やっぱり皮がスキ 21
H⑦
「ぼくが? ガンガルを?」
そんなこと出来るのかな? スピードスターでもコースアウトしてぶっ壊れてるのに、本物のガンガルなんて作れるのだろうか?
クルマに乗ってからもずっとその事を考えた。
もし本当にガンガルが作れたなら、どれだけスゴイことだろう。でも、ガンガルは戦争のための道具だ。僕に戦争なんて出来るだろうか?
「ねぇジェフ、ガンガルは戦争のためのロボットだよね? ガンガルを作るってことは、戦争をするということ?」
ジェフは僕の方を振り向くと、翻訳機をこちらに向けて人差し指を立てた。お姉さんが繰り返し流しているK―POPでよく聞こえなかったようだ。もう一度同じことを言ってみた。
翻訳機から出てきた言葉にじっと耳を傾けていたジェフは、少し考えてから話し始めた。
「確かに、ガンガルは武器ですが、必ずしも戦争のための道具ではありません。戦争を避けるために武器を持つことも重要です」
戦争を避けるための武器? どういうことだろう?
僕の顔を見て、ジェフは続けた。
「たとえば、ハヤトは銃を持っている人とケンカすれば勝てると思いますか?」
銃を持っている人とケンカだなんて、いきなり何を言い出すんだ。
「銃を持ってたら、ケンカじゃなくて殺されちゃうよ」
「はい、あなたは殺されるかもしれません。だからあなたは誰かを銃で殴りたくないでしょう?」
銃で殴る? なんかよく判らないけど、そんな物騒なことはなるべく避けていきたい。
「銃で撃たれるのも殴られるのも嫌だから、ケンカはしたくない」
「したがって、誰にも負けない強力な武器を持っている場合、誰も戦うことはありません。だから戦争は起こらない」
相手だけが武器を持っていれば、たしかにケンカはしたくない。だけど、トオルがガンガルで戦うのは、ジョア軍曹のズクに対抗するためだ。
「じゃあ、敵も味方も銃を持っていたら、やっぱり戦争は起こるんじゃない?」
「ええ。だから私は銃よりも強力な武器が必要です。ガンガルはまだ世界のどこにもありません」
世界で一番強い武器を持つということが、戦争を起こらなくするということだろうか?
納得しかけたところで、お姉さんが口を挟んだ。
「いかにもアメリカ人らしい話だけど、もっと単純な理由で良いんじゃない? 悪いヤツをやっつけるため、とか。相手は子供なんだし」
くそ、また子供扱いしやがって。
すかさずジェフが反論してくれた。
「そうではない、ハヤト。ガンガルは戦争中ですが、どちらが悪いですか?」
「どちらも悪くない」
そう、どちらも悪くないのだ。ジョア軍曹は地球で暮らす富裕層から見放された宇宙移住者の権利を主張するために立ち上がり、地球を攻撃した。トオルは地球の人々や自然を守るために迎え撃ったのだ。やっぱりジェフはよく判っている。それに比べて、この女ときたら何にも判っちゃいない。
「ああそうですか。でも、戦争しないために強力な兵器を作るっていうのは、なんだか矛盾している気がするなぁ」
それはそうかもしれない。銃が無ければ、人を殺すこともない。ガンガルが無ければ、第一次地球戦争はあれほど長期化することはなかったし、ズクが無ければジョア軍曹も地球を攻撃しなかったかもしれない。
するとジェフは優しい声でお姉さんに返した。翻訳機の声は相変わらず感情の無い声だけれど。
「はい。武器や軍隊を必要としない世界があれば素晴らしいと思います。しかし、それは私が私の仕事を失うことになります」
言い終えると一瞬、ジェフはハッとした顔をした。
ジェフがアメリカ軍でロボット兵器の開発をしているということは、僕とジェフとの秘密だったけど、僕がお姉さんに喋ってしまったことをジェフはまだ知らない。だから、今の一言でお姉さんにバレてしまったんじゃないかと心配したのかもしれない。
ごめん。ジェフ。
だけど、僕は何も言いだせないまま黙ってしまった。
ジェフもお姉さんも、みんな黙ってしまって、クルマの中には気まずい空気が漂った。
僕のせいだ。
しばらくして二回目の休憩に入った。草津というところらしいけど、何県かは判らない。駐車場には沢山のクルマが停まっていて、迷子になりそうだ。
「5時か。晩御飯にはちょっと早いよね。ハヤトくん、お腹空いた?」
「ぜんぜん大丈夫」
本当はちょっと空いていたけど、これ以上子供扱いされるのはイヤだ。
「わたしは少しお腹がすきました」
ジェフがそう言うと、お姉さんは嬉しそうに反応した。
「実はわたしもペコペコなんだよね。まだ先は長いし、食べちゃおうか? ハヤトくん食べれる?」
「まぁ、食べようと思えば食べられるよ」
やれやれ仕方がないなぁ、という感情を精一杯込めて答えた。
僕はラーメンにした。ジェフはカツカレー、お姉さんは唐揚げ定食。食券を買って売場に持っていくと、ラーメンではなく小さな機械を渡された。『№82』というラベルが貼ってある。僕とジェフが首を傾げていると、別の売り場に行っていたお姉さんがやって来た。
「用意が出来たらコレがブルブル震えて教えてくれるから、それまで座って待ってれば良いのよ」
ブルブル震える? 冬の朝、布団を引っ剥がされてブルブル震えているこの端末の姿を想像した。
テーブルに付いて待っていると、ジェフの『№83』の端末がジイジイ鳴り出した。なんだ、ブルブル震えるってバイブのことか。表現が古いんだよな。
ジェフがカレーを持って帰ってきたところで、僕の『№82』もバイブレーションを始めたのでそれを掴んで立ち上がると、お姉さんが「一人で持ってこれる?」と言った。また子供扱いだ。
「大丈夫」と毅然と答え、ラーメンを貰いに行く。トレーを掴んで零さないように慎重に歩いて席に戻ると、二人が笑って僕を見ていた。何が可笑しいのかさっぱり判らない。
そのときお姉さんのバイブも鳴って、「先に食べてて」と言いながら席を立った。箸を握って食べようとしたら、ジェフはまだスプーンに手を付けようともしなかった。お姉さんが帰ってくるのを待ってるのかな。目が合ったジェフは、「食べていいよ」というように手を差し出して来たけど、僕は箸を置いた。家ではみんなが揃わなくっても先に食べ始めるけど、みんなの食事が揃うまで待つのが大人のルールなのかもしれない。
お姉さんが唐揚げ定食を持って帰ってくるなり、「待っててくれたの? 食べててくれて良かったのに」と言ったので、僕は「熱いの苦手だから冷めるの待ってるの」と気の利いたことを言ってみた。
翻訳されたその言葉を聞いたジェフは、微笑みながら僕にウインクをした。やっぱりジェフは僕のことを判ってくれている。
『やっぱり皮がスキ 22』へつづく