見出し画像

瞬間移動の平和的利用方法

ここは魔法と剣のファンタジー世界。
青年アレフは神託を受け、瞬間移動のスキルを得た。瞬間移動は2種類存在し、自分が思い描いた土地に移動する能力と、術者に危険が迫ると自動的に回避する能力があった。その日アレフはどちらの能力も手にしたのだった。

能力の有効活用について一晩考えたアレフは立ち上がり、とある場所へと瞬間移動した。
「え?ちょ、人間?」
魔王の城の最新部、魔王の間である。
突然現れた人間に魔王は驚きを隠せない様子だ。
「ふいに現れて申し訳ございません。人間のアレフです」
「侵入者なんて聞いてないんだけど」
「そりゃあ瞬間移動でこの部屋まで一瞬で来たんだからね」
「瞬間移動・・・?私の知ってる瞬間移動は過去に行った場所に飛ぶ能力のことなんだが。さては貴様、この魔王城に来たことがあるんだな」
「いや、こんな城に来たことはないよ。僕の知る限り、この城に足を踏み入れた人間は生きて帰ってない。そうでしょ?」
「だったらどうしてここへ来れた?」
「僕の能力は思い描いた場所に瞬時に移動できるんだよ。そんじょそこらの瞬間移動とは訳が違ってね」
「そんな能力聞いたことがない・・・。しかし、この魔王の前では無力。捻り潰してくれるわ!」
魔王は両手をアレフに向けると、火球を繰り出した。魔王の間は炎に包まれ、数分後に鎮火。
そこにはアレフの姿はなかった。
「ふん、たわいもない。骨も残らんかったか。全く新品の絨毯が台無しだ。」
「魔王」
「びっくりした」
いつのまにか魔王の後ろに立っていたアレフが声をかけると魔王は飛び退いた。
「貴様、生きていたのか!く、食らえ!サンダーボルト!」
今度は稲光が轟音とともにアレフを襲う。
「だから効かないんだって」
また別の場所から現れるアレフ。
その後、何度も呪文を試すが、その全てをアレフは回避した。

「気が済んだ?」
「貴様、ハァハァ・・・。何者だ」
「最初に自己紹介したじゃん。人間のアレフだよ。特技は瞬間移動」
「それは聞いた。何故瞬間移動の能力者ごときに私の呪文を避けられるのだ」
「これは二つ目の能力、危機回避だよ」
「危機回避?」
「僕がそう呼んでるだけだけどさ。要するに相手の攻撃を自動的に避けられる能力なんだけど」
「それを先に言え!」
「言う前に攻撃してきたのはそっちじゃないか。それに手の内を全て説明してから戦闘に入るやつなんていないだろ」
「それもそうか・・・。それで貴様、何が目的なんだ」
「何って・・・また変なことを聞くなぁ。」
「貴様が私の攻撃を避けられるのはわかった。だが、それで終わりか?さっきからいくらでも反撃のチャンスはあったろうに」
「そこなんだよね。避けられるけど、こっちからも攻撃手段が特にないんだよ」
「なんだと?それじゃあ貴様、いよいよ何をしにきたのだ」
「別に。魔王ってどんなやつか見ておこうと思って。好奇心ってやつかな」
「好奇心で魔王を見に来るやつがあるか!全く魔王も舐められたものだ。痛い目にあわせてやる!・・・と言いたいところだがさすがに攻撃が当たらないことは理解している。・・・それで、貴様いつまで居座る気なんだ?」
「いやー、別にここからのプランは特にないんだよね。飽きたら帰ろうかと思ってたところなんだけどさ。紅茶とか用意してくれないの?」
「貴様、いきなり現れたわりに図々しいやつだな。魔王の間で紅茶を飲むやつなどいない」
「そっか、今日はこの辺にして、また明日来るよ」
そう言ってアレフは魔王の城を後にした。

「なんだったんだ、あいつ。図々しいやつだったけど清々しいほど思ったことしか喋らないやつだったな。」
魔王は思案の末、部下にもてなしの準備をさせた。

次の日、宣言通りにアレフは魔王の城に現れた。
「ククク、やはり現れたなアレフよ。貴様の望み通り今日は紅茶を用意したぞ。茶菓子なぞも用意させてある」
「意外と気が効くじゃん。人間の王より話がわかるかも」
このとき魔王は、紅茶に毒を仕込むこともできたかもしれない。アレフもまたそれを疑って然るべきかもしれない。しかし、2人は普通に紅茶を飲み、茶菓子を食べ、雑談をした。
それから次の約束をして、アレフは瞬間移動で家に戻った。

そんなことが半年ほど続いたある日、アレフと魔王がお茶をしているときに魔王の部下から連絡が入った。
「なに!?侵入者だと!?正面玄関を突破されて勇者一行がこちらに向かってきている??」
「どうしたの?魔王」
「アレフ、悪いが急な客人だ。なあに、すぐ戻ってくるさ」
「いや、魔王。ここは僕が行くよ。あいつらには出直してきてもらうよ。魔王は紅茶でも飲んでて冷めないうちに」
「おい!アレフ!私の客だぞ!」
残された魔王は紅茶に移る自分の顔を見つめる。
「あいつ、なんだか頼りになるな」

「勇者の皆さん、どうもこんにちわ。人間のアレフです」
「人間?どうして人間がここに?」
「囚われているのか?」
「いや、魔物が化けている可能性も」
急に登場したアレフに明らかに動揺している勇者一行。
「今日は魔王さん、オフの日ですので、出直してもらえますか?」
「お前、まさか魔王の手先か!だったら容赦せん!くらえライジングソード!」
勇者はアレフに斬りかかる。
アレフはいつのまにか勇者の背後に回っていた。アレフが勇者の背中をポンと叩くと、勇者は一瞬で消え去った。
「え?勇者は?」
「あんまりうるさいんで消しちゃいました〜」
「おのれ!勇者を!」
今度は格闘家が襲いかかってくるが、これもさらりと避けてまた背中をポンと叩く。
「これは最近気づいたことなんだけど、僕が触れたものにも、僕の能力が有効なんだよね。」
「ふたりに何をしたのよ!」
「勇者さんを返してください!」
残るは魔法使いと僧侶だけだ。
「女の子二人だけになっちゃたね。どうする?僕と一緒にお茶でもしてく?」
「ふざけないでよ!女だからって甘く見ないでよね!轟け!アクアグレイス!」
魔法使いの杖から水柱が出現し、アレフに襲いかかる。
「せっかくお話ししようと思ったのに」
魔法使いの背中に手を当てると、魔法使いまでも姿を消してしまう。
残されたのは僧侶だけだ。
「君は?どうする?」
「えと・・・私はまだ半人前で、回復要員で着いてきただけなので、攻撃技は持ってないんです。ひと思いにみんなと同じように消してください」
「あらあら、自分の手の内を明かすようなことしちゃいけないじゃない。まあ、その素直さに免じて種明かししてあげるよ」
「種明かし?」
「僕は別に彼らを消した訳じゃないんだ。ただ彼らを飛ばしただけだよ」
「飛ばした?」
「瞬間移動って言ったらわかるかな?瞬間的に彼らをここから1番遠いところまで飛ばしたんだ。」
「1番遠いところって?」
「世界の果てって場所。魔王の持っている本に載ってたんだ。この世の一番端っこに世界の果てがあるんだって。そこでは魔法が使えないらしいから戻ってくるまでに結構時間がかかるんじゃないかな?お望み通り、君もそこまで飛ばそうか?」
僧侶はふるふると首を振った。
「じゃあどうするの?」
「私、アレフ様に着いていきます!」
「え?」
「正直、私、暴力とか苦手で。勇者パーティに入ったのだって成り行きだったんです。だけど今日のアレフ様の立ち振る舞いを見ていたら、こんな風に相手を傷つけずに勝つことができるんだ、って思ったんです。私をアレフ様の側に置いてください!」
突然の告白に困惑するアレフ。
「よかったではないか」
魔王が現れた。
「え?魔王!」
驚く僧侶。
「魔王の城だから当然だ。むしろお前らが部外者なのだからな。」
「半年も一緒にお茶してるのに部外者はないだろ」
「うるさい!貴様の話し相手になるのはもう飽き飽きしておったのだ。ほれ、その娘っ子を連れてとっとと帰れ!」
「いや、なにを急に」
「帰れ!!」
魔王は火球を手にしてアレフに襲いかかる。
「わかったよ」
アレフは僧侶の手を握り、瞬間移動した。

1人残された魔王の元に部下がやってくる。
「あれでよかったのですか?」
「これでいいのだ。アレフは元々人間だ。人間の女と一緒になる方がいい。魔王の私と釣り合うはずなんてないんだ」
魔王は目に涙を溜めていた。
「そんなことだろうと思ったよ」
突如、魔王の目の前にアレフが現れた。
「き、貴様!帰ったのではなかったのか!」
「とりあえず僧侶は家まで送ってきたけど、魔王が気掛かりで戻ってきたんだよ。それよりほら」
アレフは魔王の涙を拭ってやる。
「僕とは釣り合わないって言ってたけど、お互い相手に攻撃出来ないんだから似たもの同士だと思うけどな。この先喧嘩したって、暴力沙汰にはなんないしね。きっとうまくやっていけると思うんだ」
「それって・・・」
「魔王、僕と結婚しよう」
魔王は涙を流しながら答えた。
「浮気したら、許さないからな!」
「それはこっちの台詞だよ。魔王はモテモテだからな」
「なにを!」
「客人ばかりで僕の相手を怠ったりしたら怒るからね!」
「そうだな。これからは貴様とだけ共に時間を過ごすことにしよう。今日みたいにアレフが追い払ってくれればいいのだから」
「じゃあ、決まりだね。式はいつにしよっか?」
「アレフ、気が早いぞ!まだ両親の挨拶も済んでないのに」
「あ、そっか」


ここは魔法と剣のファンタジー世界。
魔王と人間の奇妙な夫婦がいるとても不思議な世界。このファンタジーな世界には、そんなハッピーエンドが訪れたとしてといいのかもしれない。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?