ジョグジャカルタの歴史
こんにちは。
今日のテーマは、ジョグジャカルタの歴史についてです。
ジョグジャカルタの歴史について、以下にまとめました。
①王国時代(1755年~1945年)
②独立闘争期(1945年~1949年)
③特別州時代(1950年~現在)
①王国時代(1755年~1945年)
ジョグジャカルタの歴史は1755年、ハメンク・ブウォノ1世によるンガヨジャカルタ・ハディニングラット・スルタン国の設立から始まります。1756年には王宮(クラトン)が完成し、政治の中心地となりました。1813年にはパクアラマン公国が設立され、ジョグジャカルタは二つの王国が共存する独特の統治形態を持つようになりました。この時期、ジョグジャカルタは文化の中心地として発展し、1912年にはイスラム教組織「ムハマディヤ」が結成されるなど、宗教や教育の面でも重要な役割を果たしました。約190年間続いたこの王国時代は、ジョグジャカルタの文化的アイデンティティの基礎を形成し、現在も続く伝統芸術や建築様式の多くがこの時期に確立されました。
②独立闘争期(1945年~1949年)
1945年8月17日のインドネシア独立宣言後、ジョグジャカルタは独立闘争の中心地となりました。1946年1月4日から1949年12月17日まで、ジョグジャカルタはインドネシア共和国の首都として機能し、スカルノ大統領やハッタ副大統領らが活動の拠点としました。この期間、ジョグジャカルタは外交交渉の場となり、また独立戦争の戦略的拠点としても重要な役割を果たしました。特筆すべきは1949年3月1日に行われた「6時間のジョグジャカルタ占領」で、これはインドネシア軍の戦略的成功を示し、国際社会にインドネシアの独立への意志を示す重要な出来事となりました。この4年間の闘争期は、ジョグジャカルタが「闘争の街」として知られるようになった理由であり、現在も独立記念碑や博物館などでその歴史が伝えられています。
③特別州時代(1950年~現在)
1950年、ジョグジャカルタは特別州としての地位を獲得し、スルタンが州知事を務めるという独特の統治形態が確立されました。この時期、ジョグジャカルタは教育と文化の中心地としての地位を強化し、1949年にはガジャマダ大学が設立されるなど、多くの高等教育機関が集まる「学生の街」として発展しました。また、1970年代以降は観光業も盛んになり、ボロブドゥール寺院やプランバナン寺院などの世界遺産を中心に、年間約400万人の観光客が訪れる主要な観光地となりました。文化面では、バティックやワヤンなどの伝統芸術が継承され、2009年にはユネスコ無形文化遺産に登録されるなど、文化保護にも力を入れています。現在のジョグジャカルタは、伝統と近代が共存する独特の雰囲気を持つ都市として、インドネシアの文化的シンボルとしての地位を確立しています。
以上です。それでは皆さん良い一日を。