ドラマでは描かれない「実家に帰らせていただきます」のその後
ある日仕事から帰宅すると家の中は真っ暗。
『おーい、誰もいないのー?』
電気を点けると家の中はガランとしていて、殺風景な光景が広がる。
異様な雰囲気を感じながらリビングのテーブルに視線をやると、置き手紙が。
「実家に帰らせていただきます」
事態を察知した夫は絶望し、呆然とその場に立ち尽くす。
『家庭を顧みない夫に愛想を尽かし、妻が子どもを連れて実家に帰る 』
日本のドラマではごくありふれた描写だ。
日頃ほとんどドラマを見ない私でさえ、その場面が容易に、そして鮮明に想像できるほど、日本社会では市民権を得ていると言っていい。
この類の描写はあくまでドラマの中のワンシーンなので、劇中ではその後のストーリーについて触れられることはあまりない。
互いの葛藤を乗り越え、もう一度家族として歩む場合もあれば、家族としての形に一区切りをする場合もあるだろう。
しかし後者の場合、現実社会においてはドラマよりも過酷な現実が待ち受けていることを多くの人は知らない。
前置きが長くなってしまいました。
夫婦にはそれぞれの事情があり、それぞれのストーリーがあります。
残念なことではありますが、夫婦の別れは仕方のないことです。
私自身、別居直後は仕事が全く手につかず、日々生きていくだけで精一杯。
それなりにストレスマネジメントは得意だと自負していましたが、その自信は脆くも崩れ去りました。
別居してからの数ヶ月間は、頭ではわかってはいても「悪い夢でも見ているのかもしれない」と何度も思いましたが、朝起きるたびに妻と子どもが隣にいない現実に引き戻される日々。
上述したドラマのイメージも相まって、妻やその家族からだけではなく、社会からも自分の人格や存在意義を否定されたような、そんな感覚に陥りました。
自分の存在意義を見失い、子どもに会えない日々の中で
「自分は一体何のために生きているのだろうか?」
という自問自答をひたすら繰り返す。
正直に白状すると、自分がこの立場になるまでは自分の人生を自ら諦める方々のことを「なにもそこまで追い詰めなくても…」と思っていました。
しかし、今ではその方々の気持ちがよくわかります。
人によってはPTSDになってしまってもおかしくないような、それほどの衝撃です。
これは経験した当事者しかわからないかもしれませんが、決して大袈裟ではありません。
実際、あまりのショックにうつ病になる方や、
仕事が全く手につかず体調が悪化し、職場の退職を余儀なくされる方もいらっしゃいます。
仕事はなんとか継続できていても、精神安定剤を手放せなくなった方もいます。
個人的には別居直後は裁判所に急いで駆け込むよりも先に、まずはカウンセリングを受けたりするなど、自身の精神安定を最優先した方が良いとさえ思います。
それほどの衝撃です。
例えが適当かわかりませんが、まるで交通事故にでも遭ったような、そんな感覚かもしれません。
私自身もしばらくしんどい日々が続きましたが、そんな中でも生きていかなくてはいけません。
仕事は待ってはくれないし、今後の家族の方向性について現実的に向き合う必要があります。
私の場合も突然の別居だったこともあり、結果として何の取り決めをしないままに。何度か妻に話し合いを打診するも、まさに取り付く島もない状態。
ひと月、またもうひと月と、ただただ時間だけが過ぎていく中で一向に事態は進展せず。
あの手この手で話し合い、解決の糸口を模索してきましたが、結局どれも功を奏せず。止むに止まれず裁判所に頼ることになります。
これまで裁判所とは無縁の人生を送ったきた身としては、裁判所に赴くこと自体に相当な抵抗がありました。
なにか犯罪にでも巻き込まれたり、栽培員制度で選ばれることがない限り、縁遠い場所だと無意識に思っていたからだと思います。
しかし、背に腹は代えられず。
不安や葛藤を抱えながらも結局は裁判所の門を潜ることになります。
そもそも、本来は離婚の条件について夫婦による話し合いでうまく解決できればいいのですが、現実にはかなり難しいケースが多いと思います。
私のように夫婦間で話し合いすらできないケースも往々にしてあります。
そのような場合、多くは裁判所に判断を仰ぐことになるかと思います。
しかし、実際に裁判所ではどういう手続が必要なのか?どんな流れなのか?
全く知識がなかったので、ネットでそれらしい情報を検索していきます。
調べていくと
「裁判」 「調停」 「審判」
などと、ニュースやドラマでしか聞くことがない、ともすれば、どこかおどろおどろしい、普段の生活ではまず聞かない言葉が並びます。
不安な気持ちになりながらも、そもそもの違いすらよくわかっていなかったので、さらに調べていくとこのような違いが。
なるほど。
『裁判で白黒つけるよりは、話し合いで合意点を見出す方がいいかな』
なるべく平和的な解決を目指していた私には裁判よりは調停の方が向いているなと感じました。
そんなこんなで調停を申し込もうと決意するのでした。
「事情をしっかり話せば裁判所がちゃんと判断してくれるはず」
当時の私は、これから始まる調停という未知の世界に不安を抱えつつも
『これで少しは事態が進展するだろう』
と、どこか安堵していました。
それがただの幻想で、果てしなく長い苦悩の始まりだとも知らずに。