アングラの王子様 31
「え、今井君?」
今井君は台本を片手に持っている。
「台詞、自信ないとこあってさ」
今井君は照れ隠しに頭を掻いた。
完璧だと思ってたけど、可愛いところもあるんだ、って少し思った。
「私も」
右手に握っていた台本を見せる。
「同じだね」
「ううん、今井君はほとんど完璧じゃん」
「そんなことないよ。初めての演劇でこれでも緊張してるんだ」
「ほんと?」
「本当だって。じゃなきゃ休みの日に部室に来ないよ」
緊張していることを堂々と言い切っているのがなんだか可笑しくって私は笑ってしまった。
そんな私を見て、今井君も笑った。
私以外のメンバーはみんな完璧だと思っていたから、「同じ」だと言われたことが私は嬉しかった。
ひとしきり笑い合ったあとで、今井君が私に聞いてきた。
「で、部室に入ってないってことはもしかして」
「閉まってるみたい」
「マジか・・・」
今井君はハァとため息が漏らして、首を垂れた。
さっきの私と同じだけど、こういう気持ちも共有できる人がいるだけで大分楽に感じた。
「2人して部室の前で何やってんだろうね」
「確かに」
乾いた笑いがアングラの廊下に響く。
その時、何気なく視線を廊下の奥にやった今井君があることに気が付いた。
「あれ、奥の扉、開いてる?」
今井君が指差した先は、かつて講堂と呼ばれていた部屋だ。
私達はまだ入ったことはないが、定期公演はこの部屋で行われると聞いている。
その講堂の扉が少しだけ開いている。
その扉の隙間から何か飛び出してくるような不気味な気配が漂っている。
今井君が扉の方に向かって歩き出したので、私も少し後ろをついて行った。
今井君はゆっくりと扉を開けた。
「誰か・・・いるんですか?」
真っ暗な部屋に今井君の声だけが響く。
今井君が扉を開き切ると、廊下の明かりが差し込んで、だんだんと部屋の中が見えてきた。
講堂は思ったより広く、奥に舞台がある。
高校の体育館を小さくしたような部屋だ。
「白石さんはここに居て」
今井君はそう言い残して、講堂の中に入って行った。
手に持ったスマートフォンを懐中電灯代わりにして部屋の中を照らしていく。
「気をつけてね」
今井君に言われた通り、外で待っていることにした。
こういう時、1人にされるのもなんだか不安だ。
ただでさえ幽霊が出ると噂のあるアングラだ。
しかも、今爆破予告までされてるんだから、爆弾魔が潜んでいる可能性だってある。
今井君の身になにかあったらどうしよう。
そんな不安を余所に、5分程経って、今井君が戻ってきた。
「誰もいないみたいだ。どっかのサークルが使ったまま、鍵を閉め忘れたのかもしれないな」
「そっか」
そっと胸を撫で下ろす。
今井君が何かを閃いたような表情をした。
「せっかくだからここで台詞合わせする?」
「え、ここで?」
私は講堂の奥に目を凝らす。
まだ何か居るような気がして仕方がない。