やっぱり皮がスキ 30

H⑩

 気が付くと、となりでジェフが眠っていた。ボーっとしていた頭はスッキリしている。
 少し離れた席のお姉さんもまだ寝ているみたいだし、来た時よりも人が少なくなっていて、妙に静かだ。
 廻りをキョロキョロ見廻しているだけでは退屈だ。少しウロウロしてみようとニューガンガル・フルバーストを持って、ジェフを起こさないように静かに立ち上がった。
 大きな窓の向こうには芝生の広場が見えていたので、外に出てみることにした。出口のドアを開けると、熱気にムワっと包まれた。
 フカフカの芝生の上からさっきの部屋を覗くと、口を開けて寝ているお姉さんの顔がよく見えた。ジェフはなんだか苦しそうな顔をしている。
 芝生の上で、第一話「ガンガル大地に立つ」のシーンを再現してみる。あのときのガンガルはフルバーストでもニューガンガルでもなく、ノーマルの旧ガンガルだけど、僕はあのシーンが大好きだ。
 ジョア軍曹率いるズク隊が街に攻め込んできて、逃げ惑う人々を守るため、トオルは国連軍の新兵器ガンガルに乗り込んだ。国連軍は平和公園の地下に秘密基地を持っていて、世界の平和を象徴するピース・ビーナス像が崩れて中からガンガルが登場し、芝生の上に立ったのだ。ガンガルは3機のズクと戦い、2機を撃破。ジョア軍曹はガンガルの圧倒的なパワーに驚き撤退する。瓦礫となった街を背後に、夕陽を浴びたガンガルはとてつもなくカッコよかった。
 僕は腕を精一杯伸ばし、ニューガンガル・フルバーストが芝生の地平線の上に立っている姿を再現した。夕陽でもなく瓦礫の街も無いけれど、逆光で少し陰になったガンガルもカッコいい。
 でも第二話では、ズク隊から人々を守ったガンガルだったのに、戦闘によって家が破壊されてしまった人々から、トオルは非難される。
 守ってもらったクセになに言ってんだと思っていたけど、いま考えれば、あのときガンガルが登場しなければ、街はあそこまでボロボロにならなかったのかもしれない。ズク隊は街を制圧するのが目的で、ビルにバズーカを打ち込んだズクに向かってジョア軍曹は、「むやみにビルを壊すんじゃない!」と指示を与えていた。強力な兵器は人々を守るためのモノだったハズなのに。
 ニューガンガル・フルバーストを空に翳して考える。
 平和のための兵器って、本当なのだろうか。
「ハヤト!」
 ジェフの呼ぶ声がした。振り向くと、優しくてカッコいい顔に似合わない機械の声が僕に話しかけた。
「そろそろ出発です。マドカはもうすぐです」
 部屋の方を見ると、さっきまで寝ていた場所にお姉さんの姿はいなくなっていた。
「ねえ、ジェフ・・・」
 いま考えていたことを、思い切って聞いてみることにした。
「なに?」
「ジェフはガンガルを開発してるんでしょ? それは平和のため? それとも戦争に勝つため?」
 ジェフは穏やかな表情のまま言った。
「わたしは兵士なので、戦争なら勝つために戦います。勝つには、戦車であろうとガンガルであろうと、強力な武器が必要です」
 いつの間にか空を覆っていた雲が薄れ、太陽がジリジリと照らし始めた。遠くでセミの鳴き声が響いている。
 ジェフは蝉の声がする方を眺めて言った。
「しかし、私は戦争が怖くて行きたくありません。世界は平和でなければなりません」

 最後のニンジンを口に放り込んだ。いつもハンバーグの横に付いてるこの甘いニンジンは好きじゃないけど、「ニンジン嫌い」とか言うと子供だと思われるから、我慢して咬み下した。
 ふぅ、お腹一杯だ。緑色のメロンソーダを飲み干してから、椅子に凭れた。
「きれいに食べたね」
 お姉さんが上から目線でそう言ったけど、「うん」と素直に返事をしておいた。
 メロンソーダが無くなったので、ドリンクバーに新しいのを取りに行きたかったけど、お腹が一杯で動きたくない。でも飲みたい。どうしようかと考えていると、「ハヤト!」と聞き覚えのある声がした瞬間、「ケイおじさん!」と叫んで反射的に立ち上がっていた。
 遅れてお姉さんも立ち上がり、続いてゆっくりとジェフも立った。
「はじめまして、オカモトマドカと申します。こちらはジェファーソン・・・なんだっけ?」
「ジェファーソン・ジェンキンス・ジュニア。ジェフと呼んでください」
 ジェフとケイおじさんが握手している間に、お姉さんはジェフの隣の席に移動した。
「ハヤトがお世話になりました。伯父の佐藤圭一です。ハヤトは大人しくしてましたか?」
 ケイおじさんが僕の隣に座りながら、お姉さんに聞いた。そんなこと聞くまでもないのに。
「はい。とっても良い子にしてましたよ。ねぇハヤトくん」
 本人に良い子だったかどうかを聞かれても、どう答えればいいものか。
「うん」
 曖昧に返事をして、ガンガルに視線を落としたとき、ケイおじさんが興奮して言った。
「ニューガンガル・フルバーストじゃないか!」
「いいでしょ。ジェフに貰ったんだ」
 やっぱりケイおじさんはよく判ってる。ガンガルがどれだけカッコよくて、フルバーストがどれだけレアかを。
 ケイおじさんとお姉さんが、「遠かったでしょ?」とか「疲れましたけど、愉しかったです」とか話していて、僕は退屈になる。いつもは僕に「大きくなったな」とか、「宿題したか?」とか聞いてくるのに、僕には興味を示してくれない。ガンガルのフィギュアに負けた感じだ。
 次に伯父さんが話しかけたのはジェフだ。
「ところで、ジェフさんは僕になにか聞きたいことがあるとか?」
「はい。私は実際に技術者を探しています。ねえ、ここでどこまで話せますか?」
 翻訳機の変な日本語を聞いてケイおじさんが答えた。。
「へえ、翻訳機ですか? でも精度がイマイチのようですね」
 そう言うと、次は英語で話し始めた。ケイおじさんの英語も翻訳機が翻訳する。
「私は少し英語が話せるので、これは必要ありません。」
 するとジェフは嬉しそうに答えた。
「本当ですか? それは助かります・・・」
 二人が英語で直接会話をし始めたから、翻訳機が追い付かなくなった。
「・・・博士の鏡、・・・自立二足歩行、・・・最後の一人、・・・わたしの先生、・・・注文できない、・・・準教授、・・・シキシマ実験室、・・・ジャイロセンサー、・・・使用、・・・」
 
 きっとガンガル開発の相談だ。ケイおじさんがジェフに協力してあげたら、おじさんも兵器開発の関係者になってしまうのだろうか? もし、ジェフの作ったガンガルがどこかの街を破壊したら、ケイおじさんも人々から非難されるのだろうか? だとしたら、ジェフをおじさんに会わせたことは良くなかったのかもしれない。
 やがて話がまとまったみたいで、ケイおじさんが僕たちに言った。
「一度、ウチに帰ってから、僕とジェフさんは研究室に行こうと思います。ジェフさんの探しているモノが、うちの研究室でなら何とかなるかもしれないから」
 僕も行きたい。ケイおじさんを兵器開発に巻き込んでしまうのは僕にも責任がある。
「僕も一緒に行っちゃダメ?」
 ケイおじさんは優しく、でもキッパリと言った。
「ゴメン。部外者は知らない方が良さそうな内容だから。それに家でメグおばさんがケーキを焼いてハヤトが来るのを待ってるよ」
 行きたい。僕もその場に立ち会いたい。けれど、ワガママを言っている子供みたいになるのは嫌だ。それに、メグおばさんのケーキはめっちゃ美味しい。
「判った。でも帰ってきたら、僕のスピードスターも見てよ」
「OK。岡本さんもすみませんが、僕の家で待っていてもらえますか? 僕が言うのも何ですが、妻のケーキは美味しいですから」
「わかりました」
 お姉さんも素直に返事をした。ダイエットのためにサラダにしたくせにケーキは食べたいだなんて、僕のお母さんと同じだ。

『やっぱり皮がスキ 31』へつづく

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