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#青ブラ文学部#世の中に片付くなんてものはほとんどありゃしない
夕暮れの薄明かりが
埃まみれの書斎に差し込む。
窓辺には古びた書棚がそびえ立ち、
その中に眠る無数の文字たちは、まるで過去の記憶の化石のようだった。
佐和子は指先で埃を払いながら
漱石の「道草」を開く
「世の中に片付くものなんてものはほとんどありゃしない。いっぺん起こったことはいつまでも続くのさ。ただ色々な形に変わるからほかにも自分にも解らなくなるだけのことさ」
夏目漱石 道草より
漱石の本のこの箇所を読んだのは幾つだったかしら。
特に心動くことなく、
若さのせいなのか
いずれ起こる災厄を知らなかったからか_
「道草」のキーワードは「片付かない」である。
これは、整理整頓の意味ではなく、
「片を付ける」、何かを「やり遂げる」という意味での
「片付ける」だ。
佐和子の悲嘆
歳月という名の波に揉まれ、幾度となく打ち砕かれながらも、それでも懸命に生き抜いてきた。
そして、その波は、彼女にとって最も大切なものを奪っていった。
愛しい娘の笑顔、それはもう二度と見ることができない。
あの日、娘が突然この世を去った時、佐和子の心は、まるでガラス細工のように砕け散ってしまった。
佐和子は部屋を見渡す。
゙綺麗に片付いたわ"
前々から断捨離は心がけては居た。
それでも捨てられないモノはあり
例えば過去に愛した男の写真、手紙。子ども達の記念写真。
成長過程、どれも大切なタカラモノだ。
我が子に起きたこと、その後の出来事、愛しい娘の救われない生を思うと、胸が張り裂けそうになる。
壊された心
清らかな10才の娘を毒牙にかけた男
お母さんに言うんじゃないぞ。
嫌われてしまうからな。
俺と約束しろ。
お前は同族だ。
この雌ぶため。
醜悪な者よ。
其れを知るのは娘が二十歳
大量出血で救急搬送された後である。
…あ、夢をみていていたのか。
娘の寝顔
佐和子は微笑み、涙を浮かべる。
その愛らしい笑顔を思い出し、胸が締め付けられる。
慟哭
瀕死の白鳥の如く、ガラスの如く、薄氷の如く儚い存在。
壊された心、清らかな10歳の娘を毒牙にかけた男。
「お母さんに言うんじゃないぞ。嫌われてしまうからな。俺と約束しろ。お前は同族だ。この雌ぶため…」
醜悪な言葉 リフレイン
思春期の娘に刷り込まれた概念
耳鳴りがする。
止まらない。
佐和子の決断
運命の糸が絡み合った複雑な模様のように、ゆっくりと、
しかし確実に、形作られていった。
「世の中に片付くものなんてものはほとんどありゃしない」
最愛の娘を守ることも出来なかったのだ。
求めたものはただ一つ_
娘の幸せ、救済。
それすら成し得なかったのだ。
薄明かりの部屋に、静かに響く言葉
「我が身を片付けるしか無いわね。たとえ地獄に堕とされようと構うものか。」
生まれて来た意味、生きる意味。
幾つもあるだろうし無いとも言える。佐和子の最愛は消え失せた。
「この世から消える。私自身を片付けるのだ」
その言葉は、静かな決意と共に、薄明かりの部屋に響き渡る。
まるで夜空に浮かぶ満月のように
静かで力強い。
この世から消える。
私自身を片付けるのだ。
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#青ブラ文学部
#世の中に片付くなんてものはほとんどありゃしない
山根あきらさん、宜しくお願い致します。