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父の顔/生前覚書
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父は半身麻痺だが喋れる。
三年半前、脳出血で搬送され手術。
脳の損傷部位は広範囲にて、命の危機に瀕した。
高次脳機能障害という耳慣れぬ後遺症を担当医から知らされ、書物とネットで、知識を仕入れた。
感情の高揚、記憶の欠落、特に前者は、病になる前からの父の性格でもあり、その違いが区別出来ず、時に迷い、わたしが落ち込む羽目となった。
ようやく、諸症状を理解把握し、父本来の気性を知るわたししか出来ないことを、全力で〈と自負している、が、時に十分ではない、足りないのだと、日々惑い自責の念に囚われるも〉病院、デイケア、ホーム、交渉含め、為して来た。
つい最近の父の激昂の因:
夜中はスタッフさんが当然少ない。が、母が痛みを訴えたため、立て続けにベルを鳴らしたらしい。
※母の痛みはまた別の問題にて、現在の懸念事項であるが。
「呆けてるから、痛いと言うのだろう」的に面と向かって言われると、わたしですら空いた口が塞がらぬ。胆嚢破裂した数日間、痛みを感じず、それゆえに発見も手術も遅れた母なのだ。
痛みも食欲も、薄れる、感じないことは増えても、逆は無い。今のところ、だが。
その夜、部屋に来るなり、若い男性介護士さんが母に怒鳴ったというのだ。乱暴な口調で母の身体を動かし、罵倒したと言うのだ。
「またかぃ、ばあちゃん!いい加減にしろよ。アンタの部屋ばかりベルが鳴る、ったく!どこも悪くないやろ。痛い痛い言うても、仕方ないやろが」
(と父の言:少々脚色はあるかもしれぬ)
叱られた母は、子どもの様に、えぇんえぇんと、泣いたと、これも父の弁。
かつて入院していた精神科にせよ、現在の老人施設にせよ、目撃していない以上、「言った、言わない」「やった、やらない」の問答は不毛に続くのだ。
がーわたしが居る日中ですら、時として、荒い口調や物腰のきつい介護士さんの行為を頻繁に見かける、当然、良き方向への修正を目的として、〈喧嘩は何のメリットもなし、父母が更に悪しき境遇に貶められるだけだ〉
幾度も、工夫を、優しい物言いを・・とお願いして来た。
夜のその事件ー
父が口角泡飛ばし激怒したことは想像に難くない、理解出来る、共振したのだ、父と。
「オレに無礼なのはまだ我慢しよう。が、これを侮辱するな!これを泣かせるヤツは
絶対に許さん!!貴様、謝らんかーっ!」
と。
・・・涙が出た。
かっこよいではないですか!お父さん!
死にたい、などと、ぼやいている場合ですか、あなたを忘れないあなたの妻を守って下さいよ。
父は横暴でオレ様で、母は寡黙で従順で、ある意味、お嬢様であり、世間知らずな彼女は、夫が倒れるまで、庇護され生きて来たのだ。美しいまま童女に戻ったのだ。
老いて尚、妻に無礼を働いた相手に怒髪天になる父・・・いや、髪は少なくなったのだがw
わたしは、おおいに尊敬の念抱いたのである。
半身麻痺でなければ、本来、喧嘩上等!と買って出る父だから、
若い男性スタッフの胸倉つかみ・・・・・
う~ん、負けたかw
あまりに父の言葉が感情が素敵過ぎて・・覚書より1部抜粋