やっぱり皮がスキ 5

M②

 お風呂から上がると兄貴たちは既に帰っていた。居間では母親が一人でテレビを視ている。父はもう床に就いたのだろう。
「お母さん、お風呂空いたよ」と声を掛け、冷蔵庫からプレミアム・ロールケーキといちご大福を取り出し、麦茶を注いで自分の部屋へ行く。
 小さなテーブルにスイーツと麦茶のコップを置いて、スマホを手に取った。まだユカからの連絡はない。
 あいつ、このままシカトする気だな。
 くっそー、なんであんな薄情なヤツにオトコができて、わたしには出来ないのよ!
 ユカは如何にもな女子アナ・ファッションで固めてやがるから一見、男ウケしそうだけど、よーく見ると一重だしタレ目だし、スタイルだってわたしとそんなに変わらないし。まぁ、胸はちょっとだけ負けてるけど。ちょっとだけよ!
 それにしても、新しい彼氏ってどんなオトコなんだろう?
 どうせマッチングあたりで見付けたんだろうけど。イケメン好きなユカが選んだんだから、七三分け&メガネや、ハゲorデブではないだろう。きっと、チャラいヤリモクオトコに決まってる。そんですぐに飽きられて捨てられるんだ。そうだ、そうに決まってる。そうであってくれ!
 そうだとしても、この夏は愉しめるんだろうなぁ。
 マッチングか・・・。
 前に登録したけど、なんだか怖くなっちゃったんだよね。出会い系サイトとあまり変わらない感じがして。
 でもこの際、背に腹は代えられないか。
 あのまま放置しちゃってるけど、いまどうなってんだろう?
 恐る恐るアプリを開いてみる。
『いいね!』をくれているメンズたちがズラリと並んでいた。
 前は写真だけ見て適当に『いいね!』を送り返したら、ドバーッとメッセージが来て引いちゃったんだ。ここは慎重にならねば。
 茶髪は除外。おっ、この辺マジメそう。でもなぁ、いかにも遊んでますって写真はアップしないだろうし。自分だって、何回も撮り直して実物より三割増しで上品に見える写真をアップしてるもんな。遊んでるヤツこそマジメ風な、マジメなヤツほどイケてる風な写真にしてる可能性もあるぞ。
 あぁ、もう、見れば見るほど全員怪しく見えちゃう。
 ダメだ。顔じゃあ選べない。趣味で選ぶか。

『スポーツ 得意なのはテニスとサーフィン』
 オマエ、ヤリモクだろ!
『読書 好きな作家はドフトエフスキー』
 ぜったい話あわんわ。
『アニメとゲーム ちびぷよで47連鎖達成!』
 意味わからん。
『料理 得意料理はラムモモ肉のナヴァラン』
 なに? 呪文料理?
『写経 穏やかな気持ちになれます』
 わたしのような腹黒オンナと付き合ってはいけません。

 わーん。全然『いいね!』送り返せない。わたしには出会いの才能が無いのかしら。それとも、ご先祖様の悪行の数々が、世代を超えて私のところにピンポイントで祟ってきているのかしら。
 絶望的な気分になりながら、最後の一人のプロフを開く。
『映画 アクションやコメディが好きです』
 映画かぁ。映画なら会話できるかも。
 松山市、30歳、銀行員。
『いいね!』送っちゃおうかな。

 久しぶりに土曜にお休みをいただけたので、松山まで足を延ばすことにした。
 と云えば聞こえはいいが、例のアプリでマッチングしたオトコに会いに行くのだ。
『いいね!』を送ったのが十時半ころ。それから録画していた『アンナチュラル』の再放送を視ながら、プレミアム・ロールケーキとイチゴ大福を平らげつつ、「わたしも石原さとみに生まれたかったなぁ」と呟いてみたものの、こんな時間に大福喰ってるようじゃ石原さとみには絶対になれないと、ガッカリしながらも完食するわたし。
 なんだかんだで深夜0時が近くなり、そろそろ寝なきゃと歯磨きをして、念のためにアプリを開いてみると、メッセージが届いていた。
 少し構えながら開く。

  こんばんは!
  いいね!ありがとうございます。
  映画お好きなんですね。
  映画のことや、それ以外のことも
  お話しできたらうれしいです。

 全くもって無難中の無難なメッセージに安堵感を抱きつつメッセージを返す。

  メッセージありがとうございます。
  田舎に住んでいるので、
  映画くらいしか娯楽が無くて・・・。
  どんな映画がお好きなんですか?

 と、自虐を交えてみる。そんな風に互いの好きな映画を論じ合っているうちに、じゃあ一緒に観に行きましょうという流れになった。
 彼が観ようと云ったのは「シャイニー・シュリンプ」というフランス映画。初対面の女性を誘うなら、ハリーポッターとかジブリとか、そういう無難なのを選ぶのがセオリーだと思うけど、ゲイの水球チームの話でしかもフランス映画とは。ベストオブ無難なメッセージを送ってきたオトコとは思えないチョイスにちょっと興味が湧いた。通ぶってるだけかもしれないけれど、それは直接会って確かめてやれば良い。
 顔はちょっと爬虫類系入ってるのかな。決して好みというワケではないけれど、プロフ写真はアテにしないと決心したのだからそこは重視しない。ま、30歳の銀行員っていうのはポイント高め。
 なんて回想しているうちに、余戸南インターに到着。まだ12時を少し廻ったところだ。まつちかのカッパ池で13時待ち合わせだから楽勝だ。
 国道56号線は和泉交差点の辺りで思いがけず渋滞したけれど、無事に市内に到着。伊予鉄松山市駅近くのコインパーキングに車を止めて、カッパ池に到着したのは待ち合わせ時刻の7、8分前だった。
 少し離れた場所から様子を伺うと、池の周囲には7、8人の人々が寛いでいる。その中に1人、それらしい男がいた。スマホを取り出し、「もう着いてますか?」とメッセージを送る。男は右手に握りしめていたスマホを覗き込むと、なにやら操作して顔を上げた。次の瞬間、わたしのスマホが反応した。
 ビンゴ。
 ゆっくりと近付いていく。男がこちらを見た。目が合ったので、ピョコリとお辞儀をすると、向こうも小さく頭を下げた。
「はじめまして」
「はじめまして」
 悪くないじゃん。細身のデニムに淡いブルーのシャツ。身長もまあまあ高い。とびきりのイケメンではないけど、実物もちょい爬虫類系だけど、辛うじて爽やかな部類には入るだろう。
 互いの名前を名乗り合い、では映画館に移動しましょうかというタイミングで、男が云い難そうに切り出した。
「すみません、映画の前にちょっと寄りたいところがあるのですが・・・」
 なんだろう? トイレかな? 常識人っぽい見た目だし、まさかいきなりホテルとは云い出さないだろうけど。
「あ、はい。いいですけど、どこですか?」
「ここです。ここの7階」
 男はカッパ池の奥にある百貨店を指さした。
「マツシマヤですか?」
 マツシマヤは云わずと知れた、松山随一のデパートだけど、何かお買い物かしら。
「ここの7階で、ガンガル・スピードスターのイベントやってるらしいんですよ。いい歳して恥ずかしいのですが、僕はガンガルの大ファンでして」
 そうきたか。初対面の女性を連れていくとこじゃねぇだろ、とツッコミたくなる気持ちを抑えて、「いいですよ。行きましょう」と笑顔で返す。
 小学生からオジサンまで、老いも若きも男はみんなガンガル好きなことは知っている。うちの兄貴も甥っ子もそうだから。
 地下の入口からマツシマヤに入り、エレベーター乗り場へ向かうが、すごい人の数だ。土居町など云うに及ばず、新居浜イオスでさえ、これほどの人口密度は見たことが無い。
 人波に酔いかけながらなんとかエレベーター乗り場に到着。当たり前なのだろうだけど、松山在住の彼は平気な顔をしている。というか、ガンガル熱に浮かされた子供のように目をキラキラさせてエレベーターの階数表示を見上げている。その隙に、呼吸を整え平静を装う。自虐で云う分には良いけど、田舎者だと悟られるのは惨めこの上ない。
 エレベーターの中もギュウギュウ詰めだ。さっき会ったばかりの男と密着せざるを得ない。それと同じくらい、目の前にいる爺さんとも密着しているけど。どっちにしても、息が詰まる。
 呼吸困難に陥る寸前でようやく7階に到着。エレベーターを降りて、胸いっぱいに新鮮な空気を吸う。デパートのエアコンが吐き出す空気なのだから、普通はこれを新鮮とは云わないのだろうけど。
 彼は早くもイベント会場を見付けたようだ。「あっち、あっち!」と子供のような声を上げた。逸る彼に遅れないように頑張ってついて行くと、催物会場は多くの男性たちで賑わっていた。小学生から、兄貴はおろか、お父さんくらいの年代の人までいる。
 ガンガルってスゲェんだな。女子アナファッションよりよっぽど男ウケしている。

『やっぱり皮がスキ 6』へつづく

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