クリュ ~
ずっと勘違いしていたことがある。
ドラマ『HERO』の主人公で、木村拓哉演じる久利生公平。
彼の名前が「くりゅう こうへい」だと、長らく思い込んでいた。
実際は「くりゅう」ではなく「くりう」だ。
ドラマを見ていると、ほとんど全員が「くりゅう」と発音しているように聞こえる。
あぁ、心配だ。
もし私が東京地検城西支部に赴いたとして。
もし私が臆さずに話に混じることができるとして。
私はきっと、耳で捉えた「くりゅう」を使うだろう。
そして、そのミスは気づかれない。
久利生本人はもちろん、松たか子も八嶋智人も、私が勘違いしていることには気がつかない。
でも、彼らの「クリュウ」には(本当はくりうだけど)という裏付けがあり、私の「クリュウ」にはそれがない。
発音上は微々たるものだが、違う。
小日向文世は気づくんじゃないかな。
「(あれ、細野くん、ひょっとして勘違いしてないかな)」
私「クリューさん、やっぱかっこいいですね!」
久利生「おぉ。」
小日向「(クリュウだと思ってるからこそ、伸ばしちゃってるよね)」
私「クリュー…………さん。やっぱ呼び捨てはできないっすよ笑」
久利生「おぉ。」
小日向「(半分「クルー」って言ってるもんね。でも僕の思い過ごしかもしれないから、放っておこう)」
そうして、しばらく泳がされて。
どっかのタイミングで俺がメモを取るんだ。
多分コンビニにパシらされる時とかに
「クリュー、焼きそばパン」みたいに走り書きしちゃうんだきっと。
それで発覚して、しばらくみんなからイジられるんだ。
「クリュ~」「クリュ~」
裏声で。
俺だけじゃなくて、久利生さんも巻き込んじゃって。
細野「くりゅ、……くりうさん。すみません、僕のせいで」
久利生「おぉ。」
多分そう言って許してくれる。
しゃくれながら、小刻みに、キムタク特有の頷きで。
心配だ。
いつからだろうか。
役名ではなく俳優の名前で、ドラマの話をするようになったのは。
記憶の一本化、単純化の表れなのだろうか。
柔軟にキャラクターとして受け止められなくなってしまったのだろうか。
そういう老いの実感も、
あるよ。
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