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別紙1b DV/性暴力被害者の私にかかわるすべての人たちに7つのお願い+α


 本来、民事・刑事事案として、差別・排除、DV(デートDV/ストーキング)、児童虐待、性暴力、いじめ、(教師や指導者などによる)体罰、ハラスメントなどの暴力(人権)事案に臨む人は、必要最低限の知識・情報について、等しく、同じレベルであることが必要である。
 しかし、日本の現実はそうではなく、ひどい状態である。
 差別・排除、DV(デートDV/ストーキング)、児童虐待、性暴力、いじめ、(教師や指導者などによる)体罰、ハラスメントなどの暴力(人権)問題は、その国の政府が、昭和23年(1948年)、国際連合で『世界人権宣言』を採択してから75年間、その対策として、どのようにとり組んできたのかが顕著に表れる(令和6年(2024)5月15日現在)。
 日本の体制は、これらの暴力(人権)問題に先進的にとり組んできた欧米諸国から50-30年ほど遅れている。
 そのため、欧米諸国では常識の人権解釈は、日本では、通じない事態を招く。
 被害者が、暴力被害を相談したり、訴えたりする警察官、弁護士、医師や看護師、行政機関の職員、子ども(本人)が通う学校園の教職員、勤務する職場の上司や同僚に留まらず、家族、友人など、被害者がかかわる人たちの「無知(知らないこと)からくる無理解」は、被害者への2次加害となり、被害者を追い詰める。
 被害者がかかわる人たちの「無知(知らないこと)からくる無理解」がもたらす被害者に対する2次加害を防ぐには、被害者と被害者にかかわるすべての人が、必要最低限の知識・情報について、等しく、同じレベルで話し合える状況、つまり、「共通言語」で話し合える状況が必要不可欠である。
 それが、必要最低限の知識・情報を「共通言語」にするアプローチである。
 被害者と被害者にかかわるすべての人が、必要最低限の知識・情報を「共通言語」とすることで、はじめて、“共通認識”に至った者たち同士が、同じテーブル(同じ土俵のもと)で、話し合うことができる。
 共通認識となる「共通言語」がなければ、学校・社会生活、仕事、治療、調停や裁判、示談交渉は上手くいかない。
 なぜなら、会話(やり取り)は成り立たないからである。
 暴力被害で心身ともに深刻なダメージを抱えている被害者には、調停や裁判、示談交渉、治療がスムーズに運ぶことは特に重要で、そのプロセスとして準備しているのが、レポート『被害の事実と後遺症、その経過』に添付する『別紙1.2.3』である。
 『別紙1.2.3』とは、『別紙1b DV/性暴力被害者の私にかかわるすべての人たちに7つのお願い+α』、『別紙2d(簡易版) 別紙2d(簡易版) DV・虐待・性暴力被害。慢性反復的トラウマ体験に起因する後遺症』、『別紙3 DV行為による恐怖。その支配の構造と仕組みと加害者の属性と特性』のことである。
 例えば、調停や裁判、示談、診察を「会議」と捉えると、参加者が、意思決定に不可欠な“共通認識”となる「共通言語」がなければ、「会議は踊る。されど進まず」の状況に陥る。
 この「踊り、進まない」とき、被害者は、警察官に、検事に、医師に、弁護士に、調停委員、医師や看護師に、福祉行政の職員に、学校園の教職員に、職場の上司や同僚に、家族に、友人に対し、受けた被害の状況を繰り返し説明(トラウマの追体験)しなければならなくなる。
 それだけでなく、その必死の説明、必死の訴えに対し、加害の否定、根拠のない反論という2次加害を受け、心が削られることも少なくない。
 被害者は、トラウマの追体験により、PTSDの侵入症状(フラッシュバックや悪夢など)、その侵入症状によりひき起こされるパニックアタックに苦しみ、このトラウマの追体験による侵入とパニックアタックは、覚醒亢進(過覚醒)を招き、わずかなトリガー(ひき金)が苛烈なトラウマ反応をもたらし、PTSDの症状は重篤化し、PTSDの併発症(合併症)としてのうつ病、パニック障害、解離性障害を発症させる。
 結果、心身どもに疲弊し、精神的に不安定となり、ときに危険な域に達することも少なくない。
 つまり、「会議を短時間で、有効な結論を導く」ために必要不可欠なのが「共通言語」であるが、重要なことは、「共通言語」となる最低限の知識・情報をすべての人に伝え、それをすべての人の「共通認識」に持って行くプロセスである。
 その「共通言語」として必要となる最低限の知識・情報をまとめたのが、『別紙1.2.3』で、「共通認識」に持って行くアプローチは『レポート(被害の事実と後遺症、その経過)』の中での「主張」となる。
 「共通言語」として必要となる最低限の知識・情報をまとめてあるという意味で、『別紙1.2.3』は、いわゆる、「教科書」「辞書(用語説明書)」的な役割を担うが、調停や裁判、示談、診察の“場”でどう戦うか(どう対応するか)のノウハウ書ではない。
 ただし、「なぜ、自身が被害を受けたことを知るまで長い時間を要したのか?」、「なぜ、直ぐに被害を訴えなかったか?」、「なぜ、加害者と直ぐに別れなかったのか?」などの2次加害となり得る“疑問”に対し、明確に応えたり、「加害者が親権を持ったり、監護権者の指定を受けたりすることは認められない。」、「加害者である親と子どもを会わせたり、一緒に過ごさせたりする((面会交流を実施する))ことはできない。」などと主張する根拠を示す武器になる。
 そして、『別紙1.2.3』は、『レポート(被害の事実と後遺症、その経過)』を補完する位置づけなので、文言を含めて、すべて被害者の視点で代弁している。

* このレポート『別紙1b DV/性暴力被害者の私にかかわるすべての人たちに7つのお願い+α』に加え、『別紙2d(簡易版) 別紙2d(簡易版) DV・虐待・性暴力被害。慢性反復的トラウマ体験に起因する後遺症』は、被害者が、刑事事件や民事事件に臨むだけではなく、行為層の治療にあたる医師、福祉行政窓口の職員、被害者の伴走者となり得る父母、きょうだい、配偶者・交際相手(レイプなどの性暴力事案)、友人、上司や同僚、教師などに被害と被害の後遺症を理解してもらううえで、重要な役割を果たします。


1.DV/虐待/性暴力被害者の私にかかわるすべての人たちに7つのお願い 
2.女性と子どもが人権を獲得するまでの遠い道のり
3.性暴力被害(性的虐待を含む)の実情
 (1) 13人に1人、8人に1人
 (2) 1人と380人
 (3) 交際相手・配偶者からのDV行為としての「性的暴力」
 (4) 避妊に応じず、間違った避妊法で妊娠、膨大な中絶数の実態
 (5) 望まない妊娠
 (6) 性的搾取/児童ポルノへの問題意識が極端に低い日本社会
4.相談し難く、助けを求めると2次加害にあう日本の現実
 (1) セクシュアルハラスメント
 (2) 痴漢
 (3) DV(デートDV)・ストーキング
 (4) 性的虐待・レイプ
 (5) 児童虐待
 (6) ♯Me Tooで声をあげ、調査が実施されデータが公開
5.レイプ神話



1.DV/虐待/性暴力被害者の私にかかわるすべての人たちに7つのお願い
 日本では、他の先進諸国に比べて、「心が傷ついたといっても、見えないから、わからない。気持ちの問題だろ!」、「随分時間が経ったんだから、いい加減、忘れなさい(立ち直りなさい)!」などと“精神論”“根性論”で語り、本気で、精神論、根性論の「気持ちでなんとかなる(できる)と思っている人が圧倒的に多い」という哀しい現実がある。
 特に、日本社会は、明治29年(1896年)、明治政府のもとでの軍国化(国民皆兵、富国強兵)と深くかかわる「親権行為」としての「子どもを懲戒する権利(懲戒権/民法822条)」を制定してから令和4年(2022年)10月14日に削除するまでの126年間、5-6世代の子育てで「しつけ(教育)と称する体罰」があたり前のように加えられてきた事実が存在することから、いまだに、この「懲戒権」に起因する“精神論”“根性論”で語る人が圧倒的に多いという深刻な問題を抱える。
 DV(デートDV)や性暴力、児童虐待の被害者に対して、“精神論”“根性論”を持ちだすなど、暴力被害によるダメージ・後遺症を認めない価値観を持ちだしたり、暴力被害によるダメージ・後遺症を知識として知らないこと(無知)に起因する無理解な発言をしたりする行為は、偏見、差別を生み、2次加害・3次加害となって、DV(デートDV)や性暴力、児童虐待の被害者を追い詰めている。
 「無知(知らないこと)からくる無理解」「事実を頑なに認めない思考習慣」が生みだす“偏見”や“差別”という暴力(人権侵害)行為は、時には、自死を選択させるほど、暴力被害者を徹底的に追い詰める。
 暴力を加えられた被害差の心労(後遺症の発症を含む)について、精神論、根性論で片づけてしまったり、ステレオタイプとして学んだ保守的な価値観を持ちだしたり、人づてに聞いた話を鵜呑みにしてしまったりせずに、科学的(医学的)な知識やデータにもとづき、「正しくに知る」ことがなにより重要である。
 「正しく知る」ことは、時に、これまで正しいと信じていたこと、これまで信じてきた規範、価値観を根底から覆すことになり(パラダイムシフト)、簡単には、受け入れられないかも知れない。
 人は、信じてきた規範、価値観を正しくない、間違いと指摘されると、激しく抵抗する。
 それでも、DV(デートDV)や性暴力、児童虐待の被害にあった当事者の“これから”の回復のためには、当事者はいうまでもなく、当事者とかかわるすべての人には、受け入れていただく必要がある。
 直ぐに受け入れられなくとも、まずは、知ろうとする、理解しようとする姿勢を持っていただきたい。

 では、この『別紙1』のメインテーマである「DV/虐待/性暴力被害者の私にかかわるすべての人たちに7つのお願い」について述べる。


1.暴力を受けた被害者に対し、「時間がすべてを癒してくれる。」、「すぐによい方向にむかうよ。」といった耳触りがよく、楽観的なことばは、その後の暴力被害者の人生に、多くの悪影響を及ぼすことになることを知ってください。

2.多くの暴力被害者が、暴力による心の傷を長い間ひきずり、もがき続けていることそのものに強いストレスを抱えていることを知ってください。
 そして、

3.多くの暴力被害者は、その苦しみの原因が起きたのが、まるで、昨日のように感じていることを知ってください。

4.多くの暴力被害者は、逆境を乗り越え、立ち直るのに必要なサポートを受けなければ、時間が過ぎてもなお、苦しみ続けることになることを知ってください。
 つまり、「時間は、解決しない」ことを知ってください。

 2016年(平成28年)、米心理科学会誌『Perspectives of Psychological Science(心理科学の視点)』に掲載されたアリゾナ州立大学の研究チームによる研究では、「人には、それほどの自然治癒力はなく、自然災害や長期の失業など、人生を変えるようなできごとを経験した場合、回復するまでに予想以上の時間がかかる可能性がある。」、「人生にストレスをもたらす要因は、健康状態を大幅に悪化させることがあり、その状態は、数年にわたって続くこともあり得る。」とし、「時間が人を癒す効果はない」としている。
 いまだに、精神論、根性論を支持する人が圧倒的に多い日本社会では、「ほとんどの人には、回復力がある」、「時間が解決してくれる」と信じていることは、多くの暴力被害者が、より効果的な回復に必要な支援につながることを妨げている。
 東日本大震災後の平成25年(2013年)4月以降、福島県相馬市で2,000人以上の被災者の診察を続けていた蟻塚亮二医師は、戦後68年経った平成25年(2013年)、日本で唯一地上戦が繰り広げられた「沖縄戦」の体験が、胎児を含めた各世代がのちに統合失調症やうつ病、不安や不眠をひき起こすとした「晩発性PTSD」の研究結果をまとめた。
 蟻塚医師は、平成25年(2013年)4月に福島県南相馬に赴任する前、沖縄の病院で精神科医として9年間勤務していた。
 そのとき、「終戦時に幼少で、敗戦後68年経過した高齢者359人(平均年齢82歳/当時の平均年齢14歳)を対象に調べた結果、141人(39.28%)にPTSDの症状が認められた」と報告した。
 それまで、沖縄の高齢患者が一般的なうつ病と診断されていたのは、「入眠困難(眠りに入れない)」や「中途覚醒(夜中に目が覚める)」という不眠ではなく、「夜中に何度も目が覚める不規則なタイプ」であったからである。
 しかし、蟻塚医師は、不眠以外の症状を丹念に聴いていった結果、一般的なうつ病ではないと考えるようになった。
 このとき、蟻塚医師が見つけたのは、アウシュビッツ収容所からの生還者の精神状態を調査した米国の研究者の論文であった。
 その論文に紹介されている「奇妙な不眠と酷似する症例」を体験したことが、調査にとり組むきっかけとなった。
 その結果、この調査まで一般的なうつ病と診断されていた沖縄の高齢患者の多くが、「沖縄戦に伴うPTSD」であることが次々に判明したのである。
 判明したのは、「沖縄戦」から68年後のことである。
 この調査結果は、戦争・震災、DV(デートDV)、児童虐待、性暴力、いじめ、(教師や指導者などによる)体罰、ハラスメントなどの暴力(人権侵害)行為で心的外傷(トラウマ)を負った人は、ⅰ)早期に適切な治療を開始して、ⅱ)逆境を乗り越え、立ち直るのに必要なサポートを受けなければ、時間が過ぎてもなお、苦しみ続ける、つまり、「時間は、解決しない」ことを裏づけている。
 続けて、2007年(平成19年)、ニューヨーク州立大学のシェン氏が、『ネイチャー・ニューロサイエンス誌』に発表した重要な指摘がある。
 それは、「ストレス耐性」が、大人の脳(青年期後期(18-22歳)以降)と10歳代の脳で、顕著な違いを示すことである。
 人は、ストレスを感じると、脳内で「THPホルモン」が分泌される*1。
 この「THPホルモン」は、不安を抑えるブレーキの役割を果たす。
 しかし、10歳代の脳では、「THPホルモン」は逆にアクセルとなり、不安を増幅させてしまう。
 日本における15-19歳、20-24歳の死因の原因の第1位は「自殺」で、第2位が不慮の事故、25-29歳、30-34歳、35-39歳も死因の第1位は「自殺」で、第2位は癌である。
 幼少期、長期間、慢性反復的な被虐待体験をしてきた人が、思春期後期(12-15歳)、青年期(前期15-18歳/後者18-22歳)に達したり、この時期に暴力被害を受けたりした人は、「時間が解決するどころか、その時間の経過とともに、自死に至るリスクが高くなる」のである。
 子どものときに虐待を受け、その結果、あたり前のように死ぬ現実がある中で、生き残って成人に達した人たちのことを「アダルト・サバイバー(adult survivors)」という。
 つまり、「アダルト・サバイバー」とは、長期間、慢性反復的(常態的、日常的な)な被虐待体験をしてきた中で、なんとか生きて、思春期、青年期を経て、成人期に達しながらも、かつての心的外傷(トラウマ)体験の影響を心身に色濃く残している人々のことである。
 同様に、DV(デートDV)、レイプなどの性暴力などの暴力被害後、その後遺症に苦しみながらも、日々の生活をしている人たちを「サバイバー」という。
 「時間が解決する前に、自死に至るリスクが高くなる」こと、「なんとか生き続けていても(時間が経っても)、苦しみは、消えない」ことを知ってください。

*1 恐怖、脅威を覚え、ストレス(圧力、抑圧)を受けたとき、ASD(急性ストレス障害)、PTSD(心的外傷後ストレス障害)、その併発症としてのうつ病などを発症するメカニズム、その症状の数々、長期間、慢性反復的(常態的、日常的)な被虐待体験をしてきて、トラウマが固着してC-PTSD(複雑性心的外傷後ストレス障害)を発症したときのその症状と傾向(障害)の数々については、『別紙2d(簡易版))』で詳述しています。
 加えて、

5.「このころまでに回復している」との時間枠を定めるのは、危険な行為であることを知ってください。
 暴力被害者がなかなか回復しないと感じたとき、自分自身を厳しく批判してしまう可能性が非常に高くなり、また、同じような体験をした人たちも長期にわたって苦しんでいることに対しても共感できなくなってしまう危険性がある。
 回復力(レジリエンス)を高めるために、計画的なサポートを受けることで、現実的に考え、感情をコントロールし、生産的な行動を心がけることが、困難を乗り越え、回復することに向けての“鍵”となり、結果として、あらゆるストレス要因に対しての抵抗力を高めることができる。
 このことが、暴力被害者の心の傷を癒す能力を高めることを知ってください。

6.適切な治療と適切なサポートを受ける機会を逸した暴力被害者の多くは、暴力による心の傷を長い間ひきずり、もがき続けていることそのものにさえ強いストレスがかかることを知ってください。
 アメリカ合衆国オレゴン州のビルズボロ警察が、「DV被害を受けている職員のうち74%が、仕事中に加害者からハラスメントを受けている」、「DV被害者の28%が仕事を早退したことがある」、「DV被害者の56%が仕事に遅刻したことがある」、「DV被害者の96%が、その暴力・虐待行為によって仕事に支障をきたした経験がある」と、DV(デートDV)被害が、DV被害者の仕事の効果性や効率性を損なうなど、職場においてもDV被害の影響が及んでいる状況をまとめている。
 日本社会では、職場における社員、学校における生徒・学生のDV(デートDV)被害、児童虐待被害、性暴力被害の影響に対する意識は、皆無といえる。
 差別・排除、DV(デートDV)、児童虐待、性暴力、いじめ、(教師や指導者などによる)体罰、ハラスメントなど暴力(人的侵害)被害による「心的外傷後ストレス障害(以下、PTSD)」、「うつ病」、「パニック障害」の発症は、“法律関連版”の『別紙3』で述べているように、「傷害罪(刑法204条)」を適用できる「加療を要する傷害を負う」もので、その精神的苦痛は、非常に重い。
 差別・排除、DV(デートDV)、性暴力、いじめ、(教師や指導者などによる)体罰、ハラスメントなど暴力(人権侵害)被害による後遺症としてのPTSDやうつ病、パニック障害の発症は、勉強や仕事のパフォーマンスを著しく低下させ、家族、友人、教師、同僚、上司などとの対人関係を壊しかねない。
 『別紙2』の「1.PTSDの症状(解説)」「2.被虐待体験、慢性反復的な暴力被害による脳の傷の視覚化(解説)」「3.虐待被害が子どもの心身の成長に与えるダメージ 」「4.面前DV=心理的虐待被害を受けた子どもの心身のダメージ」「5.C-PTSD、解離性障害(解説)」「6.アダルト・チルドレン。思春期・青年期の訪れとともに」のそれぞれの章で詳述しているように、慢性反復的(常態的)なトラウマ体験となるア)交際相手や配偶者、親、近親者による「同意のない性行為、意に反する性行為の強要、望まない性行為の強要」や「性的虐待」、イ)面前DV=心理的虐待、ウ)DV(デートDV)、エ)いじめ、オ)(教師や指導者などによる)体罰、カ)ハラスメントなど暴力(人権侵害)被害は、後遺症として、うつ症状やパニック症状を伴う「PTSD」の発症、「解離性障害」、「不安障害」、「適応障害」、「うつ病」の発症、「身体化障害」として、頭痛、背部痛などの「慢性疼痛」、「食欲不振」や「体重減少」、「機能性消化器疾患」、「高血圧」、「免疫状態の低下」の症状をもたらし、「自殺傾向」を示す。
 DV(デートDV)、児童虐待、性暴力などの被害者の多くは、こうした後遺症に長く苦しみ続け、学校に通学できなくなったり、仕事を続けられなくなったり、職に就くことができなかったりする問題と直結する。


7.暴力被害者が、適切な治療と適切なサポートを受けるためには、安全で、安心できる環境が必要不可欠であることを知ってください。
 暴力被害者にとって、安全で、安心できる環境は、暴力被害者の回復を信じて、適切な距離感で見守られていることである。
 距離が近すぎると、ときに脅威と感じる。
 不安が強まり、苛立ち、怒りをぶつける。
 頼り切ると、なにもできない自分が情けなく、申し訳なさで消えたい(死にたい)衝動に襲われる。
 距離が遠すぎると、見放されていると感じ、孤立感が強まる。
 自暴自棄に陥り、自傷行為、依存行為に走るリスクが高まる。
 近すぎず、遠すぎず、加減のいい適度な距離感が必要である。
 加減のいい適度な距離感は、暴力被害者抜きで判断することなく、暴力被害者の意志を尊重することが重要である。
 そして、暴力被害者に「加減のいい適度な距離感で接する」ことは、簡単なことではないことを知ってください。
 特に、暴力被害者と「加減のいい適度な距離感で接する」ことを求められる、暴力被害を受けた当事者とかかわるすべての人は、被害者の伴走者の一役を担うことを知ってください。
 暴力被害者は、安全で、安心できる環境で、長期間にわたるPTSD、その併発症としてのうつ病などの治療に加え、伴走者といえる理解者のサポートを必要としている。
 暴力被害者の伴走者には、専門的な知識と幾つかのトレーニングが必要となる。
 重要なこととして、長期間にわたるPTSDと、その併発症のうつ病の治療にかかる「治療費」は、暴力被害者のこれからの人生に大きな負担になることを知ってください。

 暴力被害者が、暴力被害を相談したり、訴えたりする警察官、弁護士、医師や看護師、行政機関の職員、子ども(本人)が通う学校園の教職員、勤務する職場の上司や同僚に留まらず、家族、友人など、暴力被害者がかかわる人たちが、「しつけ(教育)と称する体罰(身体的虐待)」の背景に潜む「精神論」「根性論」を支持し、家父長制を背景とする儒教思想的道徳観「女性の幸せは、結婚し、子どもを持ち、父母に孝行することであり、子どもにとっての幸せは、たとえ、暴力のある家庭環境(機能不全家庭)であっても、両親の下で育ち、両親を敬い、孝行することである」という保守的な価値観であったり、暴力(人権侵害)行為とその暴力による後遺症に対して、必用不可欠で、必要最低限の正しい知識を得ていなかったりするとき、暴力被害者の訴え(声)に「無理解」で、その「無理解」から発せられることばは、暴力被害者への2次加害となり、結果、暴力被害者を追い詰める。
 性別、年齢、職業に関係なく、「懲戒」、つまり、「しつけ(教育)と称する体罰(身体的虐待)」の背景に潜む「精神論」「根性論」を支持し、家父長制を背景とする儒教思想的道徳観(保守的な価値観)の人は、暴力被害者が訴える日々の生き難さ、後遺症のツラさ、苦しさ、被害を受けたやるせなさ、嘆きなどに対して無理解で、負け組み、根性なし、弱いとレッテルを貼り、暴力被害そのものを矮小化、歪曲化しやすい傾向がある。
 暴力被害者が、こうした保守的な価値観の人に被害を相談したり、被害を訴えたいと述べたりすると、「がまんし、耐える」こと、「忘れて、前向きになる」ことを進めてきたり、「いつまで、…、早く忘れなさい。」とツラさ、苦しみに無理解なことばを伴い、非難したりする可能性が高くなる。
 日本では、保守的な価値観を支持する人の多くは、自身が儒教的道徳観にもとづく保守であること、また、自身のこうした発言が暴力被害者を傷つけていることに対し、無自覚である。
 しかも、暴力被害者が相談した人が、暴力被害者に寄り添う姿勢を示す人であっても、暴力被害の心身に及ぶ後遺症について精通しているとは限らない。
 つまり、日本では、暴力被害者に対し、ⅰ)暴力被害者のツラさ、苦しみ、哀しみ、やるせなさを理解し、ⅱ)暴力被害者の声(訴え)に耳を傾け、寄り添い、しかも、ⅲ)法律、支援制度に加え、ⅳ)心身に及ぶ後遺症などの知識に精通している人に、暴力被害者が相談できる確率は、かなり低いという深刻な問題も存在する。
 こうした日本の状況下で多発している「暴力被害者の訴え(声)に無理解な人による上記のような言動」は、暴力被害者にとって、ナイフで突き刺すような2次加害となり、激しいトラウマ反応をもたらすトリガーとなる。
 激しいトラウマ反応とは、いうまでもなくPTSDの主症状に加え、その主症状を起因とする身体反応(パニックアタック(パニック発作))のことである。
 加えて、暴力被害者が、弁護士、医師、相談機関の職員などに、被害や心身の状況を繰り返し話すことも、暴力被害者にとって、激しいトラウマ反応をもたらすトリガーとなる。
 日本では、漸く、上限年齢14-15歳の子どもが対象となる「司法面接」が広まってきた。 
 しかし、世界に先駆けて「司法面接」を実施し、1992年(平成4年)に『ガイドライン』を示し、その後の改正で対象年齢をひき上げ、いまでは、成人であっても、障害があるなどで繰り返し面接を行うことが困難なときには「司法面接」を実施できるイギリスとは異なり、日本の「司法面接」の対象は、あくまでも上限年齢14-15歳の子どもである。
 そのため、日本では、ア)被害を相談する行政機関の職員、イ)弁護士、ウ)被害を訴える警察署の警察官、エ)地方検察庁の検事、オ)離婚や監護者指定の審判では調停委員や裁判所調査官というように、幾度も繰り返し聴取されたり、被害を訴えたりすることになり、そうした“面会”が10回を超えることも少なくない。
 この事実は、暴力被害者を心身ともに疲弊させ、PTSDなどの後遺症を発症しているときには、その治療に影響を及ぼし、その後の予後に深刻な影響をもたらしている。


2.女性と子どもが人権を獲得するまでの遠い道のり 
 アメリカではじまった女性の解放運動の中で、DV問題が社会問題となった。
 建国後、先住民族を虐殺するなど血みどろの歴史を抱えるアメリカ合衆国における女性や子どもへの暴力や黒人など人種差別の根絶を目指すとり組みのきっかけは、「ベトナム戦争(1960年代初頭から1975年4月30日)」である。
 先住民族を虐殺するなど血みどろのアメリカの歴史、つまり、迫害、虐殺された人々(民族・人種)の子孫と移民が、貧困、アルコール依存、DV、レイプといったアメリカが抱える社会病理のひとつの背景となっている。
 そのアメリカでは、ベトナム戦争が長引き、泥沼化する中で、反戦運動や女性の開放運動が盛んになった。
 女性の開放運動の中で、女性解放運動家たちが、DV(ドメスティック・バイオレンス)ということばをはじめて使った。
 当時のアメリカでは、親しい男女間の暴力は、個人の問題であり、社会問題、人権問題といった意識はなかった。
 なぜなら、社会的な背景として、「男だから女性への暴力は、許される」、「女性は、男性の暴力に耐えなければならない」、「親の子どもへの暴力は、許される」といった暴力行為を正当化しようとする考え方が世代間で受け継がれてきたからである。
 ここには、アメリカの“保守基盤”である「キリスト教的家族主義」の信仰が大きく関連している。
 こうした中、女性解放運動家たちは、「緊急一時避難所(シェルター)を被害者に提供した」ことに端を発して、アメリカでのDV活動がはじまった。
 1990年代になり、漸く、「DVとは、女性の基本的人権を脅かす重大な犯罪である」と認識されるようになった。
 ここに至るまで、実に、20数年の歳月を要している。
 いまから37年前の1986年(昭和61年)、合衆国最高裁判所は、ヴィンソン対メリター・セービングス・バンクの裁判で、「セクシュアルハラスメント行為が人権法に違反する性差別である」とはじめて認めた(令和5年(2023年)12月25日現在)。
 1989年(平成元年)には、北米の炭鉱でセクシュアルハラスメント行為に対する労働者による集団訴訟で勝訴し、「性的迫害から女性を守る規定」を勝ちとり、その後、全米の企業に、「セクシュアルハラスメント防止策の制定」「産休の保障」などが適用されることになった。
 いまから30年前、国際連合(以下、国連)の総会で、『女性差別撤廃条約((女子に対するあらゆる形態の差別の撤廃に関する条約))』が採択されてから15年経過した1993年(平成5年)、ウィーンでの世界人権会議で「女性に対する暴力は人権侵害である」と決議されたのを受けて、同年12月、国連総会で、『女性に対する暴力の撤廃に関する宣言(女性への暴力撤廃宣言)』が採択された(令和5年(2023年)12月25日現在)。
 この「女性に対する暴力」には、夫やパートナーからの暴力、性犯罪、売買春、セクシュアルハラスメント、ストーカー行為の他、女児への性的虐待も含まれる。
 「女性への暴力撤廃宣言」が国連総会で採択された6年後の1999年(平成11年)12月、国連総会は、「11月25日」を「女性に対する暴力撤廃国際日」と定めた。
 それから、18年経過した2017年(平成29年)、性暴力被害者支援の草の根活動のスローガンとしてはじまった「♯Mee Too」は、同年10月5日、ニューヨーク・タイムズが、性的虐待疑惑のあった映画プロデューサーのヴェイ・ワインスタインによる数十年に及ぶセクシュアルハラスメントを告発したことをきっかけに、世界中に広まった。
 この気が遠くなるほどの長い間、DV(デートDV)被害者、児童虐待、性暴力被害者たちの声(訴え)は、社会に、多くの人たち(特に男性)に黙殺されてきた。
 その間、女性は、一歩一歩、一つひとつ、暴力被害から身を守る権利を勝ちとってきた。
 この性暴力被害者の「♯Me Too」は、日本にも大きな変化をもたらした。
 歴代の日本政府は、国際連合の『女性差別撤廃条約』『子どもの権利条約(児童の権利に関する条約)』などの『人権条約』の批准・締結国として、これらの『人権条約』の「委員会」から繰り返し受けた是正勧告に対し、積極的な対応を見せてこなかった。
 この「♯Me Too運動」をきっかけに、世界各国で表面化した性暴力事件の数々は、「欧州評議会(CoE)」が、2018年(平成30年)4月、『イスタンブール条約(女性に対する暴力と家庭内暴力の防止と撲滅に関する条約)』を締結し、性暴力を「同意にもとづかない性的行為」と規定し、加盟国に対し、「強制性交の定義を見直すように」と処罰化を呼び掛けるなど、国連の各人権委員会からの是正勧告を受けていた国々に大きな影響を及ぼしていった。
 こうした国際的な一連の流れを受けて、日本政府も各人権委員会から繰り返し受けてきた是正勧告に応じざるを得ない状況になった。
 たとえ骨抜きで、不備だらけであっても、平成29年(2017年)以降、以下のような「女性と子どもに対する暴力」に関連する法律の改正、新法の制定が続くことになった。
 第1は、性暴力(性犯罪)に関するものである。
 令和5年(2023年)6月16日の参議院本会議で、平成29年(2017年)6月2日の110年ぶりの「刑法改正(性犯罪を厳罰化)」が行われたのにひき続き、「刑法改正(性犯罪規定の見直し)」が可決、成立した。
 110年ぶりの「刑法改正(性犯罪を厳罰化)」では、「強姦罪(刑法177条)」が「強制性交等罪」に変更、「監護者性交等罪(同179条2項)」を新設した一方で、「性交同意年齢の変更」、レイプ要件の「不同意性交」を見送った。
 「性犯罪規定の見直し」は、主に、「性犯罪の厳罰化」の法改正で見送られた「性交同意年齢」の変更、「強制性交等罪(刑法177条)」から「不同意性交等罪」への変更、「性的姿態撮影罪」の新設などで、同年7月13日に施行となった。
 しかし、「女性差別撤廃委員会」から勧告され、議論がされていながら、「性交同意年齢の変更」、レイプ要件の「不同意性交(暴行や脅迫要件の撤廃)」を見送ったことで、この6年間、「適用条件に該当しない」として、性暴力被害者が泣き寝入りを余儀なくされた性暴力事件は、日本政府の姿勢次第で防げたことになる。
 第2は、職場などでのセクシャルハラスメント、性暴力に関するものである。
 昭和60年(1985年)5月に制定された『男女雇用機会均等法』は、ア)平成11年(1999年)4月、「女性労働者に対するセクシュアルハラスメント(セクハラ)防止のための配慮義務」を盛り込み、イ)同18年(2007年)4月、「男女労働者に対するセクハラ防止の措置義務」の改正に続き、「マタニティハラスメント(マタハラ)防止の措置義務」が追加され、ウ)令和元年(2019年)6月5日、『女性の職業生活における活躍の推進等に関する法律等の一部を改正する法律』が公布され、エ)令和2年(2020年)6月1日、『労働施策総合推進法(労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律;パワハラ防止法)』、『男女雇用機会均等法及び育児・介護休業法』が改正され、そして、オ)令和3年(2021年)5月、『教員による児童生徒性暴力防止法』が制定され、令和4年(2022年)6月、『児童福祉法』の一部が改正された。
 しかし、パワーハラスメント、セクシュアルハラスメント被害を勤務する職場で認定したとしても、その加害者は、被害者が警察に「被害届」「告訴状」を提出し、事件化されなければ、『刑法』の適用を受けることはない。
 これらの「法改正」は、「女性差別撤廃委員会」が、締結国の日本政府に対しての是正勧告(被害者の告訴を性暴力犯罪の訴追要件とすることを刑法から撤廃すること)には、とり組んでいない。
 第3は、DV(デートDV)とストーキング対策に関するものである。
 令和3年(2021年)5月26日、『ストーカー規制法(ストーカー行為等の規制に関する法律)』の一部法改正が成立、同年6月15日施行し、令和5年(2023年)5月12日、『配偶者暴力防止法(配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護等に関する法律)』の法改正が成立し、同改正法は、一部を除き令和6年(2024年)4月1日に施行となる。
 『配偶者暴力防止法』について、「女性差別撤廃委員会」は、平成13年(2001年)4月に同法が制定されたわずか2年4ヶ月後の同15年(2003年)8月に、締結国である日本政府に対し、「ドメスティック・バイオレンスを含む女性に対する暴力の問題に対し、女性に対する人権の侵害としてとり組む努力を強化すること」、「『配偶者暴力防止法』を拡大し、様々な形態の暴力を含めること」と是正勧告を示したが、20年経過した今回の法改正においても勧告に対応することなく、骨抜きで、不備だらけのままである。
 その中でも、致命的な問題点が2つある。
 ひとつは、『配偶者暴力防止法』第二条の三にもとづいて作成される『都道府県(市町含む)基本計画』の中で、「配偶暴力防止法で対象とする暴力として、身体的暴力、性的暴力、精神的暴力(社会的隔離、子どもを利用した精神的暴力を含む)、経済的暴力がある」と“規定”していることと、同法に準じて、地方裁判所に申立て発令される「保護命令」と、女性センター長、警察署長名で決定する「一時保護」の対象となる暴力の“規定”が異なることである。
 『都道府県(市町含む)基本計画』にもとづき、防止啓発活動として作成される「リーフレット(パンフレット)」では、「具体例をあげてDV行為を説明したうえで、『配偶者暴力防止法』による“一時保護”の決定、“保護命令”の発令の仕組みを伝え、最後に、「どのような理由があっても暴力は犯罪です。悪いのは暴力を振るう側です。一人で抱え込まず、相談してください。」と記述しているにもかかわらず、DV被害者が相談窓口を訪れ、「苦しくて、もう耐えられない」と訴えた「(命の危険性がないと判断される)身体的暴力」「精神的暴力」「性的暴力」に対し、担当職員から「保護命令をだせないし、一時保護の対象にもならない。」とにべもない対応をされる。
 つまり、DV被害支援の現場では、「このような行為がDVに該当する」と広報(防止啓発活動)している一方で、DV被害者が意を決し、窓口を訪れて助けを求めると「一部の身体的暴力、精神的暴力、性的暴力は保護対象にはならない。」と応じている。
 結果、藁にもすがる思いで、「ここに行けば、助けてもらえる」と相談に訪れたDV被害者は、一転して、「誰にも助けてもらえない。」と打ちのめされる。
 歴代の日本政府は、22年間にわたり、この「いっていることとやっていること(啓発と支援の実施)がまったく違う二枚舌の状況」を放置したままで、相談に訪れるDV被害者に混乱と絶望を覚えさせている。
 もうひとつは、日本政府は、2度の刑法改正(性犯罪の厳格化、性犯罪規定の見直し)に至りながら、「DV行為としての性的暴力」について、『配偶者暴力防止法』による“一時保護”の決定、“保護命令”の発令の対象にしないことである。
 「同居している交際相手や配偶者からのレイプ(同意のない性行為、意に反する性行為)」は、「レイプ被害者が、レイプ被害後に、レイプ加害者が暮らす家で、生活をともにしなければならない」、「しかも、その家から逃げない限り、繰り返しレイプ被害を受ける」という想像を絶する過酷な状況を強いられることを意味する。
 この想像を絶するほど過酷な「DV行為としての性的暴力」は、DV被害者の「身体に重大な危害を受ける怖れ」、「心身に重大な危害を受ける怖れ」のある暴力行為以外のなにものでもない。
 しかし、いまだに、家父長制を背景とする儒教思想にもとづく道徳観(保守的な価値観)の「女性の幸せは、結婚し、子どもを持ち、父母に孝行することであり、子どもにとっての幸せは、たとえ、暴力のある家庭環境(機能不全家庭)であっても、両親の下で育ち、両親を敬い、孝行することである」を支持する人が圧倒的に多い日本社会では、「交際相手や配偶者が性行為を求めてきたら、応じなければならない(求めたら、応じるのが当然だ)」とのステレオタイプ的な固定観念が常識化している。
 日本では、これらの人権問題に先進的にとり組む欧米諸国と異なり、フェミニストを名乗る人たちでさえ、「レイプ被害者が、レイプ加害者と同じ家に住み、生活をともにしなければならないDV被害の異常さ」に対し、声をあげたり、問題を提起したりする人はほとんどいない。
 第4は、「G7の中でもっとも遅れている。」、「G7の中で、これほどまでに後ろ向きな国は他にない。」と指摘される『家族法(民法)』に関する問題で、令和4年(2022年)4月1日、『民法4条』と『民法731条』の一部を改正、施行したことで、147年続いた成年年齢を18歳にひき下げ、婚姻開始年齢は16歳と定められていた女性も18歳とひき上げられ、ようやく男女の婚姻開始年齢が統一されたことで、日本の「児童婚問題」が解消されたことである。
 この『家族法(民法)』には、昭和22年(1947年)に廃止された「家制度(家父長制)」の流れを汲む「夫婦同姓制度(民法750条、および、戸籍法74条1号)」、日本の離婚全体の約9割を占め、他国にはない特殊な「協議離婚制度(民法763条)」などの存在がある。
 「夫婦同姓制度」と男女の婚姻年齢が異なり、女性の婚姻年齢が16歳とされている「児童婚」は、『世界人権宣言』の第1条前段「すべての人間は、生れながらにして自由であり、かつ、尊厳と権利とについて平等である。」に反することから、「女性差別撤廃委員会」から繰り返し是正勧告がだされていたが、『民法4条』と『民法731条』の一部を改正により解消されたが、同じく、「女性差別撤廃委員会」から繰り返し是正勧告がだされている「夫婦同姓制度(民法750条、および、戸籍法74条1号)」、「協議離婚制度(民法763条)」に対して、日本政府はとり組んでいない。
 「夫婦同姓制度」に対しては、いまから32年前の平成3年(1991年)、法務省の法制審議会民法部会(身分法小委員会)は、「婚姻制度等の見直し」の審議を行い、その5年後の平成8年(1996年)2月、法制審議会が答申した「民法の一部を改正する法律案要綱」では、「選択的夫婦別氏制度(選択的夫婦別姓制度)の導入」とともに、「婚姻年齢の男女統一(満18歳とする)」を提言、この答申を受け、法務省は、平成8年(1996年)と平成22年(2010年)に改正法案を準備したにもかかわらず、日本政府は、いずれも国会に提出していない(令和5年(2023年)12月25日現在)。
 第5は、明治29年(1896年)に制定された「懲戒権(民法822条)」、つまり、歴代の日本政府が、制定から126年間、「しつけ(教育)と称する体罰(身体的虐待)」を認めてきた問題で、令和2年(2020年)4月1日、世界で59ヶ国目として、『児童虐待防止法』を改正し、「体罰」を禁止したことである。
 これは、1979年(昭和54年)にスウェーデンが世界で最初に体罰を禁止してから41年後のことである。
 この『児童虐待防止法』の改正を後押ししたのは、平成30年(2018年)3月、東京都目黒区で船戸結愛(ゆあ)ちゃん(当時5歳)の虐待死事件が発生し、5歳児が書いたと思えないような「反省文」がメディアでとりあげられ、連日、ニュースで報道されことである。
 この虐待死事件は、政府を動かし、同年7月には、「児童虐待防止対策の強化に向けた緊急総合対策」が示され、2年後の令和2年(2020年)4月1日、『改正児童虐待防止法』の施行に至った。
 しかし、日本で、実質的に「しつけ(教育)と称する体罰を禁止」したと解釈できるのは、「親の子どもに対する懲戒権(民法822条)を削除」した令和4年(2022年)10月14日で、施行は、同年12月16日、僅か12ヶ月前のことである(令和5年(2023年)12月25日現在)。
 『別紙2』の「1-(1)虐待は、子どもの脳を委縮させる」「3.虐待被害が子どもの心身の成長に与えるダメージ」「5.C-PTSD、解離性障害(解説)」「6.アダルト・チルドレン。思春期・青年期の訪れとともに」で詳述しているように、「体罰は、子どもの成長や発達に悪影響を与える」ことが、科学的にも明らかになっていることから、平成18年(2006年)、国連の「子ども権利委員会」は、130ヶ国以上の国々に対し、家庭、その他の環境における体罰を禁止するよう勧告している。
 世界では、令和3年(2021年)現在、62ヶ国が法律で体罰を禁止している。
 国連児童基金(UNICEF/以下、ユニセフ)は、「2017年(平成29年)時点で2-4歳の子どもの約63%(約2億5000万人)が、尻を叩く体罰が認められている国に住み、保護者から定期的に体罰を受けている」と報告しているが、この時点では、日本の子どもはこの約63%に含まれている。
 それから7年後の令和6年(2024年)6月10日、ユニセフは、2010年-2023年に100ヶ国から集めたデータにもとづき、「世界で5歳未満の子どもの約6割にあたる約4億人、世界の子ども(18歳未満)の約3億3000万人が、家庭で尻たたきなどの体罰(身体的虐待)や侮辱などの精神的罰(精神的虐待)を経験している」と公表し、「体罰を禁止する国は増えているが、いまだに、5歳未満の子どものうち5億人近くは体罰から法的に守られていない」、「保護者(養育者)の4人に1人以上は、子どもをしっかりしつけるには体罰が必要だと考えている」と示した。
 このユニセフが示した「体罰(身体的虐待)」には、ゆざぶり、殴打、尻叩きなど、傷を負わせることなく肉体的苦痛や不快感を与えることを意図した行動が含まれ、「精神的罰(精神的虐待)」には、子どもを怒鳴ったり、「ばか」「怠け者」などと罵ったりすることが含まれる。
 1960年代に55%の親が体罰を肯定的に捉え、95%の親が体罰を加えていたスウェーデンでは、体罰禁止を法制化してから34年経過した2018年(平成30年)、親の体罰は1-2%に激減した。
 1979年(昭和54年)に生まれた子どもは、いま、43-42歳で、自身の子育ては終わり、その子どもの子育てもほぼ終わり、その子ども(孫)の子育てがはじまっている。
 つまり、スウェーデンでは、体罰禁止下で3世代の子育てが行われてきた(いる)のに対し、日本では、その間(41年間)も「しつけ(教育)と称する体罰(身体的虐待)」が繰り返され、明治政府の軍国化を支えた「家制度(家父長制)」のもとで制定された「懲戒権」以降、いまに至るまでの5-6世代にわたり、被虐待体験者(小児期逆境体験者)を生みだしてきたことになる。
 平成29年(2017年)、子ども支援の国際的NGO「セーブ・ザ・チルドレン・ジャパン」が全国2万人の大人を対象に実施した「子どもに対するしつけのための体罰等に関する意識調査」では、実に68.2%の親が、子どもを叩くことを容認し、子育て中の家庭の70.1%が、過去にしつけ(教育)の一環として体罰を加えていた。
 しかも、スウェーデンに比べ、2-3世代多く「しつけ(教育)と称する体罰(身体的虐待)」を容認してきた日本社会における深刻な問題は、「体罰は、決してすべきではない」と回答した43.3%の一定数が、「お尻を叩く」、「手の甲を叩く」などの身体的虐待を「体罰」と認識していないことである。
 このことは、日本社会では、少なくとも国民の70%が「虐待の加害者」であり、同時に、「虐待の被害者」である、つまり、「長期間、慢性反復的な被虐待体験をしてきた人」であることを意味する*2。
 これは、いまの日本社会の話だ。
 歴代の日本政府が、「懲戒権(民法822条)」を128年間にわたり認めてきた結果、日本国民の子どもに対する虐待認識はあまりにも低く、加害・被害認識ともに無自覚である。
 いまから36年前の1989年(平成元年)11月20日、国連で採択された『児童の権利に関する条約(子どもの権利条約)』の19条では、「子どもが両親のもとにいる間、性的虐待を含むあらゆる形態の身体的、または、精神的暴力、傷害、虐待、または、虐待から保護されるべきである」と定め、「それが起こるとき、親権や監護権、面会交流の決定において、親密なパートナーからの暴力や子どもに対する暴力に対処しないことは、女性とその子どもに対する暴力の一形態であり、拷問に相当し得る生命と安全に対する人権侵害である」、「子どもの最善の利益という法的基準にも違反する」と規定している(令和5年(2023年)12月25日現在)。
 平成26年(2014年)、「女性差別撤廃委員会」は、締約国である日本政府に対し、「面会交流のスケジュールを決定するときには、家庭内暴力や虐待の履歴があれば、それが女性や子どもを危険にさらさないように考慮しなければならない。」と勧告している。
 令和6年(2024年)の通常国会で、離婚後の父母がともに子どもの親権を持つ「共同親権」の導入に向け、「民法改正案」の提出を目指す日本政府、保守派政党は、『子どもの権利条約』の19条、「女性差別撤廃委員会」の勧告に耳を傾けようとせず、無視し続けた*3。

*2 長期間、慢性反復的(常態的、日常的)な被虐待体験をしてきた人が抱える「C-PTSD(複雑性心的外傷後ストレス障害)」などの症状や傾向(障害)については、『別紙2d(簡易版)』で詳述しています。

*3 令和6年(2024年)の通常国会に提出された「共同親権法案(家族法(民法)の改正)」は、同年5月17日に可決、成立しました。


 こうしたレイプなどの性暴力、セクシュアルハラスメント、DV(デートDV)、しつけ(教育)と称する体罰(児童虐待)に対する「法改正」の実施、「新法」の制定に至るとき、日本のメディアなどで議論されるのは、「どのような行為が許されないのか」よりも、「どこまでだったら、許されるのか」という“線引き”“尺度(基準)”である。
 しかし、暴力(人権侵害)行為に対して、“線引き”“尺度(基準)”を持ちだすことは、間違っている。
 なぜなら、暴力を加える(加えられる)ことに、「許される」「許されない」という“線引き”“尺度(基準)”など存在しないからである。
 つまり、「いかなる理由があっても、人に危害を加える、つまり、人に暴力をふるう行為は許されない」という立ち位置であることが必要で、「この程度なら許される(大丈夫だろう)」、「一定の条件下であれば許される」という“解釈”を残してはならない。
 「ある(一定の)条件下」とは、暴力被害者の“態度”“言動”“姿勢”“立場”“服装”などを指し、加害行為に及ぶ者が、「暴力行為(暴力行為をエスカレートさせたを含む)の理由づけとする考え方(認知)」を意味するが、DV(デートDV)や性暴力の加害者に実施される『加害者更生プログラム(性犯罪者処遇プログラム)』の“基本姿勢”は、「ある(一定の)条件下を、暴力行為の理由づけ(正当化)とする考え方(認知)をいっさい認めないことである。
 「人に危害を加えることは、人権を侵害することに他ならない」と理解しなければならない。
 しかし日本では、この問題に先進的にとり組む欧米諸国とは異なり、いまだに、この「いかなる理由があっても、人に危害を加える行為は、許されない(人権侵害)」という『世界人権宣言』の“理念”と“規定”は浸透していない。
 この『世界人権宣言』の“理念”と“規定”が備わっていない人には、例えば、「DV(デートDV)や性暴力(セクシュアルハラスメントを含む)被害を受ける女性は、このような人/タイプ/年齢」などといったステレオタイプ的な考え方を持っていることが少なくない。
 このステレオタイプ的な認識は、暴力被害者が、被害を訴えた(話した)とき、その被害を信じるか、信じないかに多大な影響を及ぼし、2次加害を招く可能性を高める。



3.性暴力被害(性的虐待を含む)の実情 
(1) 13人に1人、8人に1人 
 「13人に1人」と「8人に1人」。
 この数字は、なにを指しているかわかるだろうか? 
 13人に1人(7.69%)の女性は、「男性に無理やり性交された経験」があり、8人に1人(12.5%)の女性は、「強制わいせつなどの性暴力の被害にあっている」という数字である。
 令和4年(2022年)10月1日現在の女性数は、6418.9万人なので、493.6万人の女性が一生涯のうちに男性に無理やり性交され、802.4万人の女性が一生涯のうちに強制わいせつなどの性暴力の被害にあうことになる。
 日本国内で生活している女性の多くが、“これまでに”、“いま、この瞬間”、“これから”、性暴力被害にあう(あっている)ことを想像すると、私は、絶句する。
 この数字を見て、なにも感じないのだろうか? 
 性交を伴うレイプの74.4%は、顔見知り、つまり、よく知っている人による犯行である。
 よく知っている人の「内訳」は、父母・祖父母・叔父叔母・いとこが11.9%、配偶者・元配偶者が9.4%、そして、友人や知人(学校の教職員、先輩、同級生、クラブやサ-クル指導者や仲間、職場の上司や先輩、同僚、取引先の関係者)が53.1%である。
 問題は、これらの数字は、本人が性暴力を受けたと自覚している人たちの数値だということである。
 父母・祖父母・叔父叔母・いとこ(11.9%)によるレイプ(性的虐待)は、被害の記憶を凍結させ、覚えていなかったり、自覚するまで長い時間を要したりすることが少なくない。
 いまから42年前の1981年(昭和56年)、シアトル・タイムズ紙は、「あなたのお嬢さんのクラスにこの次出席するとき、不特定の15人の女の子に目を留めてください…少なくとも1人、おそらく、2-3人は、近親姦*4の犠牲者であると考えて差し支えありません。」と報じた(令和5年(2023年)12月25日現在)。
 この指摘は、「5人に1人、7.5人に1人、近親姦の犠牲者がいる」という意味である。
 アメリカの人口約100万人の区域における近親姦の事例は、1971年(昭和46年)には、30件であったが、6年後の1977年(昭和52年)には、500件以上に増加している。
 アメリカ社会で、このわずかな期間になにがあったのだろうか? 
 それは、主に、第1次世界大戦を経て第2次対戦下で生まれ、育ち、ベトナム戦争(1960年代初頭から1975年4月30日)に出兵し、帰還した兵士が発症したPTSDを発端とする自殺、アルコール・薬物依存、DV(デートDV)、児童虐待、レイプが増加したことと深く関係している。
 スーザン・ブラウンミラーは、著書『心ならずも』の中で、「統計的にいうと、性的な暴行を受ける子どもの方が、身体的な暴行や殴打を受ける子どもよりも増えている。」と述べ、児童福祉の仕事に携わるリー・プレニーは、「近親姦は、強姦より一般化しているが、報告される数は、強姦よりも少ない。」と言明している。
 そのアメリカでは、いまでは、幼年期に近親者から性的暴行を受けた女性が2,500万人に及ぶと指摘されている。
 これは、2022年のアメリカの女性人口は16826.6万人なので、女性の14.86%が、幼児期に、近親者から性的暴行を受けていることになる。
 さまざまな報告は、他の多くの国々でも、同じ問題が「増加している」と指摘している。
 同じ問題が増加していると指摘されている日本においては、いまだに、これらの問題は、表立って論議されていない。
 仮に、日本の女性数6418.9万人(令和4年(2022年)10月1日現在)に、このアメリカの14.86%をあてはめると、953.9万人の女性が、幼児期に、近親者から性的暴行を受けていることになる。
 日本社会には、交際していたり、配偶者であったり、男性に性行為を求められたら、「嫌でも応じなければならない。なぜなら、義務だから。」と認識している女性が少なくなく、しかも、「男性が求めたら、女性は、応じるのがあたり前だ」と認識している男性が多い。
 この背景にあるのが、明治政府が進める軍国化のもとで家父長に絶大な権力が与えられ(家制度(家父長制))、国家的プロジェクトとして儒教的道徳観にもとづく「内助の功」「良妻賢母」という価値観を国民に浸透させた、つまり、「男性は皆兵、女性は家を守る」、「妻は夫に尽くし、支える」という家庭内での役割を明確にしてきたことです。
 しかも、家父長制、軍事国家下で日本の男性が求める「慰安」として、女性や妻は、夫や男性をセックスで満足させるという考え、価値観は、昭和20年(1945年)8月14日にポツダム宣言を受諾してからわずか13日後の同年8月27日、40万人の占領軍上陸を控える中で、国策の売春組織として発足した「特殊慰安施設協会(RAA)」は、占領軍の上陸地点に近い品川の大森海岸に「慰安所第1号」として「小町園」を開店させたことにも表れています。
 本来、「慰安」とは、本来、セックスを意味することばではなく、心をなぐさめ、労をねぎらうことで、武家(家父長である男性)の客人を武家の妻と女性がもてなす作法(おもてなし)は、「慰安」そのものでしたが、明治以降、日本社会における「慰安」は、女性が、男性をセックスで満足させることと認識に至っています。
 結果、日本社会は、いまだに、男女いずれも、「男性が、性風俗を利用することを性売買(人身売買)に加担している」、「児童ポルノの多くは、日本で生産している(世界最大の児童ポルノ生産国)」との自覚がないという独特で、深刻な問題が存在している。
 この日本社会における独特の問題には、欧米諸国のグローバルスタンダードである「自分の意思に反する性行為は、すべて性暴力」、「下着で隠している部分は、見せたり、触らせたりしてはいけない」、「どこの部位であっても、肌に触れたり、髪に触れたりするときは同意が必要である」という性教育を実施していないこと、そして、性教育は、人権問題と認識できていないことが大きく影響している。
 そのため、日本社会は、欧米諸国に比べ、性暴力被害を自認し難く、その対策も講じられていない。
 欧米諸国では、「友人・知人はいうまでもなく、交際相手や配偶者であっても、a)一緒に車に乗ったり、b)一緒に食事をしたり、c)一緒にお酒を飲んだり、d)部屋で一緒にテレビやビデオを見たり、e)宿泊している部屋に入ったり、f)手をつないだり、g)キスをしたり、h)どんな服装をしていたりしても、すべて性的同意にあたらない」というのがスタンダードな考え方である。
 ちなみに、一時ブームになった「頭ポンポン」や「壁ドン」は、セクシュアルハラスメント(性暴力)、あるいは、『暴行罪(刑法208条)』が適用され得る行為である。
 いまから8年前の2015年(平成27年)、イギリスの警察が公開した映像「性行為の同意を紅茶に置き換えて下さい!https://www.youtube.com/watch?v=KXgaD-0Ara8」を見ると、いかに、日本社会、日本の警察が、欧米社会から遅れているかがわかる(令和5年(2023年)12月25日現在)。

*4『父-娘 近親姦』で“近親姦”と訳されているとおり、「近親相姦」という表現ではなく、相互行為の意味が含まれる「相」の文字を省き、「近親姦」と表現しています。
 性暴力被害者支援に携わる者にとっては、「近親姦」が、一般的な表現です。


(2) 1人と380人 36
 次に、1人と380人。
 この数字は、なにを意味するのかわかるだろうか? 
 これは、「強制わいせつなど、1人の性犯罪加害者(ペドファリア:小児性愛者を含む)の“影”には、平均380人の被害者がいる」という意味である。
 この数字は、アメリカで著名なジョナサン・エイブルの性犯罪の研究によるもので、エイブルは、「未治療の性犯罪者は、生涯に平均して380人の被害者に対し、延べ581回の加害行為をしている」と試算した。
 アメリカでは、この試算にもとづいて性犯罪対策が講じられている。
 性犯罪の特徴は、事件化するのは氷山の一角、再犯率が非常に高いことである。
 20%の性暴力被害者は、被害を友人や知人にうち明け、70%の性暴力被害者は、被害を誰にも相談していない。
 ここまでは、アメリカの研究結果や内閣府の調査結果の数値であるが、法務省の調査では、「レイプ被害者の81%が、加害者は知らない人であった」とある。
 このことは、顔見知り、つまり、よく知っている人による性暴力被害の多くは、警察に届け出ていないことを意味する。
 少し古い数字になるが、平成24年(2012年)の刑法犯の認知件数は、強姦1,250件、わいせつ11,694件、合計12,944件となっている。
 この数字をもとに、“影”の被害者を含めてみると、4,918,720人が被害を受けることになる。
 つまり、同年、過去、将来を含めて、500万人が性暴力の被害にあう。
 一方で、「私は、女性に無理やり性交した経験がある」、「私は、女性に無理やり性的行為をした経験がある」と自覚している男性は、どのくらいいるのだろうか?


(3) 交際相手・配偶者からのDV行為としての「性的暴力」
 2020年度の内閣府の調査(1,400人が回答)では、「夫による性行為強要の経験がある」と回答した女性は、8.6%(120人)となっている。
 この数字は、女性の3人に1人がDV被害にあっていることを踏まえると現実的ではなく、実際ははるかに多い。
 交際相手や配偶者との間におけるDV行為としての「性暴力」おける重要なポイントは、a)性行為の強要と性行為の拒否に対する暴力、b)暴力に対する和解の強要としての性行為である。
 DVの“本質”は、「本来、対等な関係にある交際相手との間、夫婦との間に、上下の関係性、支配と従属の関係性を成り立たせたり、その関係性を維持したりするためにパワー(力)を行使する」ことである。
 つまり、交際相手との間、夫婦との間に、「b」の性暴力が存在するとき、既に、この関係性には、上下の関係、支配と従属の関係が成り立っていることになる。
 b)「暴力に対する和解の強要としての性行為」とは、「暴力後の“仲直り”としての性行為」のことで、基本的に加害者の一方的な仲直りである。
 しかし問題は、b)とともに、a)拒むと暴力を加えられるので、それを避ける(回避する)ために、被害者自らが率先し、加害者が期待する性的行為に及んでいることが少なくないことである。
 このとき、被害を受けている者の多くは、自身が性暴力被害を受けていること、あるいは、その行為がPTSD主症状の「回避」であることを認識できていない。
 「性的同意」という人権意識が極端に低い日本では、このa)とb)の視点で捉えると、交際相手や配偶者との無自覚な性行為の幾つかが、DV行為としての性的暴力に該当する。
 交際相手や配偶者との性行為においても“性的同意”は必要で、夫婦間にDV行為としての暴力があるとき、夫婦間であっても「強制性交等罪/不同意性交等罪(刑法177条)」は成立し得る。
 いまから37年前、昭和61年(1986年)12月17日、鳥取地方裁判所は、「婚姻関係が破綻している場合、夫婦間でも婦女暴行は成立する」と有罪判決(懲役2年10月)を下し、同62年(1987年)6月18日、広島高等裁判所松江支部の控訴審は控訴を棄却し、確定している(令和5年(2023年)12月18日)。
 DV(デートDV)行為としての「性的暴力」は、ア)同意のない(気持ちを汲まない)セックスを強いる(同意なく抱きしめたり、キスをしたり、髪などからだを触ったりするを含む)、イ)玩具を使ったり、性交類似行為であったり、複数(グループ)や他人とのセックスだったり、望まない行為を強要する、ウ)避妊に協力しない(合意なく、途中でコンドームを外す(ステルシング)を含む)、エ)中絶を強要する、オ)妊娠しないことを責め、気持ちを無視したセックスを強いる、カ)(乳幼児であっても)子どもの前でセックスする、キ)見たくもないポルノビデオやポルノ雑誌を見せる(見える場所に置いているを含む)、ク)裸やセックス時の様子を写真や動画を撮影する(無断で撮影し(盗撮を含む))、無断でネットなど投稿するを含む)、ケ)大麻などの薬物を使い、セックスする、コ)風俗で働くことや売春行為を強要する、サ)温泉施設などで盗撮をしたり、勤務先の制服を盗んできたりすることを強いるなど犯罪行為に加担させるなどの行為が該当する。
 この規定に準じると、交際相手や配偶者との性行為において、一度でも、「ウ」のコンドームをつけるのを拒んだり、途中で、勝手に外したりした経験のある男性(あるいは、女性)は、すべて、DV(デートDV)行為としての「性的暴力を加えた」ことになり、一方の女性(あるいは、男性)は、DV(デートDV)行為としての「性的暴力の被害を受けた」ことになる。


(4) 避妊に応じず、間違った避妊法で妊娠、膨大な中絶数の実態 
 アメリカ・カリフォルニア州では、2021年10月11日、「合意なく、途中でコンドームを外す行為(ステルシング)」は、違法となった。
 2019年、アメリカで発表された調査結果では、調査対象となった21-30歳の女性の12%にステルシングの被害体験があった。
 アメリカのコーネル大学のシェリー・コルブ法学部教授は、「暴行罪の成立要件として力ずくかどうかを問わない一部の州では、既に、ステルシングが性的暴行の定義を満たしている」と指摘している。
 日本では、ステルシング以前に、「コンドームを使い避妊することを拒む行為を「性暴力」と認識していない」という重大な問題が存在している。
 平成22年(2010年)に発表された「平成22年度 望まない妊娠防止対策に関する総合的研究『第5回男女の生活と意識に関する調査(厚生労働省)』」)では、未婚男女のうち、ア)避妊を「いつもしている」と回答した人は、男性で42.8%、女性で37.3%、イ)「したりしなかったり」は、男性で21.5%、女性で25.0%、ウ)「避妊はしない」は、男性で7.6%、女性で6.6%となっている。
 イ)とウ)を合わせると、男性で39.2%、女性で31.6%が、必ずしも避妊していない。
 未婚男女の主な避妊法として「コンドーム」としているのが、男性で97.9%、女性で89.1%、避妊法とはいえない「膣外射精」は、男性で7.5%、女性では、実に22.4%が選んでいる。
 なお、100%に近い避妊効果がある「ピル」については、男性4.8%、女性5.4%に留まっている。
 つまり、ア)と回答した女性37.3%のうち22.4%が、「膣外射精」を避妊法と認識している。
 ここには、コンドームを使用し、避妊に協力してくれなくても、せめて膣外射精で妊娠を防ぐしかない女性の窮状が浮き彫りになる。
 ア)避妊を「いつもしている」と回答した男性42.8%、女性37.3%から「膣外射精」を避妊と回答した男性7.5%、女性22.4%を引くと、避妊をいつもしている男性は35.8%、女性は14.9%となる。
 いつも避妊をしている男性と女性の差は、実に20.9ポイントに及ぶ。
 イ)とウ)を合わせた必ずしも避妊していない男性39.2%、女性31.6%に、「膣外射精」を避妊と回答した男性7.5%、女性22.4%を加えると、男性46.7%、女性66.0%が必ずしも避妊せずに性行為に及んでいる。
 日本人の男女は、正しい性知識があまりにも乏しい。
 ちなみに、「生理前や生理中は妊娠しない」は誤りで、安全日は存在せず、しかも、現在、100%の避妊方法はない。
 「コンドーム」の避妊率は85%で、カウパー線液にも妊娠に十分な精子が含まれ、「緊急避妊薬」の避妊率は約84%((緊急避妊薬を飲み、次の生理があっても妊娠していないことにはならず、性行為(同意、同意がないにかかわらず)のあった日から3週間後に「妊娠検査薬」で調べる必要がある)、「低用量ピル」の避妊率は約99%、「パイプカット」の避妊率は約99.5%となっている。
 こうした避妊そのものの知識が不足している日本社会では、「避妊に応じない」ことが「性的暴力」であるとの認識はなく、このことが、女性が妊娠することの警視につながっている。
 平成28年度の厚生労働省の調査によると、全国の人工妊娠中絶の総件数は、168,015件となっている。
 これは、1日、約450件の人工妊娠中絶がおこなわれていることになる。
 約16.5万件のうち1.4万件(8.49%)が20歳未満の未成年者で、19歳が6,111件ともっとも多く、18歳が3,747件である。
 人工妊娠中絶実施率(女子人口千対)は6.5%で、年齢階級別では、18歳は6.3%、19歳は10.2%、20-24歳は12.9%、25-29歳は10.6%となっている。
 15歳未満の190人の女性が、人工妊娠中絶を受けている。
 日本では、避妊に応じない(同意のない性行為、レイプを含む)という性的暴力下で、望まない妊娠をし、人工妊娠中絶に至っている現状が存在する。
 国際NGO「リプロダクティブ・ライツ・センター」の調査などでは、中絶に「配偶者の同意が必要」な国は、日本の他に赤道ギニアやインドネシアなど11ヶ国・地域に留まり、先進7ヶ国(G7)では、日本だけである。
 その結果、望まない妊娠下で、人工妊娠中絶ができず、ひとりで出産し、出生児を殺害するといった悲劇もおきている。
 「社会保障審議会児童虐待等要保護事例の検証に関する専門委員会の報告」では、平成16年度から平成23年度までの8年間で、心中以外の子どもの虐待死事案総数は437人で、このうち40%割強は0歳の乳児である。
 その約半数が生後0ヶ月の新生児で、その85%が、産まれた日に死んでいる。
 つまり、約80-75人の新生児が、産まれたその日に死んでいる。
 その日本では、実に2週間に1人、乳児が遺棄・虐待で命を落としている。
 この背景にあるのが、望まない妊娠、予期しない妊娠である。
 「避妊に応じない」「同意のない」という性暴力が、望まない妊娠につながり、人工妊娠中絶に至らせ、母体に大きな負担を及ぼしたり、人工妊娠中絶ができずにひとりで出産し、出生したその日に新生児を遺棄せざるを得なくなったりさせている可能性を認識している男性は、どのくらいいるのだろうか?
 DV被害のリスクが疑われる妊産婦は、14%以上存在しているとされる。
 この数字を、平成28年(2016年)に生まれた日本人の子ども98.1万人にあてはめると、13.7万人の妊産婦に、DV被害のリスクがあることになる*5。
 重要なことは、10歳代の妊産婦のDV被害が際立って高いことである。
 10歳代の妊産婦のDV被害には、交際相手によるデートDVを受けている状況下で、妊娠したことにより結婚に至っていることが少なくない。
 そして、「望まない妊娠をした」「予期しない妊娠をした」といった思いや暴力のある環境で妊娠をしたストレスが、「産後うつ」を発症する引き金になり、乳幼児に対する虐待につながる。

*5 「妊娠5週目以降の女性がDV被害を受けると、胎児が「コルチゾール」に曝露し、中神経系の発達が阻害されるリスクが高くなる」ことについては、『別紙2d(簡易版)』で詳述しています。



(5) 望まない妊娠
 日本では、「避妊に応じない性暴力」などが起因となり、望まない妊娠、予期しない妊娠に至り、妊娠した女性の6人に1人が人工妊娠中絶を受けている実態について詳述しているが、「宿カレ」生活で、誰が父親かわからない望まない妊娠をしてしまったり、結婚をしたものの父親として自覚のない夫と出産直後に離婚してしまったりしたあと、厳しい雇用状況から社会から放りだされてしまうことが少なくない。
 暴力のある家庭環境で育った少女が、離婚後に託児所と寮がある理由で風俗に勤務することになり、離婚後1年間で、ホストクラブで知り合った男性を「宿カレ」として名古屋、大阪と複数回の転居を繰り返したあと凄惨な事件を招いたのが、「大阪2児餓死事件(平成20年7月)」である。
 暴力のある家庭で育った少女が、家出したことからはじまる生活の糧としての「援助交際」「宿カレ」の問題は、10歳代の妊娠・出産(若年出産)につながり、シングルマザーとして貧困、そして、虐待につながる。
 平成25年-28年(2013年-2016年)の4年間で、少なくとも58人の子どもが、路上などに遺棄され、うち10人が死亡している。
 遺棄された58人のうち、詳細がわかった44人の中では、41人(93.18%)が0歳児で、亡くなった10人を含む34人(77.27%)は生後0ヶ月児であったなど、その多くが生後間もない新生児で、児童相談所が、遺棄した人物が把握できた25人(72.0%)のうち、18人(72.0%)が実母、7人18人(28.0%)が実父などによるものだった。
 ここには、相手の男性(性暴力の科会社を含む)がなにもしてくれないなど交際関係に問題を抱えていたり、親には、妊娠をうち明けられないだけでなく、妊娠を隠し続けなければならないなど、家族関係に問題を抱えていたりする背景がある。
 ひとりで悩み抱え込み、誰にも頼ることができず、ひとりで孤立したまま、出産に至り、結果として、遺棄してしまう事態を招いている。
 ここには、他人に頼るということを身についておらず、同時に、頼る術を知らない悲劇が招いたという側面がある。
 他に、厚生労働省は、保護時に親が判明していた子どもを「置き去り児童」として、「棄児」と区別しているが、「置き去り児童」は、少なくとも589人いたとしている。
 自治体により、置き去り児童のとらえ方に違いがあるが、ひとり親家庭などで、夜間に子どもを家に残し、親が仕事などに行くケースが目立っている。
 車内に子どもを残して親が買い物に行ったり、保育園に親が迎えにこなかったりした例もある。
 また、少なくとも4人は、ひとり残された自家用車内で熱中症になるなどして死亡している。
 貧困世帯の性行動は活発で、中学へ進学するころから性行動がはじまり、不特定多数の相手との性交渉も多く、避妊しないことによる性感染症の問題や10歳代の出産となり、それを防ぐ総合的な貧困対策が必要である。149
 町田市調査では、10歳代の若者による出産は、家族構成に関しては母子世帯の子どもたちによく見られ、荒川区の分析では「若年出産の場合、その親も若年出産のケースが多い」と指摘している。
 また、生活保護母子世帯は、中卒、高校中退同士が離死別していることが多く、その後、非婚のまま出産する婚外子の出現率は25.7%と高くなっている。
 前夫とのDV問題との関連性や、その子どもも同じライフコースをたどる連鎖も指摘されている。
 さらに、野宿になった若者には母子家庭と虐待家庭が多く、暴力がひどく実家に帰れないことがホームレスになることもある。
 ビックイシュー基金による若者ホームレスの聞きとり調査では、いままでの主な養育者は両親が半数で、ひとり親が32%、養護施設出身は12%であった。
 野宿者ネットワーク代表生田武士氏は、「高校中退、ホームレス、非正規就労、生活保護、シングルマザー、自殺、薬物・アルコール中毒という社会的排除を受けてきた者の政府調査では、社会的排除に至る理由に本人の精神疾患・その他疾患に次いで、ひとり親や親のいない世帯、出身家庭の貧困という潜在リスクがあがっている。」と指摘している。
 性の売買(性搾取被害)は貧困と深くかかわり、性差(ジェンダー)の問題もまた、社会や親に強いられる男性性と女性性の“歪みの表れ”、つまり、社会病理の一面でもあるといえる。
 東京都新宿区歌舞伎町には、未成年の家出少女たちが全国から集まってくる。
 行き場をなくし、歌舞伎町で「援デリ」で働く少女たち、つまり、セックスワークで働く少女たちは、虐待から逃れるために家出をし、「宿カレ」からのDVから逃れるために、最後の希望(砦)として辿り着いた場所であることが少なくない。
 残酷な現実として、セックスワークは、家出少女たちのセーフティネットとなっている。
 現在の保護プログラムでは、家出少女は、親元に返すことになっている。
 最後の救いを求めて地元や家から逃げだしてきた少女が、売春容疑で警察に保護され、逃げだしてきた家に帰してしまうと、男性に買われるよりも、さらに悲惨な地獄が少女たちを待ち受けている。
 虐待で殺されてしまうかも知れない。
 中には、からだを売ることでしか金を稼げない軽度の知的障害を抱えていたり、壮絶な過去やDVにより、まともに働けないくらい精神的に壊れてしまったり、多額の借金を抱え生活に困窮していたりする女性たちが、性を売るセックスワークの世界には多く存在している。
 この居場所を失うと、さらに劣悪な環境のセックスワークにとり込まれていうか、貧困の闇に消えていく。
 日本で唯一地上戦がおこなわれた沖縄の高い貧困率やDV発生率は、親子3代がセックスワークをしていて、それがあたり前となっている背景もある。
 母親が「ねえ、風俗で働きなよ。」と娘になげかけ、親子でカラダを売る、未来のない連鎖である。
 世間体が気になったり、親に照会されることを怖れたりして生活保護を頑なに拒む、時には、生活保護を申請する力さえ残っていない、あるいは、「私、傷つきました」「助けてください」と訴えることさえできない女性たちは、貧困問題のスタートラインにも立っていない現実がある。


(6) 性的搾取/児童ポルノへの問題意識が極端に低い日本社会
 日本は、「性的搾取(性の商業的利用)」について、繰り返し国連から改善を求められている。
 2000年(平成12年)11月15日、「人身取引」「密入国」「銃器」の三議定書からなる国境を越えた組織的犯罪に対する『パレルモ条約』が、国際連合総会で提起された。
 パレルモ条約の「人身取引に関する議定書」には、女性と児童の人身取引を防止・抑制し、罰する規定が明記され、2015年(平成27年)4月現在、147ヶ国が著名し、185ヶ国が締結している。
 日本は、平成15年(2003年)5月14日の国会において、「人身取引」「密入国」の2つの議定書について承認した(「銃器」は非承認)ものの、批准には至らず、それから14年後の平成29年(2017年)7月11日、本条約の受諾を閣議決定し、国連本部に受諾書を寄託し条約を締結し、同年8月10日に発行した。
 日本は188ヶ国目の締結国となった。
 『国際組織犯罪防止条約』の「人身取引議定書」では、“人身取引”について、「搾取の目的で、暴力その他の形態の強制力による脅迫、もしくは、その行使、誘拐、詐欺、欺もう、権力の濫用、もしくは、脆弱な立場に乗ずること、または、他の者を支配下に置く者の同意を得る目的でおこなわれる金銭、もしくは、利益の授受の手段を用いて、人を獲得し、輸送し、引き渡し、蔵匿し、または収受すること」と“定義”している。
 令和元年(2019年)、警察庁が認知している人身取引をめぐる被害者数は44人で、検挙した件数・人数は57件39人で、被疑者の97.4%(38人)が日本人である。
 一方の被害者はすべて女性で、日本人が34人(77.3%)で、20歳未満が61.8%(21人)、外国人が10人(22.7%;フィリピンが9人、ブラジルが1人)で、20歳代90.0%(9人)である。
 「人身取引」された被害者は、a)恋愛感情を利用され、他人との援助交際を強要されたり、b)借金返済のために、売春を強要されたり、c)児童が性的サービスを強要されたり、d)パスポートをとりあげられ、強制労働させられたりする。
 では、a)b)c)についての“手口”を見ていきたい。
 
a) 恋愛感情を利用され、他人との援助交際を強要する
ア)SNSで男性と知り合い、連絡をとり合い、交際がはじまると、将来の結婚を匂わせる話をするようになる。
イ)交際相手から「金に困っている」という話がでて、「別れないと約束する」、「俺が大事なら、他の男と援助交際するしかない」と、金を要求してくる。
ウ)交際相手が“女性”になりすまし、SNSで買春を呼びかける。
 女性は、交際相手からスマートフォンを通じて常に見張られ、多くの見知らぬ男との援助交際(売春)をさせられる。
エ)将来の結婚を信じ、交際相手に援助交際で得た金をわたすが、実際は、交際相手の遊行費に使われてしまう。
 交際相手を想い、信じる気持ちが裏切られ、傷つけられる。
 
b) 借金返済のために、売春を強要する
ア)知り合いに誘われてホストクラブに行き、楽しい時間を過ごす。
 その後も癒しと安らぎを求めて、ホストクラブに通ううちに金がなくなり、代金をツケ払いにするようになる。
イ)ツケを支払えなくなると、店のオーナーから、売春をして借金を返済するよう脅され、指示されるままホテルで待機させられる。
ウ)幾ら借金をしたのか(借金残高が幾らなのか)を知らされないまま、毎日、指定した相手に売春をさせられる。
エ)ノルマを課され、受けとるのはホテル代と少額の生活費のみである。
 「借金の返済が終わっていない!」といわれ続け、長期間にわたり大金を搾取される。
 
c) 児童が性的サービスを強要する 
ア)店舗から「イベントを手伝ってほしい」とSNSに投稿し、子どもの目に留まらせる。
 SNSで目にした子どもは、軽い気持ちで応募し、そして、待ち合わせの場所に向かう。
イ)待ち合わせ場所には、車が待っていて、別の場所に移動する。
 車で移動した場所につくと、服を着替えさせられ、「男性客にからだを触らせる仕事だ。」と説明を受ける。
 帰る手段もなく、いうことを聞くしかない。
ウ)勤務中は、出入り口に鍵をかけられ、欠勤や遅刻をすると過酷なペナルティを科される。
 「家族や学校にバラさらす」と脅されているので、誰にも相談できない。
エ)休みなく働かされる。
 辞めたくても、店長から「厳しいペナルティがある」と脅され、辞めさせてもらえない。
 長時間労働で、気力や体力が失われる。
 もはや、逃げだす意欲も力は残っていない。
 
 こうした手口、あるいは、似通った“手口”で性的搾取されている(売春を強いられている)女性は少なくない。
 そして、こうした“手口”は、『別紙3』の「2-(5)-①マインドコントロール・洗脳のプロセス」、「同-②4つの基本となる「型」」、「同-③新興宗教・カルトなどの勧誘の「型」」で示している「プロセス」「型」と酷似している。
 一方で、買春している人たちには、人身売買に加担している意識はあるのだろうか?
 日本では、国民の多くは、例えば、「風俗を利用した」「風俗に行ってきた」というサービス業を利用したかのようなことばを使用し、「女性を買った」「未成年者を買った」と“性”を商品(物)として買ったとすることばを使用することは稀だ。
 ことばの置き換えは、“性を購入”した者の後ろめたさや罪悪感を薄め、そして、“性”を商品(物)として売買すること、つまり、「性的搾取(性の商業的利用)」という問題認識を曖昧にしたり、目を逸らしたりする役割を果たす。
 金銭を介しての性行為は、両者の関係性に“金の力”を持ち込んだパワーの行使に他ならない。
 こうした性を売買している、性を商品としている、つまり、「金銭を介しての性行為は、金の力を持ち込んだパワーの行使に他ならない」という認識が極端に低い日本社会は、平成8年(1996年)にストックホルムで開催された「第1回児童の商業的性的搾取に反対する世界会議」において、日本人によるアジアでの児童買春やヨーロッパ諸国で流通している児童ポルノの8割が日本製と指摘され、厳しい批判にさらされた。
 厳しい批判下で、援助交際(買春)が社会問題化していたことを受け、平成11年(1999年)11月1日、日本政府は『児童買春、児童ポルノに係る行為等の規制及び処罰並びに児童の保護等に関する法律(児童ポルノ禁止法)』を施行した。
 施行から7年後の平成18年(2006年)、「単純所持規制」と「創作物規制」の検討を盛り込んだ与党改正案、平成21年(2009年)、「児童ポルノの定義の変更」および「取得罪」を盛り込んだ民主党案が提出されたが、いずれも衆議院解散に伴い廃案となった。
 「単純所持禁止」を盛り込んだ改正案が衆議院で可決成立したのは、実に、思考から15年を経た平成26年(2014年)6月である(平成27年(2015年)7月15日から適用)。
 日本は、「児童ポルノの8割が日本製」と指摘され、厳しい批判にさらされてから、児童ポルノの「単純所持」を禁止するまで、実に19年の月日を要した。
 この「単純所持」については、法律で、個人の性嗜好を規制することの是非を問う声がある。
 児童ポルノの製造は表現の自由であり、所持するのも自由という考えである。
 しかし、それは、子どもの犠牲のうえに成り立っている。
 児童ポルノに需要があるという前提のもとで、また、新たな児童ポルノが製造され、犠牲となる子どもが増えていく。
 したがって、表現の自由、所持の自由で片づけられる問題ではない。
 警察庁の発表によると、平成30年(2018年)の1年間に全国の警察が摘発した児童ポルノ事件で被害にあった18歳未満の子どもは、前年より60人多い1,276人であった。
 3年連続で1,000人を超え、自分で撮った裸の写真をメールなどで送らせる「自画撮り」の被害者が約40%を占める。
 「自画撮り」被害の45.7%を高校生が占め、中学生を含めると89。8%にのぼる。
 一方の児童ポルノの摘発件数は、過去最多の3,097件、前年比28.3%増である。
 50%弱の1,417件は、子どものわいせつな画像を撮影する「製造」で、性的好奇心を満たす目的で所持する「単純所持」を含めた「所持等」は、前年を750件上回る951件と大幅に増えている。
 被害が特定できた子どものうち、「自画撮り」に伴うものは前年より26人多い541人で、盗撮、買春・淫行行為が続く。
 日本では、いまだに、「児童ポルノにしか見えない商品」が普通に陳列され、大量に売られている。
 この現状が示す日本の児童ポルノに対しての感覚は、グローバルスタンダードとはかけ離れている。
 例えば、ジュニアアイドルの握手会などが頻繁におこなわれている東京の秋葉原などでは、毎週のように、小学校低学年の女児の撮影会やサイン会や、女子中学生の水着姿の撮影会が実施されている。
 しかし、日本の多くの人々は、「この様子を大人の性的欲望を満たすために、女児が性的搾取被害にあっている」と問題視することは稀だ。
 しかも、この問題には「親自身が子どもを商品として、性的搾取している」、つまり、「性的虐待(児童虐待)という重大な問題が潜んでいる」ことを認識している日本の人たちはごく少数といえる。
 “児童ポルノ”として消費(性的搾取)されているにもかかわらず、懸命に大人の要求に応えている女児に対して、「頑張っている」とか、「かわいい」という印象を抱きながら、女児の撮影会やサイン会などが実施されている現場を微笑ましく、あるいは、見て見ぬふりをして素通りしている。
 この背景には、親による性的虐待が絡む。
 ジュニアアイドルのイベントに参加した男性たちが、「ペニスを触った手で握手」などと、楽しげにネットに流している。
 ジュニアアイドルのDVDには、「小学1年生です。好きな食べ物はたこ焼きです!」などと自己紹介する女児たちがソフトクリームを舐めていたり、縦笛を吹いていたり、ビキニ姿でシャワーを浴びたり、石けんまみれになったり、お尻をつきだして遊んだりする行為が録画されている。
 男性自身の欲望を巧妙に隠すために、まるでホームビデオのようなるつくりになっているが、性的な妄想を刺激するには十分な映像といえる。
 そして、女児の撮影に熱心な親の存在は、珍しいことではない。
 その家庭では、撮影の予行練習が繰り返されている。
 つまり、親自身が子どもを商品として、性的搾取しているのである。
 DV被害者支援に携わり、被害者の成育状況が明らかになってくると、性的虐待を受けていた事実がでてきたり、ビキニの水着を着せらせ、ポーズをとらされて撮影会がおこなわれていた事実がでてきたりすることがある。
 写真撮影は、父親の性的嗜好を満足させるためのものであるが、このとき、配偶者である夫の意に添い、ご機嫌をとることが暴力を回避するための思考習慣となっている妻(母親)が、子どもに「こうしたらもっとかわいいよ。」とポーズ指導をするなど、積極的にかかわっていることが少なくない。
 これらの行為は「性的虐待」であり、親による「性的搾取(性の商業的利用)」に他ならない。
 ところが、多くの大人は、“アイドル作品”であるかのように認識している。
 親が積極的に児童ポルノの被写体とする児童の多くは、大人の性的利用として見られていると認識していない。
 そのため、にこやかに笑みを見せ、嫌がっているようには見えない。
 性的利用する大人たちの“歪んだ認知(小児性愛;ペドファリア)”で見ると、児童のにこやかな笑みは、大人に性的利用されることを喜んでいる、自ら積極的に扇情的なふるまいをしていると認識する。
 こうした児童ポルノと接する機会は、性的利用する大人の認知をますます歪めていく。
 平成29年(2017年)、警視庁は、国内最大規模の児童ポルノ販売サイトを摘発し、同サイトからDVDを購入し、所持したとして、児童ポルノ禁止法違反(単純所持)の疑いで約870人を書類送検した。
 捜査の過程で、一部の容疑者には、子どもに性加害をした疑いが判明し、少なくとも約20人が強制わいせつなどの疑いで逮捕された。
 数字だけ見ると、870人の20人(2.3%)なので、ごく一部の対象者の問題と思うかも知れない。
 しかし、「1.DV/虐待/性暴力被害者の私にかかわるすべての人たちに、7つのお願い」で述べているとおり、1人の加害者で、被害者は1人とは限らない。
 アメリカの研究者エイブルは、「1人の性犯罪者が生涯にだす被害者の数は、平均380人である」との研究結果を報告している。
 子どもへの性加害を繰り返していた男性のうちのひとりは、「380人ですか?」と訊かれ、「僕はその3倍はしていると思います。」と応え、他の加害者たちも、その返答に、大きくうなずいていた。
 先の摘発について、警察は「子どもを狙った性犯罪の入り口になっている」と見解を示している。
 この見解は、児童ポルノをめぐる問題の本質を表す。
 加害行為をする前には、トリガー(引き金)がある。
 児童ポルノは、確実にトリガーとなる。
 日本社会、日本国民1人ひとりが、「性的搾取(性の商業的利用)」という問題に寛容である(見て見ぬふりをする)ことは、「性的虐待」、「性暴力(セクシャルハラスメントを含む)」に対して、被害認識を寛容にしてしまう。
 寛容である(見て見ぬふりする)ことは、事実をなかったことにする、つまり、黙殺するリスクを孕(はら)んでいる。
 それは、加害の一端を担っていることを意味する。


4.相談し難く、助けを求めると2次加害にあう日本の現実
 性的虐待、DV行為としての性的暴力、レイプ、盗撮、セクシュアルハラスメントなどの性暴力を受けた被害者が、その被害を誰にも相談できない現状については、さまざまな調査結果が示している。
 したがって、これらの性暴力被害者などに、「なぜ、直ぐに相談しなかったのか?」と問うことは、性暴力被害者に対する非難にあたり、2次加害になり得るとの理解が必要である。

(1) セクシュアルハラスメント 
 朝日新聞のセクハラに関する調査結果(2017年12月26日-2018年1月17日14時、計713回答)を見ると、全体の93%(663人)が、「セクシュアルハラスメントに関する悩みについて声をあげ難い」と回答している。
 その理由の多くは、「誹謗や中傷を受けるなど別の被害につながる」、「被害者のケアや加害者の処分など適切な対応が期待できない」、「「多少のセクハラは、がまんすべきだ」という風潮がある」であった。
 加えて、「2次被害への怖れ」を抱いていたり、「多少のハラスメントを容認する風潮なので、仕方ない」と思っていたり、「話しても、面倒になるだけで改善されない」と諦めていたりする状況が明確に示されている。
 つまり、セクシャルハラスメントの被害にあった人が声をあげられないのは、個人の問題というよりも、その職場などの風土、そして、日本社会が醸しだしている「口を閉ざしていた方が身のため」という空気感、風潮である。
 令和5年(2023年)8月24日、国や自治体で働く非正規公務員を中心にした団体「非正規公務員voices(ヴォイセズ)」は、職場でのハラスメントの状況を調べ、「不当な扱いを受けた多くの非正規公務員が、退職を考えている深刻な実態が明らかになった」とした中間報告を発表した。
 この調査は、インターネットを通じて、同年4-6月に実施、退職者を含め、事務職、福祉職、教員、相談員ら幅広い職種の531人が回答し、その84.7%(450人)が女性であった。
 この中間報告では、68.9%(366人)がハラスメントや差別を受け、その加害者は、正規の上司が63.7%(233人)ともっとも多く、上司以外の正規職が23.3%(85人)となっている。
 また、被害者の半数は「退職を考えるようになった」といい、4人(1.09%)が、「無理やり性行為をされた」と回答した。
 ここには、非正規公務員の多くが、1年ごとの契約であることから、職を失う不安からハラスメントに声をあげ難い背景がある。
 また、令和4年(2022年)10月-12月に芸術・芸能の各分野(俳優、演劇、音楽、美術、伝統芸能等)の主要な団体に所属し、個人事業主(芸能事務所等とのマネジメント契約のある者を含む)、または、雇用契約等にもとづき活動する芸術・芸能従事者(実演家)640人に対し実施した調査結果がまとめられた『2023年版 過労死等防止対策白書』によると、セクシュアルハラスメント被害の経験がある人の割合は、声優・アナウンサーが25.7%でもっとも多く、俳優・スタントマンが20.4%、文筆・クリエイター16.7%となっている。
 「恥ずかしいと感じるほどのからだの露出をさせられた」のは、声優・アナウンサーの11.4%がもっとも多く、俳優・スタントマンの9.3%、「仕事の関係者に必要以上にからだを触られた」のは、声優・アナウンサーの14.3%がもっとも多く、文筆、クリエイターが10.6%、俳優・スタントマンの10.2%、「性的関係を迫られた」のは、声優・アナウンサーの14.3%がもっとも多く、俳優・スタントマンは11.1%となっている。
 セクシャルハラスメント被害の背景にあるのは、上下関係であり、断り難い利害関係が働くことである。
 セクシャルハラスメントを仕掛けてくる者は、ⅰ)親しさを装い、手懐け、断り難い状況をつくりだす手法としての「グルーミング」、ⅱ)ことばでの威圧や借りをつくらせるなどの「パワーハラスメント」により、不平等・非対等な関係を巧みに築き、あらがえない状況に追い込んで、性行為に持っていけるように罠を仕掛ける「エントラップメント」、ⅲ)短期間に猛烈なアプローチをし、まるで、相手が自分のことを「ひとめぼれ」したように見せかける「ラブボミング」などを駆使する。
 エントラップメント型の性暴力を受けた被害者は、自殺率が高くなるといわれている。


(2) 痴漢 
 令和3年(2021年)7月、福岡県警鉄道警察隊(以下、鉄警隊)は、「痴漢の被害経験があるとした人の約9割が警察に被害を届け出ていない」と、被害者が声をあげられないだけではなく、泣き寝入りしている実態を浮き彫りにしたアンケート結果を公表した。
 このアンケートは、鉄警隊が、被害者の心情などを把握し、今後の捜査や被害防止に生かすために同年2-3月にインターネットで実施したもので、県内外の3039人が回答し、その約3分の2が高校、大学生であった。
 「被害経験がある」と回答した人は775人(25.5%)で、うち女性が729人(94.1%)、男性は46人(5.94%)で、64%(504人)が複数回の被害経験があり、場所が鉄道車内だった人が62%(481人)であった。
 痴漢の被害経験のある女性の729人は、アンケートに回答した女性の35.1%で、3人に1人が被害にあっている。
 被害にあったときの行動の問い(複数回答)には、「我慢した(26.6%)」「怖くて何もできなかった(24.0%)」「その場から離れた(20.8%)」など、抵抗できなかった回答が71%を占めている。
 その後の対応について回答した人のうち、326人(42%)が誰にも相談せず、713人(92%)は警察に届け出ておらず、警察に届け出たのは僅か62人(8%)であった。
 被害者が、警察に届け出なかった理由として回答したのは、「被害者が悪いといわれると思った」、「逆恨みが怖かった」である。
 自ら容疑者を捕まえたケースは、15人(2.1%)に留まっている。
 被害者が声をあげられず、泣き寝入りしている理由として、「大ごとにしたくなかった(16.4%)」「恥ずかしい(9.5%)」「心配をかけたくなかった(8.3%)」など、被害者の半数が、被害感情を抑圧されたことを理由にあげている。
 女性の39.2%が、痴漢・盗撮に対する受け止め方として、「軽くとらえられ、関心を持たれていないと感じる」と回答している。
 また、令和5年(2023年)12月25日、東京都は、「『痴漢撲滅プロジェクト』痴漢被害実態把握調査」の結果を公表した。
 この調査は、令和5年(2023年)8-10月、ウェブとヒアリングで行い、1都3県(千葉、神奈川、埼玉)に住む16-69歳の男女8,284人有効回答を得た結果、痴漢被害の経験があると回答した人は2,475人(29.9%)、内訳は、女性が4,750人中2,156人(45.39%)、男性が3,474人中298人(8.58%)、Xジェンダー・ノンバイナリー56人中が20人(35.71%)、その他が4人中1人(25.0%)で、2,475人のうち2,243人(90.63%)が「電車内・駅構内」で痴漢にあっていた。
 先の「福岡県警鉄道警察隊」が実施した調査の女性の痴漢被害35.1%に対し、45.39%と10.29%ポイント高く、女性と男性の痴漢被害の差は、36.81ポイントである。
 ア)電車内での痴漢被害が止まった(回答件数2,117人)のは、「自分の目的地に着いた(降りた)」の773人(38.9%)、「人の乗り降りで距離が離れた」の436人(21.9%)、「加害者(痴漢)がどこかにいった(降りた)」の386人(19.4%)、「あなたが痴漢行為をやめさせた」の302人(15.2%)、「混雑が解消した」の163人(8.2%)、「周囲の人が痴漢行為をやめさせた」の56人(2.8%)で、イ)痴漢被害にあったときに行った対応(回答件数1,995人)は、「がまんした・なにもできなかった」の812人(40.7%)、「逃げた・移動した」の414人(20.8%)、「からだを動かして加害者(痴漢)を止めようとした」の352人(17.6%)、「持ち物でブロックした」の286人(14.3%)、「加害者(痴漢)を睨んだ」の254人(12.7%)、「加害者(痴漢)の手をつかんだ・はらった・声をだした」の167人(8.4%)などで、ウ)痴漢被害にあったときの気持ちや状態(回答件数2,010人)は、「驚いた」の1,081人(53.8%)、「怖かった」の912人(45.4%)、「怒りを感じた・反撃したいと思った」の618人(30.7%)、「逃げたいと思った」の484人(24.1%)、「からだが動かなかった・声がでなかった」の445人(22.6%)、「混んでいて身動きがとれなかった」の396人(19.7%)、「少しがまんすれば目的地につくと思った/少しがまんすれば終わると思った」の322人(16.0%)、「どうすればよいか冷静に考えた」の269人(13.4%)、「誰かに助けを求めたいと思った」の219人(10.9%)、「恥ずかしいと思った」の192人(9.6%)、「周りの人に気づかれたくなかった」の111人(5.5%)などとなった。
 エ) 周囲の人は痴漢被害に気づいたか(回答件数1,994人)は、「はい」が171人(8.6%)、「いいえ」が980人(49.1%)、「わからない」が843人(42.3%)で、オ)周囲の人の反応(171人)は、「助けてくれた」の96人(56.1%)、「助けてくれなかった」の54人(31.6%)、「わからない」の21人(12.3%)、カ)周囲の人が助けてくれた方法(96人)は、「直接加害者(痴漢)の行為を止めてくれた」の43人(44.8%)、「私に声をかけてくれた」の40人(41.7%)、「加害者(痴漢)と引き離してくれた」の36人(37.5%)、「一緒に降りてくれた」の16人(16.7%)、「周りに伝えてくれた」の10人(10.4%)などで、キ)周囲の人にして欲しかったこと(回答件数2,010人)は、「周りの人が助けてくれることには期待していない」の875人(43.5%)、「痴漢している人を止めて欲しかった」の623人(31.0%)、「自分で解決する問題だと思った」の423人(21.0%)、「痴漢から自分を守って欲しかった」の401人(20.0%)、「気づかれなくてよかった」の256人(12.7%)などとなった。
 ク)届け出・連絡・相談状況(被害にあったときかその直後)(回答件数2,010人)は、「被害直後は誰にも連絡などしていない」は1,254人(62.4%)、「恋人・友人・知人」の423人(21.0%)、「家族」の271人(13.5%)、「駅職員」の125人(6.2%)、「警察」の74人(3.7%)、「学校の先生」の61人(3.0%)、「職場の同僚」の50人(2.5%)、「相談機関」の34人(1.7%)、「職場の上司」の23人(1.1%)で、ケ)届け出・連絡・相談しなかった理由(直後)(回答件数1,254人)は、「めんどうだったから」の579人(46.2%)、「時間がなかったから(遅刻など)」の359人(28.6%)、「痴漢か確信が持たなかった/勘違いだったら恥ずかしい」の241人(19.2%)、「犯人が捕まらないと思ったから」の240人(19.1%)、「たいしたことではなかったから」の200人(15.9%)、「恥ずかしかったから」の176人(14.0%)、「ショックでなにも考えられなかったから」の170人(13.6%)、「家族などに心配をかけたくなかったから」の188人(15.0%)、「他人に知られたくなかったから」の159人(12.7%)、「どのような相談機関があるのか不明だったから」の107人(8.5%)などとなった。
 相談の現場では、「痴漢ぐらいで相談していいのかわからない」と話す被害者は、少なくなく、「露出している服を着ていたせい」と非は被害者にあると責められるなど2次加害(セカンドレイプ)にあうことも少なくない。
 日本社会には、「ソーシャル・キャピタルがきわめて低い」という深刻な問題が存在する。
 「ソーシャル・キャピタル」とは、「家族以外のネットワーク(社会的なつながり)」を意味し、ボランティアや地域活動への参加など、「地域社会での人との信頼関係や結びつき」を示す概念で、平成30年(2018年)、英国シンクタンク「レガタム研究所」が発表した日本の「ソーシャル・キャピタル(社会関係資本)」の充実度は、149の国や地域の中で99位(下位33.56%)、OECD(経済協力開発機構)に加盟する先進国31ヶ国の中では、下から2番目の30位である。
 最下位のギリシャが、アメリカのRussell Investmentsにより発展途上国に範疇替えになっているので、日本は、先進国31ヶ国中では、事実上、最下位である。
 この「日本社会が、ソーシャル・キャピタルがきわめて低い」という現実は、日本では、「圧倒的多数の人が、家族などのコミュニティ以外に居場所を持たない」ことを意味する。
 この「ソーシャル・キャピタル」が低い日本社会で、差別・排除、DV(デートDV)、児童虐待、性暴力(緊急避妊薬、中絶薬の導入を含む)、いじめ、(教師や指導者などによる)体罰、ハラスメントなどの暴力(人権侵害)被害に加え、子どもの不登校やひきこもりが長期化、深刻化しやすく、子どもの貧困の問題、ヤングケアラーの問題が表面化し難い大きな要因となっている。
 つまり、日本社会は、一緒に暮らす家族はいても、家族以外に居場所がなく、相談できる人がいない。
 家族に相談し難い、あるいは、家族が当事者であり相談そのものが不可能な状況にあるDV、児童虐待、性暴力にあったとき、被害者は、誰にも相談できず、孤立化しやすい問題を抱えている。
 痴漢は、ことばの軽さ、刑罰の軽さに比べ、閉ざされた密室ともいえる車内、混み合った車内という逃げられない状況下で、しかも、敢えて、声をあげられそうにない相手を選び行為に及ぶ非常に卑劣な性暴力で、公衆の面前でのレイプでしかない。
 しかも、高校入試や大学入試、中間や期末試験、入学式、入社式など被害を訴え難い特定の日に、中高校生、大学生、新社会人を狙う悪質で卑劣な加害者(性犯罪者)も数多く存在する。
 実際、科学警察研究所の調査では、性犯罪の加害者が被害者を選んだ理由として、「おとなしそう」が37.4%、「警察に届けないと思った」が37.2%で、「露出のある服装だから被害にあった」という言説には根拠がない。
 にもかかわらず、被害を相談できず、被害を警察に届け出ることができない状況は、「痴漢ぐらいで、大げさな!」と認識し、実際にその認識を声にして、被害者を非難する人が少なくない。
 これは、日本社会特有の問題で、もはや社会病理といえる。


(3) DV(デートDV)・ストーキング 
 内閣府と警察の調査では、ア)男性から身体的な暴力(暴行)を受けたことのある女性の割合は約4人に1人、イ)継続的で執拗な暴力(暴行)を受けたことのある女性の割合は約10人に1人、ウ)殺されそうな暴行を受けたことのある女性の割合は約20人に1人」となっている。
 つまり、15歳以上の女性を約6,279万人と考えると、一生涯(これまで)のうちに、ア)男性から身体的な暴力を受ける女性は1,569.8万人となり、これは、東京都の人口1,375万人を超える。
 イ)継続的で執拗な暴行を受ける女性は627.9万人となり、これは、名古屋市232万人と京都市147万人、神戸市153万人、札幌市108万人の4都市を合計した人口640万人に匹敵する。
 そして、ウ)殺されそうな暴行を受けたことのある女性は314万人となり、これは、大阪市の人口272人を超える。
 しかし一方で、DV事件(配偶者からの暴力事案等に関連する刑法犯・他の特別法犯)としての検挙件数(令和3年(2021年))は8,634件に留まる。
 これを年間検挙数×60年(15歳-75歳)で計算すると51.8万件となる。
 これは、先の一生涯(これまで)のうちに、男性から身体的な暴力を受ける女性1,569.8万人の3.30%、継続的で執拗な暴行を受けたことがあると自覚している女性627.9万人の8.25%、殺されそうな暴行を受けたことがある女性314万人の16.50%に過ぎない。
 このことは、「暴行罪(刑法208条)」「傷害罪(同204条)」や「殺人未遂罪(同203条)」で立件されるべき事件であっても、「継続的で執拗な暴行を受けている」と自覚できているDV被害者であっても、警察署に出向き、「被害届」や「告訴状」を提出していないことを意味する。
 同時に、このことは、本来、「暴行罪」「傷害罪」や「殺人未遂罪」で立件されるべきDV加害者は、放置、野放し状態となり、再び、同じ「継続的で執拗な暴行」を重ねるリスクを伴う。
 交際相手や配偶者から殺されそうな暴行を受けても、傷害事件の加害者として拘束・逮捕に至ることは少なく、しかも、そのかかわりを断ち切る(別れる/離婚する)ことができないのが、DV事件の難しさである。
 そして、日本社会には、家族などのコミュニティ以外に居場所を持たない人たちが圧倒的多数である一方で、被害を相談できる機関を知らないという深刻な問題が存在する。
 性的な被害、児童虐待、DV、ストーカー(正しくは、名詞の「ストーカー」ではなく、つきまとい行動を指すので「ストーキング」)、交通事故、殺人や傷害などの暴力被害を受けたとき、自治体の相談窓口について、「被害にあう前から知っていた」のは7.0%に留まり、「被害にあったあとに知った」の12.2%を加えても僅か19.2%である。
 自治体の相談窓口を知らない人が80.8%に及んでいる。
 これが、日本の現実である。
 このデータは、平成28年(2016年)1月、性的な被害、児童虐待、DV、ストーキング、交通事故、殺人や傷害などの暴力被害の6種に対して、警察庁が、20歳以上に実施したインターネットによるアンケート調査で、「被害を受けた経験のある被害者本人とその家族917人から回答」を受けたものである。
 また、はじめて被害にあったとき、誰にも相談していない人の割合がもっとも多かったのは、児童虐待の74.3%で、その理由(複数回答可)は、「低年齢だったため、相談を思い至らなかった」が73.1%を占めている。
 次に多かったのは性的な被害で、誰にも相談していない人は52.1%に及び、「他人に知られたくなかった」などの理由が多く、DV被害では、32.8%が相談をしていない。
 さらに、警察に通報・相談しなかったのは、「警察に相談するほどの被害ではないと思った」と理由と回答した人は、DVで46.0%、ストーキングで39.4%である。
 この結果は、被害者が相談窓口の存在を知らないことに加え、暴力被害を他人に知られたくないとの思いが働いたり、家庭内の暴力被害を矮小化したりする被害者心理が強く影響することを示す。
 日本社会は、ハラスメント被害だけでなく、差別・排除、DV(デートDV)、児童虐待、レイプ、痴漢、いじめ、(教師や指導者などによる)体罰などの暴力(人権侵害)被害を相談し難い環境にある。
 その結果、ほとんどの暴力被害者が、被害を訴えることができず、泣き寝入りせざるを得ない状況になっている。
 また、交際相手や配偶者からのDV行為としての性的暴力については、相談し難いだけでなく、加害者・被害者ともに被害認識がない。
 被害認識がない(あるいは、受け入れたくない)のは、児童虐待行為と同様に、もっとも親密な関係といえる交際相手や配偶者に「大切にされていない(尊重されていない)」ことを受け入れるのはあまりにも酷なことであり、心が「そうじゃない!」と認めることを阻む。
 加えて、日本社会には、「性的同意」という概念が存在しないことも性的暴力被害の認識を妨げている。


(4) 性的虐待・レイプ 
 日本社会には、暴力被害を受けた人を社会で守り、社会でケアし、サポートするという人権意識が欠落している。
 歴代の日本政府の姿勢は、家制度(家父長制)に由来する“自助”であることから、“公助”としてのシステムがほぼ存在しない。
 “これまで”も、“いま”も日本社会において、誰にも暴力被害を相談したり、暴力被害を訴えたりできないのは、あたり前である。
 これでは、暴力被害を受けた女性の声(訴え)は、黙殺されてしまう。
 こうした“認識ギャップ”は、暴力被害を受けた女性たちをずっと苦しませてきた。
 令和2年(2020年)、性暴力被害者らでつくる一般社団法人「Spring」がSNSやメーリングリストで告知(8月16日-9月5日)し、5,899人から回答を得たアンケート調査により明らかになったのは、ア)「挿入を伴う被害」にあった人で、被害後直ぐに「被害」だと認識できなかった人は6割に及び、被害の認識までにかかる年数は平均7.4年だった、イ)被害時の年齢が6歳までの人では、被害認識するまでに11年以上かかったという人が43%だった、ウ)7歳以上20代未満は10-20%、20歳代は8.79%、30歳代は4.17%の人が、被害認識するまでに11年以上かかった、エ)「挿入を伴う被害」にあった人で、身近な人に被害をうち明けた人は63.5%で、はじめて被害をうち明けるまでの年数は平均6.5年だった、オ)警察に相談したことがある人の割合はもっと少なく、「挿入を伴う被害」にあった人で16.3%だった、ということである。
 重大な「挿入を伴う被害」にあった性暴力被害者でさえ、自分の身に起きたことを“被害”だと認識するまでに、多くの時間を要する。
 ここには、『別紙2』で述べているように、「記憶の障害」といわれるPTSD(解離性障害を含む)の特性が影響している。
 しかも、ほとんどの性暴力被害者が警察には、相談していない。
 「挿入を伴わない被害」であれば、先のセクシュアルハラスメント、痴漢にあった被害者の約90%が被害を訴えられない現状も十分に理解できる。 


(5) 児童虐待
 2006年(平成16年)10月11日、国連事務総長の依頼により作成された『子どもに対する暴力の調査の最終報告書』が、国連に提出された。
 その報告書では、「世界の18歳未満の人口21億8千万人のうち、2億7,500万人(12.61%)もの子どもたちが、DVのある家庭で暮らしている」と推計している。
 この数は、日本の人口1億2,800万人をはるかにしのぐもので、アメリカ合衆国の人口2億9,800万人に匹敵する。
 日本では、「女性の35-25%が、一生涯のうち一度は男性パートナーから暴力を受け、15-10%が何度も暴力を受けている」、「児童虐待の被害者の40%で、家庭内でDVがおこなわれている」、「母親が身体的暴力(DV)を受けている家庭の60%で、子どもも身体的暴力(虐待)を受けている」とされている。
 北米の調査では、「暴力のある家庭環境にある子どもたちが身体的攻撃や性的攻撃を受ける可能性は、国内平均の15倍にのぼる」と報告している。
 プロのカメラマンやボランティアのもとで、児童養護施設出身者を対象に振袖姿での写真撮影を実施し、成人したことを皆で祝うとり組んでいる「ACHAプロジェクト」は、令和3年(2021年)6月-令和4年(2022年)11月に、過去に虐待を受けたことがある全国の男女1,005人(男性121人、女性823人、無回答・その他61人)に対し、SNS(Twitter、TikTok、Facebook、Instagram)で『虐待を受けた児童・生徒のSOS発信に関するアンケート調査』を実施した。
 回答者が受けた虐待の種類は、女性の最多は「心理的虐待」で660人(80.19%)、男性の最多は「身体的虐待」90人(74.38%)で、虐待者は、「母親」が666人(66.27%)、父親が568人(56.52%)である。
 自身への虐待について、①「学校(先生)へ相談することができた」と回答した人は、男性が28人(23.14%)、女性が204人(24.79%)で、②「相談した時期」でもっとも多いのが「中学校在籍時」で、男性27人(22.31%)、女性121人(14.70%)、次は、「高校在籍時」で、男性11人(9.09%)、女性158人(19.20%)、「小学校在籍時」で、男性23人(19.01%)、女性129(15.67%)、③「学校で相談した相手」で最も多かったのが「担任」で、男性34人(28.10%)、女性214人(26.00%)、以下、「保健の先生」で男性10人(8.26%)、女性148人(17.98%)、「友達」で男性13人(10.74%)、女性130人(15.80%)、「スクールカウンセラー」で男性9人(7.44%)、女性119人(14.46%)であった。
 問題は、「相談後の状況の変化」で最多だったのは、男性の14人(11.57%)、女性の171人(20.78%)が「なにも変わらなかった」と回答し、「相談したことを断りなく親に伝えた」、「親の味方をされ、責められた」などの対応で、状況がより悪化したことがあげられていることである。
 また、令和5年(2023年)12月8日、法務省は、非行少年の幼少期の逆境体験をはじめて分析した『犯罪白書(2023年版)』を公表した。
 その調査対象は、令和3(2021年)に少年院に入所していた13-19歳の少年591人(男子526人、女子65人)で、調査目的は、少年院入所者の育った環境を調べるためのものである。
 12項目の小児期逆境体験の有無を尋ねた結果、ア)1項目以上該当する少年は87.6%、イ)「殴る蹴るといったからだの暴力を受けた(身体的虐待)」が61.0%、ウ)「家族から心が傷つくようなことばをいわれ、精神的な暴力を受けた(心理的虐待)」が43.8%、エ)「食事や洗濯など身の回りの世話をしてもらえない(ネグレクト)」が19.6%、オ)「親の死亡・離別(親の離婚)」は60.6%であった*6。
 注目されることは、ア)1項目以上の該当者は女子が94.6%に対し、男子は86.8%で、その差は7.8ポイント、イ)殴る蹴るなどの暴力(身体的虐待)は女子73.2%に対し、男子59.6%で、その差は13.6ポイント、ウ)精神的暴力(心理的虐待)は女子78.6%に対し、男子40.0%で、その差は38.6ポイント、カ)「家庭内にアルコール問題があった」は女子23.2%に対し、男子14.6%で、その差は8.6ポイントなどと、10項目で女子の該当率が上回るなど、「女子が、男子に比べて小児期逆境体験の割合が大きい」ことである。
 非行に走った少年の多く(女子が94.6%に対し、男子は86.8%)は、幼少期に身体的虐待、心理的虐待、親のアルコール依存症、親との死別や離別(親の離婚)などの小児期逆境体験をしている。
 この「法務省が、非行少年の幼少期の逆境体験をはじめて分析した『犯罪白書(2023年版)』を公表した」ことを受けて、各新聞社(把握したのは、毎日新聞、朝日新聞、読売新聞、産経新聞、福祉新聞、静岡新聞)が報じたが、すべての新聞社が、小児逆境体験としての項目「身体的な暴力」は、まとめとして、「身体的虐待」、「虐待」と記述しているのに対し、「精神的な暴力」は、「精神的暴力」とそのまま表記し、「心理的虐待」と記述していない。
 このことは、その新聞社、あるいは、その記事を書いた記者の「児童虐待」に対する認識を明確に示している。
 つまり、「精神的暴力」を「心理的虐待」と表記せず、「身体的暴力」を「身体的虐待」「虐待」と表記した新聞社の記者は、前者の精神的暴力を「児童虐待」と認識していないことを意味する。
 いまだに、新聞社の記者でさえ、「児童虐待」は「身体的虐待」と認識していることは驚愕である。
 「親学」の提唱者である高橋史朗氏に共鳴していた安倍晋三元首相をはじめとする自由民主党の極右議員らが、「日本財団」、日本最大の保守主義・ナショナリスト団体「日本会議」の後ろ盾を得て設置した「子ども家庭庁」が発表している調査では、性的虐待は1%となっているが、これは、回答方法として複数選択ができず、ひとりの子どもに対し、ひとつの虐待を割りあてる方式を採用し、意図的に数字をコントロールしているからである。
 ところが、令和5年(2023年)9月、一般社団法人「Onara」が、子ども時代に児童養護施設などに保護されなかった人々(虐待サバイバー)を対象に、4つの支援団体の協力を得て、SNSで呼びかけ、オンラインで実施した調査(55項目、683人から回答)では、全体の36%が性的虐待を加えられたと回答している。
 「1.DV/性暴力被害者の私にかかわるすべての人たちに7つのお願い」の29文-35文で、長期間、慢性反復的(常態的、日常的)な被虐待体験をしてきた人、つまり、虐待サバイバーの自死について述べている。
 同29文「続けて、2007年(平成19年)、ニューヨーク州立大学のシェン氏が、『ネイチャー・ニューロサイエンス誌』に発表した重要な指摘がある。」、同30文「それは、「ストレス耐性」が、大人の脳(青年期後期(18-22歳)以降)と10歳代の脳で、顕著な違いを示すことである。」、同31文「人は、ストレスを感じると、脳内で「THPホルモン」が分泌される。」、同32文「この「THPホルモン」は、不安を抑えるブレーキの役割を果たす。」、同33文「しかし、10歳代の脳では、「THPホルモン」は逆にアクセルとなり、不安を増幅させてしまう。」、同34文「日本における15-19歳、20-24歳の死因の原因の第1位は「自殺」で、第2位が不慮の事故、25-29歳、30-34歳、35-39歳も死因の第1位は「自殺」で、第2位は癌である。」、同35文「幼少期、長期間、慢性反復的な被虐待体験をしてきた人が、思春期後期(12-15歳)、青年期(前期15-18歳/後者18-22歳)に達したり、この時期に暴力被害を受けたりした人は、「時間が解決するどころか、その時間の経過とともに、自死に至るリスクが高くなる」のである。」と述べているが、この調査で明らかになったのは、91.1%が、「自殺をかんがえたことがある」と回答し、そのうちの61.3%が、「自殺未遂に至ったことがある」と回答していることである。

*6 この「児童虐待」、つまり、「身体的虐待」「性的虐待」「心理的虐待」「ネグレクト」を加えられた子ども、つまり、長期間、慢性反復的(常態的、日常的)な被虐待体験(小児期逆境体験)をしてきた人が示す心身に受けたダメージ(後遺症だけではなく、その家庭環境で身につけた思考・行動習慣)については、『別紙2d』で詳述しています。


(6) ♯Me Tooで声をあげ、調査が実施されデータが公開 
 性暴力被害者が、顔を晒し、実名を明かして、性暴力被害を訴えることは、「ひとりで、灼熱の砂漠に放りだされるようなものだ。」と比喩されるほど、過酷なことである。
 にもかかわらず、近年、さまざまな性暴力被害者にかかわるデータが公表されることになった背景には、「♯Me Too」があり、これらに賛同した性暴力被害者がSNSでつながり、声(訴え)をあげやすくなったことがあげられる。
 しかし、SNSには、つながりたい人、知りたい情報を持っている人とだけつながるという特性がある。
 つまり、こうしたデータは、「♯Me Too」に賛同した性暴力被害者とつながろうとアクションを起こした人を中心に広がり、共有されているに過ぎない。
 したがって、それ以外の人々の間では、いまだに、「なぜ、抵抗できなかったの?」、「なぜ、助けを求めなかったの?」、「逃げられたはずでしょう!」、「なぜ、誰にも被害を相談しなかったの?」、「なぜ、被害を訴えなかったの?」といった問いかけのことばが蔓延している。
 こうした認識は、暴力被害者が被害を相談したり、被害を訴えたりする機関の警察署に勤務する警察官、行政機関の相談窓口の職員、そして、弁護士、医師も変わらない。
 また、これらの人たちの中には、研修を受けたり、関連図書を読んだりして、「暴力被害者などにこうした言動をしてはいけない」ことを知ってはいても、被害の瞬間(その直後を含む)、「なぜ、助けを求められないのか?」「なぜ、被害を相談したり、訴えられないのか?」の“根拠(医学的なメカニズムなど)”については、知らない、説明できないことが少なくない。
 平成24年(2012年)6月以降、性暴力支援を続けている「SARC東京(性暴力救援センター・東京)」に、平成30年(2018年)4月-同31年(2019年)3月までの1年間に受けた電話相談は4925件(20歳代以下の被害者が6割)で、そのうち、医療機関や弁護士、警察などに同行したのは242件(144人)で4.93%である。
 医療機関や弁護士が同行した242件の中で、警察が被害届を受理したのは53件(21.90%)、被害届を受理しなかったのが61件(25.21%)で、起訴に至ったのは13件(5.37%)、そして、有罪判決は7件(2.89%)である。
 警察が、被害届を受理しない理由の説明は、「暴行・脅迫がない」、「抵抗していない」、「証拠がない」、「加害者は同意があるといっている」、「加害場所からSOSを出していない」、「2度被害にあっているのに、逃げなかった」などである*7。
 「物証証拠」がないとき、被害直後の性暴力被害者が示す言動や態度、後遺症としてのPTSDなどの特性や傾向にもとづくトラウマ反応や訴えなどが、「被害の事実を裏づける証拠」という認識に立つことが必要である。
 こうした言動を生みだす人たちは、性暴力被害者が苦しむトラウマ反応にもとづく行動、被害者心理などについて、まったく理解していないことを示している。
 これらのことばは、まったく意味をなさないだけでなく、性暴力被害者に対するセカンドレイプ(2次加害)となり、性暴力被害者を苦しめ、追い詰める。
 また、性暴力被害者が、性暴力被害を認識できるまで多くの時間を要することは、“公訴時効”を過ぎて、起訴できなくなる可能性がでてくる。
 刑事事件の“公訴時効”は、a)「強姦罪/強制性交等罪(刑法177条)」は10年、「強姦致傷罪/強制性交等致傷罪(刑法181条2項)」は15年、「強制性交等致死罪(刑法181条2項)」は30年、「強制わいせつ罪(刑法176条)」は7年、「強制わいせつ致傷罪(刑法181条)」は15年、「傷害罪(刑法204条)」は10年であり、b)“令和5年(2023年)7月13日以降”は、ア)「強盗・不同意性交等罪」「不同意わいせつ等致傷罪」などが15年から20年に、イ)「監護者性交等罪」「不同意性交等罪」などが10年から15年に、ウ)「監護者わいせつ罪」「不同意わいせつ罪」などが7年から12年に変更され、被害者が18歳未満のとき、18歳に達するまでの期間がこれに加算される*8。
 つまり、18歳未満ときに、「不同意性交罪」「不同意わいせつ罪」が適用される性暴力を受けたときには、公訴時効の起算点は18歳となる。
 民事事件の公訴時効年数は、「強制性交等罪」「強制わいせつ罪」「傷害罪」のいずれも、被害者が事件とその加害者を知ってから3年、または、事件が起きたとき(行為が継続されていたときには、行為が終わったとき)から20年である。
 ただし、平成29年(2017年)の民法改正で、「生命・身体に対する不法行為」のときには、「3年」が「5年」になる規定が新設された(民法724条の2)。
 つまり、強制性交(レイプ)の手段として暴行を加え、身体を害したときの損害賠償金の支払いを求める民事件の公訴時効は5年となる可能性がある。
 とはいえ、「挿入を伴う被害」を認識するまで11年以上かかった「6歳までの人で43%」、「7歳以上20代未満は10-20%」、「20歳代は8.79%」、「30歳代は4.17%」の重大な性暴力被害者は、自身の被害を認識できたときには、既に「強制性交等罪」の“公訴時効”を過ぎている。
 顔見知りの人からの性暴力被害、自分の身になにが起きたのか理解できないまま多くの時間が過ぎる。
 被害を認識できても、被害をうち明けるまでにも多くの時間を要する。
 その間、被害を誰にも相談できず、ひとりで抱え込み、やっと被害認識ができたときには、“公訴時効”が過ぎていて、被害を訴えることさえできない。
 このような凄惨な状況を生みだしているのは、個人ではなく、紛れもなく日本社会であり、日本の司法である。

*7 「暴行・脅迫がない」は、「2.女性と子どもが人権を獲得するまでの遠い道のり」の27文-30文で述べているように、平成29年(2017年)6月2日に成立した110年ぶりの「刑法改正(性犯罪を厳罰化)」において、「強姦罪(刑法177条)」が「強制性交等罪」に変更されたときに「見送られたレイプ要件」です。
 6年後の令和5年(2023年)6月2日成立(同年7月13日施行)した「刑法改正(性犯罪規定の見直し)」で、「強制性交等罪(刑法177条)」から「不同意性交等罪」への変更により、漸く、このレイプ要件の「暴行や脅迫要件が撤廃」されました。

*8 「平成29年(2017年)7月13日以降の刑事事件」という意味は、法改正で刑罰が変更になったときに「遡及性」は適用されないという意味です。
 量刑により、公訴時効の年が決まってくるので、「法改正の施行日前」の同事件の公訴時効も「旧法」の適用となります。
 つまり、例えば、ア)「同年7月12日以前のレイプ事件」には「強姦罪」が適用され、イ)「同年7月13日以降のレイプ事件」には、「強制性交等罪」が適用され、ウ)「令和5年(2023年)7月13日以降のレイプ事件」には、「不同意性交等罪」が適用となり、「同年7月13日以降に新設」された「監護者性交等罪」は、同年7月12日以前に起きた監護者(親)による性的虐待事件には適用されず、「強姦罪」の適用となります。
 これらについては、“法律関連版”の『別紙4b(簡易版) 「DV・虐待行為としての暴力」の規定と適用される法律』で詳述しています。


5.レイプ神話
 この日本社会の問題として、認識ギャップや誰にも相談できない状況を生む背景には、いわゆる「レイプ神話*9」の存在がある。
 「レイプ神話」は、「家族における性暴力」が容認される背景にもなっている。
 スーザン・ブラウンミラーは、「強姦とは、あらゆる男性が、あらゆる女性を恐怖の状態にとどめ置くための意識的な威嚇の過程である」と定義している。
 そして、多くの研究からレイプ(欧米諸国の広義の意味として、性交のみを指さない。以下同)の発生には、a)加害者によるレイプ神話(迷信)の信仰、b)加害者の支配意識、c)女性に対する敵意(侮蔑、卑下)などが関係していることが明らかになっている。
 以下に示す「レイプ神話」は、レイプ加害者、レイプを矮小化し、問題視しない人たちが、レイプを合理化、正当化することにつながる誤った信念であり、態度であることを知っておく必要がある。

ア) 性的欲求不満
 男性は、女性に比べ、はるかに強く、また抑えがたい性的欲望を持っている。
 だから、レイプは、やむを得ないことである。

イ) 衝動行為
 レイプは、男性の一時の欲情によるものだから、厳しく咎められることはない。

ウ) 女性の性的挑発
 女性の性的魅力に圧倒されてレイプに走った。
 だから、女性の性的挑発も原因の一部である。

エ) 暴力的性の容認
 女性は、男性から暴力的に扱われることで、性的満足を得るものである。

オ) 女性の被強姦願望
 女性は、無意識のうちに、レイプされること願望している。
 女性は、そういうファンタジーを持っている。
 潜在的にせよ、女性に望む気持ちがなければ、実際には、レイプはおきない。
 本当にイヤ(嫌い)だったら、最後まで激しく抵抗し、レイプされなかったはずである。

(*) 加害者と被害者に対格差があるとき、「激しく抵抗する」ことは容易ではない。
 例えば、令和2年(2020年)の20-49歳の男性の「身長」の平均値は171.48cm、20-49歳の女性(20-)の「身長」の標準値は157.74cmで、その身長差は13.74cmであり、同男性の「体重」の平均値は67.8kg、同女性は52.3kgで、その体重差は15.5kgである。
 この体重差15.5kgは、ボクシングの「スーパーウエルター級(69.85kg下)」と「バンタム級(53.52kg以下)」「スーパーフライ級((ジュニアバンタム級)52.16kg以下)」の違い(8-9階級差)、つまり、中量級と軽量級の違いとなる。
 また、柔道では、「男子73kg以下級」と「女子57kg以下級」「女子52kg以下級」の違い、「男子73kg以下級」は、「女子78kg以下級」に該当し、上から2番目の重量級に相当する。
 さらに、加害者が大人で、被害者が子どもであるとき、その差は歴然である。
 例えば、6歳0ヶ月の児童の平均身長は、男子114.6cm、女子113.7cm、同平均体重は、男子20.7kg、女子20.3kgであるのに対し、令和2年(2020年)の20-49歳の男性の「体重」の平均値は67.8kg、同女性は52.3kgである。
 つまり、成人男性と6歳0ヶ月の男児との体重差は47.1kg(30.63%)、同女児との体重差は47.5kg(29.94%)、成人女性と6歳0ヶ月の男児との体重差は39.0kg(39.58%)、同女児との体重差は39.1kg(38.81%)である。
 この圧倒的な体重差は、ボクシングのヘビー級90.719kg超とミニマム級47.627kgの体重差42.092kg(52.49%)と踏まえると、成人が幼児を殴ったり、叩いたりする身体的虐待(しつけ(教育)と称する体罰を含む)がいかに危険な行為であり、この体重差があるときに、性的虐待を加えられたら防ぎようがないことは歴然としている。
 被害者は、こうした対格差の下では、抵抗できず、恐怖心から凍りついたようになってしまい、声をあげることすらできないことが多い。
 しかも、男性の力に女性が抵抗することは、極めて難しい。
 問題は、この神話がまかり通っている限り、加害者側は、「合意の上=和姦」を主張し、罪を免れようとする。
 ここには、男性の「女性は貞操を守るためには死を覚悟して抵抗するもの」との認識が少なからず影響している。
 「本当にイヤ(嫌い)だったら、最後まで激しく抵抗し、レイプされなかったはずである。」との認識、警察が、被害届を受理しない理由の説明としてあげる「暴行・脅迫がない」、「抵抗していない」、「証拠がない」、「加害者は同意があるといっている」、「加害場所からSOSを出していない」、「2度被害にあっているのに、逃げなかった」の言動に対し、多くの性暴力被害を受けた女性は、口を揃えたように、「なら、抵抗し、殺されればよかったの?!」と悲痛な思いを吐露し、加えて、後遺症に加え、周りの人たちの無知(知らない)による無理解が招く2次加害となる言動や態度にさらされ続け、「あのとき、抵抗して、殺されていればよかった!」と絶望感に苛まれる。
 レイプ被害から日常をとり戻そうと何年も必死にもがき、漸く精神状態が安定しはじめたとき、無知(知らない)による無理解が招く心ない言動や態度に触れ、その2次加害(セカンドレイプ)により、「もう頑張れない! ごめんなさい。」と自死に至るレイプ被害者も存在する。
 『別紙2d』で述べているように、PTSDを発症したレイプ被害者が、そのPTSDが長期化、重篤化し、併発症(合併症)としてのうつ病を発症したとき、そのリスクは高くなり、「エントラップメント型のレイプ」であったり、10歳代のレイプ被害者であるときは、よりそのリスクが高くなる。
 「嫌でも、声をだせない、抵抗できなくなる」ことについては、『別紙2』の「1.PTSDの症状(解説)」の10文-21文、51文、52文で説明しているように、科学的(医学的)に説明できる。

カ) 女性の隙 
 行動や服装が乱れていたり、男性を自分の家にあげたりするなど、自らレイプされる危険をつくりだしているのだから、女性は、被害にあっても仕方がない。
 被害を受けた人に“責任”、“落ち度”、“軽率”、“挑発”がある。

(*) 「2.女性と子どもが人権を獲得するまでの遠い道のり」の76文で「ある(一定の)条件下」とは、暴力被害者の“態度”“言動”“姿勢”“立場”“服装”などを指し、加害行為に及ぶ者が、「暴力行為(暴力行為をエスカレートさせたを含む)の理由づけとする考え方(認知)」を意味するが、DV(デートDV)や性暴力の加害者に実施される『加害者更生プログラム(性犯罪者処遇プログラム)』の“基本姿勢”は、「ある(一定の)条件下を、暴力行為の理由づけ(正当化)とする考え方(認知)をいっさい認めないことである。」と述べている。
 同プログラムでは、グローバルスタンダード(世界人権宣言)の「いかなる理由があっても、人に危害(暴力)を加えることは、人権を侵害することに他ならない」との考えに立ち、プログラムに参加(受講)している加害者が、自身の暴力(人権侵害)行為に対し、「否認」、「矮小化」、「歪曲化」、「合理化」が認められる(言動・発言がある)ときには、「被害者の“態度”“言動”“姿勢”“立場”“服装”などのある(一定の)条件があったとしても、暴力を用いない人が圧倒的に多い。」、「あくまでも暴力行為を選択しているのは、加害者自身である。」、「したがって、“ある(一定の)条件下”を持ちだし、自身の暴力行為を正当化しようとする試みは、加害者自身に都合のいい考え(自分勝手な解釈)でしかない。」、「つまり、暴力行為を選択した責任は、100%加害者にある」ことを繰り返し示し続ける。
 加害行為に至らない一般の第3者に対しても、この“グローバルスタンダード”としての“基本姿勢”にもとづく認知と姿勢を学び、身につける必要がある。
 なぜなら、この認知と姿勢を学び、身につけていないと、暴力被害者に対する言動が、2次加害(セカンドレイプ)となり得るからである。

キ) 捏造
 レイプ事件の中には、女性が都合の悪いことを隠したり、男性に恨みをはらしたりするために捏造したものが多い。46

(*) 被害者は、意図的につくり話をするどころか、ショックや恐怖心から普通の話しすらできないことが多い(『別紙2』の「1.PTSDの症状(解説)」の10文-21文、51文、52文)。

 以上のように、「レイプ神話」は、加害者にとって都合のいい考えで、加害者のレイプという卑劣な行為を「否認」、「矮小化」、「歪曲化」、「合理化」し、正当化する試みでしかない。
 第3者が「レイプ神話」を持ちだし、加害者の卑劣なレイプを援護するのは、その人が、レイプを容認していることを意味する。
 その的外れな擁護は、論外である。

*9 男性に対するレイプについても、「神話」は存在し、レイプ被害を訴え難くしています。
 社会は、男の子は、早い時期に、ある厳しい固定観念を「ステレオタイプ」として叩き込まれます。
 それは、「男は強く、タフであれ」という感覚、「弱さや脆弱性を人に見せるなんてあり得ない」という感覚です。
 男性のレイプ被害者は、この「性別による固定観念」が「被害のトラウマ」と衝突しがちです。
 多くの被害者は、罪悪感や羞恥心を覚えています。
 なぜ、加害者と戦うことができなかったのか、なぜ、レイプのターゲットにされたのか、それは、隠れた弱さを見透かされたではないのかなどと自問自答を繰り返し、自分を追い詰めます。
 そこに、でたらめにでっちあげられた差別的な「神話」が、トラウマに直面している被害者に怖ろしい障害となります。
 その「神話」は、「本物の(強い)男はレイプされない」、「レイプや虐待の被害者はゲイに違いない」、「レイプとは、権力と支配によるものではなく、性嗜好の問題である」、「レイプの被害者は、のちに加害者になる傾向がある」などです。
 そして、男性のレイプ被害者を苦しめるのは、感情や葛藤について口にすることは、「なんとなく女々しいこと」と教育されていることです。
 その結果、レイプ被害を口にすることができず、長い間、沈黙せざるを得なくなります。
 なお、令和4年(2022年)に内閣府が若年層(16-24歳)に対し実施した「性暴力被害の実態に関するオンラインアンケート(有効回答8942人)」では、5.1%が身体的接触を伴う性暴力被害、2.1%が性交を伴い性暴力被害にあい、そのうち、16-19歳の男子の3.5%が身体接触を伴う性暴力被害、0.5%が性交を伴う性暴力、1.1%が痴漢被害、1.8%がSNSを利用した性被害にあうなど、男性の性暴力被害は、若年層に多い傾向があります。
 性暴力被害にあったと回答した男性の50%超が、「恥ずかしくていえなかった」「相談してもムダ」という理由で、被害を誰にも明かしていませんでした。
 男性に対するレイプについては、平成29年(2017年)6月2日に成立した110年ぶりの「刑法改正(性犯罪を厳罰化)」で、「強姦罪(刑法177条)」が「強制性交等罪」に変更されたのを受け、女性に限られていた性暴力被害者の対象が拡大し、性別を問わず適用されるようになりました。
 それは、男性器(陰茎)を膣に挿入する以外の「性交類似行為」として、男性器(陰茎)を肛門、口腔内に挿入、または、挿入させる行為を加えたものです。
 「性交類似行為」とは、望まない肛門への性器挿入、口腔への性器や性具等の挿入等を伴う行為のことで、「強姦罪」から変更となった「強制性交等罪」では、膣や肛門、口腔への「男性器の挿入」が犯罪の成立要件となっていることから、器具や指、凶器といった男性器以外の物を使っているときには、適用外となりました。
 6年後の令和5年(2023年)6月16日に成立(同年7月13日施行)した「刑法改正(性犯罪規定の見直し)」において、前回の「法改正(性犯罪の厳罰化)」で見送られた「膣、または、肛門にからだの一部、または、物(性具など)を挿入する性交類似行為も性交と同じ扱いにする」と定めました。


 暴力行為に至る者は、パワー(暴力行為だけでなく、権威なども含む)で、相手を支配(コントロール)し、屈服させ、支配し、ひれ伏させ、屈辱を与えることで満足する。
 つまり、差別・排除、DV(デートDV)、児童虐待、性暴力、いじめ、(指導者などによる)体罰、ハラスメントなどの暴力(人権侵害)行為は、本来、対等な関係である人に対し、支配と従属の関係性、上下の関係性を成り立たせたり、一度、構築したその関係性を維持したりするために、パワー((暴力行為だけでなく、権威なども含む)を行使することである。
 これは、あらゆる暴力行為の本質である。
 一方、暴力被害者が覚える自責感は、やむなく世間の目という権力に迎合せざるを得なくさせる。
 それは、被害女性の人権を傷つけ、精神的治療の妨げになる。
 加害者には、自分の行為の責任を回避する“便法”として使われる。
 日本社会では、この加害者の“便法”は、社会が加害者に寛容になり、やむをえないこととしてレイプがおこなわれやすい社会的な雰囲気さえもつくりだす。
 加害者は、暴力被害者が、からだと意識のコントロールを奪われ、時には、その恐怖によるPTSDとその併発症としてのうつ病などの症状に長く苦しみ、終わりの見えない心理的ケアや援助が必要になることについて、無知で、鈍感で、しかも、無責任である。
 暴力被害には、終わりがない。
 示談が成立したり、裁判で実刑が下されたりしても、暴力被害の衝撃は残り続け、精神的に不安定で、後遺症は長く続き、終わりは見えない。
 暴力被害にあって、正常でいられる人はいない。
 時に、周りの人には、冷静に見えるのは、『別紙2d(簡易版)』で述べているように、その冷静さをとり繕って自分を保っているに過ぎない。
 なぜなら、「そうしないと自分を保てないギリギリの状態で生きている」からである。
 苦しくて泣き叫ぶのではなく、感情がなくなり、淡々と話す。
 これは、PTSDの「感覚鈍麻(情動麻痺)」の症状である。
 話す内容は合理的で、賢い人のように見えるのはショックの表れでしかない。
 どうしていいかわからないだけでなく、自分の状態もよくわからないことが、暴力被害者の「症状」である。
 人は、自分の意志に反し、望まない性的行為を強要されたり、暴力を加えられたりすると、つまり、人的侵害を受けると、“わたし”というアイデンティティが粉砕され、破壊される。
 「アイデンティティ」とは、「自我同一性」のことで、自分が自分であること、他者や社会が、自分が自分であることを認めていると自覚できている感覚のことである。
 つまり、暴力(人権侵害)被害は、「自分が、自分でなくなる(同一性拡散の危機)状態」に陥る。
 「自分が、自分でなくなる」ことは、自尊感情(自己肯定感)が粉砕され、破壊された状態である。
 「自尊感情(自己肯定感)」とは、自分には存在価値があると感じられる、自分を好きだと感じられる、自分を大切に思える気持ちがあることである。
 つまり、自尊感情(自己肯定感)が粉砕され、破壊されると、自分の存在価値を認められない、自分を好きになれない、自分を大切に思えなくなる。
 差別・排除、DV(デートDV)、児童虐待、性暴力、いじめ、(指導者などによる)体罰、ハラスメントなどの暴力(人権侵害)行為は、被害者の自尊感情(自己肯定感)を破壊する。
 あのとき、どうして逃れることができなかったのだろう、どうしてあんなことをしたのだろう、どうして、どうしてと自分を問い続け、時に、自分を追い込む。
 自分の存在価値を認められず、自分を好きになれず、自分を大切に思えない人生は、とても苦しく、ツラい。
 その生き難さに葛藤し、ときに、絶望する。
 自尊感情(自己肯定感)が高いときには、サラッと受け流すことができたことであっても、自尊感情(自己肯定感)が破壊され、低くなると、サラッと受け流すことができなくなる。
 それは、ナイフで切り裂かれたような傷みである。
 なぜなら、脳は、「再び、人的侵害された」と認識してしまうからである。
 「再び、人的侵害された」=「2次加害された」である。
 つまり、その都度、心的外傷(トラウマ)を追体験し、その心的外傷(トラウマ)は深くなる。
 自尊感情(自己肯定感)の破壊が深刻な状態に至ると、つまり、PTSDの症状が重篤化すると、着替えや入浴、歯磨き、自分の身の回りのことに無関心になり、できなくなる。
 これは、PTSDの症状ではなく、PTSDの症状が重篤化し、その併発症としてのうつ病を発症し、その症状によるものである。
 このとき、心的外傷(トラウマ)のダメージは、「深刻な状態」ではなく、「危険な状態」に至っている。
 「危険な状態」とは、なにかのきっかけで、自死を選択する可能性がある状態である。
 つまり、うつ病を発症したことによる自死のリスクが高まる。
 もっとも危険なのは、発症の1週間-1ヶ月間である。
 この「危険な状態」にあるとき、暴力被害者が2次加害を受け、ことばの暴力というナイフで心を抉(えぐ)られると、とても危険である。
 暴力被害者とかかわるすべての人たちは、暴力被害者に対して2次加害の刃を向け、暴力被害者の声(訴え)を黙殺するのではなく、暴力被害者の声(訴え)に耳を傾けて欲しい。


DV被害支援室poco a poco 庄司薫
20240518版
20240611版(一部、データを加筆)
無断転載・転用厳禁(他案件での使用・引用を含む)

 

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