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『良薬は口に苦し→苦いものは良薬という勘違い』の話。


「良薬は口に苦し」という諺がある。

よく効く薬は苦いが、よく病気を治す。 真心から諌めた言葉は、快く聞き入れ難いものだが、有益である。」 という意味

僕はこの諺があまり好きではない。
というよりこの諺を聞く度に複雑な気持ちになる。
「しつけ」や「教育」等は厳しい言葉を使われることが多い。
「相手のため」を想ってあえて苦い言葉を使っている。
結果自分の欠点に気づかせてくれる思いやりのある言葉である。
良薬は口に苦しを体現している。

ただこれにより厳しい意見や瞬間的に傷ついてしまう言葉でも「私の為に言ってくれた」と錯覚してしまう人がいる。
ネガティブな事を言われようとも「私の為」という自意識のせいで無理にポジティブに捉えようとしている。
ポジティブな事は良いことだ。
だがデメリットな事を無理やりポジティブに捉えるのは自分に負担をかけてはいないだろうか?

厳しいだけで中身が無い。
感情任せにぶつけてくる。
傷つく言葉ばかり。
相手のキャパシティを考えず現実を突きつける。

ちょっと待ってほしい。

「苦いものは良薬」だと思ってない?

苦いんだよ。
どれだけ良薬でも苦いんだよ。
身体が良くなると言っても苦いんだよ。
いくら良薬でも多量に飲んだら身体を壊す。
薬には適量が決まっている。
そしてそれは1人1人違う。

本当に相手のことを想うのであれば、相手の適量を知るべきだ。
助けたいのなら。
励ましたいのなら。
力になりたいのなら。

本物の薬剤と違って言葉は誰にでも扱える。
それ故にいくらでも与えることが出来てしまう。
良薬。
悪薬。
劇薬。

自分で決めることも出来るが最終的には相手の受け取り方次第である。
相手を想ってあげたものが相手を深く傷つけることもある。
だから苦い言葉が必ずしも相手の為になる訳では無いということを知っておく必要がある。
そして受け取る側も自分で考えて、やっぱり要らない・必要ないと思えば受け取る必要はない。

そういう選択が気軽に出来る社会になれば良いなと思う。


『良薬は口に苦し→苦いものは良薬という勘違い』の話でした。

最後まで読んで頂きありがとうございました。

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