれを受け取ると、顔を拭いて思い切り鼻を噛んだ。
その間、グレイがほんのわずかに口元を緩めたことには、気づかなかった。
*
プレゼントをしっかりと、大事に抱えてパブを出る。
歩き出してすぐに、ボブはグレイに向かい合わせに立った。
「グレイ」
「あ? 今度はどうした?」
首をかしげるグレイに構わず、ボブはグレイをまっすぐ見上げだ。
「オイラも、ナイチンゲール様と同じに、絶対にオメーを裏切らない。だから、オメーもナイチンゲール様を裏切るなよ! オイラのことはいくらでも裏切ってもいいから……」
ボブが最後まで言い終わらないうちに、グレイが容赦なくデコピンを食らわせてきた。
「何すんだ!」
額を押さえるボブに構わず、グレイがなにやら小声で言う。
「『我々の人生の織物は、良いも、悪いもいっしょくたの糸で編み込まれている』──終りよければすべてよし、か……」
「なんだよ、シェイクスピア引用しちゃっ、て……?」
ボブはグレイを睨み付けようとしたが、グレイがボブに笑いかけているのを見て、目を丸くした。
「ありがとうな。──オレも、オマエを裏切らねえよ」
あの時と同じ笑顔だった。
「そ、そうかよ! ウソついたら承知しねーかんな!」
顔がにやけてくるのを何とか抑えながら、ぷいっと踵を返して、ボブは先に歩き出した。
ロンドンの天気にしては、珍しく晴天になっていた。