アングラの王子様 26
その後は唐沢マリンを褒め称えるコメントが相次いだ。
私は見ていられなくなって、目を逸らした。
同じ気持ちだったのだろう、谷垣さんはその配信から退出した。
私達は顔を見合わせて、深い溜息をついた。
「想像以上にヤバかったですね」
「でも、これで確証が得られました。主犯格は唐沢マリンです」
「主犯格は分かりましたけど、かなり厄介じゃないですか?もし、定期公演を中止にしたとしても、それだけじゃ満足できないようだし」
「彼女は我々が泣いて謝る姿が見たいようですね。それに今井君に特別な感情を抱いている」
特別な感情ーーーーー
それは恋愛感情なんて生優しいものではなく、嫉妬や怨みや憎しみが絡み合ったどす黒い感情のような気がした。
唐沢マリンに対する恐怖とは別に、どうしてそこまでして誰かを陥れようとするのかという疑問が浮かんでいた。
気がつくと私はその疑問を谷垣さんにぶつけていた。
「どうして、爆破予告とか、誰かを陥れるようなことができるんでしょうか」
谷垣さんは、私の問いに対して少し考えるような様子で、窓の外を眺めた。
そして、悲しそうに言った。
「きっと、愛されるべき人に愛されなかったんでしょうね」
愛されるべき人に愛されなかった。
それが何を意味しているのか、私にはすぐに飲み込むことができなかった。
私がそれについて考えていると、谷垣さんはノートパソコンをパタンと閉じた。
「だとしても、許されるべきではありません。私は唐沢マリンと正々堂々戦うことに決めました」
どこかで聞いたことがある言い回しだと思ったら、選手宣誓みたいだなと思い当たった。
それぐらい、私にとって正々堂々戦うなんて言葉は他人事のように聞こえた。
「戦うって、一体どうやって・・・?」
「もちろん暴力!」
「暴力?」
「・・・は使いません。私、この通り、喧嘩弱いですから」
谷垣は屁っ放り腰でシャドーボクシングの真似をしてみせた。
確かに弱そうだ。
「かと言って、警察に突き出すにしても、唐沢マリンが主犯格であるという証拠を得るのは難しいでしょう。一応、先程の配信を録画してはいますが、直接的な物証として扱われるかは怪しいところです」
ちゃっかり録画しているところが谷垣さんらしいと思った。
「そこで、私にできること、と言ったらーーーーー」
谷垣さんはソファの上にかけられたブランケットをマントのように被った。
ソファの上に立ち上がり、ブランケットを棚引かせながら言った。
「演劇です!演劇の力で唐沢マリンを改心させてみせます」
そんなこと出来るのだろうか。
甚だ疑問だったが、ブランケットのマントを棚引かせて高笑いをしている谷垣さんを見ていたら、そんな心配をしている自分が馬鹿らしく感じられた。