やっぱり皮がスキ 33
H⑪
メグおばちゃんのケーキはやっぱり絶品だ。四国中央市にはこんなに美味しいケーキは無い。もしかしたら松山市にも無いかもしれない。
ケーキをお代わりして、2切れ食べるとお腹一杯になった。
「そんなに食べて晩御飯大丈夫?」
お姉さんはまた子供扱いしてくるけれど、もういちいち怒らないことにしたので、「うん、大丈夫」と軽くあしらっておいた。
おばさんとお姉さんが、お土産の野菜で盛り上がり始めたので、退屈になった僕はリュックからスピードスターボックスを取り出して、メンテナンスをすることにした。デフギヤを装着したからコーナリングのバランスは良くなったはずだけど、ギアの負荷によるエネルギーロスを極力抑えなければならない。出発する前の夜、お父さんのPCで調べたらそう書いてあった。丁寧にパーツをばらし、駆動部にオイルを塗っていく。
「これは新ジャガなので、じゃがバターや皮ごとポテトフライにすれば美味しいですよ。トウモロコシは蒸して食べるととっても甘くてサイコーです。ナスは煮ても美味しいですけど、この立派なオーブンでチーズやベーコンを載せて焼いてみましょうか。キュウリは生が一番です。味噌でも塩でもマヨネーズでも、何を付けても美味しく食べられます」
キッチンの方から得意気に話すお姉さんの声が聞えてきていた。
野菜ばっかじゃん。もっと美味しいモノいっぱいあるのに。フランクフルトとか言ってくれないかなぁと思っていると、続けてメグおばさんの声も聞こえた。
「でも、野菜ばっかりというのもアレだから、鶏の唐揚とか、豚の生姜焼きとかも作りましょうか?」
唐揚に生姜焼きね。まあ悪くはないね。
食べ物のことを考えながらも、ジェフとケイおじさんのことは頭からずっと離れなかった。
二人でどんな話をしているのだろう。実物大ガンガル開発の話で盛り上がっているのだろうか。晩御飯のメニューで盛り上がっている二人のように。いいなぁ。やっぱり僕もそっちに行きたかった。
晩御飯が出来上がった頃、おじさんとジェフが帰ってきて、すぐに食事になった。野菜も唐揚も生姜焼きも美味しかったけど、トマトと一緒に入っていたチーズはあまり美味しくなかった。チーズはやっぱりピザに乗ってるやつみたいに、トローっとしたやつに限る。
唐突にジェフが、「マドカとハヤトにはプレゼントがあります」と言った。
プレゼントってなんだろう。またガンガルのフィギュアを取って来たのだろうか。
「デイリーランドフリーパス。彼らのおかげで、私は自分の使命を果たすことができました。明日遊びに来てください」
うわぁ、すごい、デイリーランドだ。二年前に来た時にオジサンたちに連れて行ってもらって以来だ。
「ありがとう。でも、ジェフは行かないの?」
お姉さんが聞くと、ジェフが答えた。
「明日、日本を出発します。だから二人で行ってほしい。本当にありがとう。私はこれしかできませんが、彼ら全員に感謝することはできません。」
明日か。いつかアメリカに帰ってしまうことは判っていたけど、あまりにも突然だったので驚いた。
「ジェフ、明日帰っちゃうの?」
「うん。ハヤト、ありがとうございました。ハヤトのおじいさんのおかげで、探していたパーツが手に入れたので、早めに帰らなければなりません。」
おじいさんじゃないけど、この翻訳にはもう慣れた。
「明日の何時?」
「午前9時30分に成田空港を出発する飛行機で」
「そうなんだ。そのパーツがあれば、ガンガルは完成するの?」
「まあ、ガンガルとは少し違いますが、ガンガルの途中の男のようです」
「ガンガルの途中?」
『男』も気になったけど、いちいちツッコんでいては話が進まない。
「完成次第、ハヤトさんに動画をお送りしますので、ご覧ください」
「本当? 絶対送ってよ」
「もちろん。それでは、メールアドレスを交換しましょう」
「僕、スマホ持ってない・・・」
同じクラスでスマホを持ってるのはカイだけだ。お父さんのPCのメールに送ってもらおうか。でもアドレス覚えてない。とか考えていると、ケイおじさんが助け舟を出してくれた。
「じゃあオジサンからお母さんに転送するから、見せてもらえばいいよ」
ありがとうケイおじさん。
「うん。判った。絶対だよジェフ!」
「ああ、約束します!」
ジェフとお姉さんがホテルに行った後、お風呂に入り、その後で、ケイおじさんに僕のガンガル・スピードスターを見てもらった。
「すごいなぁ。上手に削ってるね」
軽量化したシャーシを一番に褒めてくれた。
「これが噂のデフギヤだな。これを手に入れるために大冒険したんだって?」
「うん。でも、そのおかげでジェフと出会えたんだ」
「ハヤトの行動力は凄いな。誰に似たんだろ? アヤコかな? ヒトシくんは大人しいもんな」
お父さんが大人しいとか、お母さんが行動的とかどうでもよかった。
「ねえ、ケイおじさん、ジェフが探していたパーツって何だったの?」
教えてくれないかもしれないと思いながら聞いてみたら、アッサリ教えてくれた。
「ジャイロだよ」
「ジャイロ?」
「そう、ジャイロセンサー。飛行機やクルマのバランスを整えるためのセンサーなんだ。スマホにも入ってる」
バランスを整えると言われても、よく判らない。
「これ見て」
おじさんがスマホの画面を見せた。
「ほらこうして横にすると画面も横になるでしょ。これ、ジャイロがスマホの傾きを検知して、傾いた角度に合わせて画面のレイアウトを変更する仕組みになってるんだ」
「ふうん」
スマホの画面とガンガルにどんな関係があるのだろう? まだよく判っていないことに気付いたのか、おじさんは説明を続けてくれた。
「これを飛行機に使えば、機体の傾きを検知して、左右のエンジンの出力を調整したり翼の角度を調整して、機体を一番いい姿勢に保つようにするんだ。そのためにジャイロが使われている」
エンジンの出力と翼の角度。傾き過ぎたときにそれをもとに戻すように調整するということか。だとすると、
「じゃあ、ガンガルの場合は、身体の傾きに合わせて、倒れないように足を踏み出したりするってこと?」
「その通り。ハヤトは賢いなぁ」
褒められて、嬉しくなった。ジャイロセンサーか。凄いな。
「僕も大きくなったらジャイロのことを勉強したい」
「そうか。じゃあ、京葉大学で待ってるよ」
おじさんは嬉しそうに言った。
「でも、算数だけじゃなく、理科も国語も社会もちゃんと勉強しないと、京葉大学には入れないからな」
嬉しそうに嫌なことを付け足した。
次の日、朝7時半にお姉さんとジェフがやって来た。これから空港まで行ってジェフを見送ってから、デイリーランドに行くことになっている。おじさんとおばちゃんはマンションの前で見送った。
「じゃあ、気を付けて」
「これ、スコーン作ったから、良かったら食べて」
「本当にありがとうございました。うわっ、良い匂い。じゃあお二人もお元気で」
お別れの言葉を交わして、ジェフと僕はお姉さんのクルマに乗り込んだ。クルマが走り出してから、二人は全然喋らない。こっちに来る途中も会話が無くなった時間はたくさんあったけど、でもそのときとは何かが違う感じがした。それが何かは判らないけど、その何かのせいで、僕も気軽に口を開けなかった。
ほとんど無言のまま空港に到着した。クルマを降りて建物の中に入ると朝早くから沢山の人がいる。しかも、髪の色や肌の色が様々だ。すごい、外国に来たみたい。
僕がキョロキョロしているうちに、手続きが終わったらしく、ジェフが僕たちに向き直った。
「マドカさん、ハヤトさん、どうもありがとうございました。私はそれらを決して忘れません」
ジェフは僕に手を差し出した。大きなその手を握りながら言った。
「ジェフ、ちゃんと動画送ってよ! それから僕、うんと英語を勉強して、英語でメールを送るからね」
「OK、楽しみにしています」
ジェフは握っていた手を放して、僕をギュッと抱きしめてくれた。ちょっと不思議な匂いがした。良い匂いではなかったけど、臭いとは思わなかった。
「マドカ、ありがとう」
「ジェフ・・・」
ジェフはお姉さんも抱きしめた。お姉さんは「ジェフ」と云っただけで、それ以外には何も言わなかった。昨日の夜から朝まで二人は同じホテルにいたから、もう言うことは無くなっちゃったのかもしれない。
搭乗ゲートに入っていくジェフは、何度も振り返りながら手を振った。僕はジェフが見えなくなるまでずっと手を振り続けた。
お姉さんは手を振らなかった。泣いているみたいだったけど、僕はそれに気付いていないふりをして、一生懸命手を振り続けた。
『やっぱり皮がスキ 34』につづく
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