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雨と路地裏と少女

朝から振り続けている雨がコートを濡らした。
傘を持たずに飛び出してきたのは、それどころではなかったからだ。
路地裏の隅にかがみ込んで脱いだコートを頭から被った。
降り注ぐ雨がゆっくりとコートに染み込んでいく。
水滴が額から頬を伝い、汗と混じり気持ちが悪い。
サイレンの音が鳴り響く。
すぐ近くに警察がいるらしい。
ここがバレるのも時間の問題だ。
懐に忍ばせた拳銃を手に取る。
拳銃には一発分の銃弾が仕込まれている。
コートの隙間から外を覗き見る。
ここに警察が入ってきたらまずいだろう。
だが警察官が1人でここに来たなら、まだ逃れるチャンスはある。
もし、この拳銃を発砲すれば他の警察が駆けつけるに違いない。
拳銃を使うなら脅しだ。
この路地裏に入ってきた警察官を人質に取り、逃走用の車両を用意させ、逃げ出す。
今はそのか細い望みにかけ、この路地裏で雨がコートを濡らすのを堪える他あるまい。
次にこの路地裏に入ってくるのが、1人か2人か・・・それが問題だ。

どれぐらいの時間が経っただろうか。
サイレンの音は随分前に聞こえなくなったが、まだ油断はできない。
路地裏から出てきたところを警察が待ち構えていることだって考えられる。
コートは完全にようをなさず、身体中がずぶ濡れだ。
今度身を隠すなら屋根のあるところにしようと思ったその時だった。
足音がゆっくりと近づいてくることに気がつく。

1人か・・・それとも・・・。

コートの隙間から様子を伺いながら、いつでも拳銃を取り出せるように懐に手を差し込む。
小さな人影がゆっくりと近づいてくる。
こちらに気が付いているのか真っ直ぐと歩いてくる。
拳銃を取り出すか否か躊躇をしているうちに、その少女が声を掛けてきた。

「なにしてるの?」

真っ赤なレインコートを着た少女が小首を傾げて覗き込んでくる。
ここで拳銃を取り出せば、少女は驚き、悲鳴を上げるだろう。
すぐに追い払ってしまいたいが、親を呼ばれてしまう危険性がある。
予想外の事態に、どう対処すべきか悩んでいるうちに少女が続けて問いかけてくる。

「かくれんぼ?」

純粋無垢なこの少女にはかくれんぼに見えていたようだ。
怪しまれてはいないのかもしれない。
このまま少女の話に乗っかった方がスムーズにこの場をやり過ごせるかもしれない。

「そうだ。かくれんぼだ。鬼に見つかるとまずいから、ここにいることは誰にも言わないでくれ」
「ふうん。こんな雨の日に大変だね」

少女はそう言って俺の隣にしゃがみ込んだ。

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