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アングラの王子様 27

私は家に帰る途中、ずっと唐沢マリンのことを考えていた。
愛されるべき人に愛されなかった、そういった谷垣さんの言葉がループする。
それって一体、どんなに辛いことだろう。
山道を下る途中、着信があった。
スマホの画面には、今井トウマと映し出されていた。
今井君から電話があるのは初めてで、驚いて一瞬画面を見つめていたが、切れる前に出ないといけないと思い、慌てて出た。

「ごめん、遅くに」
「ううん、サークルの帰りだったから大丈夫。今井君、今日はサークルに来なかったね」
「ああ、家の用事でちょっとね。それより、あの投稿だけど」

あの投稿、爆破予告のことだ。
やっぱり、今井君も気づいていたんだ。

「俺はやるべきだと思う、定期公演」
「うん」
「白石さんさえ、よければだけど」
「ここまでみんなでやってきたんだから、私も、諦めたくない」
「そうだよな」
「谷垣さんは演劇の力で戦うって言ってた」
「演劇の力でか」

今井くんは電話越しで笑った。
耳元に今井君の笑い声が響く。

「あの人らしいな。でも、そんなことができたら愉快だな」

愉快。
そう言われて、演劇の力で唐沢マリンを改心させるところを想像する。
それは確かに愉快かもしれない。
今井君はその愉快を噛み締めている余韻があった。
私はさっきまで考えていたことをぶつけることにした。

「愛されるべき人に愛されないって・・・どんな気持ちかな」
「え?」

突然、私が言ったから今井君は聞き返した。

「いや、ごめん、急に」

返事はない。
が、無視しているというわけではなく何か考えているような沈黙だった。
そして、しばらくの沈黙の後、今井君が答えた。

「俺はそんな気持ち、分かるかもしれない」
「え?」

次に聞き返したのは私の方だった。

「俺は親に愛されていなかった。というより、親が俺のことを見てくれてなかったんだ。それが悲しくて、寂しくて仕方なかった。もうこのままじゃ、無理だって時に親父が」

その時、電話の向こうで今井君が呼ばれる声がした。

「あ、ごめん。明日はサークルに行くからまた明日」

私の返事も待たずに電話は切られてしまった。
だけど、また明日会える。
それだけで、私の心の中は熱くなった。

今井君が言おうとしたことの真意はわからない。
だけど、またいつかその話を聞かせてくれるだろう。
今井君はきっと、愛されるべき人に愛されなかったことを乗り越えた人なんだ。
そんな今井君だったらきっと、あの唐沢マリンにも対抗できるはずだ。
そんな期待を胸に、坂道を下っていった。

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