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ことばのお守り

メールの返信が届いた。

小学生の頃に文通を長く続けてきた友人がいたのだが、まだかまだかと返信を楽しみにしていた日々があった。届いた日にはうれしくて、でもひとりで味わいたくて、滅多にこもらない自分の部屋に向かって開封した。

その時と同じような感覚をまた味わったのだ。


大学を卒業後の進路を迷っていた。
「もっと私は勉強して、進む方向を固めたい」そう思い、すぐには働かないことを決めた。

大学院に進んでもよかったし、資格を取るために勉強するのもよかった。今考えると、この選択はかなり大きく人生を変えることになるものだった。
よくよく考えて、シャロンが言う「ワクワク」を信じて後者を選んだ。

養成所と名のつくそこは、9ヶ月で資格取得を目指してとにかく勉強する。専門学校や大学を卒業した後に、はたまた仕事を辞めたり休職をしたりと様々な背景を持ちながらも同じ資格を取るために集まったメンバーだ。選ばれし12人。

ふと訪れた青春だった。
夏の日に鎌倉まで行って、海にバーベキューにたこ煎餅。授業終わりに食べたアイス。学校の最寄駅にあるカレー屋と喫茶店。新宿の沖縄料理店。遅くまで残ったり、土日にも勉強した日々。そうだ、スーパーでお酒を買って宅飲みもしたんだった。

どう考えても楽しかった時間だ。



その養成所で大変お世話になった先生が同窓会を開くから、現在の職場と住所を教えて欲しいとのこと。近況報告も含めたメールを送った。久しぶりの連絡だった。

親身になってくださったし、たくさんお世話になったのに結果が出せずに申し訳なくて、不甲斐なくて、悔しくて、お会いできずにいたのだ。あの頃と変わらないまま、5年という月日だけが流れたのだと思っている。
それでも先生は「私の中では41期の志保ちゃんです」と、ことばをくれた。

肝心なときに頑張れないんです。
私は、何も変わらないまま、変われないまま過ごしてきちゃいました。頑張りたかったけれど、後輩には不甲斐ない背中しか見せられてないと思います。
「頑張りましたね」
そうかな、何も結果を出せなかったし。
新しい環境で、新しいことを始めても、やっぱり何者にもなれないんだと思います。
「大丈夫」
大丈夫、だいじょうぶ。そっか、だいじょうぶなのか。

私は、本当はこのことばを待っていたんだと、やっとやっと気付いた。その分野に関しては、私は全くできなかった。それでもできることは全て120%で取り組んだし、返してきたと思う。コレに関しては、この職場では恐らく私がいちばんという分野もできた。後輩を育てることも楽しかった。

頑張ってこれたから、大丈夫。

まだかな、そろそろかなと仕事帰りに届いた返信を見た。電車に乗っていることなんか、私の涙を止める理由にならなかった。

「不安なときのお守りになるメールになりました」

そう返して、やりとりを終えた。
「大丈夫」と私の顔をのぞいて、背中を支えてくれている気がした。
ことばのお守りだった。

今となっては、今のままでは、この選択が合っていたのか、そうではないのかはわからない。いい経験だったといつか思える日まで。勉強してきて良かったと思える瞬間まで。私はとにかく、ほんの少し先を照らしながら進んでいくしかないのだ。

それはことばの力だけじゃない、先生の人柄が、あたたかさが、温度があるからこそのお守りだった。

ことばで傷つけられたことが何度もある。
学校、職場、恋愛、見ず知らずの人。
その度にことばに救われて、守られてきた。
そんなお守りをくれる人たちに私はずっと憧れていて、私もそうでありたいと思っている。

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