![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/170331271/rectangle_large_type_2_d9ae47dca9f7f4eea0e8fa825ab8a72f.jpeg?width=1200)
22/7、歌詞の解釈は簡単ではない。どうなるのか?【音楽】
22/7(以下ナナニジ)葛藤の中、自己矛盾の中その答えをもとめようと歌う曲が数多い。
今回、注目する6thシングル『風は吹いてるか?』の台詞は、ナナニジのテーマに沿って解釈すると、意外な一面を見せる歌詞となってくる。
台詞と担当メンバー
台詞は、緊張的なメッセージとなり、自分の意図や考えがしっかりともてていない自分への問いかけを繰り返したもののように思われる。
![](https://assets.st-note.com/img/1737021161-dCTr2pHygmQt51SbfPNLaoDl.jpg?width=1200)
台詞は、西條和→河瀬詩→帆風千春へと語りては移っていく。その中で特に何を語ろうとしているのか、具体的につかむのが難しいのが、西條和の台詞である。
西條和の台詞の二面性
台詞は自分に対して、否定的な言葉が繰り返されている。特に西條和による台詞は緊張感を与える言葉が台詞となっている。
西條和が担当する台詞である「嫌われる?、邪魔者?、面倒な奴だと思われたくないのか?」は、嫌われる、邪魔者、面倒な奴という否定的な言葉を繰り返しながらも、面倒な奴だと思われたくないのか?と否定疑問文となっている。
今の自分に対し否定的に考えてしまう自分を、他者から否定されることを期待する言葉となっているのであろうか。
この西條和の台詞は、素直に聞き取れば、台詞の言葉に対し、否定する言葉を思い浮かべる人が多いのでは無いだろうか。
「Q:嫌われる?(A:いや、嫌われたく無い)」
「Q:邪魔者?(A:いや、そうありたく無い)」
「Q:面倒な奴と思われたく無いのか?(A:その通りだ。面倒な奴と思われたく無い」
と推測するのが自然だろう。
そのように受け止めるのであれば、後に続く、河瀬詩の「その他大勢でいるか?」、帆風千春「群衆の中に君は紛れる気か」との言葉は、シンプルに受け手への問い掛けとなるだろう。
ナナニジらしく自虐的に解釈した場合
しかし、ナナニジは自虐的に自分を追い込む歌詞を歌っていることが少なく無い。
その点を考慮し、西條和の台詞に対しナナニジらしい応答を解釈するのであれば、次の様になってくるのではないだろうか。
「Q:嫌われる?(A:そうだ、嫌われた状態でありたい。)」
「Q:邪魔者?(A:そうだ、私は邪魔者なのだ)」
「Q:面倒な奴と思われたく無いのか?(A:そうだ、面倒な奴と思われたい)」
ナナニジらしく解釈をするのであれば、自分の存在に気づいてもらい、相手してもらうためには、自分を貶めてしまうことも厭わない人となっている自分を表現していると受けとる事もできるのである。
その様に考えると、後に続く台詞の意味もかわってくる。河瀬詩の「その他大勢でいるか?」、帆風千春の「群衆の中に君は紛れる気か」という台詞は、受け手(聴き手)に対し、そのようにあってはならないというメッセージのような歌詞となるのであろう。
おわりに
河瀬詩の「その他大勢でいるか?」、帆風千春(かつては天城サリー、今は望月りの)の「群衆の中に君は紛れる気か」との台詞は、歌詞の中の登場人物に対しそのようにあってはならない、自分の意思を持っていろと訴えかけるような台詞となるのであろう。