継がれる魔法 〜曇りところにより片頭痛、気づいたら異世界〜 第2話
「私達、異世界転移しちゃったみたい」
嬉しそうに微笑みながらそう言ってのける目の前の女性にコウトはへー、そうなんですねと中身のない返事しか返せない。
「信じてない? まぁ無理もないかぁ」
「信じてないっていうか、信じられないっていうか……」
女性は目の前で少し落胆した様子を見せながら、洋画などで見かける銀色の少し湾曲した水筒、スキットルのようなものを差し出してくる。
「これ、中身は水ね。2日間も寝てたから喉乾いたでしょ?」
「2日間も」
さらりと告げられた事実にリアクションを見せて水筒を受け取る。相当のどが渇いていたコウトは中身を一息に煽る。彼女はそんな彼を見つめていたが、やがて話しだした。
「ねぇ、気にならない? どうしてあのとき、君が何も言っていないのに眠ってしまいたいって考えてるって分かったのか」
あのときとはコウトが激痛に苦しんでいたときのことだろう。思い出した様子のコウトを確認すると、驚かないでね。と前置きをする。
「この世界では、魔法が使えるんだよ」
少し楽しそうに告げられた言葉だったが、ついていけないコウトは温度差を自覚しながらもこう言うしかない。
「魔法……。なんで?」
困惑のあまり敬語が崩れてしまう。
「ここは私達がいた世界とは違う世界で、魔法とか、元の世界にはいない生き物がいるんだって。私達も魔法を使えるみたい」
彼女はそこまで話して立ち上がる。
「もう動けそう? ついてきて。他にも転移した人いるから。詳しい話はそこでしよう」
そう言ってコウトのブレザーの袖を引く。彼もベッドから出て、瓦礫を端に避けて作られた道を彼女について歩いていく。
崩れた廊下を歩いていくと、もともと天井が高かったであろう事や大理石のようなものが使われている事が目に付き、ここは城のような建物だったのではなどと考える。
「他にも転移した人たちがいるんですか?」
沈黙に気まずさを感じて、質問をすることにした。
「いるよー。私と君を含めて6人。男子4の女子2」
「それって多いんですかね、少ないんですかね」
「分かんない。君と同じ位の年齢の子も3人いるよ」
「そうなんですね……」
彼女がこちらに振り向くことなく話すので、コウトは少し気詰まりを感じてしまっていた。
「……あ、そういえば。看病してくださってありがとうございます。あと魔法? で寝かせてくれたことも」
「気にしないでいいよ。また頭痛くなったら言ってね? 眠らせてあげるから」
「あんなのはもう御免ですけどね」
「フフッ、そうだね。さーて、着いたよ」
前を歩く女性がドアの前に立つ銀色のアーマーを着込んだ人物に軽く会釈をすると、コウトもそれにならう。
正面にある重厚感のあるドアは壊れていないようだった。アーマーの人物がドアを押す。
ドアが閉められ部屋を見ると、そこにはやはり崩れ落ちた瓦礫が散乱していて、一部の壁や天井があったであろう場所からは青々とした空と、遠くに山が見える。
そして部屋の中には4人の男女がおり、それぞれが瓦礫の上やベッドなど思い思いの場所にいた。ベッドの上に座っていた制服姿の女子が姿を見せたコウトに反応した。
「はぁ!? そいつ死んだんじゃなかったの?」
声の主はベッドから立ち上がり綺麗な茶色の髪をゆらしながら、なにやら納得がいっていない様子でコウトを見ている。そして彼女に続いて立ち上がる影がもう一つ。
「いや、元々彼は死んでなどいなかったよ。ていうかコレさっきも言ったよね!?」
制服を着た男子はそう言うと、コウトのもとに近づいてくる。
「君、具合はどうなんだ? もう動いて大丈夫なのか?」
「もう大丈夫だよ。ありがとう」
「そうか、よかった。俺は鏡勇斗。歳は18で、君と近いと思う。よろしく」
鏡勇斗と名乗った青年はスクエアタイプのメガネをした、マジメそうな黒髪の好青年だ。
「アタシは森立葵。よろしく!」
横からハツラツとした声で、割って入るようにして名乗ったのは先程彼に死んだのではなかったのかと言い放った子だ。
次に鏡が瓦礫に座っている同い年ぐらいの男子を見て言う。
「彼は柳葉瑠君。17歳で、彼も僕達と同じ高校生だ」
紹介された彼は俯けていた顔を少し上げ、控えめな声でよろしくと言う。高校生だと紹介された彼は制服を着ておらず、茶色いパンツに灰色のパーカーを着ていた。
「次にあの人は――」
「ちょっと待て。俺は自分でやる」
鏡の声を遮った髭面の男。この中で一番年上だろうことがうかがえるシワの刻まれたその顔には、うっすらと笑いが浮かんでいる。
「谷島だ。これからどれだけの付き合いになるかわからねぇが、よろしく」
「……以上がここに来てしまった人達――」
「あ、ちょっと待って。私彼に自己紹介してなかった」
「……」
2度も話を遮られたことで眉にシワを寄せる鏡に構わずに言葉が続けられる。
「私の名前は七篠ミオ。これからよろしく、コウト君」
微笑んで、手を差し出してくる。
「はい。……ちょっとまってください。なんで僕の名前知ってるんですか!? 自己紹介しましたっけ」
「あーゴメン、バッグの学生証見ちゃった」
握手のまま、いたずらっぽくわらうその仕草が可愛い。
「美坂コウトです。よろしくおねがいします」
さぁ! と鏡が自己紹介を一区切りさせ、コウトに向き直る。
「ここに来てしまった人はこれで全てだ。気になることもあると思うがその前に1つ、この世界についての説明をさせてくれ」
「この世界について?」
「あぁ、そうだ。君はこの世界に来てすぐ、彼女の魔法で眠っていたわけだが……」
鏡は七篠を一瞥して続ける。
「俺達はこの世界についてあらかたの事を聞いているんだ。俺達を呼んだ国の王からね」
「国の王……じゃあもしかして、ここはその国の、王さまの城? にしてはちょっと状態が悲惨すぎる気がするけど」
ここが国の城だとするとここに来るまでに感じていた違和感の説明はつくかもしれないが、ここまで滅茶苦茶になっている理由が分からない。
「国は滅んだんだよ」
谷嶋がぶっきらぼうに言う。
「滅んだ?」
「困惑するのも無理はない。それについても説明するよ」鏡は一瞬、谷嶋を睨む。「1から説明するよ」
「まず、君がこの世界に来たのは一番最後だった。と言っても柳葉君とタッチの差だけどね。うずくまって呻き出した君を七篠さんが〈魔法〉を使って眠らせた、そのあとのことだ。
俺たちが召喚されたとき、目の前にはこの国の王様達がいたんだ。
君が突然苦しみだしたことに王様達は少し戸惑っていたけど、七篠さんが君を別室に連れて行ってくれてからは落ち着きを取り戻してこの世界について教えてくれた」
「そうだったんだ……」
自分がこの世界に来たときの経緯を知ったコウトは申し訳ないやら情けないやらで顔を赤らめる。
「ここからは王様が説明してくれた事なんだけど、俺達は国を救う為に呼ばれたらしい。なんでも他国が侵略行為を行ってくるとの情報が入ったとかで、他国への対抗手段として俺らを戦わせるために。でもその後すぐ国は滅ぼされた。他の国同士が連合軍を組織して攻めてきたんだ」
「だからこの城はこんなにもボロボロなのか……。みんなは襲われたりしなかったのか?」
城の荒らされ具合から見て連合軍はここまで攻めてきたはずだとコウトは考えたが、この部屋にいる誰も怪我をしている様子はない。
「俺らも戸惑っていてね、目の前で起きている光景をただ見つめることしかできなかったんだが――」
鏡が握り拳を作り震わせる。その様子は彼らが見た光景の壮絶さを感じさせるようで。他の皆も目を伏せ、いたたまれない表情を浮かべている。
「僕達は何もできずに包囲され、次の瞬間には体を動かせなくなっていた。多分これは相手の兵士の〈魔法〉だと思う。そうして僕らはこの部屋に押し込められたんだ。今は兵士たちに監視されている」
コウトはドアの前に立っていたアーマー姿の人物のことだろうと1人納得する。
鏡は、ふぅと息をついてまた話し始めた。
「次に〈魔法〉だ。この世界のあらゆる自然には〈マナ〉というものが通っている。そしてマナは法則の外にあって、その力を使えばすべての現象に影響を及ぼせる……らしい」
自分で言っていて恥ずかしいのか、説明しながらも彼の耳は徐々に赤く染まっていく。コウトはどこか堅苦しい印象を抱かせる鏡が、大真面目に魔法だのと現実味を感じられない事を言うのがおかしくて少し笑ってしまう。
「笑うなよ……。本当に王様がこう言ってたんだ」
「ごめん、つい。続けて」
鏡は少し不満そうな顔で続ける。
「それで、そのマナを操り戦うための力とすることを〈魔法〉と言うらしい。具体的な方法だが、もう分かっているはずだ」
「……?」
ここまで話を聞いていたコウトだが、急についていけなくなった。
「分かっているはず……何を? 魔法の使い方に心当たりない――」
「心当たりがない? そんなはずはないだろう、この世界に来た直後に使える魔法と、その使い方を憶えたはずだ」
コウトには鏡の言う魔法に関する記憶はなかった。首を傾げるコウトに鏡は続ける。
「うまく説明できないが、この世界に来た瞬間に、行使することのできる魔法を知ったはずだ」
「でも記憶にないんだ。魔法が何なのかもよくわかっていない」
「そんな……」
「まーまー」
戸惑う2人をなだめるように七篠が言う。
「いいんじゃない、分からなくても。あとで思い出すかもだし……」
やや楽観的な様子の笑みを浮かべている七篠とは反対に、鏡は苦々しい顔をしている。
「……無理だよ、協力は望めない。彼らは自分が使える魔法を開示しようとしない、あの男が渋ってから誰も魔法の情報を共有しようとしないんだ」
あの男とは谷嶋のことだろう。当の本人は鏡を見てニヤニヤと笑っている。柳葉と森立も気まずそうに目を伏せる。
「だってしょうがねぇだろ? 俺も技を知らねぇんだよ。そいつと同じだ」
「嘘を付くなッ!! ふざけるなよ、君はこの訳のわからない、誰もが不安を感じる状況でいたずらに対立を煽るようなことをするのか!?」
うんざりするように、それでいて怒りを隠さない鏡の様子から、谷嶋がふざけて場をかき乱すのは初めてではないことがうかがえる。
なおもヒートアップする鏡にこれ以上はマズイとコウトが間に入る。
「ほら、僕も忘れてるだけかもしれないし、時間が経ったら思い出すかも」
「だとしてもだ。こいつは――」
先程から感じていた鏡の谷島に対するある種無礼とも取れるかもしれない言動。その理由は谷嶋自身にあったらしい。今も青筋を立てて怒る鏡を見て優越感を感じているようだ。
今にも手が出てしまいそうな、一触即発な空気が漂い始める中で突然、声がした。
「俺はッ! 召喚……。モンスターみたいなのを、召喚できます」
鏡の声を遮りややゆっくりと、慎重に発せられた声は柳葉のものだった。これまで積極的な様子を見せなかった彼の言葉に、少し冷静さを取り戻したようだった。
「……ッ!! あぁ、そうだな」
谷嶋のよれたTシャツの胸ぐらを掴んでいた手を離した鏡は深く息を吐く。
「ひとまず今はできることをしよう。俺が使うことができる魔法を見せるよ」
鏡はコウト君が使うことのできるものがあるかもしれないと、魔法の使い方を説明し始めた。
「予知夢は寝ているときだから今はとばして、まず行動予見だ。これは相手に意識を集中させて次の行動を知りたいと願うんだ。イメージがわいてこないか?」
「…………無理そう」
七篠を見つめ、言われた通りにやってみるが重なる視線が照れくさいばかりだ。
「炎を出す魔法はこの世界のマナを意識して、それを炎に変換するんだけど……。やっぱり出来なさそうかな」
鏡は人差し指からライターから出す火のような弱い火を出してみせた。
「限界がわからないし、危ないからいまできるのはこの小さい炎だけど。どうかな、何か思い出したりしたかい?」
「炎は出ないけど、マナを意識すると光の粒みたいなものが見える。それぞれに宿っているマナの量も感覚でなんとなくわかる……。言葉には表せないけど」
「本当か!? すごいな、これで1つだ」
コウトがマナの存在を受け入れ意識すると彼の瞳の中に黒い四角形の模様が幾重にも重なって浮かび上がる。鏡が実演してみせた炎にどれぐらいのマナがこめられているのかを認識できた。
「次は風だ。魔法の使い方は炎と同じだよ。マナは俺らの魔法で風になる。その風を思うがままに操るんだ」
実験用に低く積み上げた瓦礫にむけて手をふると、巻き起こった風がそれらを崩し去る。
「やってみて」
コウトは促されるままに手のひらを上空に向け風を吹き荒らすをイメージする。
瞬間、風切り音と共に上空に向かって強風が吹き荒れた。部屋にいた全員の口から悲鳴が漏れる。完全に出力を間違えたのだろう、野太い叫び声とともに兵士が部屋に入ってくる。
「何をしている!」
「ごめんなさい!! ちょっと気合入れすぎたかも……」
「貴様ら、自分が置かれた状況を理解していないのか!? 包囲されているんだぞ、すぐ近くに数万人の兵士が待機しているんだ! 貴様らのためにも、余計なことをせずにじっとしていろ!!」
怒鳴る兵士に鏡が尋ねる。
「そのことなんだが、俺達はいつまでこうしていればいいんだ? もう元の世界へ返してもらうことは出来ないのか?」
「そ、それは……。お前たちは本来、巻き込まれた側の人間だ。裏切者とはいえ俺達の仲間だった奴らが勝手にこの世界に召喚した、憐れむべき人間。
だからこそ、俺たちは誠実に対応したいと思っている。粗略に扱おうとは上の人間たちも考えていない。だから安心してほしい、危害を加えるつもりはない」
自分の食って掛かるような物言いに、存外丁寧な言葉をかけられ鏡は黙る。その一方でコウトには引っかかった言葉があった。
「裏切者……? それってどういうことですか?聞かされている内容と違うんですけど」
鏡から聞いた話では不意をついて侵攻しようとしたのは連合軍であり、自分たちは国を救うために呼ばれたはずだ。攻められる側である国について、裏切ったというワードは聞かされていない。
「内容が違う?」
兵士は怪訝な顔をしてから言う。
「あぁ、いかにもあのクソ野郎がやりそうなことだな。お前たちをこの世界に呼んだサークって国の王、ザドは禁止されている異世界人の召喚を行ったんだ」
「禁止されている?」
「あぁ、色々あってな。ともかく、ザドは取り決めを破って秘密裏に異世界人を召喚した。それに気づいた俺達は、決められたとおりに連合軍を結成してサーク王国を滅ぼした」
「それが本当なら……」
「大方、お前たちを騙していいように利用するつもりだったんだろうよ」
「……ッ!! なら――」
鏡は再び兵士に詰め寄る。
「なおさら早く返してくれ! 俺達は被害者じゃないか!! 俺は帰らないといけないんだ。まさかザドがいないと返せないなんてことはないよな!?」
「落ち着け、返す方法なら今調べてる。ザドが自ら命を断ったから少し時間がかかるかもしれないが――」
ふざけるな、と再び鏡が怒鳴った時、地面が大きく揺れた。
「!? 今のもお前の仕業か!」
「違います!!」
兵士に睨みつけられたコウトがすぐさま言うと、それに続くように他の5人も俺(私)でもないと否定した。
揺れはあまり続かず、すぐに収まる。
「何が起きてるっていうんだ……」
コウト達の訴えに不服そうな表情をしている兵士が外の様子を見てくる。と言ってドアを開けたちょうどそのとき、ドアの向こうから声がした。
「何があった」
力強い、引き締まった声と共にドアから現れたのは、白銀色をした西洋鎧のような物を纏った美しい女性だった。身長はコウトと同じぐらいだろうか、輝くような金色の髪が後ろで束ねられている。
「クリウル、無事か?」
「はい、問題ありません。それと先程の強風ですが、彼の魔法によるものだそうです。揺れの原因は不明です」
「そうか。彼らと話をしたいのだが、できそうか?」
「はい、約1名を除いて敵意は見受けられません」
「なっ!」
約1名である鏡が心外だとクリウルと呼ばれた兵士を睨む。
女性はその言葉に頷くと、コウトたちのもとへ向かってくる。
「私はエウレナ・ブルー・オールト。自分で言うのも何だが、ウォークという国の第3王女だ」
「君たちには、これから私の国へ来てもらう」