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#紅一点の魔物

その男は山に独りで住んでおりました。
ひもじくなれば、獣を狩り
凍える夜は獣の毛皮を見に纏い

春は桜を愛で
夏は木立の陰に居を移し
秋は色付く木の葉に微笑み
冬は祠を作り

何時、何処から来たのかも
忘れ
孤独を堪能しておりました。

ある日、ひたひたと人の足音が聴こえ

此のような処に
一体何者が?と
身構え振り返りました。

 薄闇に真白き顔が浮かび
草履の脱げた白足袋が目に入る。

はて どうしたものかと
悩むも
その儚げな足に魅入られて
「迷っておられるか?」と問えば
真白き顔が男を見つめ
その美しさに腰が砕けそうになりました。
「迷うておりまする」
その一言、声もが鈴の音如し。

頼りない肩に
汚れていない毛皮の羽織りを
かけますと
女は「温かいわ、有り難うございます」
とお辞儀し薄紅色の唇で笑み浮かべます。

この女は何者か
人並外れた美貌
天女か魔物か、もののけか―

ええい、構うものか
鬼であろうと蛇の化身であろうと
どうだってよい
離すものかと女を抱き寄せる。

それから幾年経ったであろうか
女は孕み子を産み落とす。

男の暮らしは一変しました。
女に美しい着物を
美味しい食べ物を
山から降りて盗み
赤子には
拐ったオナゴの乳を飲ませ

乳離れすれば
オナゴを解き放つ。


ある朝、幼な子に紙人形を持ち帰ると
子の声も気配もなく
女に問えば
「ああ、喰らうたわ。お山に女は二人要らぬわ」

艶然と微笑み言い放つ。

やはりこの女は人外のものであったか。
男は滂沱の涙を流し
紙人形を食い破る。

それから幾年重ねたか
男は老いさらばえて
横たわり
若い男達に囲まれた
出逢った日から変わらぬ女を
見つめ
その若き男らは我が息子達なのだと
溜め息こぼす。

妻となりし女は男児は喰らわず
いとおしみ育て上げ
まぐわうのだ。

紅一点の魔物

美しい……と呟き
男は絶え果てる。




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#山根あきらさん