
百人一首#百人百色
80 長からむ心も知らず黒髪の乱れて今朝はものをこそ思へ(千載集 恋 802)待賢門院堀川

この黒髪が乱れているように
わたしの心も乱れて
今朝は物思いに沈んでおります
あなたの指が狂おしく
この躯をかき抱き
髪の先から足の爪先まで撫で
その唇で舐めつくしたというのに
夜があければ
何もなかったように
身なりを整え
帰ってしまわれる
わたしは髪乱れ
千々に心も乱れ
朝の光を恨めしく思うというのに
平然と
この庵を去ってゆくあなたの背を
見つめている
昨夜の戯れは
何だったの
わたしの肉体を求めただけ?
身体に残った赤い痕跡が
熱を帯び
かくもあなたを
覚えているというのに
今宵はどなたの寝所におでましか
わたしは
あなたの
ただ独りのおんなで居たい
このような心を
漏らしたならば
終わってしまうわね
あなたは二度と来てはくれない

_嫉妬も怨みも隠し
あなたが来る夜まで
この黒髪結いて
こころも宥め
不安の日々などなかったように
振る舞ってみせるわ
**************
「あら、いらっしゃい。お久しぶりね。お仕事が忙しかったのね、お疲れ様。え? 私は変わらず元気よ。」
暖炉の火がパチパチと音を立て、部屋中に温かい光を灯す。窓の外では雪が降りしきり、静寂の世界を白く染めていた。
「何か召し上がる? 外は寒かったでしょう。温かい飲み物を召し上がれ。」
わたしは、男の為に淹れた紅茶を、丁寧にテーブルに置いた。
男は疲れた表情で深いため息をつく。
「ああ、いただくよ。忙しかったんだ。ごめんな、寂しかったろ?」
男の言葉に、胸がチリリと痛む。
…嘘つきさん。
「ううん、大丈夫。あなたこそ、お身体如何ですか?」
「まあね、喉も胃もやられっちまったよ。ストレスだろうな。」
疲れた体をソファに沈ませる男
わたしは、そっとその肩をマッサージする。
「お前のところで休ませてもらうよ。」
刹那の喜悦
わたしは安堵感に包まれる。
「お風呂のスイッチ入れるから、待っててね。」
湯船を沸かしに行く背に男の言葉。
「少し痩せたんじゃないか?」
戸惑い浮かべ男は少しだけ微笑む。
その一言に無邪気に喜ぶ振りをする。
______
薄明かりが静かに庵の格子戸を染め上げている。
その淡い光に照らされ夜の帳がゆっくりと引かれていく。
「あなたのただ独りのおんなで居たい」
この切ない願いは永遠に叶うことのない儚い夢。
また取り残されて待ち侘びる日々_
あなたの残像が、そこかしこに。
***************
………ふぅ、と、keiはペンを置く。
疲れた。
そんな女になどなるものか。
男がその髪をぐしゃぐしゃにして、悩める姿をみてみたいものだ。
不穏の日々、多情の男など、真っ平御免。
つい最近、別れた男を思い出す。
醜悪な決別。
本音を隠し、建前ばかりの頭でっかち。
プライドばかり高い男。
後悔するがいい。
東の空に向かって、毒づく。
さて、今日も今日とて、私に恋文を綴る、優しき夫の元へ帰りましょう。
「優しいだけでは、愛する資格がない。」ロマンチストを口ずさむ夫の元へ。
毎朝、「麗しいkeiちゃんへ、貴女を愛する資格を持ちたい」と繰り返す、ロマンチストの夫の元へ。
「愛してるわ、ヌーさん。」
「なぁ、keiちゃん、オレ髪が薄くなったやろ?」
「あ、ホントだ。」
「オヤジと違って、おふくろに似たんやろうか。剥げてしもたらどうしよう。」
「スキンヘッドもセクシーよ?」
なんて、他愛のない会話。
薄毛に悩む男性諸氏へ、keiよりひとこと。
髪があろうとなかろうと、構いはしないの。たった独りの女を愛せずに、どうする。ご乱心召される勿れ。
keiは、かつて燃え盛っていたような恋心を、今は静かに燃え尽きた灰のように感じている。
それは、まるで夕暮れの空に沈む太陽のように美しくも儚い。
それでも、彼女は生きていく。
夫への愛情は静かで穏やかな光のように、彼女の心を照らしてくれる。
それは、かつての激しい恋とは違う、静かで深い愛情。
彼女は、その愛情を胸に
明日もまた、夫の元へと帰っていく。