見出し画像

【小説】前向きな考え方の力 第5話


 その夜に、TSUTAYAに行って、パンクロックのDVDを借りてきた。TSUTAYAなんて、たぶん数年振りくらいに入った。
店員に「いらっしゃいませ」と言われた時、妙に恥ずかしかった。
 ぼくは延々2時間、そのDVDを観た。その間、ぼくは確かに音楽を聴いていた。音楽というものがどういうものか、ぼくにはまだよく判っていないのかもしれないけど、少なくとも、それがぼくの退屈な世界を変えてくれるものだということは判った。
 その日のうちには飽き足らず、次の日の夜も観た。翌日の夜も観た。翌々日の夜も……そして1週間経った今……まだそのDVDを観続けている。1週間、毎日同じDVDを観ても、飽きなかった。
 映画の中で演奏される音楽が、ぼくの心を震わせた。パンクバンドの衣装が、ぼくの目を惹いた。ボーカルの歪んだ歌声が、ぼくの耳から入り込み、脳を刺激した。ぼくは生まれて初めて、音楽を聴くという経験をしたのだった。そしてぼくは思ったのだ。ぼくもこんな音楽を作りたい。そしてぼくもバンドを組んで、ステージに上がりたい。ぼくはぼくを取り巻く退屈な世界を変えたい! ……だけど、そう考えた時、不安が頭をもたげた。
 ぼくにはどんな音楽が作れるんだろう? バンドのメンバーを探すのだって難しいかもしれない。それに、そもそもぼくにそんな才能なんてなかったら、ぼくなんかにそんな才能があるんだろうか? そんな才能なんてなかったらどうしよう? そんな考えが頭の中に浮かんだ瞬間、ぼくは怖くなった。

 それでもカッコいい衣装を着て、みんなの前で演奏する姿を想像するだけで心が躍る。まずは、自分のスタイルを決めないと…ぼくは鏡の前で自分を見つめた。ぼくは自分の服を見た。よれよれのシャツに、穴だらけのジーンズ。オシャレでもないし、カッコよくもない。きっと誰もぼくみたいな地味な奴には興味ないに違いないと思った。
 髪型、服装、アクセサリー。どれも大事だ。音楽だけじゃなく、見た目も大きなポイントだ。自分をどう見せるかで、印象は大きく変わる。ぼくは、どうすれば目立つということで頭がいっぱいになっていた。
 頭のネットと包帯を取ってみる、傷跡はアルファベットのCを反転したように見える。誰か人が見ればCの形に見えるだろう。眉の上より額の中心で思いのほか目立った。
「よしっ」
 ぼくは自転車ですぐの所にあるドラックストアに向かった。短髪だし、節約を考慮して安いカラーリング剤を購入した。説明書通りにやった。①の液と②の液を混ぜ合わせて塗布。放置時間は10分ほどでOKのはずだったのに、換気を忘れていた。
「げっ、臭いっ」
 すぐに換気扇を回し、窓を全開にしたけど、くしゃみが止まらなくなり、ウルトラマンが、くしゃみをした!「ヘックションン!」ウルトラマンは、大きなくしゃみをした。「ヘックションン!」ウルトラマンは、大きなくしゃみをしてしまった!「ヘックションン!」ウルトラマンは、大きなくしゃみをした。「ヘックションン!」ウルトラマンは、大きなくしゃみをしてしまった!「ヘックションン!ヘックションン!ヘックションン!」ウルトラマンの鼻から、鼻水が出た!!「ヘックションン」なんとか収まったが時間を無駄にしちまった!鼻はぐずぐずになったけど、パンクヘアーをゲットした。

 鏡の前に立ち、人差し指と小指を立てて、変顔で舌を出してみる。
 ぼくは、新しい人間になったようだった。
「よしっ」
 ぼくはお気に入りのTシャツと古着のジーンズを穿いて、玄関で靴紐を結んだ。準備が整ったところで自転車に跨り、ドンキに繰り出した。
「いらっしゃいませ!」と店員の挨拶を背中で聞きながら、店内を物色した。「これなんか、いいかも!」と独り言を呟きつつ、商品を手にとっては戻しを繰り返し、大きな鼻輪を持って、レジに並んだ。
 商品を受け取り、店を出たところで、またくしゃみが止まらなくなった! ティッシュで鼻をかむ。クシャミの連発で腹筋も痛いし、涙も出てきた。
 駐輪場に停めた自転車に飛び乗り、ペダルを漕いだ。家に帰り、さっそく鏡の前に立って、髪色を変えた姿をチェックする。なかなか似合っている!ポーズをとってみる。
「んー、ぼくって案外イケてんじゃね」
 実際そう見えるだけで、ぼくのように中身が伴っていないと意味がないのだが……鼻輪をすることで、気分はすっかりパンクロッカーだ。髪型も変えたけど、この鼻輪を見たら、誰もが「あいつヤバい」と口を揃えて言うだろう。でも、そんなことは気にしない。ぼくは自分の好きなことをするだけだ!そう、それだけの、はずが穴はどうした!ピアスをする穴は!
「ああ、そうだった」
 ぼくは笑った。そうだ、ぼくには穴なんて無かったんだった。
「ふふ!ふはは!あははは!」
 思わず笑いがこみ上げる。
「はは!ははは!」
 ひとしきり笑ってみたけど、ちっとも気は晴れなかった。なんだろう、この胸のもやもやは?ぼくは考えてみる。穴が無いのは、そんなにいけないだろうか。だから、こんなに悩んでいるんだ。
「ああ!」
 ぼくは頭をかきむしる。
「うがあ!」そして、「そうだ」ネットで、ピアス、開けると検索してみる。すると、「病院」の文字がいくつも目に付いた。
 ぼくは一番上に出て来た病院をクリックしてみる。「鼻ピアス」のページと「ピアスの穴開け」のページが表示された。何々?料金表?ピアスを開ける場所や個数によって値段が違うみたいだ。
「え!こんなに違うのか!」
 思わず声が出た。ぼくは頭を抱える。そして、ぼくはある考えに思い当たった。
「そうだ!自分で開けるようにすれば良いんだ!」ぼくは早速、ネットで検索した。すると、「ピアッサー」なるものがヒットした。それと「ニードル」「安全ピン」とある。おお!これなら家にあるものでも出来そうだ!安全ピンは多分家にあるだろう。
「よし!」
 ぼくは安全ピンを何本か見つけた。「よしっ」ぼくは鼻輪の穴を開ける準備をする。そして、安全ピンを手に取った。
「これでと!」
 念には念を入れて、手のひらに人という文字を三回書いて飲み込む。
「よし、これでと!」
 ぼくは深呼吸をする。そして、安全ピンを鼻に持っていき、針を勢いよく鼻に突き刺す。ぷちっ!
「ぎゃあ!」
 思わず声が出る。あれ?でも痛くないぞ!くるくるとピンを回した。どうすべきか?正解は、抜くのか? 「まてよ!」ぼくは少し考えて、「うん!」
 ゆっくりとピンのフックを止めた。痛くない! やったー!
 鏡で自分の顔を見ると、胸が高鳴った。とうとう穴を開けたんだ!ぼくは最後の仕上げに、消毒薬を吹きかけた。そして鏡に向かって笑った。ついにぼくの鼻には、キラキラ光る安全ピンが輝いているんだ!ぼくは嬉しくなって、何度も鏡を見てしまった。
「お父さんやお母さんには、ぜったいに内緒にしなくちゃ」とぼくは言った。
「だって、きっと反対されるに決まってる」
 それからぼくは、ピアスを大事に引き出しの中にしまっておいた。そして時々それを取り出しては、眺めて楽しんだ。


 

 


いいなと思ったら応援しよう!