アングラの王子様 42
「君を警察に突き出すことはしない。それはきっと、根本的な解決にはならないから」
今井君は唐沢マリンの態度に動じずに話している。
堂々とした態度は今井君本人のものなのか、はたまた演技が入っているのかはわからない。
「1つ教えてほしい。君をそこまで怒らせてしまったのは、僕が君とのエチュードを断ったからか?」
入部審査を受ける際に、唐沢マリンがエチュードの相手に今井君を指名したことを思い出した。
今井君はそれを断り、唐沢マリンは怒って出て行ってしまった。
今井君の問いかけに、唐沢マリンは鼻で笑って答える。
「今はもう、そんなことどうだっていいわ。ただ、あの時の屈辱は今でも胸の中でグツグツと煮えたぎってる。それなのに、あなた達は毎日楽しそうにお芝居ごっこに興じている」
「お芝居ごっこーーーー?」
一生懸命頑張って稽古してきた日々をお芝居ごっこと片付けられてしまったとなると怒らない方がおかしい。
今井君は怒りを堪えていたが、私の後ろにいる谷垣さんは、自らの怒りを抑えるために壁を殴り、鈍い音が講堂に響いた。
「だってそうでしょ?ライブ配信を見せてもらったけど、素人レベルのお芝居で正直見てられなかったもの」
今井君は怒りを抑えるために、一度息を吐き出した。
冷静さを失わないように気をつけているように見える。
講堂に入る前、谷垣さんはこんなアドバイスをしていた。
「安い挑発に乗っては相手の思う壺です。冷静にこちらのペースで話を進めていってください」
そのアドバイスを守っているのだろう。
少し間を置いて、冷静さを取り戻した今井君は話の矛先を変えた。
「演劇サークルには関わらないでほしい。爆破予告とか僕らを困らせるようなことはやめてくれないか」
「私に指図するわけ?・・・でもまあ、あなたがそこまで言うなら、お願いを聞いてあげないでもないけど」
「本当か・・・?」
「だけど・・・タダでお願いを聞くほど、世の中は甘くないわ。条件がある」
状況としては、唐沢マリンが爆破予告の犯人だと追い詰めているはずなのに、あちらから条件を出してくるなんておかしな話だ。
おそらく自分のペースに持ち込もうとしているんだ。
「条件・・・?」
「私にキスをしなさい。今、ここで」
ついに無茶苦茶なことを言い始めた。
こんな取引、絶対におかしい。
演劇サークルに関わらない代わりに、キスをしろだなんてどうかしてる。
しかも、私達が見ている前で。
こんなの絶対おかしい。
今井君は少し考えた後、口を開いた。
「キスをすれば演劇サークルに一切関わらないんだな?」