やっぱり皮がスキ 10

J④

 違うかぁ。
 色と形は似てたんだけど、大きさも重さも全然違う。ていうかこれ、オモチャのイベントじゃん。200ドルも払って移動してきたというのにとんだ空振りだ。
 さて、どうしたものか。完全に捜索の糸口を失ってしまった。こんなオモチャのイベントに、ボーディングロイドの開発者がいるワケがない。
 途方に暮れていると、少年が話しかけてきた。
「あなたのお兄さんも、スピードスターですか?」
 オレの兄貴? この少年は何故オレの兄貴のことを聞くのだろう? 云い間違いかな。
「オレに兄貴はいないけど、オレが手掛けてるのは、スピードスターじゃなくって、本物のマシンさ」
 こう云っておけば、機械関係の技術者か何かと思ってくれるだろう。少年のオレを見る目がキラキラし始めた。もしかして、レーシングカーか何かの関係者だと思い始めたかな。男の子はレーシングカー好きだもんな。
 しかし、次の少年の言葉にオレは激しく狼狽する。
「あなたのお兄さんは、ガンガルを開発していますか?」
 オレに兄貴はいないと云っているのに。いや、そこじゃない。こんな子供に、なぜプロジェクト・ガンガルのことを勘付かれたのか、ということだ。
 慌てて少年の目線まで屈み込む。
「ちょっと待って、なんで判ったの?」
「それなら、結局のところ、あなたのお兄さんは本物のガンガルを作っているのですよね?」
 だから、オレには兄弟はいないって。いや、そこじゃない。そのとき、男と揉めていた女が戻ってくるのが見えた。
「少年、オレの兄貴ではなく、オレは確かにガンガルの開発に関わっているが、このことは軍の機密だ。頼むから、このことはキミとオレだけの秘密にしておいてくれないか?」
 少年は一瞬不思議そうな顔をしたが、大きく頷いてくれた。
「兄弟のことは聞いたことがありませんが、理解しています。誰にも云いません」
 兄弟のことは聞いてないだと? さっきから何度も聞いてるじゃないか。ま、それは置いといて、この誠実そうな少年ならきっと約束は守ってくれるだろう。
「どうしましたか? 二人は真面目な顔をしていました」
 女が戻ってきた。少年と目配せをして、立ち上がる。
「ハヤトくん、お早めにご購入ください。返送します」
「うん」
 少年は「じゃあね」と云い残し、レジへと向かった。
「どうもありがとうございました」
 女が云う。少年とは知り合いのようだが、連れの男をやっつけられてお礼を云う意味が判らない。日本人というヤツは、どうしてこうもお礼ばかり云うのだろう?
「いや、それより、さっきの彼は大丈夫なの? どっか行っちゃったけど」
「彼じゃありあません!」
 女はムキになって否定する。彼じゃないとすると彼女なのか? どう見ても男にしか見えなかったけど。ニュージャージーにも男になりたがる女はいるが、あそこまで完璧になりきったヤツは見たことがない。さすがはコスプレの国、日本恐るべしだ。しかし、LGBTQの話題はデリケートだからな。あまり膨らませない方がいいか、と思案していると女が話題を変えた。
「それはどの国ですか?」
 それとは? もしかして、オレがどの国から来たかを聞いているのだろうか?
「USAから」
「旅行ですか?」
「はい、まぁ・・・」
 そういうことにしておこう。
「おお、いいじゃありませんか。アメリカにも行きたいです」
 女は次々と話しかけてくるが、ゆっくりしているワケにもいかない。日本に来てからもう2日目が終わろうとしている。次の策を練り直さなくては。
「じゃぁ、そろそろ行かないといけないから」
 女との会話を切り上げようとしたところに、少年が戻ってきた。大切そうに包みに入ったギヤを抱えている。
「ボーイ元気でな。約束だぞ」
 高性能翻訳機にそう云うと、少年は「うん」と大きく頷いた。頷き返してその場を後にする。
「良い旅を!」
 という女の声に手を挙げて応え、マツシマヤを後にする。
 さて、どうしようか。こんな地方都市にドクター・ミウラがいるとも思えない。もう一度、東京まで戻るか。
 エアポートバスの乗り場まで戻り、時刻表を確認すると次のバスまで20分ほどあった。日本のバスは時間通りに到着するというのは身を以て経験済みだ。
 少し余裕があるなと一息吐くと、急に空腹を感じた。そういえば、ハママツチョーのホテルで朝食を摂ってから何も食べていなかった。目の前のコーナーストアで何か買って移動中に食べることにしよう。
 パンの白い部分しか使っていないサンドイッチと缶コーヒーを手にしてカードで支払いを済ませようとしたとき、レジスターからエラー音が響いた。店員が何か云っているので高性能翻訳機を翳す。
「お客様、カードの制限を超えているようです」
 なんだって⁉
「いや、そんなはずはない。もう一度試してくれ」
 しかし、何度やっても決済は下りなかった。何故だ。ホテル代と飛行機代、あとは食事と、多く見積もったって2000ドルも使っていないぞ。どういうことだ?
 コーナーストアでの買い物は諦め、サミーに電話を掛けたが、なかなか出ない。やがて留守録のメッセージが流れ始めた。そうか、東海岸はいま夜中か。サミーの留守録に罵詈雑言をぶつけて電話を切った。
 ちくしょう。どうすればいい。カードは使えない。所持金は100ドルに満たないし、ホテルにも泊まれるかどうか。とにかく、サミーと連絡が取れるまでは動きようがない。何の手掛かりも無いまま、こんなところで足止めを喰うなんて。
 とりあえず、このままでは食事もできない。手持ちのキャッシュだけでもジャパニーズ・エンに換金しておくか。スマホで最寄りのエクスチェンジャーを検索してみると、すぐ近くにバンクがあった。
 80ドルを換金すると8488ジャパニーズ・エンになった。なんだか得した気分だ。サミーが目を覚ますまではまだまだかかりそうだし、まずは何かを食べておこう。アーケードのあるショッピングモールにマクダーナルのサインボードを見付けた。ビッグマックといきたいところだが、1ドルバーガーにポテトとゼロ・コークのSサイズをオーダーする。トータル360エン。4ドル以下とは安いと思ったのも束の間、出てきたプレートを見て驚く。
 小っせえ。
 特にポテトとゼロ・コークの量はキンダーガーデン用かと見紛うほどだ。こんなんじゃ全然足りない。
 窮屈な椅子とテーブルの間に身体を捻じ込ませ、バーガーを齧る。2口で無くなった。ゼロ・コークは1吸いだ。周囲は子供たちで賑わっている。日本の大人はハンバーガーを食べないのだろうか。窮屈だし、騒がしいし、大人には居心地が良くないのだろうな。あっという間に平らげて騒がしい店を出た。
 まだ腹は満たされない。安くてボリュームのあるモノはないだろうか? スマートフォンで検索してみると、近くに380エンでピザが喰えるイタリアン・バルがあるらしい。また、超スモールかもしれないが、とりあえず行くだけ行ってみよう。地下モールに潜るようだ。スマートフォンが示すルートに沿って地下へと降りた。
 地下のモールにぎっしりと並ぶ店は地上のモールと比べても一際窮屈そうに見える。日本の食事は旨いと聞くが、こうも窮屈な店ばかりでは、じっくり味わうことはできそうにない。
 キョロキョロと目当てのイタリアン・バルを探すが、見当たらない。あっという間にモールの終点に到達してしまった。見逃してしまうほどに小さい店なのだろうか。一軒一軒確認しながら引き返してみたものの、スマートフォンの画像にあるような店はやっぱりない。情報が古いのだろうか? トーキョーやキョートなら最新情報がアップデートされているだろうが、この地方都市では外国人ツーリストも少ないだろうし、もう潰れてしまったのかもしれないな。仕方がない、別のモノを探すか。
 緑色のマスコットが水面から顔を出す池の前で立ち止まり、再び検索を始めた。やっぱりマツヤマの情報はあまり出て来ない。困ったな。スマートフォンは諦めて、高性能翻訳機を使って誰かに聞いてみようか。そう思ったとき、小さな子供が目の前に回り込んできた。
 オレを見上げて何か云っている。
 あれ? さっきの少年だ。翻訳機を取り出した。
「あなたのお兄さんですよね? 何してるの?」
 ほどなく、女性も隣に並んだ。
「本当です。何かお探しですか?」
 おー、これは天啓と云うべきか。
「実は、食事をしたいのだけど・・・」
 いやいや、もっと困ってることがあるだろう。
「いや、食事もしたいのだけど、それよりも困ったことになって・・・」
 格好悪い話だが、オレはクレジットカードが使えなくなったことと、所持金が80ドルしかないこと、母国の上司と連絡が取れなくて困っていることを話した。ちゃんと伝わるだろうか?
 二人は困ったような、難しいような顔をして聞いていたが、話し終えると女が口を開いた。
「要するに、あなたは空腹で今夜滞在する場所がありませんか?」
「簡単に云うと、そういうことだ」
「そうですか・・・」
 女は暫し思案する素振りを見せたが、明るい声で云った。
「では、今夜は私の家に泊まってみませんか? ちょっと遠いです」
 えっ、それって、誘われてる?
 さっき出会ったばかりなのに?
 まさか、この子もスパイ?
 女スパイと云えば、洗練された美人というのが定番だ。そう、ローズのように。
 それに比べてこの子は、どう見てもそういう感じには見えないけど・・・。

「やっぱり皮がスキ 11』につづく

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