やっぱり皮がスキ 7

J③

 イミグレーションで少し手間取ったものの、無事に入国を果たした。審査官はオレの訪問が観光目的だということを疑っていたのか、訪問予定地をしつこく訪ねてきた。おかげでオレは、毎日アキハバラで、アニメショップやメイドカフェ、アイドルシアターに通い詰めるオタクにならざるを得なかった。機内で眼を通していたアキハバラ・ガイドブックが役に立った。
 とりあえず、空港のインフォメーションで情報収集を試みた。やはりドクター・ミラーについての情報は得られなかったが、プロジェクト・ガンガルについては重要な証言が得られた。
 オダイバという場所に、実物大ガンガルを建造するプロジェクトがあり、その名もズバリ『プロジェクト・ガンガル』だったという。
 その証言に、思わず聞き返した。
「そのガンガルには、上半身もあるのか?」
 インフォメーションのプリティなジャパニーズ・ガールは、変な事を聞く外人だなと思ったに違いないが、表情には全く出さず満面の笑顔で「Certainly」と云った。

 空港からエキスプレスに乗ってシンバシまで行き、ユリカモメというモノレールのような乗り物でオダイバに到着したのはジャパン・タイムで午後四時を過ぎた頃だ。
 ダイバーフロントという名のショッピングモールに、実物大ガンガルがいるらしい。そこで改めて情報収集をすることにする。
 空港のインフォメーションでもらったマップを見ながらダイバーフロントを目指す。大きなビルが沢山あるが、どうやらあの派手なカラーリングの建物のようだ。
 さて、ガンガルはどこにいるのか。これだけ大きな建物なら、実物大でも余裕で中に納められるだろう。派手なビルを見上げながら、エントランスを探して正面と思しき方へ角を曲がると突然それは現れた。
 巨大な白い足が2本。しかも、足だけじゃない。胴体も腕も顔もある。超巨大なガンガルが、そこに屹立していた。
 カッコイイ!
 全然違うじゃねぇか、うちのプロジェクト・ガンガルと!
 やっぱ上半身があると迫力が違うなぁ。脚のサイズ感はボーディングロイドもほとんど同じだが、膝が真っ直ぐに伸びていて実にスマートだ。やっぱロボットはこうじゃないとなぁ。ちょっと写真撮っておくか。
 スマホを取り出して、あらゆる角度からガンガルの雄姿を画像に収めていった。一通り撮り終えて任務を思い出す。
 さて、誰に話しを聞けばよいか。周囲にスタッフらしき人はいないかと見廻してみると、ガンガルのロゴが入ったジャンパーを着た中年男を発見。あの人に聞いてみよう。
ポケットから高性能翻訳機(ハイパートランスレーター)を取り出し、男に近付いていく。
「ヘイ、メン、プロジェクト・ガンガルについて話を聞きたいのだけど」
 瞬時に高性能翻訳機が翻訳を開始する。
(ねえ、男性、プロジェクトガンガルについて聞きたいです)
 中年男は驚いた顔をして、「は、はい?」と答えた。
「ユーはプロジェクト・ガンガルのスタッフかい?」
(あなたはガンガル計画の役員様ですか?)
 中年男はさらに驚いた顔をして「イエーイ、全然違います」と答えた。
 何をそれほど驚くのか不思議に思いながらも、外国人にビビッているのかもしれないと、笑顔と穏やかさを心がけて続けた。
「じゃあ、スタッフに会いたいのだけど、どこに行けば会えるか知りませんか?」
(そして、あなたは役員に会いたいです。あなたはどこで会うことができるか、わかりませんか?}
 精一杯穏やかに尋ねたつもりだったのに、中年男は一段と慄いている。
「ソーリー、ソーリー、驚かせるつもりはなかったんだけど」
(ごめん、ごめん、驚くほど速いです)
 中年男は首を傾げている。なんだか、うまく伝わっていないようだ。この翻訳機、本当にハイパーなのか?
 翻訳機を睨みつけていると、男が何か話し始めたので慌てて翻訳機を翳す。
「・・・・ガンガルピットがあって、そこに行くならば、わたしは何かを知っているかもしれません」
「ガンガル・ピット?」
「いずれにしろ、これの6階に全速で進みます」
 と云い残し、中年男は全速で逃げるように去っていく。
「ありがとう」と、日本語でお礼を云う準備をしていたのに、云う間も与えず男は行ってしまった。
 とりあえず、挙動不審の中年男が云い残していったガンガル・ピットを目指すとしよう。ダイバーフロントの中に入り、全速でエスカレーターに乗り6階を目指す。6階のフロアに着くとすぐに、『GUNGAL・PIT』と書かれたサインボードが目に入った。これだ。
 そこには、数え切れないほどのプラスチック・モデルの箱が所狭しと積み上げられており、ガラスケースの中には無数のミニチュア・モデルがポーズを決めている。無論、全てがガンガルとその仲間たちであろう。よくは知らないが。
 さて、誰に話を聞けば良いのやら。周囲には沢山の男たちがいたが、ガラスケースのミニチュア・モデルを眺めているモノや、プラスチック・モデルの箱を吟味しているモノたちばかり。どうやらここはモデルショップのようだ。
 モデルショップがプロジェクト・ガンガルに関わっていたかは不明だが、あの巨大ガンガルもある意味ではモデルの一種だ。
 そこへ、士官のようなユニフォームを身に着けた若い男が通りかかった。手にはリーフレットの束を抱えている。彼なら何か知っているかもしれない。
「すみません、ちょっといいですか?」
(すみませんが、一分をもらうことができますか?)
 高性能翻訳機の音声に士官の男は怪訝な表情をしたが、すぐに笑顔になって「Please in English」と違和感のない発音で応えてくれた。すかさず、「英語、喋れるの?」と聞くと、「はい。外国からのお客様も大勢いらっしゃいますから」と事も無げに云う。
 助かる。翻訳機をポケットにしまった。
「こちらに、プロジェクト・ガンガルの関係者はいますか?」
「プロジェクト・ガンガルとは外の実物大ガンガルのプロジェクトのことですか? うちはモデルショップだから・・・あのガンガルが何か?」
 士官の男は何かの作業の途中だったにもかかわらず、面倒臭がらず丁寧に応じてくれる。さすがは『オ・モ・テ・ナ・シ』の国だ。
「その関係者の一人を探しています。ドクター・ミラーという人ですが、聞いたことありませんか?」
「えーと、わたしはパートタイマーなのでわかりませんが、店長が何か知っているかもしれないので聞いてみます。ドクターミラーですね。ミラーさんは日本人じゃないですよね?」
「いえ、日本人です。あ、こんな顔の人」
 リュックサックからサミーが書いた似顔絵を取り出した。
「こ、この人、ですか?」
 オモテナシの男も、サミーの絵にはさすがに苦笑いを隠しきれない。しかし、すぐに気を取り直し、「判りました。少々お待ちください」と答えると、抱えていたリーフレットの束をガラスケースの上に置き、代わりにサミーの絵を持ってバックヤードへ入っていった。
 それにしても、士官だと思っていた男がパートタイマーだとは。
 パートタイマーが戻ってくるまでの間、何気なく置いていったリーフレットに目をやった。何と書いてあるかは判らないが、車みたいなガンガルとその仲間たちの写真が並んでいる。こういうタイプもあるのかと、手に取って一通り眺めてから裏返してみる。裏面には色々なパーツが並んでいた。その中の一つに視線が奪われる。
 まさか、こんなところに⁉
 それは、オレたちが探しているM―RLJ(マイクロ・リングレーザージャイロ)そっくりのパーツだった。いや、しかし、米陸軍でも入手不可能なジャイロが、モデルショップのリーフレットに載っている筈がない。似ているだけで、きっと違うモノだろう。
 いや、待てよ。ペンタゴンを以てしても下半身しか作れなかったガンガルを、あれだけ見事に再現してしまう国だぞ。iPhoneのパーツだってほとんどが日本製だというし、ジャイロの1つや2つ、バーゲンセールしていても不思議じゃ無いかもな。
「お待たせしました」
 そこへ、士官のパートタイマーが戻ってきた。
「店長とたまたま来店していた本社のスタッフにも聞いてみましたが、プロジェクトメンバーにミラーさんという方がいたかどうかは判らないとのことでした」
「そうですか」
「ただ、日本人なら『ミラー』じゃなくて『ミウラ』さんかもしれませんが、ミウラさんでも知っている人はいないとの事です」
「ドクター・ミウラ?」
「日本人の名前なら、『ミラー』よりも『ミウラ』の方がメジャーです、多分。とにかく、お役に立てず申し訳ございません」
 パートタイマーは本当に申し訳なさそうな顔をした。信じられない。ビジネスでも何でもない、唐突な頼み事を果たせなかったというだけで、謝られるなんて想像もしていなかった。
「いやいや、謝らないでください。あなたは本当に好くしてくれました。ありがとうございました。ところで、コレなんですけど」
 リーフレットを一枚摘まみ上げた。
「ここに載っているパーツは、この店にもありますか?」
「いいえ、申し訳ありませんが、ここにはありません。これはガンガル・スピードスターというシリーズで、通常ここでは取り扱いしておりません。3日前まで『スピードスター・マイスター展』というイベントをやっておりまして、これはそのときのリーフレットなんです」
 なんと、3日前までここにあったのか。では、いまは何処に?
「そのイベントは、いまも何処かでやっていますか?」
「少し見せて下さい」
 パートタイマーはリーフレットを手に取ると、端の方の一点を指さした。
「これです。いまは松山です」
「マツヤマ?」
「はい。愛媛県ですね」
「そこは、どうやったら行けますか?」
「えっと、普通は飛行機だと思いますが、新幹線でも行けるかもしれません。すみません、わたし西日本にはあまり詳しくなくて・・・」
「あぁ、大丈夫です。自分で調べます。あの、これ貰ってもいいですか?」
「どうぞ。それで、松山まで行かれるのですか? ミウラさんの件はどうしますか?」
「そ、それはそれで探しますけど、急ぐ旅でもないので、ゆっくり日本の色々なところを観てこようかなと思っているので、ハハハ・・・」
 ドクター・ミウラのことを嗅ぎまわっているアメリカ人がいると噂になってもマズい。プロジェクトのことは機密事項だ。
「そうですか。それならこのビルの1階にツーリスト・インフォメーションがありますので、松山やそれ以外の場所でも案内してくれると思います」
「わかりました。色々とありがとうございました」
「いいえ、こちらこそありがとうございました」
 絶対にお礼を云わなきゃいけないのはオレの方なのに、何故パートタイマーもお礼を云うのか?
 教えてもらった通りにツーリスト・インフォメーションでマツヤマへの行き方を聞いた。やはり飛行機が一番良いようだ。こんなに小さな国の国内移動にも飛行機に乗ることになるとは思わなかった。しかし今日はもうすく日も暮れるし、フライトは明日にする。ハネダ・エアポートへアクセスの良いホテルも予約してもらい、オダイバからホテルのあるハママツチョーへの移動、ハママツチョーからハネダ・エアポートへの移動方法をしっかりと教えてもらった。
 それにしても、ミラーではなく、ミウラだったとは。サミーのヤツ、なんていい加減なんだ。

 翌朝、9:40発のANAでトーキョーを出発し、約2時間後マツヤマに到着。空港のインフォメーションでイベント会場への行き方を教えてもらう。マツシマヤというデパートメントストアの七階だという。マツヤマシのマツシマヤ? 日本語は難しい。
 エアポートバスに乗ってデパートメントストア前まで移動し、エスカレーターで7階へと上がると、あった。
『GUNGAL SpeedStar Meistar Exhibition』と書かれたサインボード。これだ。

『やっぱり皮がスキ 8』へつづく


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