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『長崎すひあすくわっど』2.同じ目に合わせたくない

「……って、べっこうってうちの名前!?」

 コハク、もとい、べっこうは自分の服装に目を向ける。制服は鼈甲色の衣裳──やはり東洋と西洋が混じったようなデザインだ──になっていた。

「服も変わっとるし! あとすひあすくわっどってなん?」

 体育倉庫の窓を見ると、瞳と髪も鮮やかな鼈甲色に変化している。

「こういう時のアホらしい様式美ってやつだろ、いちいち騒ぐな」

 腹のたつほど冷静なアコヤの声がして、べっこうは振り向き、あんぐりと口を開けた。

「アンタも変わっとる!?」

 アコヤの服も、制服からパールブルーの衣裳(もちろん東洋と西洋が混じったようなデザイン)に変わっていた。髪と目も衣裳と同じ色になっている。
 眼鏡がなくなっているので、顔の美しさを別の角度から見せつけられている感じてならなかった。
 と、化け物が吠えた。無視するなと言いたいらしい。

「うるさい!」

 同時に叫んで同時に飛び上がる。
 思ったより高くジャンプしたのでべっこうは内心驚いたが、問題はそこではない。
 とにかく化け物倒さんと!

「あいつを倒すぞ」
「わかっとるし!」

 宙を蹴って左右に別れると、挟み撃ちの形で回り込む。
 ところが、化け物は長い腕を振り回して妨害してきた。かわすのに精一杯で、パンチや蹴りを当てることが出来ない。

「おい、ちゃんと当てろ!」
「そいはこっちの台詞たい! 眼鏡なくなって見えんくなっとっと?」
「いや、普通に見える」
「見えとっとかい!」

 罵り合いながらも化け物の隙を探る。ぎやまんたちは呆気に取られているようだが、気にしない。
 やがて、化け物が腕をクロスさせた、その一瞬の隙をついて、らでんと共に背後に回り込み、背中を蹴り飛ばした。
 化け物がよろけた刹那、べっこうとらでんは流れるように手を繋ぎ声を揃えて、

「オーシャンスフィア・アーティスタック!」

 べっこうは鼈甲色の、らでんは水色の虹の光のエネルギーをまとい、化け物めがけて突進する。
 ふたりが化け物の体を貫いた瞬間、化け物の体は頭から黒い霧になって消えていった。
 べっこうは振り向いた。黒い霧が淡い光になり、人の形に変わっていく。
 やがて、光はがっしりとした体格の、東南アジアの民族衣装のような服を着た男性の姿になった。
 男性は一礼すると、天へと昇っていった。柔らかな光の粒が降り注ぎ、化け物が抉ったらしいグラウンドの土が元通りになっていく。
 それと同時に、べっこうはコハクに、らでんはアコヤに戻った。

「あん人らは?」

 コハクは振り向いた。ぎやまんとびいどろが顔を見合せ笑っていた。
 コハクはお礼を言おうとして──口をポカンと開けた。
 ぎやまんとびいどろの姿も変わり、ハリとルリになったからだ。

「ハリ、ルリ?」

 コハクはすっとんきょうな声をあげた。

「ふたりが変身してたのか」

 アコヤが低い声を出す。コハクは首をかしげたが、すぐに気を取り直して、

「助けてくれてありがとうね」

 お礼を言った後で、再度首をひねった。

「けどいつん間に変身したと?」

 ハリは苦笑いしながら、

「おふたりがメンドモに飛び蹴りをお見舞いした隙に、建物の陰に隠れて……」
「おーい!」

 と、被さるように声がしたので振り返る。
 ツバキが体育館の裏から手を振っていた。他のみんなもそこにいるらしく、心配そうに顔を覗かせている。

「コハクたち大丈夫ー?」

 ウミネが手をメガホン代わりにして聞いてくる。

「大丈夫ー! 今行くー!」

 コハクは手を振り返した。ルリとハリが囁いてくる。

「えと、おふたりとも、この事は秘密でお願いいたします……」
「詳しいお話は本邸でいたします。放課後クラスまでお迎えにあがりますので、ご同行お願いします」
「ご丁寧にどうも……、あと……」

 コハクはぺこりとお辞儀をし、アコヤをにらみながら、

「話さんけん安心して。うちのことも秘密にしてもらったし、そもそもこいつと一緒に変身して戦ったとか言いたくなかし」
「右に同じ」

 アコヤもにらみ返す。
 そしてハリルリと紳士をよそに、そのままみんなのところに戻っていった。



 放課後、コハクとアコヤはハリルリと学校を出た。
 ふたりが迎えに来てくれたお陰で、アコヤと行動を共にしたことが噂にならずにすみ、コハクは安心した。本当にハリルリには感謝しかない。
 4人は表通り──通称『オランダ通り』に出た。
 するとそこにはレトロでクラシカルな小型車が停まっていた。
 車の隣には、コハク達を避難させようとしてくれた紳士が背筋を伸ばして立っている。

「タッタさん」

 ハリがルリと共に紳士に駆け寄る。コハクもアコヤもハリルリの後に続いた。

「お帰りなさいませ」

 紳士はハリとルリに一礼し、コハクとアコヤを見て、

「おふたりとも、お忙しい中ありがとうございます」

 これまた丁寧に、ハリルリと共に頭を下げてくれた。

「竜田玉一と申します。先ほどは名乗らず大変失礼致しました」

「私達はタッタさん、って呼んでます」
「祖父の秘書兼瓊之浦家の執事をしてくれている方です」

 ルリとハリが付け加える。

「ああ! ハリが言うとった人!」

 コハクは手を叩いた。
 一方、アコヤはぼそりと言った。

「インテリヤクザかと思った」
「アンタもうちょい言葉選べさ!」

 すかさずコハクはツッコんだ。玉一こと、タッタさんは苦笑いして、

「お構い無く。みなさんと同じ年頃の方々や、近所の奥様方お子様方からよく言われますので」
「言われっとですか……」

 コハクは思わず呟いた。



 車に乗って(助手席にハリ、コハクとアコヤはルリと共に後部座席に座らせてもらった)向かった先は、長崎の氏神たる崎陽神社を臨む、立派な日本家屋だった。

「到着いたしました」

 タッタさんが後部座席のドアを開けてくれる。

「瓊之浦家の本邸でございます」

 降りたそこは駐車場だった。少し歩くと、立派な木の門の前に出た。表札には『瓊之浦』とある。コハクは圧倒されてしまった。

「ふたりは親と暮らしてるって言ってたな」

 アコヤはいつも通りのテンションで双子に話しかけていた。
 ルリがうなずく。

「えと、はい。港近くのマンションで」

 と、タッタさんが門を開き、

「こちらへ。主人がお待ちです」

 それからタッタさんを先頭に、旅館と見間違えるような玄関から屋敷の中へ入り、磨き上げられた廊下をしずしずと歩いた。
 やがて、タッタさんは一つの襖の前でぴたりと立ち止まり、ぴしりと正座して、

「お越し頂きました」
「お通しせんね」

 落ち着いた老人の声が襖越しに聞こえる。
 タッタさんは立ち上がり、襖を開けて、コハク達に入るよう手で促した。
 コハクは背筋をぴんと伸ばして、アコヤ達と部屋に入った。
 そこは、和洋折衷という言葉をそのまま表したかのような部屋だった。
 床は畳だが、天井からはランプが吊り下がっており、アンティークの大きな丸いテーブルと椅子が置かれている。
 その椅子のひとつに、一人の老人が座っていた。

「お初にお目にかかります」

 老人は立ち上がり、頭を下げた。

「当主を務めさせてもらっとります、瓊之浦金吾と申します。どうぞお座りください」

 老人──金吾に言われるまま、コハク達は座った。
 タッタさんは一礼し、廊下に出て正座すると、襖を閉めた。

「話は、玉一からスマホで聞いとります。十亀コハクさんと、久貝アコヤさんですな?」

 金吾は懐からスマホを取り出し、コハクとアコヤに見せながら聞いた。ふたりはうなずいた。
 柔らかいが油断の出来ない雰囲気を、コハクは金吾から感じ取っていた。

「さて、悪かけど、この話はちいと長うなります」

 金吾はふう、と息を吐き、話し始めた。

「今から500年前……、江戸時代は朱印船の時代です」
「しゅいんせん? この前、歴史の授業で次やるっ言うとった気が……」

 コハクが首をひねると、ハリが助け船を出してくれた。

「天下統一を成し遂げ、政治のトップになった徳川家康の許可をとって、東南アジアで貿易をしていた船のことですね」
「あ、ごめんありがとう」

 コハクは小さく頭を下げた。アコヤがぼそりと、

「さすが脳筋。年下に教えられてら」
「は?」

 コハクは思い切り睨み付けた。人前なので口喧嘩には持ち込めない。これが今出来るせめてもの抵抗だ。
 しかし金吾は含み笑いをして流した。

「その時代、玫瑰(まいかい)という男がおりました。玫瑰は、さっき話した朱印船で、今のベトナム近くの海にあった島国と貿易をしとりました。
 名前は四輝国(しきこく)と言ったそうです」

 金吾はしみじみと、

「長崎と同じきれいか山と海のある自然豊かな平和な国やったと、玫瑰の日記には書かれとります」

 と言ったところで、低い声で続きを語りだした。

「ばってん四輝国は、魔王と呼ばれるもんに狙われとった。
 そがん風にしか書かれとらんけん、正体はわかりませんが、国をわがもんにするためなら、どげん手でも使う奴やったそうです。そいつは妖術も極めたと言われとって、次から次へと刺客ば送り込んで来た」
「ようじゅつ?」

 コハクはまたもや首をかしげてしまった。

「黒魔術的なもの、と、思っていただければ……」

 今度はルリが教えてくれた。アコヤは相変わらず冷ややかな目線を向けているが、気にしたら負けである。コハクはルリに短くありがと、と言った。
 金吾が続ける。

「ついには恐ろしかばけもん──メンドモまで送り込まれるようになり、玫瑰は四輝国の国王と王女と協力し、ある策を練りました。
 民の中で知恵と勇気に優れた者(もん)を選び、そん人らに自分が作った秘宝を授けたとです」
「メンドモ、はさっきの化け物のことです」

 ハリが注釈した。
 金吾は一旦言葉を切り、厳かに言った。

「そん宝が、『海のすひあ』と、『星のすひあ』」

 コハクは思わず、制服のポケットからあの石──鼈甲色の輪っかの形をした石──を取り出した。『海のすひあ』の片割れだ。
 コハクはそれをしまい、話の続きに耳を傾けた。

「ふたつの『すひあ』は、商人であり職人でもあった玫瑰が、国の巫女をしていた王女とともに、わが知識と技術の全てを駆使して作り上げたもんでした。
 選ばれた人ら──『すひあすくわっど』、と人々から呼ばれたそうです──に力ば与えて、その力を使うとに相応しか姿に変える宝と言ってよかかもしれません」
「今風に言えば変身アイテム、的な?」

 コハクは思わず口を挟んだ。金吾はゆっくりうなずいた。

「そうなりますな」

 それから、椅子の背もたれに寄りかかり、

「すひあすくわっどは、メンドモと戦い勝ち続け、国を守り続けた。そしてとうとう、魔王自ら攻めこんで来たとです。
 すくわっどと魔王の力は、互角と思われた」

 重々しい雰囲気になったのを感じて、コハクは居住まいを正した。

「ばってん、魔王は、とんでもなくずる賢かった。
 四輝国を襲うや否や、民全員の魂を奪い取り、みーんなメンドモに変えてしもうた」

 その言葉に、コハクは絶句した。

「すひあすくわっどは必死に戦うたけど、かつての同朋相手には全力で戦えん。あっという間に深傷を負った。
 そいけどこんままやったら、四輝国どころか世界が魔王の手に落ちる」

 金吾の声には、深い熱と悲しみがこもっていた。

「すひあすくわっどは最後の力を振り絞り、王女の力と自分らのすひあの力を使うて、魔王とメンドモを国ごと海に沈めて封印した。
 その後玫瑰は王女と長崎に戻り結婚し、瓊之浦の始祖──我が一族の始まりの人のごたるもんですな──になりました」

 映画や漫画、ゲームでしか聞かない話に、コハクは声が出なかった。
 しかしアコヤは顔も声も変えることなく、

「ですが、メンドモは……」

 すると、今度はハリが話し始めた。

「つい1週間前のことです。突然、謎の門が崎陽神社に現れました」

 一旦間を置き、

「そこからメンドモが出てきたんです」

 コハクはまたもや声を出せなかった。アコヤも何も言わない。

「神社の宮司だった祖母が隙を作ってくれている間に、僕らは新しい星のすひあで、星のすひあすくわっどに変身しました」
「これ、2代目やったとね」

 すひあの片割れを見せるコハクに、ハリがうなずきながら、感情を抑えた声で、

「だけど全てのメンドモを倒せず、魔王までもが出てきそうになり、祖母は……」

 ここまで語り、ハリは言葉を飲み込む。
 ルリがハリの手に自分の手を重ねた。コハクは黙って続きを待った。アコヤも身動ぎひとつしない。
 ハリはゆっくりと吐き出すように言った。

「祖母は、魔王だけは出てこないよう、結界を張ってそれを維持するために、門の中へと飛び込んでいきました」

 コハクは言葉を失った。ハリは続ける。

「祖母はこう言い残しました。
『自分はどうなってもかまわないから、これから張る結界が限界を迎えるまでに、海のすひあすくわっどを見つけろ。その人達と全てのメンドモを成仏させれば、魔王を倒す力を得られるだろう』と」
「──じゃあ、そんまんま、結界が破られたら……」

 コハクは恐る恐る言った。ここで、ルリがうつむきがちに答える。

「……祖母が死ぬのはもちろんですが、魔王の力によりこの町はおろか世界が滅ぶでしょう。今度こそ」

 ハリが言葉をつなぐ。

「だから、タッタさんに海のすひあを預けて、すひあが反応する人を──海のすひあすくわっどになれる人を探してもらってたんです。その時にさっきの事件が起こり、おふたりがすひあに選ばれ変身した」

 ここで一旦話を切り、ハリは深呼吸した。
 それから、固い声で語り終えた。

「──祖母の事は、タッタさん含め一家全員、覚悟しています。
 でも、他の人達を、僕らや先祖と同じ目に合わせたくない」

 コハクは立ち上がり、ハリとルリの背をさすった。

「──信じられませんよね、こんな話」

 何か言おうとして口を閉じた、そんなハリの声は、微かに震えていた。

「まあ、目の前で見せられちゃあ、信じざるを得ん」

 アコヤが冷静に言う。
 コハクはハリルリに聞いた。

「あの化物……、メンドモしか来とらんってことは、おばあちゃん、まだ生きて結界ば張っとらすってことよね?」

 ハリルリは振り向きこそしなかったが、しっかりうなずいた。コハクはぼんやりと、かつて父が話していたことを思い出した。

『お父さんは、お父さんを助けてくれた人達みたいになりたくて、消防士になったっさ』

 コハクは決めた。

「わかった。アンタ達はもちろんけど、ふたりのおばあちゃんも助ける」
「それって……」

 ハリが振り向いた。コハクはにっこり笑った。

「コイツと戦うとは嫌けど、うちでよかったら、すひあすくわっど? ってやつ、やらして」

 するとアコヤも何かを決めたような顔で、ため息まじりに、

「──右に同じ」

 それを聞いた刹那、コハクはアコヤをねめつけ、

「足引っ張ったらぶっ飛ばすけんね」

 アコヤも同様に睨み返す。

「せいぜいメッキを剥がされないように頑張るんだな、脳筋」

 この言い方にひっかかりつつもこの際だから少し言い返してやろうかとコハクは思ったが、ハリとルリから頭を下げられ、コハクは諦めた。

「本当に、本当に、ありがとうございます……! 十亀先輩、久貝先輩……!」
「なんとお礼を言えばいいか……!」

 コハクはサムズアップして、

「アンタ達の方が辛かとやけん、お礼はいらんよ。あと、うちのことは名前呼びでよかよ。出来れば『さん』付けで……」

 コハクはムフフと笑う。ツバキとウミネが、さっそく入部希望の子達から『さん』付けで呼ばれているのを見てうらやましく思っていたのだ(ふたりも先輩方のことをさん付けで呼んでいた)。
 が、アコヤが冷徹に、

「お前気色悪いな」

 とうとう堪えきれず、コハクは叫んだ。

「正直な感想どうも!? ってか、アンタは呼ばれたくなかとね!?」
「いや、それは呼ばれたい」
「即答かい!」

 ハリルリは顔を見合せて笑った。ハリが嬉しそうに呼ぶ。

「はい! コハクさん! アコヤさん!」

 と、ここで、

「失礼いたします」

 タッタさんが茶器とお菓子の皿を乗せた盆を持って入ってきた。心なしか笑いをこらえているように見える。

「お茶とお菓子をお持ちしました」
「ありがとうね」

 金吾が礼を言う。
 タッタさんは慣れた手付きで茶器と皿をひとりずつ丁寧に置いた。
 湯気が立ち上る緑茶の入った茶器はシンプルでシックなデザインだが、見るからに高級感が漂っている。お茶受けとして出されたぼたもちの皿も、同じく上品な雰囲気をまとっている。

「ありがとうございます! って、これ、崎陽神社のぼたもち?」

 コハクは一目でそれとわかった。宝石のように滑らかで艶やかなこし餡に包まれ、きれいな楕円形に整えられたぼたもち。崎陽神社の公園にある茶屋の名物だ。

「あ、はい。私と兄さんの好物なんです」
「僕がうどん好き、ルリがナポリタン好き、という違いはありますけどね」
「ちなみにおいは刺身が好き」

 ルリとハリの返答に、なぜか金吾もノリよく答える。
 コハクもにっこり笑って、

「うちはリンゴの料理が好き! ポテサラとかアップルパイとか!」
「ポテサラにはリンゴ反対派だ」
「個人の好みやろうが! というかしゃきしゃきしておいしかろうが!」

 水を差すアコヤにコハクはツッコんだ。
 しかしアコヤは無視して続ける。

「っていうか、リンゴ入りポテサラはリンゴの料理に入るか?」
「うちの中ではそうなっとっと!」
「ちなみにわたしはオムライスと板チョコが好きだ」
「答えになっとらんし聞いとらんわ!」

 その後、いつも通り罵り合いになった。
 しかしそんな中でも、コハクはしっかりと、おいしくぼたもちをいただいたのだった。



 いがみ合うコハクとアコヤ、はにゃにゃにゃ……、とネコのような声で慌てるハリとおろおろしつつも苦笑いしているルリを眺めながら、金吾はお茶を啜った。
 そのまま、玉一に明るく話しかける。

「玉一よ、こん人らはすごかと思わんかね」
「ええ。おふたりとも、ハリ様達を助けようと私(わたくし)が反応する前にメンドモに立ち向かいましたし……。非常にファンタスティックなお力をお持ちです」
「おお、そいはすごかね。あんたはかなり素早かとに」

 金吾は感嘆し、茶器の中に目をやって微笑んだ。
 緑茶の真ん中には、茶柱が立っていた。



 時刻は午後9時。
 100万ドルの夜景を眼下に、人影が浮かんでいた。

「はい。すひあの者どもの抹殺が最優先ですね」

 人影──ひょっとこの面で顔を隠した男──は、見えない何かに答えるように呟いた。
 男の声が春の夜風にかき消されるように静かに響き、沈黙が訪れた。下からは長崎の町の喧騒がかすかに聞こえる。

「……はい」

 しばらくして、男は再び呟いた。その瞬間、夜の闇から異形の化け物──メンドモが現れた。
 男は眼下の町に目を向け、メンドモに静かに命じた。

「行け」

 メンドモは再び、夜闇に紛れ、消えた。

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